初心者案内所
街の中心へ向かいながら、ユースケは周囲を見回した。
石造りの建物や街灯には、亀に蛇が巻き付いた紋章が刻まれている。
「あれが玄武か」
先ほど表示された現在地は、玄武大陸の『第27始まりの街』
四神の名前くらいは知っていた。
東の青龍。
西の白虎。
南の朱雀。
そして、北を司る玄武。
亀と蛇が一体となった神獣だ。
辺りを歩くプレイヤーたちの表情は暗い。
「本当にログアウトできないのかよ…」
「運営に連絡する方法は?」
「これからどうすればいいんだ…」
不安げな声が、あちこちから聞こえてくる。
ユースケも冷静でいられるわけではなかった。
ゲーム内で死ねば、現実の肉体も死ぬ。
帰還できるのは、最後まで勝ち残った大陸のプレイヤーだけ。
タケシたちがどこにいるのかも分からない。
胸の奥に広がる不安を押さえ、ユースケは歩き続ける。
混乱しているだけでは、何も分からない。
まずは情報を集める。
その時、視界の端に小さな文字が浮かび上がった。
【ヘルパー機能が利用可能になりました】
ユースケは足を止めた。
試しに心の中で念じる。
(ログアウト)
すぐに回答が表示された。
【ログアウト機能は使用できません】
「やっぱり駄目か…」
分かっていたことだ。
それでも、実際に確認すると現実を突き付けられた気がした。
続けて別の項目を念じる。
(フレンド機能)
【対象プレイヤーと直接接触後に登録可能です】
「先に会わないと駄目なのか」
タケシたちとは現実で連絡を取り合っていたが、FKO内ではまだフレンド登録をしていない。
つまり、今すぐチャットを送ることはできない。
(プレイヤー検索)
【現在利用できません】
「簡単には探せないみたいだね」
ユースケは小さく息を吐き、次の項目を確認する。
(ステータス)
直後、半透明のウィンドウが開いた。
【名前】ユースケ
【職業】ノービス
【レベル】1
【HP】20
【MP】10
【STR】5
【VIT】5
【AGI】5
【DEX】5
【INT】5
【LUK】5
「低いな…」
ゲーム開始直後なのだから当然だが、死ねば終わりだと考えると心許ない数字だった。
(転職条件)
【レベル10到達時に1次職へ転職可能です】
(パーティー機能)
【ノービスから転職後に解放されます】
「今はソロで進めるしかないのか」
タケシたちと合流できたとしても、すぐには正式なパーティーを組めないらしい。
続けて、この街について質問する。
(この街にいるプレイヤーの人数)
【回答できません】
(他のプレイヤーの現在地)
【回答できません】
予想していた通りの回答だった。
ヘルパーはゲームシステムについて教えてくれるが、プレイヤーの人数や居場所までは答えてくれないようだ。
「これも情報だね」
ユースケは表示を閉じ、周囲へ目を向けた。
プレイヤーの頭上には、それぞれの名前が浮かんでいる。
一方、街を行き交う住人には何も表示されていない。
これなら、プレイヤーとNPCを見分けるのは簡単そうだった。
ただし、タケシたちが『第27始まりの街』にいなければ、いくら探しても見つからない。
「まずは、この街のことを把握しよう」
見える範囲を歩きながら、施設を確認していく。
武器屋。
防具屋。
道具屋。
魔法屋。
宿屋。
冒険者ギルド。
MMORPGでは見慣れた施設が一通り揃っていた。
試しに武器屋を覗いてみる。
店内には剣や槍、斧などが並んでいたが、最も安い武器でも10,000G。
所持金を確認する。
【所持金:0G】
「今は買えないね」
武器屋を出て先へ進むと、通りの向こうに大きな看板が見えた。
【初心者案内所】
これ以上ないほど分かりやすい名前だった。
「まずは、ここかな」
序盤に必要な情報が集まっている可能性は高い。
ユースケは看板の下を通り、案内所の中へ入った。
◇
