旅立ちの洞窟
洞窟の入口まで来ると、その大きさが改めて目に入った。
岩肌にぽっかりと開いた穴は、まるで巨大な魔物が口を開けているようにも見える。
その上には、長い蛇が亀へ巻き付くような古い彫刻が刻まれていた。
「玄武らしいですね」
ヒナが静かに見上げる。
「なんか雰囲気あるね…」
シオリも少し緊張した様子で洞窟を見つめた。
ユースケは入口の奥へ視線を向ける。
中は薄暗く、外からではほとんど様子が分からない。
「入口だけのつもりだったけど…」
少し迷ってから、ヘルパーを開いた。
(ここはどこ?)
【旅立ちの洞窟】
【推奨レベル18】
「推奨レベル18か」
現在のレベルは、ユースケが17。
シオリとヒナは14だ。
「結構高いですね」
「うん」
「今日は様子を見るだけにしよう」
「賛成!」
「無理は禁物ですね」
3人は頷き合い、洞窟の中へ足を踏み入れた。
◇
中へ入ると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
岩壁から滴る水の音が、静かな洞窟に響いている。
奥へ続く道は薄暗いが、完全に何も見えないほどではない。
3人は周囲を警戒しながら、ゆっくりと進んでいった。
しばらくすると――。
「ギギッ!」
前方から耳障りな声が聞こえた。
ユースケはすぐに片手を上げる。
シオリとヒナが足を止めた。
岩陰から覗くと、小柄な緑色の魔物が歩いている。
手には棍棒を持っていた。
【ゴブリン】
【レベル14】
「4匹いるね」
「レベルは私たちと同じか」
シオリが小声で呟く。
その時、さらに奥から大きな影が姿を現した。
ゴブリンよりも一回り大きい。
太い腕に、巨大な棍棒を握っている。
【ホブゴブリン】
【レベル16】
「ホブゴブリンまでいます」
ヒナの表情が引き締まる。
ゴブリンが4匹。
ホブゴブリンが1匹。
合計5匹。
ユースケは後ろを振り返った。
洞窟へ入ってから、まだそれほど進んでいない。
入口までの道にも敵はいなかった。
「…1回だけ戦ってみようか」
「大丈夫?」
「全員MPは満タンだし 入口も近い」
「危ないと思ったらすぐ逃げよう」
ヒナが頷く。
「それならやってみましょう」
「うん!」
ユースケはもう1度、敵の配置を見る。
「ホブゴブリンを先に倒したい」
「ゴブリンは俺ができるだけ引きつけるよ」
「じゃあ私はホブゴブリンを攻撃する!」
「私は回復を優先しながら攻撃します」
「お願い」
「無理だと思ったらすぐ言ってね」
2人が頷く。
ユースケはアイアンボウへ持ち替えた。
「じゃあ いくよ」
狙うのはホブゴブリン。
「パワーショット!」
放たれた矢が、ホブゴブリンの肩へ突き刺さる。
「グオオォッ!」
怒号が洞窟に響いた。
同時に、4匹のゴブリンも一斉にこちらへ走り出す。
「やっぱり全部来た!」
シオリが杖を構える。
「ファイア!」
炎弾がホブゴブリンへ直撃した。
「ウィンド!」
続けてヒナの風の刃がその身体を切り裂く。
ユースケはすぐに片手剣とアイアンシールドへ持ち替えた。
「シールドノック!」
盾を強く打ち鳴らす。
甲高い音が洞窟へ響き、迫っていたゴブリンたちの視線がユースケへ集まる。
「こっちは任せて!」
棍棒が次々と振り下ろされる。
1発を盾で受け止め、もう1発を横へかわす。
さらに横から3匹目が迫る。
「多いな…!」
完全に防ぎ切るのは難しい。
その間にも、ホブゴブリンが巨大な棍棒を振り上げた。
狙いはユースケだ。
振り下ろされる直前――。
「クイックステップ!」
身体が後方へ飛ぶ。
巨大な棍棒が地面を叩き、鈍い音が響いた。
距離は取れた。
だが、クイックステップを使った直後は、すぐに次のスキルへ繋げられない。
「ファイア!」
その隙を埋めるように、シオリの炎弾がホブゴブリンへ飛ぶ。
「グアッ!」
ホブゴブリンがよろめく。
ユースケは無理に攻め込まず、迫ってきたゴブリンへ盾を向けた。
ガンッ!
