草原の奥へ(前編)
翌朝6時。
ユースケは窓から差し込む朝日で目を覚ました。
昨日確認した通り、この世界の日の出は6時で固定されている。
身体を起こし、大きく伸びをする。
「んー…」
昨日まで感じていた腕や足のだるさは、ほとんど残っていなかった。
「寝れば疲労も回復するのかな」
今のところ、心配していた筋肉痛もない。
空腹や疲労は現実に近いが、睡眠による回復にはゲームらしい補正があるのかもしれない。
ユースケは身支度を整え、1階の食堂へ向かった。
◇
朝食はパンとスープだった。
宿泊費に含まれているらしく、追加料金は必要ない。
豪華ではないが、朝から動くには十分な量だった。
周囲の席では、他の渡り人たちも食事をしている。
昨日のように泣いたり、取り乱したりしている者は少ない。
不安が消えたわけではないだろう。
それでも、何もしなければ生き残れない。
誰もが少しずつ、この世界での生活を受け入れ始めているように見えた。
「明日にはレベル10まで行けるかな」
「無理だろ」
「でも早く転職したいんだよ」
近くの席から会話が聞こえてくる。
ユースケも目標は同じだった。
まずはレベル10。
そして1次職への転職。
ただし、ブルースライムだけを倒し続けるより、強いモンスターを狙った方が効率は良いかもしれない。
朝食を終えたユースケは宿を出た。
◇
旅立ちの草原へ着くと、すでに多くの渡り人が戦闘を始めていた。
街に近い場所では、昨日と変わらずブルースライムが跳ね回っている。
初めて戦う者が多いのか、あちこちから掛け声や悲鳴が聞こえてきた。
昨日までなら、ユースケもこの辺りで戦っていただろう。
だが、ブルースライムの動きはある程度分かってきた。
昨日ヘルパーで確認したところ、草原の奥には別のモンスターも生息しているらしい。
「同じ敵だけじゃ分からないこともあるよね」
強い相手と戦うリスクはある。
それでも、この世界を理解するには新しい経験も必要だった。
「無理そうならすぐ戻ろう」
ユースケは街から離れる方向へ歩き出した。
進むにつれて、周囲の渡り人は少なくなっていく。
やがて街が遠くに見えるほど進んだ頃、前方の草むらが大きく揺れた。
白い影が飛び出す。
兎だった。
ただし、額には鋭く尖った角が生えている。
ユースケが意識を向けると、頭上に情報が表示された。
【ホーンラビット】
【レベル5】
「こっちも定番だね」
ユースケと同じレベル。
初心者向けのモンスターだとしても、油断できる相手ではない。
片手剣を抜き、木盾を構える。
次の瞬間、ホーンラビットが地面を蹴った。
「速い!」
白い身体が一気に距離を詰めてくる。
ユースケは咄嗟に横へ跳んだ。
鋭い角が目の前を通り過ぎる。
「危なっ!」
すれ違いざまに片手剣を振るったが、刃先がわずかに身体をかすめただけだった。
ホーンラビットは着地すると、すぐに向きを変える。
ブルースライムとは比べものにならない速さだ。
再び突進してくる。
ユースケは横へ動き、角をかわした。
追撃しようとするが、踏み込む前に距離を取られる。
「攻撃できる時間が短いな」
動きを見ながら、もう1度構える。
ホーンラビットが地面を蹴る。
回避。
距離を取る。
再び突進。
今度は、相手が着地する位置を予測して先に動いた。
白い身体が横を通り過ぎる。
その直後、ユースケは踏み込んだ。
「スラッシュ!」
片手剣が淡い光を帯びる。
振り抜いた刃が、振り返ろうとしたホーンラビットを正面から捉えた。
大きく体勢を崩す。
ユースケは逃さず、もう1歩踏み込んだ。
片手剣を振り下ろす。
ホーンラビットの身体が光の粒となって消えた。
【ホーンラビットを討伐しました】
【ラビットミートを獲得しました】
「速かったな…」
ユースケは周囲を確認してから、片手剣を下ろした。
ブルースライムより明らかに強い。
それでも、動きを見て対応すれば戦えない相手ではなかった。
その時、新たな通知が表示される。
【AGIが1上昇しました】
「おっ」
すぐにステータスを確認する。
【AGI】9+1
「回避を繰り返した影響かな」
初めてホーンラビットと戦い、何度も突進を避けた直後だ。
AGIが上がった原因としては十分に考えられる。
ただし、これだけでは断定できない。
「もう少し試してみよう」
ユースケは次のホーンラビットを探した。
◇
2体目との戦闘。
突進をかわす。
着地へ合わせて距離を詰める。
片手剣を振るい、相手が向きを変える前に離れる。
