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……なんだったんだ、今のは。
理解し難い現象だ。頭部、あるいは視覚ユニットを強打した影響によるシステムエラー。そう判断するのが一番合理的ではある。
だが、胸部中枢の奥で、かすかな異常反応が生じていた。
解析不能なエネルギー反応。それが、僕の胸の奥で波打つ。
「……なんだ、これは」
次の瞬間、腕の中のノルニルの胸元に淡い光が滲んだ。
服の内側から透けるような、星の欠片みたいな光。
僕はその反応を知識として知っている。
マギアの命と魔力の核――星命ノ輝石。
通常、左胸部の内側に存在するその輝石は、魔力の消耗が激しい時や生命活動に異常が生じた時、光として表層に現れることがある。
ノルニルの顔色は先ほどよりも悪く、体は氷のように冷たくなっていた。
医療用アンドロイドでなくとも、彼女の容体が芳しくないことだけは判断できる。
僕は慎重に、彼女の胸元へ手をかざした。掌に仕込まれたセンサーで、魔力核の位置と生命反応を確認する。淡い光の震えが、数値ではなく感覚のように伝わってくる。
そして、気づいた。
ノルニルの星命ノ輝石に、わずかな破損を検知した。
「細くて、古い……傷。……ひびが入っているのか?」
輝石は彼らの命そのもの。破損は致命的なはずだ。
こんな状態で、力を行使していたのか。
一体、いつからこの状態に――。
だが、答えを得る前に、胸部中枢の奥の解析不能反応が強くなった。
僕の内側で震えていた何かが、ノルニルの輝石の光に呼応する。
《共鳴率、上昇》
そんな表示が視界の端に浮かんだ。
共鳴。いったい何が――
僕の中の何が、彼女の輝石と呼び合っている。
わからない。ただ、彼女の生命反応が安定するまでは手を離さない。僕はそう決め、そのまま胸元に手をかざし続けた。
すると、蛍火のようだったノルニルの胸の光がわずかに安定した。
同時に、僕の胸部中枢の奥から、何かが流れ出している感覚があった。
彼女の傷ついたその部分を、まるで労り、優しく包むように。
これは……まさか、魔力、なのか。僕は機械兵だ、魔力など、そんなもの存在しないはずなのに――。
戸惑っているあいだにも、彼女の呼吸は次第に深くなり、頬にほんのりと血の気が戻っていく。
光が落ち着くにつれ、弱っていた生命反応も安定域へ近づいていった。僕が、彼女に何かを供給している、そうとしか思えなかった。
いまだ熱を持った自分の左胸に手をやる。
だが、何もわからない。自分のことだというのに――。
「………………う、ん――ッ……ライ、君?」
その時。
腕の中のノルニルが窮屈そうに身をよじり、目を覚ました。
「ここどこ……エッ……⁉︎ ライ君、なんか光ってる……って――うぇええええええ⁉︎」
起きて早々騒がしい。
寝ぼけ眼だった彼女は僕と目を合わせると、飛び跳ねるようにして絶叫した。
「ライ君‼︎ どっどっ、どしたの‼︎ なんか腕とれてるし、顔ハゲてるし、首曲がってるし、全体的に光ってるし‼︎ なにがどうなってんの‼︎ 怖すぎ‼︎」
「ああ……さっきぶつけて、ちょっと折った」
「冷静に受け止めてて、なおのこと怖い‼︎」
まったく、やかましいマギアだな。
だが、その声が戻ったことに、胸部中枢の奥がまた小さく波打つ。
名前のつけようのない反応。
……これは異常だ。
稼働に支障はないが、少なくとも今は、そう処理するほかなかった。
「ライ君、平気?」
「君こそ。まあ、それだけ元気なら、もう大丈夫なんだな」
「うっ、うん」
「ならいい」
言われて察したのか、ノルニルはエプロンを握り、瞳の色を藍色に変えた。
「ごめん……たぶんそうなったの、ぼくのせいだよね。すごく痛そう……ごめんね」
「痛くはないさ。壊れただけだからな」
「でも痛そうだよ。見てて思うもん……待ってね、今なんとかするから」
ノルニルは僕の外れた腕を小さな手で支え、目を瞑った。
じんわりと伝わる暖かさが、腕と破損部位を包み込む。それはなんとも口にして表し難い妙な感覚だったが、彼女が何をしていて、今何が起きているのかは理解できた。
本来なら決して繋がるはずのない片腕と肩口。その断面から伸びたコードと骨組みが結びつき、内側の装甲、外側のスキンもろとも再生していく。いや――再生しているんじゃない。元の状態へ戻っているのだ。
破損した顔面外装も、折れて機能しなくなった翼も、曲がっていた頸部も。激突によってできた細かな傷まで、映像を逆再生するように、するすると元へ戻っていく。
秒針のような音が、ゆっくりと三度響いた。
その音が鳴り終わった時、僕のボディは山小屋を出た時と同じ状態へ戻っていた。
繋がった腕を回し、指を一本一本動かしてみる。すべて支障なく動く。なるほど、テクナが生み出した技術に、決して劣ることのない力だと今なら認められる。
「僕がショートした時も、こうして直したってわけか」
これではっきりした。
「ノルニル。君の魔法は――『時間』を支配する力だな」
「バレちゃったか」
苦笑を浮かべた彼女の力について、僕が現時点で把握できた情報はそう多くない。だが、そのすべてに共通点はある。
僕の背後に回り込み、タナトスとの戦闘でも用いた――『停止』。
対象の時間進行を速め、驚異的な速度を可能にする――『加速』。
対象を以前の状態へ近づける――『巻き戻し』。
これが、謎めいた技の正体――。
世界のルールに逆らうほどの、こんな馬鹿げた魔法は聞いたことがない。




