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結局。彼女はあの後、僕の自信作を散々“クソまずい”と評して最後まで食べきった。
泣き疲れたのか、ぼんやりとした顔で膝を抱きしめてオイルランプの火を見つめ。
しばらくなにも喋らずにいたが、沈黙に我慢できなくなったのか、また少しずつ話し出した。
「ごめん。びっくりした……?」
「少し……。不味過ぎて堪え切れなかったのかと思った」
「もちろん不味かったよ」
ぐきんと僕は首を折る。世辞も出ないってか。
「落ち着いたか」
「さっきよりは」
「涙は、苦しい時や痛い時に流すものだと思ってたからな」
ああいうのは、初めて見た。
「なんで泣いたんだ」
「ぼくも……よくわかんないよ」
「よくわからないのに泣くのか」
「そういう涙だってあるんだよ」
言って、ノルニルは小さなため息を吐いた。
「きっと嬉しかったんだよ。もう、あの味は食べられないと思ってたから」
「美味くなかったことには変わりないんだろう。ちょっと複雑だな」
「ごめんごめん。でも、ぼくはあの味が好きだよ。笑っちゃうくらいまずいけど、食べる人のことを考える気持ちが入ってる、あったかい感じがする」
だから、いつも最後まで食べちゃうんだ。とノルニル。
「セーシャお姉ちゃん……、本当の名前はセシャットなんだけど。お姉ちゃんは、料理は全然ダメだけど、お掃除が好きで、お裁縫も得意で、ぼくのこと、いつも大好きだよって言って笑ってくれた。寂しいとき、ぎゅって抱きしめてくれた。この髪もね、ノルンは男の子っぽいから髪型だけでも女の子らしくしなさいって、一番最初に結ってくれたんだよ」
そう言って、リボンのついた三つ編み一本を持ち上げて笑う。
「ぼくもお姉ちゃんが大好きだった。……だけどお姉ちゃんは戦争に行っちゃった。すぐに帰るって言ったのに、戻ってこなかった。三百年……ずっと、待ってたのに」
「君は……」
あの山小屋で、その人の帰りをずっと待っていたのか。
「でもいいんだ。お姉ちゃんは戦争に行って、人を殺してないから」
ノルニルは、顔を上げて目を細める。
「その代わり、たくさんの人の怪我を治したんだ。お姉ちゃんの魔法は、戦場に行けばすごい戦力になるはずだったんだって。けど、自分の魔法は壊しすぎるからって言って、救護班に回ったの。だから最期まで誰も傷つけず、優しいままで死んだんだと思うよ。もう会えないのは寂しいけど、お姉ちゃんがお姉ちゃんのままでいたんだって思うと、良かったと思う」
ノルニルは赤く腫らした目を細め、前のめりになってランプの火を見守る。
「同じ火なのに、こんなにあったかいのに。戦争の火とは全然怖さが違う…………なんでだろ、なんで……戦争なんて起こったんだろう」
「それは、お互いの利害の不一致からだろうな」
「ライ君の言ってること難しいよ」
「マギアとテクナの理想が、求めていたものが大きく違ったんだ。話し合いで済まないなら、もう実力行使しかない。どんな生き物だってそうさ。戦争が起こるのは、仕方なかったんだよ」
「たくさんの人が死ぬのは、仕方なかったの……」
「多くを得るには、犠牲は必要になる。犠牲なしに、なにかは得られない。それが自然の摂理だ」
「戦いたくない人だっていたはずなのに」
「戦争は個人の意思なんて関係ない。一人一人が国の武器になることなんだ。そうしなければ自国が崩れ、滅びに繋がる」
「やっぱり……きみは機械兵なんだね」
今まで笑顔を浮かべていたノルニルがどこか冷めた目で僕を見る。
「戦争が正しいことだって、ほんとうに思ってるんだ」