棍棒を受け止める。
もう1匹の攻撃を横へかわし、片手剣で牽制する。
ホブゴブリンがこちらへ踏み込んでくる。
「今度はこっちからいくよ」
ユースケも前へ出た。
「アーマーブレイク!」
淡く光った片手剣が、ホブゴブリンの身体を深く切り裂く。
「グアッ!」
倒れない。
ウルフとは違う。
これなら効果を確認できる。
「シオリ!」
「任せて!」
「ファイア!」
炎がホブゴブリンへ直撃する。
続けてヒナも、一瞬ユースケの様子を確認してから杖を向けた。
「ウィンド!」
風の刃がホブゴブリンを切り裂く。
「さっきより効いてる…?」
シオリが呟く。
「たぶんね」
「でも今は倒すことに集中しよう」
その隙に、横からゴブリンの棍棒が迫る。
ユースケは盾を向けたが、間に合わない。
「っ!」
棍棒が脇腹を捉え、身体が横へ流された。
「ユースケさん!」
ヒナがすぐに杖を向ける。
「ヒール!」
柔らかな光が身体を包み、痛みが和らいでいく。
「ありがとう!」
ゴブリンたちが再び迫る。
ユースケは片手剣を構え直した。
「ワイドスラッシュ!」
横薙ぎの斬撃が、前にいた3匹のゴブリンをまとめて切り裂く。
「ギギィッ!」
3匹がよろめく。
だが、その横から大きな影が迫った。
ホブゴブリンだ。
まだ倒れていない。
「しぶといな」
巨大な棍棒が振り上げられる。
今度はクイックステップに頼らない。
ユースケは盾を構えながら、一歩踏み込んだ。
「シールドバッシュ!」
アイアンシールドがホブゴブリンの胸へ叩き込まれる。
「グオッ!」
巨体が後ろへ大きくよろめいた。
「シオリ!」
「分かってる!」
シオリはすでに杖を向けていた。
「ファイア!」
炎弾がホブゴブリンへ直撃する。
巨体が光の粒となって消えた。
【ホブゴブリンを討伐しました】
【ホブゴブリンの牙を獲得しました】
「やった!」
だが、喜んでいる暇はない。
残るゴブリンは4匹。
そのうち3匹は、ワイドスラッシュですでに傷付いている。
「こっちからいくよ!」
シオリが近くの1匹へ杖を向ける。
「ファイア!」
炎を受けたゴブリンが光となって消えた。
【ゴブリンを討伐しました】
【ゴブリンの爪を獲得しました】
ヒナはユースケの様子を確認する。
回復はまだ必要ない。
すぐに別のゴブリンへ杖を向けた。
「ウィンド!」
風の刃がゴブリンを切り裂く。
「ギャッ!」
ゴブリンが光の粒となって消えた。
残り2匹。
ユースケは盾で棍棒を受け止める。
もう1匹が横から迫った。
身体をずらしてかわし、そのまま片手剣を振るう。
「スラッシュ!」
1匹が光へ変わった。
最後のゴブリンへ、3人の視線が集まる。
「これは私が!」
シオリが杖を向けた。
「ファイア!」
炎弾が直撃し、最後のゴブリンも光の粒となって消えた。
洞窟に静寂が戻る。
「ふぅ…」
ユースケは大きく息を吐き、盾を下ろした。
シオリも肩の力を抜く。
「5匹はやっぱり怖いね…」
「でも勝てましたね」
ヒナが少し嬉しそうに笑う。
「うん」
「ただ…」
ユースケは残ったMPを確認した。
かなり減っている。
シオリとヒナも同じだった。
「これを何回も続けるのは厳しいね」
「確かに…」
「1戦なら大丈夫でも このまま奥まで行くのは危ない」
ユースケは来た道を振り返った。
今日は敵の種類と戦い方を確認できた。
それで十分だ。
「戻ろうか」
「次はちゃんと準備してから来よう」
「うん!」
「そうしましょう」
3人は洞窟の奥へ背を向ける。
勝てないわけではない。
だが、3人だけで攻略するには余裕が足りない。
旅立ちの洞窟を抜けるには、もう少し準備が必要そうだった。




