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お姉ちゃん――度々、話に出てくる人だな。
「うん。そう、いつも料理作ってくれた。ぼくのお姉ちゃんはね、『台所の魔女』って言われて恐れられてたんだよ」
ヒヒッと笑う彼女を見ていて、末っ子だとなんとなく思っていたんだ。
「怒るとすっごく怖いけど、いつもはとっても優しいんだ。いい匂いがして、すっごく美人で、魔法を使うのが上手で、寝る前にはいつも楽しい話をしてくれて、ぼくのママ代わりになってくれたの」
「ああ……、君の両親は、戦争で……」
「ううん、違うよ。ママはね、病気で死んじゃったの。それでパパは、ママが死ぬ前にアイジンつくって、どっかいった」
「ん、なッ」
結構な複雑家庭だった。
「変なことを聞いたな」
「いいよ。もうずーっと昔のことだからね。それに久しぶりに家族のこと思い出して、言葉にできたよ。やっぱり、話せる相手がいるって、いいよね!」
膝を抱えて揺れるノルニルは今日見る中では一番嬉しそうだった。
「わああああ‼︎ いい匂い‼︎ そうだった……カレーってこんな匂いだったんだよね‼︎」
それから所要時間きっかりに調理が終わり。
皿の上の白米の山に、好きなだけカレールウをかけてやれば、スパイシーな香りにそそられ、彼女は目を金色に輝かせて鼻をひくひくさせる。
「めっちゃ美味しそうだよ‼︎ こんなの食べられるなんて‼︎ 夢みたいだ‼︎ わはぁああ‼︎ いい匂いすぎるよ‼︎ やばあああい‼︎ ここまで生きててよかったって思うもんこれ‼︎」
具材は柔らかく、かつ煮崩れさせず、食べやすいサイズで。アクもきっちり取った。ルウも絶妙なタイミングで投入した。鍋底も焦げていない。
彼女が手を叩いて歓喜するのも当然だ。文句のつけどころもなく完璧なのだから。
機械として完璧以外はありえないからな。
テーブルも椅子もなかったけど。ほかほかと湯気立てる皿の上の香りが、今だけはこの地下廃都市の一端を一流レストランに変えてくれた。
エプロンをその辺に畳んで、僕は自信満々に言う。
「さあ、好きなだけ食べて空腹を満たせばいいさ」
当初の命の奪い合いから、こんな場所でこんなふうに料理をすることになるなんて。一体誰が予想できたのか、だがもうこの際気にしない。色々なんかおかしかったとしても、僕はこれで食料確保という今日のノルマを無事達成したのだから。色々おかしいかもしれないけど。
「いただきまァーす」
僕が見守る中、全ての具をスプーンに乗せて、彼女はパクッと大きな一口。
もぐもぐっと頬を動かして、次にビクッと肩を震わせた。
「んっ、んんんッ……」
そしてまたもぐもぐ。
「ん、ん、んんんんんッ‼︎」
もぐもぐ。
「んんんんんッ~‼︎」
「引きすぎだろ、どうなんだよ」
と、僕が身を乗り出したら。
一体全体なにがあったのか、どうしてそうなったのか。
彼女は次の瞬間、ブハーッと盛大に笑い出した。
なにがどうなっている。
「くっ、くふふふッ」
「ノルニル」
「く、くくく……」
「く?」
「く……っ」
く――⁉︎
「クッソまずい――‼︎」
え。
………………。
…………。
ちょ、今。
なんと――――?
「こっ、れ――最高だよ‼︎ 最高すぎる‼︎ マズイ‼︎ やばいよ、これめっっっちゃクソ、まずい‼︎ ひい、ヒャハハハハハハハハハハハッ‼︎」
聞き返す前に、彼女はそう連呼した。
「なんなのこれ‼︎ どうしたのこの味‼︎ この匂いで……この味ィ⁉︎ 皿の上で起こってるとは思えない超常現象‼︎ ヒィー、ヒィィ‼︎ やばすぎ‼︎」
いや。
いやいやいや。いやいやいやいや!
「おかしいだろ! ま、まずいだって⁉︎ なにかの間違いだ。そんなはずあるか‼︎」
あまりにもな評価に、思わず声が震える。
それもまたおかしいのか、ノルニルは顔を天井に向けて大笑いする。
「全てマニュアルどおりだ。君の味覚がおかしいんだろう⁉︎」
三百年もロクなもの食べてこなかったから、味覚が劣化しているに違いない。
「いいから、もう一口食べてみろ」
「わかった」
ぱくっとまた頬張って。
「んっ、くっ、くっくっ、んふっふふふふぅ……」
ぷるぷると笑いを堪えるノルニル。
なあおい、嘘だろ。
「やっぱりまずいよ」
「そんな‼︎」
「ねえ、ライ君、これ味見した?」
「味見? …………って、なんだ」
機械の僕には不要ということで、嗅覚はあっても味覚が存在しない。
味見だなんて概念は、この時はまだなかった。
「あー、なるほど、そういうねェ。にしても、この見た目でよくもこんな……ふふ、くひひひひっ」
「笑うくらいなら食べるなよ」
その一口食べるたびにオホオホ笑うのやめろ。
僕は両手で顔を覆う。なんてことだ、完璧どころか最悪じゃないか。
まずいって……。
料理なんてしたことはなかったけど、別におかしなことはしなかったし。手順は守った。
それなのにどうしてこうなった。
あんな簡単すぎるマニュアルなのに、遂行できなかった僕って、一体……。
「ん、……っ、く」
まずい、ゲラゲラ、まずい、ゲラゲラを繰り返し、それでも気を使っているのかスプーンの行き来をやめないノルニルに、どう返していいかわからず。
顔を上げて、彼女の方を再び見ると。
「っ――」
僕は一瞬フリーズした。
何故って。
彼女が、涙を零していたからだよ。
「ノルニル……」
今までクソまずいを連呼していた彼女が。
カレーをゆっくり口に運びながら。
ぽろっ、ぽろっと。
「も、もういい。食べなくても」
泣くほどまずいってか。
そりゃ彼女も辛いだろうけど。
正直、僕も辛いよ。
「おねーちゃん……」
「え……」
「の、あじ。おねーちゃんの、味だ、これ」
「なに言ってる」
「セシャットおねーちゃんのごはん、おねーちゃんのクッソまずいごはんの味だよ、これ……ッ‼︎ うっ、うううううっ、ッ」
ノルニルは言って、わあッと泣き出した。
食べかけの皿の上に、ぽたり、ぽたりとほうき星のような涙の粒が落ちる。
僕はなんて声をかけるべきかわからない。
でも、僕が作ったこの料理を、彼女はなつかしいと言って、食べるのだ。
まずいはずなのに。食べ続ける。
「ぼくのお姉ちゃん。スゴイ料理の腕を持ってて……っ、作る料理全部なぜかまずくって、もう壊滅的通りこして、天才的ってくらいで」
「最高級の褒め言葉だな」
「ライ君の作ったこのカレー、ほんとにそのまんまなんだ。思い出したよ、おねーちゃんの味っ……今まで、忘れちゃってた……。おねーちゃん、セシャットおねーちゃん……ッ……っううっあぁあああ~」
震えた手でスプーンを握って、泣きじゃくる彼女を前に。
僕は複雑な気分だったわけだけど。
彼女の流している涙が苦しみの涙じゃないと知って。少し、ほっとしたのだ。