「それは肯定しかねるな。人魔戦争が今の星を創り出した。戦争は、平和を手にする数ある手段の中の一つだ。だけど、互いが滅びる前になにか打つ手はなかったのかと考えているよ。種族が途絶えたら元も子もないというのに」
「この星をこんなにしたのは、テクナじゃないか……!」
ノルニルの瞳の奥がちりっと弾けて赤く染まり、眉がつり上がる。
「テクナが、タナトスなんて放ったから……っ」
それを言うなら、僕も言いたいことがある。
「そもそも戦争が始まるきっかけになったのは、マギアが星の資源を独占しようとしたからだろ。そんなことがなければテクナは宣戦布告しなかった」
「違うよ、独り占めしようとしたんじゃない。テクナは技術を高めるために、自然を奪いすぎたんだ。星を削って傷つけてばかりだから。マギアたちはそれをずっと、ダメなことだって言い続けてた。でもテクナはぜんぜん聞かなかった。だからマギアは、自分たちの星がなくならないように緑を守ろうとしたんだ……!」
「確かにテクナは、より進化した暮らしを求め、資源を大幅に使っただろう。それでも少なくなった自然を完全に取り尽くさないよう、緑を増やす研究だってちゃんとしていた。勘違いしていたんだよ、君たちは」
「そんなの、ほんの少しだけで、減っていく自然に追いつけるはずないだろ」
「テクナはそこまで馬鹿じゃない。いくつもの対策はあったはずなんだ。資源の大量使用は、大地復活を実現するための前払いだ」
「ちがう……」
「違わないさ」
「違うよ! テクナは乱暴だし、自分たちが楽になることしか考えていない! 星にある色んなものを勝手に使って、爆弾や、みんなを殺す武器をたくさん作ったんだ! 命をなんとも思ってない……、みんなみんな、戦いたくなかったんだ……、死にたくなんてなかったはずなのに! テクナはっ、お姉ちゃんを、ぼくの大切な人たちを……‼︎」
「テクナだけが悪いわけじゃないだろ。なあ、君は知っているかい。君の仲間はたった数人で、一国に火の雨を降らせて、雷を落とし、濁流を操って多くの命を沈めたんだ。大人も、子供も、分け隔てなく。野蛮なのはどっちだ。自然エネルギーを人殺しに使うなんて、命を軽んじているのはマギアの方じゃないのか」
「それはっ」
ノルニルが歯を食いしばって俯き、なんとも言い難い沈黙が広がって。
僕はようやく、あることに気がついてこう言った。
「…………もう、やめよう……」
「うん……」
弱々しく頷くノルニル。思ったことは僕と同じはず。
いくら話をしたとしても、ここでなにかが変わるわけじゃない。
僕たちは、今さらどうにもならないことで張り合っていたのだ。
逆立ちしたって、起こってしまった事実は変えられない。
ここには、もう。僕たち、たった二人しかいないのだ。
マギアの生き残りである小さな彼女と、テクナが造った機械兵の僕しか。
「ねえ、ライ君。戦争ってさ、こういうふうに起こるんだって、ぼく今わかったよ……」
「そうだな……僕も、同じことを思った」
きっと、人魔戦争の火種なんて、くだらないほどちっぽけなことだったのかもしれない。
博士がいつか言っていたように。
真実がどうだったのかは、お互いの種族の受け取り方がそもそも違うのだから、確かめようもないけど。
きっと小さな歪みが原因だったのだ。
それが、最後はこんな結末になってしまうなんて。
火は暖かくて、料理だって作ることができるけれど。
使い方を間違ってしまえば、それは瞬く間に燃え広がり、全てを焼き尽くすまで消えてはくれない。
そして最後には、なにも残らない。
トート博士の呟いた一言が蘇ってくると同時に、ノルニルが消えそうな声で呟く。
「かなしいね…………戦争って」
そう考えると、僕の中にも、ぽかりとして、どうしようもないなにかが広がった。
これをきっと――人は虚しさと呼んだのだろうか。




