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彼女が気絶している今なら、魔法は使われない。とても、とても容易いことだ。指一本でだって遂行する自信がある。
忘れていた。僕はこれまでずっと、この子と仲良しごっこに興じていただけだったことを。
意味もない会話をして。一緒に化け物を倒して。機械兵の僕には、取るに足らないことだらけだったというのに。
テクナの悲願を忘却し、挙げ句、マギアと行動を共にするなんて。なんという醜態。
もしかしたら、それすらノルニルの魔法だったのかもしれないな。
――でも。
今、この時なら、しくじることはない。
僕は転がっていた『鬼殺し』へ指を伸ばし、引き寄せる。
感情プログラムなんて、やはり必要なかった。こんなバグがあったせいで、とんだ茶番劇に振り回されることになった。
僕は、機械兵。
僕はどこまでいっても機械で、傷つけることしかできない兵器なんだ。
感情など、ない。
あったとしても、それは偽物。
惑わされているだけだ。
思い出せ。
目的を。
なんのために存在しているのかを。
戦い、敵を殲滅する――。
それこそが僕の――。
冷たい指先を揃え、ノルニルの急所を捉える。
それだけで、すべてを終わらせることができる。
「――ほんとうに、それでいいの?」
顔を上げると、
「……トート…………博士……?」
僕と同じ顔をした、眼鏡に白衣の男性がしゃがみ込んで笑っていた。
うそだ。
何故。
いや――。
「生きて……いたのか」
「ねえ、ほんとうにそれでいいのかい。君は」
「は……?」
「言っただろう。よく考えなさいと。ほんとうに相手を目の前から消してしまっていいのか、どうか」
「なに言って……」
「前にした話だよ。君には、テクナ軍から与えられた決まりごとがある。でも、それだけが君のすべてじゃない。今の君は見て、考えて、迷うことができるんだから」
「マギアは敵だ……博士。外を見ただろ。テクナも見当たらない。荒廃した土地がずっと広がっている。みんなマギアが壊したから、ああなったんじゃないのか」
そう言うと、トート博士は小さく横に首を振る。
「ほんとうに悪い人なんて、きっとどこにもいないんだよ」
「博士、なに言ってるんだ」
「その子は、君の敵なのかい」
「それは……」
「少なくとも彼女は、君を敵とは思っていないだろうね。君を助けてくれたんだから」
「博士」
「確かに感情プログラムは後付けのオプションでしかない。でも、君の中に根付いた、マギアを敵とみなす思考だって、軍から与えられたものだ。君自身の憎しみじゃない。だから勘違いをしてはいけないよ。君は、彼らを殺したくて殺そうとしているんじゃないんだ」
「でも――それじゃあテクナは」
「君に直接命令を下す者はもういない。でも、君の中にはまだ彼らが残した枷がある。だからこそ、考えるんだ。自分が、ほんとうはどうしたいのかを」
博士は笑う。あの頃のように。
「…………ふふ、ライか。いい呼び名をもらったじゃないか」
掴みどころのないことを言って。
答えが欲しいのに、いつもそうだ。
あなたは、与えてくれない。
「博士……僕はどうしたら――」
問いかけた時には、まるで最初からそこには誰もいなかったみたいに。
トート博士の姿は、音もなく消えた。
残されたのは、薄く発光する僕の体と、腕の中で眠るノルニルだけだった。




