最初の夜
旅立ちの草原を後にしたユースケは、『第27始まりの街』へ戻ってきた。
戦っている間は気にならなかったが、北門をくぐった途端、強い空腹が押し寄せてくる。
「お腹減ったな…」
片手剣を振り続けた右腕。
木盾を支えていた左腕。
歩き回った足にも、疲労が残っていた。
「明日になって筋肉痛とかは勘弁してほしいね」
肩を回しながら、冒険者ギルドへ向かう。
まずは、草原で集めたスライムゼリーの換金だ。
◇
冒険者ギルドは、多くの渡り人で賑わっていた。
突然この世界へ閉じ込められ、誰もが生き残る方法を探しているのだろう。
ユースケも受付の列へ並んだ。
順番が来ると、アイテムボックスを開く。
「換金をお願いします」
「承りました」
受付嬢が端末をかざすと、スライムゼリーの数が表示された。
「スライムゼリー53個ですね」
「5,300Gで買い取らせていただきます」
1個100G。
宿泊費や食事代は分からないが、これだけあれば今日を乗り切ることはできそうだ。
「お願いします」
【スライムゼリー×53を売却しました】
【5,300Gを獲得しました】
【所持金:5,300G】
硬貨を渡されることはなく、所持金だけが増えている。
「お金もヘルパーで管理されるんだね」
財布を落としたり、盗まれたりする心配はなさそうだ。
ユースケは表示を閉じ、冒険者ギルドを出た。
◇
外へ出ると、建物の前で男性プレイヤーが立ち尽くしていた。
ユースケより少し年上に見える。
困ったように辺りを見回していた男性と目が合った。
「その剣と盾はどこで手に入れたんだい?」
「えっと、初心者案内所には行きましたか?」
「初心者案内所?」
どうやら、その存在を知らないらしい。
「この道を真っすぐ進んだ先にあります」
ユースケは通りの奥を指した。
「良ければ案内しますよ」
「本当かい?」
男性の表情がわずかに明るくなる。
ユースケは案内所へ向かいながら、知っていることを簡単に伝えた。
「案内所で初期装備と傷薬をもらえます」
「近くの草原にはブルースライムがいるので、最初はそこで戦うのが良さそうです」
「倒したら何か手に入るのか?」
「スライムゼリーが手に入ります」
「さっき換金したら1個100Gでした」
「そうだったのか…」
男性は驚いたように目を見開いた。
「他にも何か分かったことはあるかい?」
ユースケは少し考える。
確実に確認できた情報だけを伝えた方がいい。
「攻撃を繰り返していたらSTRが上がりました」
「レベルアップとは別に?」
「はい」
「行動によって能力が成長するみたいです」
男性の顔に、少しずつ落ち着きが戻っていく。
「それと片手剣は熟練度Lv2でスラッシュを覚えました」
「武器を使い続ければ技も覚えられるのか」
「今のところはそうみたいです」
やがて、初心者案内所の看板が見えてきた。
「ここです」
「本当にありがとう!」
男性が深く頭を下げる。
「いえいえ」
「お互い頑張りましょう」
ユースケは軽く手を振り、その場を離れた。
特別なことをしたつもりはない。
誰もがいずれ知る情報を、少し早く共有しただけだ。
少なくとも、同じ玄武大陸の渡り人同士で情報を隠す理由はない。
仲間が強くなれば、大陸全体の生存率も上がる。
いつか自分が助けられることもあるかもしれない。
「まずは皆で生き残ることが大事だね」
今は、その考え方が最も合理的だった。
◇
ユースケは香ばしい匂いに誘われ、通り沿いの食堂へ入った。
肉の焼ける音が聞こえ、空腹がさらに強くなる。
空いている席へ座ると、店員が注文を取りに来た。
「ご注文は?」
「おすすめは何ですか?」
「旅人定食がイチオシですよ」
「800Gになります」
「じゃあそれをお願いします」
【800Gを支払いました】
【所持金:4,500G】
しばらくすると、湯気を立てる料理が運ばれてきた。
香ばしく焼かれた肉。
野菜の入った温かいスープ。
焼きたてのパン。
豪華ではないが、空腹のユースケには十分すぎる内容だった。
