渡り人ディナー
夕暮れ。
約束していた冒険者ギルド前で、ユースケは2人と合流した。
「ユースケさん!」
シオリが元気よく手を振る。
ヒナも隣で小さく会釈した。
「2人とも、転職おめでとう」
「ありがとうございます!」
その時だった。
ピコン♪
【シオリからトレード申請が届きました】
「?」
ユースケが承認すると、表示が切り替わる。
【3,000Gを受け取りますか?】
「これ…」
「宿代!」
シオリが笑顔で頷いた。
「ちゃんと返すって決めてたから!」
続けて、もう1度通知が鳴る。
【ヒナからトレード申請が届きました】
承認する。
【3,000Gを受け取りますか?】
「私の分です」
ヒナが微笑む。
「本当に助かりました。でも、お借りしたものは返したいんです」
「いや、気にしなくていいのに」
ユースケが苦笑すると、シオリが頬を膨らませた。
「ダメ!」
「受け取ってくれないと、私たちが困るもん!」
ヒナも静かに頷く。
「借りたままでは、私たちも落ち着きません」
「受け取ってください」
2人とも譲る気はないらしい。
「…分かった」
ユースケは承認した。
【3,000Gを受け取りました】
【3,000Gを受け取りました】
「これで貸し借りなしだね!」
シオリが満足そうに笑う。
「じゃあ、その代わり」
「え?」
「今日は俺が奢るよ」
シオリが目を丸くした。
「えぇっ!? 今返したばっかりなのに!」
「転職祝いだからね」
「今日は遠慮しないで」
ユースケは2人へ笑いかける。
「改めて、転職おめでとう」
シオリとヒナは顔を見合わせた。
「…じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
「ありがとうございます」
◇
3人は、始まりの街では少し高級なレストランへ入った。
席に着くと、ほどなく料理が運ばれてくる。
【渡り人ディナー 2,500G】
【7,500Gを支払いました】
「また財布が軽くなったな…」
ユースケが呟くと、シオリが笑った。
「さっき返したばっかりなのに!」
「まあ、今日はいいよ」
テーブルには、普段の食事とは比べものにならないほど豪華な料理が並んでいる。
「すごい…!」
シオリが目を輝かせる。
ヒナも料理を眺めながら、小さく笑った。
「美味しそうですね」
「せっかくだし、今日は遠慮しなくていいよ」
3人で食事を始める。
その直後だった。
ピコン♪
【渡り人ディナーを初めて食べました】
【初回限定ボーナスが適用されます】
【HPが1上昇しました】
【MPが1上昇しました】
【STRが1上昇しました】
【VITが1上昇しました】
【AGIが1上昇しました】
【DEXが1上昇しました】
【INTが1上昇しました】
【LUKが1上昇しました】
「…え?」
ユースケの手が止まった。
「どうしたんですか?」
ヒナが不思議そうに尋ねる。
「今、食事をしたら全ステータスが上がった」
「えっ!? ご飯食べただけで!?」
シオリも慌ててヘルパーを確認する。
「ほんとだ! 私も上がってる!」
「私にも表示されています」
ヒナも驚いたように画面を見つめていた。
「なるほど…」
ユースケは表示を確認する。
「初回限定ってことは、この料理を初めて食べた時だけみたいだな」
「じゃあ、もう1回食べても強くならないんだ?」
「たぶんね」
「残念…」
シオリが肩を落とす。
「そこは残念なんだ」
思わずユースケが笑う。
ヒナもくすりと笑った。
「でも、転職祝いで食べられてよかったですね」
「そうだね」
ユースケはグラスを手に取った。
「じゃあ、改めて」
「2人とも、転職おめでとう」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
3人のグラスが、軽く音を立てて重なった。
食事を楽しんでいると、自然と転職の話になった。
「そういえば、シオリは魔術師で、ヒナは僧侶なんだよね」
「うん! 私は魔術師!」
シオリが嬉しそうに頷く。
「転職のお祝いでアイアンスタッフをもらって、魔法はファイアにしたよ!」
「私は僧侶です」
ヒナも続ける。
「私もアイアンスタッフを選んで、ヒールを覚えました」
「なるほど」
ユースケは頷く。
そして、2人を交互に見た。
「…ってことは」
少し間を置く。
「後衛が2人か」
「そうなの!」
シオリが吹き出した。
「転職したあと、2人で同じこと言って笑っちゃった!」
ヒナも少し照れたように微笑む。
「でも、ユースケさんがパーティーを組もうと言ってくださったので」
「それで、2人とも好きな職業を選んだんだ?」
「はい」
ヒナが頷く。
そして、少しだけ悪戯っぽく笑った。
「なので、ちゃんと責任取ってくださいね?」
「責任か…」
ユースケも笑う。
「前は任せて。危なそうならすぐ逃げるけどね」
「そこは逃げるんだ!?」
「死んだら終わりだからね」
「それはそう!」
シオリが笑い、ヒナも口元を緩めた。
3人はそのまま、しばらく他愛のない話を続けた。
だが――。
ふと、ヒナがユースケを見る。
「ユースケさん」
「ん?」
「今日は少し、元気がないように見えます」
ユースケは箸を止めた。
「…分かる?」
「はい」
ヒナが静かに頷く。
ユースケは少し迷った。
けれど、この2人には話しておこうと思った。
「今日…」
ゆっくりと口を開く。
「目の前で、人が死んだ」
シオリの表情から笑顔が消えた。
店内の喧騒が、急に遠くなったように感じる。
ユースケは旅立ちの森で起きたことを、静かに話し始めた。
◇
ウルフが何匹もリンクしたこと。
助けを求める声が聞こえたこと。
瞬足で駆けつけたこと。
それでも、ナオヤには間に合わなかったこと。
そして、サトルとランのこと。
2人は途中で口を挟まず、最後まで聞いていた。
やがて、シオリが小さく息を吐く。
「そんなことが…」
ヒナは胸の前で手を握っていた。
「辛かったですね」
「…うん」
ユースケは少しだけ視線を落とした。
「分かってたつもりだったんだけどね」
「この世界では、本当に人が死ぬんだって」
言葉にすると、改めて重く感じる。
「次に同じようなことがあったら、今度は間に合わせたい」
しばらく沈黙が流れた。
その空気を変えるように、シオリが顔を上げる。
「じゃあさ!」
いつもの明るい声だった。
「明日は3人で行こ!」
ユースケが顔を上げる。
「1人より3人の方が、できることも増えるでしょ?」
シオリなりに考えて出した言葉なのだろう。
ヒナも頷いた。
「私もヒールで支えます」
「私はファイア!」
シオリが胸を張る。
「火力担当するね!」
「頼もしいな」
2人の言葉を聞いているうちに、ユースケの顔にも自然と笑みが戻った。
「そうだね」
明日からは3人だ。
1人ではできなかった戦い方もできる。
試したいことも、また増える。
「じゃあ明日から、3人で旅立ちの森を攻略しよう」
「うん!」
「はい」
2人の返事が重なった。
今度は1人ではない。
ユースケの胸に残っていた重苦しさが、ほんの少しだけ軽くなった。




