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アストライト・ジャーニー ~終星の魔女と機械兵~  作者: 天野 肇
第4章 誰が為の命令

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3

 ……なんだったんだ、今のは。

 理解し難い現象だ。頭部、あるいは視覚ユニットを強打した影響によるシステムエラー。そう判断するのが一番合理的ではある。


 だが、胸部中枢の奥で、かすかな異常反応が生じていた。

 解析不能なエネルギー反応。それが、僕の胸の奥で波打つ。


「……なんだ、これは」


 次の瞬間、腕の中のノルニルの胸元に淡い光が滲んだ。

 服の内側から透けるような、星の欠片みたいな光。

 僕はその反応を知識として知っている。


 マギアの命と魔力の核――星命ノ輝石(アストライト)。


 通常、左胸部の内側に存在するその輝石は、魔力の消耗が激しい時や生命活動に異常が生じた時、光として表層に現れることがある。


 ノルニルの顔色は先ほどよりも悪く、体は氷のように冷たくなっていた。


 医療用アンドロイドでなくとも、彼女の容体が芳《かんば》しくないことだけは判断できる。

 僕は慎重に、彼女の胸元へ手をかざした。掌に仕込まれたセンサーで、魔力核の位置と生命反応を確認する。淡い光の震えが、数値ではなく感覚のように伝わってくる。

 そして、気づいた。


 ノルニルの星命ノ輝石(アストライト)に、わずかな破損を検知した。


「細くて、古い……傷。……ひびが入っているのか?」


 輝石は彼らの命そのもの。破損は致命的なはずだ。

 こんな状態で、力を行使していたのか。

 一体、いつからこの状態に――。

 だが、答えを得る前に、胸部中枢の奥の解析不能反応が強くなった。

 僕の内側で震えていた何かが、ノルニルの輝石の光に呼応する。


《共鳴率、上昇》


 そんな表示が視界の端に浮かんだ。

 共鳴。いったい何が――

 僕の中の何が、彼女の輝石と呼び合っている。

 わからない。ただ、彼女の生命反応が安定するまでは手を離さない。僕はそう決め、そのまま胸元に手をかざし続けた。

 すると、蛍火のようだったノルニルの胸の光がわずかに安定した。

 同時に、僕の胸部中枢の奥から、何かが流れ出している感覚があった。

 彼女の傷ついたその部分を、まるで労り、優しく包むように。


 これは……まさか、魔力、なのか。僕は機械兵だ、魔力など、そんなもの存在しないはずなのに――。


 戸惑っているあいだにも、彼女の呼吸は次第に深くなり、頬にほんのりと血の気が戻っていく。

 光が落ち着くにつれ、弱っていた生命反応も安定域へ近づいていった。僕が、彼女に何かを供給している、そうとしか思えなかった。


 いまだ熱を持った自分の左胸に手をやる。

 だが、何もわからない。自分のことだというのに――。


「………………う、ん――ッ……ライ、君?」


 その時。

 腕の中のノルニルが窮屈そうに身をよじり、目を覚ました。


「ここどこ……エッ……⁉︎ ライ君、なんか光ってる……って――うぇええええええ⁉︎」

 

 起きて早々騒がしい。

 寝ぼけ眼だった彼女は僕と目を合わせると、飛び跳ねるようにして絶叫した。


「ライ君‼︎ どっどっ、どしたの‼︎ なんか腕とれてるし、顔ハゲてるし、首曲がってるし、全体的に光ってるし‼︎ なにがどうなってんの‼︎ 怖すぎ‼︎」

「ああ……さっきぶつけて、ちょっと折った」

「冷静に受け止めてて、なおのこと怖い‼︎」


 まったく、やかましいマギアだな。

 だが、その声が戻ったことに、胸部中枢の奥がまた小さく波打つ。

 名前のつけようのない反応。

 ……これは異常だ。

 稼働に支障はないが、少なくとも今は、そう処理するほかなかった。


「ライ君、平気?」

「君こそ。まあ、それだけ元気なら、もう大丈夫なんだな」

「うっ、うん」

「ならいい」


 言われて察したのか、ノルニルはエプロンを握り、瞳の色を藍色に変えた。


「ごめん……たぶんそうなったの、ぼくのせいだよね。すごく痛そう……ごめんね」

「痛くはないさ。壊れただけだからな」

「でも痛そうだよ。見てて思うもん……待ってね、今なんとかするから」


 ノルニルは僕の外れた腕を小さな手で支え、目を瞑った。

 じんわりと伝わる暖かさが、腕と破損部位を包み込む。それはなんとも口にして表し難い妙な感覚だったが、彼女が何をしていて、今何が起きているのかは理解できた。

 本来なら決して繋がるはずのない片腕と肩口。その断面から伸びたコードと骨組みが結びつき、内側の装甲、外側のスキンもろとも再生していく。いや――再生しているんじゃない。元の状態へ戻っているのだ。


 破損した顔面外装も、折れて機能しなくなった翼も、曲がっていた頸部《けいぶ》も。激突によってできた細かな傷まで、映像を逆再生するように、するすると元へ戻っていく。


 秒針のような音が、ゆっくりと三度響いた。


 その音が鳴り終わった時、僕のボディは山小屋を出た時と同じ状態へ戻っていた。

 繋がった腕を回し、指を一本一本動かしてみる。すべて支障なく動く。なるほど、テクナが生み出した技術に、決して劣ることのない力だと今なら認められる。


「僕がショートした時も、こうして直したってわけか」


 これではっきりした。


「ノルニル。君の魔法は――『時間』を支配する力だな」

「バレちゃったか」


 苦笑を浮かべた彼女の力について、僕が現時点で把握できた情報はそう多くない。だが、そのすべてに共通点はある。


 僕の背後に回り込み、タナトスとの戦闘でも用いた――『停止《ストップ》』。

 対象の時間進行を速め、驚異的な速度を可能にする――『加速《アクセル》』。

 対象を以前の状態へ近づける――『巻き戻し(リリース)』。


 これが、謎めいた技の正体――。

 世界のルールに逆らうほどの、こんな馬鹿げた魔法は聞いたことがない。

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