案内所の中には、多くのプレイヤーが集まっていた。
受付の前には列ができ、壁際では手に入れた情報を話し合う者もいる。
ユースケも最後尾へ並び、順番を待った。
やがて受付へ進むと、職員の女性が穏やかな笑みを向けてきた。
「ようこそ、渡り人様」
聞き慣れない呼び方に、ユースケは首を傾げる。
「渡り人?」
「はい。この世界では、あなた方のように外から訪れた方々を渡り人と呼んでおります」
「そういう呼び方なんですね」
「ええ」
女性は当然のことを説明するように頷いた。
まるで、渡り人が以前から存在していたかのような口ぶりだった。
「こちらへ来られるのは初めてですね?」
「はい」
「ここは『第27始まりの街』です。新たに訪れた渡り人様の支援を行っております」
女性はカウンターの下から木箱を取り出した。
「まずは初期装備をお受け取りください」
蓋が開かれる。
中に収められていたのは、初心者用と思われる装備一式だった。
木製の片手剣。
木盾。
レザージャケット。
レザーガントレット。
レザーグリーブ。
傷薬Lv1 ×3本。
「初心者用装備セットです」
ユースケは木製の片手剣を手に取った。
重すぎず、軽すぎない。
刃も木で作られており、頑丈そうには見えなかった。
続いて木盾を持ち上げる。
こちらも頼りない造りだが、丸腰で戦うよりはずっといい。
「装備はどのように変更するんですか?」
「身につけたい装備を選び、装備すると念じてください」
ユースケが片手剣を見ながら念じると、手の中の武器が淡い光に包まれた。
次の瞬間、腰の鞘へ収まっている。
続けて木盾と防具も装備する。
木盾が左腕に固定され、身体を包む服が革製の装備へ切り替わった。
「簡単だね」
ヘルパーで装備を確認する。
【装備】
【武器】木製の片手剣
【盾】木盾
【頭】なし
【胴】レザージャケット
【腕】レザーガントレット
【足】レザーグリーブ
【装飾品①】なし
【装飾品②】なし
問題なく反映されていた。
ユースケは軽く腕を回し、その場で足を動かす。
防具を身につけている感覚はあるが、動きを邪魔するほどではない。
「これなら戦えそうだね」
女性は街の北側を示した。
「北門を出た先には、旅立ちの草原がございます」
「旅立ちの草原?」
「はい。比較的弱い魔物が生息しておりますので、多くの渡り人様が最初に向かう場所です」
弱い魔物。
その言葉に安心はできなかった。
この世界では、弱い相手でも敗北すれば命を失う。
それでも、生き残る力を身につけるには戦う必要がある。
女性は胸の前で両手を重ね、祈るように目を伏せた。
「玄武様の御加護がありますように」
「玄武様…」
この世界では、玄武が信仰の対象になっているらしい。
単なるゲーム上の設定なのか。
それとも、攻略に関わる意味があるのか。
今の段階では分からない。
「覚えておこう」
ユースケは小さく呟き、案内所を後にした。
◇
外へ出ると、変わらず青空が広がっていた。
風に揺れる木々。
通りを歩く街の住人。
遠くから聞こえる店の呼び込み。
あまりにも平和な光景だった。
だが、ここでは失敗をやり直せない。
タケシ。
サクラ。
マユ。
3人も、どこかの始まりの街にいるはずだ。
今すぐ探しに行きたい。
しかし、他の街へ向かう方法すら分からない。
レベル1のまま外へ飛び出し、途中で命を落としては意味がない。
ユースケは腰の片手剣と、左腕の木盾へ目を向けた。
まずは、この世界で生き残れるだけの力を身につける。
同時に情報を集め、3人の居場所を探す。
「焦らなくていい」
自分に言い聞かせるように呟く。
「まずはレベルを上げよう」
北門の向こうには、旅立ちの草原がある。
ユースケは装備を確かめ、ゆっくりと歩き出した。
生き残るために。
そして、必ず3人と再会するために。
その最初の一歩を踏み出した。




