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アストライト・ジャーニー ~終星の魔女と機械兵~  作者: 天野 肇
第5章 機械兵かんたんクッキング

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6

 お姉ちゃん――度々、話に出てくる人だな。


「うん。そう、いつも料理作ってくれた。ぼくのお姉ちゃんはね、『台所の魔女』って言われて恐れられてたんだよ」


 ヒヒッと笑う彼女を見ていて、末っ子だとなんとなく思っていたんだ。


「怒るとすっごく怖いけど、いつもはとっても優しいんだ。いい匂いがして、すっごく美人で、魔法を使うのが上手で、寝る前にはいつも楽しい話をしてくれて、ぼくのママ代わりになってくれたの」

「ああ……、君の両親は、戦争で……」

「ううん、違うよ。ママはね、病気で死んじゃったの。それでパパは、ママが死ぬ前にアイジンつくって、どっかいった」

「ん、なッ」

 結構な複雑家庭だった。

「変なことを聞いたな」

「いいよ。もうずーっと昔のことだからね。それに久しぶりに家族のこと思い出して、言葉にできたよ。やっぱり、話せる相手がいるって、いいよね!」


 膝を抱えて揺れるノルニルは今日見る中では一番嬉しそうだった。


「わああああ‼︎ いい匂い‼︎ そうだった……カレーってこんな匂いだったんだよね‼︎」


 それから所要時間きっかりに調理が終わり。

 皿の上の白米の山に、好きなだけカレールウをかけてやれば、スパイシーな香りにそそられ、彼女は目を金色に輝かせて鼻をひくひくさせる。


「めっちゃ美味しそうだよ‼︎ こんなの食べられるなんて‼︎ 夢みたいだ‼︎ わはぁああ‼︎ いい匂いすぎるよ‼︎ やばあああい‼︎ ここまで生きててよかったって思うもんこれ‼︎」


 具材は柔らかく、かつ煮崩れさせず、食べやすいサイズで。アクもきっちり取った。ルウも絶妙なタイミングで投入した。鍋底も焦げていない。

 彼女が手を叩いて歓喜するのも当然だ。文句のつけどころもなく完璧なのだから。

 機械として完璧以外はありえないからな。

 テーブルも椅子もなかったけど。ほかほかと湯気立てる皿の上の香りが、今だけはこの地下廃都市の一端を一流レストランに変えてくれた。

 エプロンをその辺に畳んで、僕は自信満々に言う。


「さあ、好きなだけ食べて空腹を満たせばいいさ」


 当初の命の奪い合いから、こんな場所でこんなふうに料理をすることになるなんて。一体誰が予想できたのか、だがもうこの際気にしない。色々なんかおかしかったとしても、僕はこれで食料確保という今日のノルマを無事達成したのだから。色々おかしいかもしれないけど。


「いただきまァーす」


 僕が見守る中、全ての具をスプーンに乗せて、彼女はパクッと大きな一口。

 もぐもぐっと頬を動かして、次にビクッと肩を震わせた。


「んっ、んんんッ……」


 そしてまたもぐもぐ。


「ん、ん、んんんんんッ‼︎」


 もぐもぐ。


「んんんんんッ~‼︎」

「引きすぎだろ、どうなんだよ」


 と、僕が身を乗り出したら。

 一体全体なにがあったのか、どうしてそうなったのか。

 彼女は次の瞬間、ブハーッと盛大に笑い出した。

 なにがどうなっている。


「くっ、くふふふッ」

「ノルニル」

「く、くくく……」

「く?」

「く……っ」


 く――⁉︎


「クッソまずい――‼︎」


 え。

 ………………。

 …………。

 ちょ、今。

 なんと――――?


