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アストライト・ジャーニー ~終星の魔女と機械兵~  作者: 天野 肇
第6章 アストライト

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2

 荒野を飛んでいた時の太陽の位置からして、恐らくあの時間帯は昼過ぎ。間違っていなければ、今現在、地上はとっくに日が暮れている頃だ。


 小屋を出る前に、大体の時間を予想してセットしたわけだが。今は、彼女の体内時計の方が正確な気がする。さっきから眠そうに欠伸をしているから、それなりに夜が更けてきたのだろう。


「悪いけど、今日はここで眠ってくれ」

「言われなくてもそのつもりだよ」

「出口は明日探そう」

「うん」


 僕たちが落ちてきた穴は、あの後、瓦礫と土で塞がってしまったのだ。あのタナトスとかいう怪物が再び襲ってくる可能性もある、なんとかして出口を探さなければ。

 だが、彼女は少なからず消耗しているだろうし、僕も予想以上にエネルギーを使ってしまった。今動くより朝を待った方が賢明だ。

 エプロンを丸めて枕代わりにすると、ノルニルは硬い床に横たわった。


「居住区に行けば毛布かなにかあるかもしれない。君はここで待っていろ、取ってくる」

「ありがとう。でもいいよ、大丈夫。それより、ねえ、ここにいて」

「こんな床じゃ寝付けないだろ」

「ぼく慣れてるよ。だってきみが今までベッド取っちゃってたんだから」


 そう……だったのか……。


「ば、ばかだな……」

「んな! ばかってなにさ!」

「あ、いやちがう、そうじゃない……。生身じゃないんだ、その辺の床にでも転がしておけば良かったのにと思って」

「だって、怪我してるひとを床になんて転がしておけないよ!」

「いや……あれは怪我とかじゃなくて故障であって……僕は機械だし、……だから、つまり……その」

 なんともむず痒くて口にし難い……。


「悪かった……それから、ありがとう」


 歯切れ悪く言葉にすると、陽光を浴びて開いた蕾のようにノルニルは目を見開く。


「ううん……」


 開かれた瞳が少しずつ金色に輝き、柔らかく細められる。


「どう、いたしまして」


 そうして思い出したように、彼女は腕をこちらに伸ばしてくる。


「ああそうだ、ライ君。仲直りしよ。ぼくとお姉ちゃんもね、よくケンカしてたけど、寝る前にはちゃあんと仲直りをしたんだよ。そうじゃないと気持ち悪くて、明日を迎えに行けないからね」


 伸ばされた細い指に、僕が自分の指を絡めてやると。

 彼女は小さく笑って、ゆっくりゆっくり、繋がれた指同士を弾ませて歌った。


「なかなおり。なかなおり。もうだいじょうぶ、へいきです――」

「なんだそれ」

「仲直りのギシキ」

「随分と簡単な儀式だな」

「いいんだよ、簡単で。簡単だからいいの」


 オイルランプの明かりに照らされ、伸びた僕たち二人分の影がゆらゆらと踊る。

 ノルニルは絡めた指を離さないまま、ちょっとだけ眠そうな目でこっちを見ている。


「今日はとっても楽しかったよ。ライ君が起きて、空を飛んで、一緒に知らないところに行って、ごはんを食べて。こんなに笑ったのいつぶりかな」


 彼女の声は満足しているといった様子で、穏やかなものだった。


「まだ眠りたくないなあ、眠ったらもったいない気がする」

「寝てくれ。異常がないか僕が見張っているから」

「でも目が覚めたら、これは全部夢かもしれない」

「こんなデンジャラスな夢があってたまるか。目を閉じれば、すぐに眠れる」

「ねえ。なにか面白い話してよ」

「……急に無茶なこと言うな」

「ないの?」


 僕は後頭部を掻きむしり、眉間に皺を寄せる。

 ないでもない。たった一つだけ。

 あの物好き博士が。いつも寝る前に僕に話して聞かせた寝物語がある。

 ベッドに入って目を閉じて、うとうとしながら話すんだ。壁に寄りかかった僕に。普通逆だろうに。

 あんまり繰り返し話すから。その気もないのにすっかり覚えてしまった。


「『宇宙クジラのなみだ』っていう……話」

「その話……ぼく知ってるよ!」


 目を丸くして、首を持ち上げるノルニル。


「ぼくの持ってた絵本の話だ。ぼくの一番好きな話」

「絵本の話だったのか」

「そうだよ、ぼくおねーちゃんに百回くらいは読んでもらった。ねえ、その話がいい! してよ!」


 催促されるまま、僕は一つ瞬きをして、揺らめく火を見ながら語ることにした。


「まだ、この星にいのちの芽が出始めてまもないころのはなしです――」


 名もない生き物たちが、寄り集まってひっそりと暮らしていました。

 彼らには特別な力もなく、知識もなく。ただただ穏やかに、つつましやかに、なにもかわることのない日々を過ごしていました。

 すると、ある夜。


「空をかけるいくつもの星の一つが、名もない生き物たちのいる星に降ってきました」

「ずどぉおおおおん――‼︎」


 僕が言う前にノルニルが大声で叫んで、ペロッと舌を出した。お気に入りのフレーズだったらしい。


 ――彼らがおどろいて見にくると。


 なんと落ちてきたのは、七色に光る宇宙クジラの子供でした。

 宇宙クジラの子供は、新しいすみかを探す群れとはぐれて、この星に落ちてしまったのです。

 クジラの子は怪我をしていました。

 名もない生き物たちは、とつぜんの事件にあわてましたが。

 すぐに自分たちの食べるものをわけ与え、クジラの子の怪我をなおそうとしました。

 ただただそこにいて、生きるだけの名もない生き物たちの中に、やさしい心が生まれたのがこの時でした。

 クジラの子の体は大きくて、彼らの持ってくる少ない食べ物や、くすりだけではとても足りませんでした。

 ですが。彼らが与えてくれるやさしい心はクジラの子の心に深く深くしみこんで。

 大きな大きな涙のつぶをこぼさせました。

 その涙のつぶは池になり、湖になり、川になり海になり、やがて星じゅうの大地に行き渡ったのです。

 そして、名もない生き物たちのやさしい手助けにより、クジラの子の怪我はなおり、元気になりました。

 クジラの子は宙《そら》に帰るまえに、たすけてくれたお礼に彼らの願いを叶えてあげると言いました。

 名もなき生き物たちの代表として、二人の若者がクジラの子に願いました。

 星を守れる力と、みんなを助ける知恵を授けて欲しいと。

 宇宙クジラはほんとうに正しい願いだけを叶えられる生き物です。

 二人の願いが誰も悲しまない願いであると、正しい願いであるとかんがえたクジラの子は、彼らの願いをききいれ。

 半分に、星を守り育む不思議な力を。

 もう半分に、無限の可能性を生む知恵を与えました。

 彼らはその瞬間から、マギアとテクナとして種族を分け。力を互いのために使って仲良くくらすことを誓い合い。

 宙に舞い上がっていくクジラの子を見送りました。


 それから百年に一度。


 この星には必ずひとすじのまばゆい箒星《ほうきぼし》が訪れて、星の周りを一回りしていくのです。

 それは、名もなき生き物だった彼らが助けた。


「――あの宇宙クジラが……感謝の気持ちを忘れずに、伝えにくるからだと、言われているのです」


「イイハナシダー‼︎」


 聞き終えて、ノルニルはハァーと感嘆を吐く。



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