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『――やあ、おかえり。今日はどこに行っていたんだい』
やはりこの通路に見覚えがある。
今にも彼が曲がり角から顔を見せ、僕を出迎えてきそうだ。
『今、研究が一区切りついたんだ。どうだい、一緒にトランプでもしないか? もちろん、チェスでも将棋でもいいよ』
自分の記憶の欠片を頼りに、僕は彼と多くのことを語った、あの小さな部屋へと続く通路を進む。
けど――なんだ、この感じ。
進めば進むだけ、違和感を覚える。気のせいだろうか、そう思ったが、進むほどにそれは実感できた。
この地下都市に落ちて。確かにあちこち傷んでいる様子があったが、崩れず原型を留めているものの方が多かった。
だというのに、なんだ、この、壁の傷……。
床にできたいくつもの陥没。天井に空いた爆発の跡みたいな大穴。
自然にできたものじゃない。ここで、銃を乱射し、手榴弾でも投げたような。なにかと争った――そんな痕跡に思える。
それは居住区に近づくほどに目立っていき、やがてもう気にしないほうがおかしいとさえ思えるほどに、瓦礫や、天井の崩落、ボロボロに砕けて、骨組みまで飛び出た柱に行く手を阻まれるようになった。
「――そんな」
そいつらを押し除け、掻き分け、よじ登り、なんとか再び降り立った時。僕は目の前に広がっていた光景を視界に映して、言葉を失った。
『さ、お入り。メンテナンスしてあげよう――』
扉と呼べるものもない。
辛うじて残っているのは、壁としてそこにあっただろうものと、壁につけられた大型コンピューターの割れたモニターと、キーボードのような機器。
あとは瓦礫……瓦礫、瓦礫、ひたすらに瓦礫だった。
なにもかも破壊された。僕を造った博士の部屋だった。
どういうことだ、これは。ここで……なにがあった。
僕は何度か彼の名を呼んだ。ありえないと知っていても、呼ばずにはいられなかった。
だって、この部屋はまるで、入り口付近からなにか巨大なものが激突してきて吹っ飛ばされたような。そんな崩れ方をしていたから。
僕は崩壊した天井と瓦礫を持ち上げて、なんとか奥までたどり着き、役目をとっくの昔に終えている剥がれ落ちそうな壁のモニターに触る。
この大型コンピューターは、トート博士が僕のメンテナンスやアップデートにも使用していた。
変わり果てていたが、探していた座標はここをずっと指しているのだから、間違いない。
「博士、一体なにが……」
いつも物で散らかっていたデスクもベッドもない、書籍の収納されたラックも、彼が面倒を見ていた観葉植物も。
なにか、なんでもいい、手がかりを、情報となるものを。
なにか――。
僕は、一瞬ためらいはしたものの、それでも無駄を承知で、大破したキーボードのボタンを手当たり次第に叩いた。
もちろん無反応。そのままモニターにも拳を打ち付ける。
なにも映らない。
わかってる、でも――ッ。
自棄になって拳をキーボードに叩きつけた時。
ブツン――と、亀裂の広がった画面が明るくなって、砂嵐に紛れてなにかが映った。
「あ――」
砂嵐や画面割れが酷くて、なにを映しているかがわからない。
数秒に一度大きくブレて、ぼんやりとだが人影のようなものが見える気がする。前傾姿勢で、なにかを言っている……。
ブツッ――ブブブブブッというノイズが走り、そこで音声が入ってきた。
『こ、ち――ら居住区N-B二〇五号室、居住区N-B二〇五号室。これを聴いている全ての者達に告ぐ――。落ち着かなくていい、だが決して諦めようなどとは思わないでくれ――、君た――ちのこれからの勇気ある行動が家族を救い、友を救い、仲間を救い、自分を救うことにな――る。最悪の状況の中でも、一番ましな結果になることをどうか信じてほ、――しい。…………ッ……時間が……ない、みんな今すぐに居住区の最下層にあるターミナルに向かってくれ。そこに箱舟がある――、テクナもマギアも、皆等しく乗り込む権利がある。このシェルターに住まう者はどんな生まれであろうと仲間だ。さあ手を取り合うんだ――』
そこで凄まじい音割れがスピーカーから飛び出した。