最初の戦闘よりも落ち着いて動けていた。
何度か攻防を繰り返し、ホーンラビットを倒す。
その直後。
【DEXが1上昇しました】
「今度はDEXか」
ユースケはステータスを開いた。
【DEX】9+1
「攻撃を当て続けた影響かもしれないね」
STRは剣を振り続けた時に上昇した。
今回は、素早いホーンラビットへ攻撃を命中させ続けた直後にDEXが上がっている。
攻撃することと、正確に当てること。
同じ戦闘行動でも、成長する能力は細かく分かれているのかもしれない。
「思った以上に作り込まれてるね」
ユースケは片手剣を握り直し、次のホーンラビットへ向かった。
だが、少し慣れてきたことが油断につながった。
ホーンラビットが突進してくる。
先ほどと同じようにかわそうとしたが、踏み出すタイミングが遅れた。
「っ!」
鋭い角が左足をかすめる。
熱を持ったような痛みが走り、身体がよろめいた。
ホーンラビットはすぐに向きを変える。
ユースケは慌てて追いかけず、木盾を構えた。
正面から突進を受け止める。
左腕に衝撃が走ったが、今度は体勢を崩さない。
距離が離れたところで、相手の動きをもう1度見る。
「焦らなくていい」
呼吸を整え、次の突進を横へかわす。
着地に合わせて片手剣を振るう。
数度の攻防の末、ホーンラビットは光の粒となって消えた。
【ホーンラビットを討伐しました】
周囲に別のモンスターがいないことを確認してから、ステータスを開く。
【HP】24/28
【MP】11/14
「4減ったか」
スラッシュを1回使用したため、MPは3減っている。
角が足をかすめた攻撃では、HPを4失ったらしい。
レベルが同じ相手でも、何度か攻撃を受ければ危険な状態になる。
「慣れてきた時が1番危ないね」
ユースケは近くの岩へ腰を下ろした。
傷薬を使うか考えたが、残りは3本しかない。
HPを10回復するため、今使うと効果の一部が無駄になる。
まずは少し休み、変化を確認することにした。
アイテムボックスから水筒を取り出し、水を飲む。
しばらくすると、ステータスの数値が変わった。
【HP】25/28
【MP】12/14
「ん?」
そのまま座って待つ。
さらに数分後。
【HP】26/28
【MP】13/14
「自然に回復してるね」
ユースケはヘルパーへ問いかけた。
(HPとMPの回復方法)
【HPとMPは時間経過で自然回復します】
(自然回復の速度)
【座位時は自然回復速度が上昇します】
【横臥時はさらに上昇します】
「横臥…寝転がるってことか」
座ることで回復速度が上がる。
さらに横になれば、もっと早く回復するらしい。
ただし、モンスターが出現する草原で無防備に寝転がるのは危険すぎる。
「戦闘中に寝転がって回復は絵面がシュールすぎるね」
思わず口元が緩む。
ゲームで座って回復するのは定番だが、寝転がるほど速くなる仕組みは初めてだった。
傷薬は戦闘中や、すぐに回復する必要がある時に使う。
安全を確保できる状況なら、座って自然回復を待つ。
「使い分けが大事になりそうだね」
また1つ、この世界の仕様が分かった。
HPとMPが十分に戻ったことを確認し、ユースケは岩から立ち上がった。
「よし、もう少し試してみよう」
◇
その後も、休憩を挟みながら戦闘を続けた。
突進を避ける。
片手剣を振るう。
距離を取り、動きを観察する。
最初は目で追うだけで精一杯だった速さにも、少しずつ慣れてきた。
そして――。
【レベルが6に上昇しました】
「上がったね」
ユースケはすぐにステータスを確認した。
【名前】ユースケ
【職業】ノービス
【レベル】6
【HP】30
【MP】15
【STR】10+1
【VIT】10
【AGI】10+1
【DEX】10+1
【INT】10
【LUK】10
「転職まであと4レベルか」
ブルースライムよりも、ホーンラビットの方が明らかに経験値は多い。
危険は増えたが、安定して倒せるならレベル上げの効率も良さそうだった。
ただし、少し慣れただけで攻撃を受けた。
油断すれば、すぐに状況は変わる。
「無理をせずに続けよう」
ユースケは片手剣を構え直した。
新しいモンスター。
新しい行動成長。
自然回復という新しい仕様。
この世界には、まだ知らないことが多すぎる。
だからこそ、確かめられることから1つずつ
試していく。
少し離れた草むらから、白い角が覗いた。
「次も慎重にいこう」
ユースケはホーンラビットの動きを見ながら、ゆっくりと距離を詰めていった。