肉を口へ運ぶ。
「美味い!」
思わず声が漏れた。
噛めば肉汁が広がり、焼けた表面の香ばしさまで感じられる。
スープもパンも、現実の食事と何も変わらない。
満腹になるためだけのアイテムではなく、本当に料理を食べている。
改めて、この世界の現実味を思い知らされた。
周囲の席では、渡り人たちが情報交換をしている。
「レベル上がったか?」
「まだ3だよ」
「転職まで遠いな…」
「草原の奥に行った奴はいるのか?」
誰もが手探りで、この世界の仕組みを探っていた。
その時、近くの席から別の会話が聞こえてくる。
「もうすぐ18時だな」
「宿を取るなら今のうちだぞ」
「この世界は18時になると暗くなるらしい」
「マジか?」
ユースケはパンを持つ手を止めた。
18時に暗くなる。
日の入りの時刻が決まっているということだろうか。
すぐにヘルパーへ問いかける。
(昼夜の時間)
【本世界の日の出は6時です】
【本世界の日没は18時です】
「固定なんだね」
季節や地域に関係なく、日の出と日没は変わらないらしい。
「完全に管理された世界みたいだ」
これも重要なルールだ。
夜にモンスターが強くなる可能性もある。
暗くなれば、昼間と同じようには動けない。
自分の目でも確かめておいた方がいい。
ユースケは食事を終え、店を出た。
◇
街の中央広場には、大きな時計塔が立っていた。
針は17時58分を指している。
ユースケは時計塔と西の空を交互に見た。
夕日に染まった空の下で、太陽が地平線へ近付いている。
17時59分。
太陽の端が地平線へ触れた。
そして18時。
最後の光が沈むと同時に、通りの街灯が灯った。
昼の街が、夜の姿へ切り替わっていく。
「本当に時間通りだ」
偶然とは思えないほど正確だった。
日の出は6時。
日没は18時。
夜に行動するなら、この時間を基準に考える必要がある。
ユースケは頭の中へ情報を刻み、宿屋へ向かった。
◇
宿屋へ入ると、受付の女性が笑顔を向けてきた。
「ご宿泊ですか?」
「はい」
「1泊3,000Gになります」
「3,000Gか…」
今日の稼ぎの半分以上がなくなる。
「お願いします」
【3,000Gを支払いました】
【所持金:1,500G】
あれだけ戦って稼いだ金が、食事と宿だけでほとんどなくなった。
「なかなかシビアだね…」
毎日安全に暮らすだけでも、それなりに稼ぐ必要がある。
レベルが上がれば、より価値の高い素材を落とすモンスターとも戦えるはずだ。
明日は、もう少し効率良く稼ぎたい。
鍵を受け取ったところで、先ほど案内した男性の顔が浮かんだ。
「宿代のことまで考えてなかったな…」
初期装備を手に入れ、食事をしても、3,000Gを残せるとは限らない。
今から必要な金額を稼ぐのは難しいだろう。
「野宿になってなければいいけど」
少し気になったが、今から探し回ることもできない。
ユースケは鍵を握り、部屋へ向かった。
◇
部屋は質素だったが、綺麗に掃除されていた。
ベッドへ腰を下ろした途端、身体から力が抜ける。
「結構疲れたな…」
戦闘。
検証。
情報収集。
この世界へ来てから、ほとんど休まず動き続けていた。
浴室へ入り、シャワーで汗を流す。
そのまま湯船へ身体を沈めると、張り詰めていた肩の力が抜けていった。
「生活水準は思ったより高いね」
宿屋の個室に浴室まである。
少なくとも、街での生活に大きな不便はなさそうだ。
風呂を出たユースケは、ベッドへ横になった。
柔らかな布団へ身体が沈み込む。
本来なら、序盤のチュートリアルを終えた後にログアウトする予定だった。
明日の昼には、4人で合流するはずだった。
タケシ。
サクラ。
マユ。
3人も、どこかの始まりの街で最初の夜を迎えている。
無事でいてほしい。
そして、必ず再会したい。
そのためにも、まずは自分が生き残らなければならない。
ユースケはゆっくりと目を閉じた。
Four Kingdoms Onlineで迎える最初の夜。
長かった1日が、ようやく終わろうとしていた。




