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アストライト・ジャーニー ~終星の魔女と機械兵~  作者: 天野 肇
第2章 箱庭の楽園

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6


「いただきます!」


 ぱちんと手を合わせた彼女は、喜々としてそれらを口に運ぶ。

 僕は目の前に用意された皿へスプーンを沈め、スープの底を探る。なんだ、この感触は。どろっとする。キノコだとか、木の実だとか、そういう具材が入っているわけでもない。原料が全くわからない。

 このスープは、なにで作られた。


「これはなんだ」

「なにって、二回目のごはん。お昼ごはん」

「そうじゃない。原材料を聞いている」

「えっ……? スープはあれだよ、ほら、スライムワームを潰して煮込んだの。畑にたくさん湧くやつさ」

「芋虫のスープ⁉︎」

「そうだよ。あんまり味しないけど、タンパク質はたっぷりだし。ミントグリーンが素敵でしょ? サラダはね、家の前に生えてる花を摘んで作ったんだよ! 名前は忘れちゃったけど、まあたぶん栄養はあるよ! すっごい苦いけど……」


 言われて僕はサラダをひと摘みし、シリコンの舌――もとい解析器に乗せた。

 ……こ、こいつはひどい。

 栄養以前の問題だ。この植物たちは、生物が無闇に口にしていいものじゃない。

 茎や葉、花びらに至るまで毒素が含まれている。死には至らないだろうが、摂取すれば体を痺れさせ、腹痛や吐き気を引き起こすはずだ。間違っても食料とするものではない。

 だというのに彼女は、口いっぱいに放り込んで、もしゃもしゃ咀嚼(そしゃく)している。

 おいおい。うそだろ。

 致死量に至らなくとも、そんな毒草を一度に摂取したら、たとえマギアでもただでは済まない。体の基礎構造は、テクナとそう変わらないはずだろうし。


「あれ、座って食べないの?」

「そんなもの、立ち食いする気も起きないな」


 そう言った途端、彼女の瞳にまた炎が揺らめいた。


「な! なんなのさ、その言い方! そんなもの? 食べ物を粗末にしちゃいけないんだぞ⁉︎」


 いいや。断言する。そもそも、それは食べ物じゃない。

 食べちゃいけないものを食べているだけだ。要するに誤食だ、誤食。


「ノルニル。君、なんともないのか。このサラダを食べれば、体が痺れたり、腹を下したりするはずだぞ」

「えっ? ……んんん、そうだなあ。今はなんともないけど、けっこう、いや、かなーり昔に……お腹がぴーぴーして、吐き気も止まらなくなったことがあったかな……食べた後に必ず」

「それだ‼︎」

「でも気がついたらなくなってたなあ」


 信じられない。耐性がついたというのか。だからといって、それでいいと放置できるわけもない。耐性がついたとしても、植物だって環境に合わせて変化する。今は弱い毒でも、突然変異で猛毒にならないとは限らない。


「食べるのをやめるんだ」

「ええ! ちょっと、なにするのさあ!」


 毒草の山盛りを取り上げると、案の定の反応をされた。


「君に死なれたら困る。もっと安全なものを食してくれ」


 僕を破壊してもらうための、最後のトリガーなのだ。それまでは生かしておく必要がある。


「他に食材はないのか。そこの戸棚」

「ないよ。ビスケットもシリアルも、ハムもベーコンも、覚えてないくらい昔になくなった」

「庭があるな。まさかと思うが、家畜は」

「ヤギとニワトリがちょっとだけ。何代も勝手に増えて、勝手に減って、脱走して野生化した子もいるから、今はどれくらいいるか正確にはわかんないけど……」

「鶏卵とミルク用か。よし、少し殺して肉にしよう」

「やめて! かわいそう!」

「なに言ってる。家畜だろ」

「肉なら……たまにユカシタネズミを捕まえるから、それで足りてるよ」

「そいつは糞尿を撒き散らす害獣だろ⁉︎ そんなもの食べてたのか?」

「三百年も一人でやりくりしてきたんだよ⁉︎ 食べられそうなものはなんでも食べるよ!」


 キレられた。

 確かに。車椅子でたった一人なら、庭で草花をむしり、土を掘り返してとろい芋虫を採り、大人しい家畜から副産物を得るくらいしかできなかったのだろう。一体いつからそんなお粗末な生活をしているのかと問えば、覚えていないと言われた。


「他に食料を調達できそうな場所は」

「って言ったら、外に行くしかないかなあ。うんと遠くに」


 そうか。なら話が早い。


「えっ、どこ行くの?」


 どこって、話の流れ的に外だよ。

 すると彼女は慌てて車椅子を漕ぎ、外へ出ようとした僕の前に回り込んだ。


「じゃ、じゃあぼくも行くよ」

「同行は断る」

「ナンデ⁉︎」


 なんでって、君さあ。考えてもみろ、車椅子でどこまで行けると思う。

 推測するに、外はきっと荒れ放題なんてものじゃない。地形そのものが変わり、人が当たり前のように歩ける場所さえ残っていないかもしれない。それに、いちいち休みたいだの疲れただの言う君を、僕は待っていたくない。時間を無駄に浪費することこそ、機械にとっては苦行なのだ。


「ひどいこと言うな、きみ」


 ぶんむくれたってだめだぞ。白目を剥いてもだめだ。


「君はここで待っていればいい。僕がちゃんとした食料を探してきてやるから」

「それって、どのくらい」

「さあ。見つかるまでかな」

「いやだよ、ぼく待ちたくない!」


 両手を広げて身を乗り出しているのは、それは抱っこを要求しているのか?


「だめだったら。聞き分けがないな」

「ぼくはケンカに勝ったんだぞ! 偉いんじゃないの⁉︎」

「確かに君が勝者であることは認める。でも目的を達成するうえで遠回りになるなら、僕は君の申し出を断固拒否させてもらう」

「ぐぬぬ……意地悪なやつ」

「なんとでも言うがいいさ。僕は行くから」


 そう告げて、彼女の前を通り過ぎようとする。


「待って、待って…………いやだッ……‼︎」


 スピーカーが音割れを起こすほど強く叫ばれ、振り向いた。

 彼女の瞳は、また暗い深海色へと染まりつつあった。


「……行くなら、連れて行ってよ。お願いだよ」

「何度も同じことは言いたくない。時間の無駄だ。心配しなくても逃げはしない。ちゃんと戻ってくるさ」

「だめ。そう言って、みんな帰ってこなかった……! もう嫌なんだよ! 一人で待つのは……!」


 目を潤ませ、鼻を啜(すす)るノルニル。

 やれ……。僕は後頭部を軽くかきむしった。

 この一見大人しそうで、お転婆なマギアを説得するのに、あとどれほどの時間を浪費するのか。それこそ僕が強行突破に出れば、またさっきの妙な技を使われるだろう。だめだ。計測不能だ。


「はあ」


 ならば、お荷物を抱えて目的を達成した方が早いのかもしれない。非常に不本意だが。


「五分待つ。それまでに支度をするんだ。それ以上のタイムロスは許容しかねる」


 まったく。とんだマギアに起こされたものだ。

 同情してくれ、トート博士。



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