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刀身が空気を裂くたび、シャキン、シャキンと刃を研ぐような音が鳴る。化け物が勢いよく方向転換し、再びこちらへ迫ってきた。ノルニルが、刀を構えた僕と化け物とを交互に見て、上ずった声を出す。
「ちょっと待ってオニイサン! そんな細っこいのでやる気ですか……⁉︎」
「当たり前――ッだろ‼︎」
「ひぎあ⁉︎」
大地を裂き、猛進してくる山のような化け物へ、僕も真正面から向かっていく。
「無茶なことしすぎぃい――‼︎」
「お荷物は黙ってろ‼︎」
数度大地を蹴って跳躍し、全身の遠心力を乗せて一閃を描く。奴の顔面へたどり着くより先に、やはり二本の尾が伸びてきた。だが――この刀の一閃は、弾丸よりも鋭く、熱い。
振り抜いた直後、蛍光グリーンの体液が激しく飛び散り、両断された二本の尾が大地へ落ちた。キィイイイイ――! と化け物が天へ向かって叫び声をあげる。
「切れた⁉︎」
どれだけ時間が経とうと錆びを知らない、変わらぬこの切れ味。流石だ――。
『鬼殺し』の刀身は、黒耀鋼と呼ばれる超高密度の複合素材で造られている。鋼よりも軽く、セラミックより粘り強く、超硬合金よりも刃こぼれしにくい。そして何より、極めて折れにくい。衝撃を受ければ内部の層がわずかにたわみ、負荷を逃して元の形へ戻る。硬さとしなやかさを同時に成立させた、かつてテクナが到達した技術の極点――それがこの一振りだ。
散々煩わせてくれたあの人も、たまにはいいものを搭載してくれる。……なんて悦に浸っている場合でもない。
尾を切り落とされて激昂した化け物が、ただでさえ大きな口腔をさらに広げ、大地を抉りながらそのまま僕らを飲み込まんと襲いかかってくる。
上空へ逃げるか。いや、だめだ。まだ尾が一本残っている。空中で捕らえられてしまう。せめて両腕が使えれば、もっと確実な一撃を叩き込めるのに。
「ライ君……飛んで‼︎」
突然の指示に、僕は地面を蹴って翼を広げた。その瞬間、違和感を覚える。
速い。
僕自身が把握している機体の限界速度を遥かに超えて、体が上空へ駆け上がっていく。翼が破損している今の状態で、こんな速度が出せるなんて論理的にあり得ない。それどころか、全身が妙に軽い。
これは――。
「ノルニル、君か」
「うん。ちょっと応援のおまじないをね。これでいつもよりずっと速いはず!」
なるほど、そういうことか。悪くない。
僕はさらに高度を上げ、奴の尾が届かないところまで上昇してから、彼女に告げる。
「悪いけど、少し我慢してくれ」
「は……なにを?」
「ちゃんと受け止めるから」
抱えていた彼女から、迷いなく手を離した。僕の発言と表情から意味を察したのか、青ざめたノルニルは絶叫しながら重力に従って落ちていく。
「ギィァアアアアアアアアア⁉︎」
この人でなし……! と器用に罵声を飛ばす彼女に「機械兵だからな」と一蹴して追い越し、僕は真下で大口を開けて獲物が落ちてくるのを待っている化け物目掛けて急降下する。
落下高度、重力加速度、空気抵抗。彼女が地面へ到達するまで、七秒弱。今の僕なら、充分すぎる。
両手で『鬼殺し』の柄を握り、切っ先を真下へ固定する。加速する。もっと。もっとだ。限界まで――加速せよ‼︎
そして……あの外殻を貫け――‼︎
口腔の奥へ突き立てた刀身が、限界まで高めた加速によって奴の硬く分厚い外殻を突き破った。そのまま機体ごと走らせ、中の肉ごと一気に切り裂いていく。
超音波のような奇声をあげ、奴が暴れ狂おうと、蛍光グリーンの体液を噴水のように噴き上げようと、止まらない。尾の付け根まで一気に切り開き、巨体へ綺麗な一本線を刻む。そこから急旋回し、今度は山のような体を支える脚へ狙いを定めた。
一本。二本。三本。斬り落とすたびに加速していく。
すごいな。これでもまだ、速度を上げられるというのか。
残る脚もすべて斬り崩し、完全に動きを封じる。飛び散った体液を振り切りながら今一度舞い上がり、急旋回。狙うのは、胴と頭部の接続部。
生き物ならば、その多くは頭部に全身へ命令を送る中枢を持っている。どうやらこの化け物も、そこは同じらしい。左右から二度斬りつけ、胴と頭部を完全に切断する。
ようやく、動く山のようだった巨体が停止した。
化け物の残骸の上へ降り立ち、僕は『鬼殺し』を一振りして、刀身に付着した体液を払う。久々の戦闘だが、やはり実感する。
自分は、戦ってこそ生きる存在なのだと。
そうあるようテクナによって刷り込まれた存在意義ではある。それでも僕にとって戦いは、機械としての充足を感じさせてくれる。機械兵は、こうでなくては。
……ん。頭上から何か聞こえるな。
………………………………………!
おっと。忘れてた――。
七秒弱。
『鬼殺し』を残骸へ突き立て、僕は真上から落下してくる彼女へ飛び上がる。ただ腕で受け止めれば、その衝撃だけで彼女の体が壊れる。
まず彼女と同じ方向へ急降下して速度を合わせる。相対速度を限界まで殺し、体を抱き止めた瞬間、背部スラスターを低出力で噴射。腕部フレームと全身の駆動系を使って、残った勢いを段階的に逃がしていく。
そして、地面すれすれでようやく停止した。
「いったぁ――‼︎」
「着地成功だろ」
「きみって……ほんとに! 落とすなんてひどいじゃないのさ!」
「結果オーライだ。化け物は倒した」
「え……勝った⁉︎」
「ああ」
飛び出しそうなくらい目を丸くさせ、ノルニルは辺りを見回す。そして、僕が立っている場所が何なのか理解したようだった。
「うそっ……ほんとに、ほんとに倒した……。すっ、すごいや……すごいやライ君! タナトスを一人で倒すなんて……‼︎」
まあ……君の力がなければ、かなり厳しい状況だったかもしれない。――ということは、なんとなく口に出したくない。
「それでタナトスって――」
「キャッホー! 勝った勝った勝った! 勝っちゃった! すっごおおおおい‼︎」
「君の魔法なんだが――」
「ライ君すっごい! あっ、でもぼくの魔法もすっごい! 二人ともすっごい! 勝利だ勝利! ウインナーーーーーーーーーッ‼︎」
「おい……」
ウインナーって……。ひょっとしてWINNERって言いたいのか?
双眼を金色に輝かせ、腕の中でぴょんこぴょんこと浮かれるノルニルは、完全に僕の話を聞いていない。




