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「いただきます!」
ぱちんと手を合わせた彼女は、喜々としてそれらを口に運ぶ。
僕は目の前に用意された皿へスプーンを沈め、スープの底を探る。なんだ、この感触は。どろっとする。キノコだとか、木の実だとか、そういう具材が入っているわけでもない。原料が全くわからない。
このスープは、なにで作られた。
「これはなんだ」
「なにって、二回目のごはん。お昼ごはん」
「そうじゃない。原材料を聞いている」
「えっ……? スープはあれだよ、ほら、スライムワームを潰して煮込んだの。畑にたくさん湧くやつさ」
「芋虫のスープ⁉︎」
「そうだよ。あんまり味しないけど、タンパク質はたっぷりだし。ミントグリーンが素敵でしょ? サラダはね、家の前に生えてる花を摘んで作ったんだよ! 名前は忘れちゃったけど、まあたぶん栄養はあるよ! すっごい苦いけど……」
言われて僕はサラダをひと摘みし、シリコンの舌――もとい解析器に乗せた。
……こ、こいつはひどい。
栄養以前の問題だ。この植物たちは、生物が無闇に口にしていいものじゃない。
茎や葉、花びらに至るまで毒素が含まれている。死には至らないだろうが、摂取すれば体を痺れさせ、腹痛や吐き気を引き起こすはずだ。間違っても食料とするものではない。
だというのに彼女は、口いっぱいに放り込んで、もしゃもしゃ咀嚼している。
おいおい。うそだろ。
致死量に至らなくとも、そんな毒草を一度に摂取したら、たとえマギアでもただでは済まない。体の基礎構造は、テクナとそう変わらないはずだろうし。
「あれ、座って食べないの?」
「そんなもの、立ち食いする気も起きないな」
そう言った途端、彼女の瞳にまた炎が揺らめいた。
「な! なんなのさ、その言い方! そんなもの? 食べ物を粗末にしちゃいけないんだぞ⁉︎」
いいや。断言する。そもそも、それは食べ物じゃない。
食べちゃいけないものを食べているだけだ。要するに誤食だ、誤食。
「ノルニル。君、なんともないのか。このサラダを食べれば、体が痺れたり、腹を下したりするはずだぞ」
「えっ? ……んんん、そうだなあ。今はなんともないけど、けっこう、いや、かなーり昔に……お腹がぴーぴーして、吐き気も止まらなくなったことがあったかな……食べた後に必ず」
「それだ‼︎」
「でも気がついたらなくなってたなあ」
信じられない。耐性がついたというのか。だからといって、それでいいと放置できるわけもない。耐性がついたとしても、植物だって環境に合わせて変化する。今は弱い毒でも、突然変異で猛毒にならないとは限らない。
「食べるのをやめるんだ」
「ええ! ちょっと、なにするのさあ!」
毒草の山盛りを取り上げると、案の定の反応をされた。
「君に死なれたら困る。もっと安全なものを食してくれ」
僕を破壊してもらうための、最後のトリガーなのだ。それまでは生かしておく必要がある。
「他に食材はないのか。そこの戸棚」
「ないよ。ビスケットもシリアルも、ハムもベーコンも、覚えてないくらい昔になくなった」
「庭があるな。まさかと思うが、家畜は」
「ヤギとニワトリがちょっとだけ。何代も勝手に増えて、勝手に減って、脱走して野生化した子もいるから、今はどれくらいいるか正確にはわかんないけど……」
「鶏卵とミルク用か。よし、少し殺して肉にしよう」
「やめて! かわいそう!」
「なに言ってる。家畜だろ」
「肉なら……たまにユカシタネズミを捕まえるから、それで足りてるよ」
「そいつは糞尿を撒き散らす害獣だろ⁉︎ そんなもの食べてたのか?」
「三百年も一人でやりくりしてきたんだよ⁉︎ 食べられそうなものはなんでも食べるよ!」
キレられた。
確かに。車椅子でたった一人なら、庭で草花をむしり、土を掘り返してとろい芋虫を採り、大人しい家畜から副産物を得るくらいしかできなかったのだろう。一体いつからそんなお粗末な生活をしているのかと問えば、覚えていないと言われた。
「他に食料を調達できそうな場所は」
「って言ったら、外に行くしかないかなあ。うんと遠くに」
そうか。なら話が早い。
「えっ、どこ行くの?」
どこって、話の流れ的に外だよ。
すると彼女は慌てて車椅子を漕ぎ、外へ出ようとした僕の前に回り込んだ。
「じゃ、じゃあぼくも行くよ」
「同行は断る」
「ナンデ⁉︎」
なんでって、君さあ。考えてもみろ、車椅子でどこまで行けると思う。
推測するに、外はきっと荒れ放題なんてものじゃない。地形そのものが変わり、人が当たり前のように歩ける場所さえ残っていないかもしれない。それに、いちいち休みたいだの疲れただの言う君を、僕は待っていたくない。時間を無駄に浪費することこそ、機械にとっては苦行なのだ。
「ひどいこと言うな、きみ」
ぶんむくれたってだめだぞ。白目を剥いてもだめだ。
「君はここで待っていればいい。僕がちゃんとした食料を探してきてやるから」
「それって、どのくらい」
「さあ。見つかるまでかな」
「いやだよ、ぼく待ちたくない!」
両手を広げて身を乗り出しているのは、それは抱っこを要求しているのか?
「だめだったら。聞き分けがないな」
「ぼくはケンカに勝ったんだぞ! 偉いんじゃないの⁉︎」
「確かに君が勝者であることは認める。でも目的を達成するうえで遠回りになるなら、僕は君の申し出を断固拒否させてもらう」
「ぐぬぬ……意地悪なやつ」
「なんとでも言うがいいさ。僕は行くから」
そう告げて、彼女の前を通り過ぎようとする。
「待って、待って…………いやだッ……‼︎」
スピーカーが音割れを起こすほど強く叫ばれ、振り向いた。
彼女の瞳は、また暗い深海色へと染まりつつあった。
「……行くなら、連れて行ってよ。お願いだよ」
「何度も同じことは言いたくない。時間の無駄だ。心配しなくても逃げはしない。ちゃんと戻ってくるさ」
「だめ。そう言って、みんな帰ってこなかった……! もう嫌なんだよ! 一人で待つのは……!」
目を潤ませ、鼻を啜るノルニル。
やれ……。僕は後頭部を軽くかきむしった。
この一見大人しそうで、お転婆なマギアを説得するのに、あとどれほどの時間を浪費するのか。それこそ僕が強行突破に出れば、またさっきの妙な技を使われるだろう。だめだ。計測不能だ。
「はあ」
ならば、お荷物を抱えて目的を達成した方が早いのかもしれない。非常に不本意だが。
「五分待つ。それまでに支度をするんだ。それ以上のタイムロスは許容しかねる」
まったく。とんだマギアに起こされたものだ。
同情してくれ、トート博士。