「こっ、れ――最高だよ‼︎ 最高すぎる‼︎ マズイ‼︎ やばいよ、これめっっっちゃクソ、まずい‼︎ ひい、ヒャハハハハハハハハハハハッ‼︎」


 聞き返す前に、彼女はそう連呼した。


「なんなのこれ‼︎ どうしたのこの味‼︎ この匂いで……この味ィ⁉︎ 皿の上で起こってるとは思えない超常現象‼︎ ヒィー、ヒィィ‼︎ やばすぎ‼︎」


 いや。

 いやいやいや。いやいやいやいや!


「おかしいだろ! ま、まずいだって⁉︎ なにかの間違いだ。そんなはずあるか‼︎」


 あまりにもな評価に、思わず声が震える。

 それもまたおかしいのか、ノルニルは顔を天井に向けて大笑いする。


「全てマニュアルどおりだ。君の味覚がおかしいんだろう⁉︎」


 三百年もロクなもの食べてこなかったから、味覚が劣化しているに違いない。


「いいから、もう一口食べてみろ」

「わかった」


 ぱくっとまた頬張って。


「んっ、くっ、くっくっ、んふっふふふふぅ……」


 ぷるぷると笑いを堪えるノルニル。

 なあおい、嘘だろ。


「やっぱりまずいよ」

「そんな‼︎」

「ねえ、ライ君、これ味見した?」

「味見? …………って、なんだ」


 機械の僕には不要ということで、嗅覚はあっても味覚が存在しない。

 味見だなんて概念は、この時はまだなかった。


「あー、なるほど、そういうねェ。にしても、この見た目でよくもこんな……ふふ、くひひひひっ」

「笑うくらいなら食べるなよ」


 その一口食べるたびにオホオホ笑うのやめろ。

 僕は両手で顔を覆う。なんてことだ、完璧どころか最悪じゃないか。

 まずいって……。

 料理なんてしたことはなかったけど、別におかしなことはしなかったし。手順は守った。

 それなのにどうしてこうなった。

 あんな簡単すぎるマニュアルなのに、遂行できなかった僕って、一体……。


「ん、……っ、く」


 まずい、ゲラゲラ、まずい、ゲラゲラを繰り返し、それでも気を使っているのかスプーンの行き来をやめないノルニルに、どう返していいかわからず。

 顔を上げて、彼女の方を再び見ると。


「っ――」


 僕は一瞬フリーズした。

 何故って。

 彼女が、涙を零していたからだよ。


「ノルニル……」


 今までクソまずいを連呼していた彼女が。

 カレーをゆっくり口に運びながら。

 ぽろっ、ぽろっと。


「も、もういい。食べなくても」


 泣くほどまずいってか。

 そりゃ彼女も辛いだろうけど。

 正直、僕も辛いよ。


「おねーちゃん……」

「え……」

「の、あじ。おねーちゃんの、味だ、これ」

「なに言ってる」

「セシャットおねーちゃんのごはん、おねーちゃんのクッソまずいごはんの味だよ、これ……ッ‼︎ うっ、うううううっ、ッ」


 ノルニルは言って、わあッと泣き出した。

 食べかけの皿の上に、ぽたり、ぽたりとほうき星のような涙の粒が落ちる。

 僕はなんて声をかけるべきかわからない。

 でも、僕が作ったこの料理を、彼女はなつかしいと言って、食べるのだ。

 まずいはずなのに。食べ続ける。


「ぼくのお姉ちゃん。スゴイ料理の腕を持ってて……っ、作る料理全部なぜかまずくって、もう壊滅的通りこして、天才的ってくらいで」

「最高級の褒め言葉だな」

「ライ君の作ったこのカレー、ほんとにそのまんまなんだ。思い出したよ、おねーちゃんの味っ……今まで、忘れちゃってた……。おねーちゃん、セシャットおねーちゃん……ッ……っううっあぁあああ~」


 震えた手でスプーンを握って、泣きじゃくる彼女を前に。

 僕は複雑な気分だったわけだけど。

 彼女の流している涙が苦しみの涙じゃないと知って。少し、ほっとしたのだ。

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