現実
「間に合え…!」
ユースケは地面を蹴った。
だが――。
飛びかかったウルフが、ナオヤの首へ鋭く噛みついた。
「がっ…!」
短い声が漏れる。
ナオヤの身体から力が抜け、そのまま地面へ崩れ落ちた。
【ナオヤが死亡しました】
「…え?」
ユースケの足が止まった。
ナオヤの身体が淡い光に包まれていく。
そして――。
消えた。
「…嘘だろ」
さっきまでそこにいた人間が、跡形もなく消えている。
モンスターではない。
人間が。
「そんな…」
ランの声が震える。
サトルも斧を握ったまま動かない。
ほんの一瞬。
3人の動きが止まった。
胸の奥が凍り付く。
だが――。
「くそっ!」
ウルフの唸り声で、ユースケは我に返った。
まだ終わっていない。
残ったウルフが、こちらを狙っている。
ユースケはナオヤのそばにいたウルフへ駆け込んだ。
「シールドバッシュ!」
ブロンズシールドを叩きつける。
鈍い衝撃音とともに、ウルフが大きく吹き飛んだ。
その隙に、もう1匹へ踏み込む。
片手剣を振るう。
さらに――。
「スラッシュ!」
鋭い斬撃がウルフを切り裂く。
ウルフは光の粒となって消えた。
吹き飛ばしたウルフが体勢を立て直し、再び飛びかかってくる。
「来い!」
盾で牙を受け止める。
そのまま片手剣を振り抜いた。
1撃。
さらにもう1撃。
ウルフは光の粒となって消えた。
ユースケはすぐに振り返る。
「まだ終わってない!」
その声で、サトルとランが我に返った。
「…ああ」
サトルが震える手で斧を握り直す。
「…うん」
ランも目元を拭い、拳を構えた。
残るウルフは4匹。
低く唸りながら、3人を囲むように間合いを詰めてくる。
「俺が前に出る!」
ユースケはブロンズシールドを構えた。
「無理に突っ込まないで! 1匹ずつ確実に倒す!」
サトルとランが頷く。
次の瞬間。
ウルフが飛びかかってきた。
ガンッ!
ブロンズシールドが牙を受け止める。
「シールドバッシュ!」
盾を叩きつけ、ウルフの体勢を崩す。
そこへサトルが踏み込んだ。
「ヘビィスイング!」
振り下ろされた斧がウルフを捉える。
さらにランが距離を詰めた。
「ダブルストライク!」
2連撃が叩き込まれ、ウルフが光の粒となって消えた。
「あと3匹!」
右から1匹。
正面から2匹。
「右は俺がやる!」
ユースケは右のウルフへ向かう。
飛びかかってきた牙を横へかわし、片手剣を振るった。
「スラッシュ!」
斬撃がウルフを捉える。
振り向きざまに、もう1撃。
ウルフが光となって消えた。
その間に、サトルが正面の1匹を盾で受け止めていた。
ランが横へ回り込む。
「ダブルストライク!」
拳がウルフを捉える。
続いてサトルの斧が振り下ろされ、ウルフが光の粒となって消えた。
残る1匹。
低く唸りながら後退する。
サトルが斧を構えた。
ユースケも盾を前に出し、間合いを詰める。
ウルフが飛びかかってきた。
ユースケがその牙を盾で受け止める。
その横から、ランの拳が叩き込まれた。
体勢を崩したところへ、サトルの斧が振り抜かれる。
最後のウルフが光の粒となって消えた。
◇
静寂が森を包んだ。
誰も口を開かなかった。
さっきまでナオヤがいた場所には、もう何もない。
ユースケはその場所を見つめた。
「…行きましょう」
静かに口を開く。
「ここは危険です。またリンクするかもしれない」
サトルとランは無言で頷いた。
3人は森をあとにした。
◇
旅立ちの草原まで戻ると、3人はその場へ腰を下ろした。
ホーンラビットが、何事もなかったかのように草を食んでいる。
ついさっきまで命のやり取りをしていた森とは、まるで別世界だった。
しばらく、誰も話さなかった。
やがてサトルが静かに口を開く。
「…助けてくれて、本当にありがとう」
深く頭を下げる。
「君が来てくれなかったら、俺たちも死んでた」
サトルは拳を握った。
「俺の判断が甘かった」
声が震える。
「もっと早く引いていれば…ナオヤも…」
その先は言葉にならなかった。
ランも目を伏せている。
目元は赤くなっていた。
「…ありがとうございました」
声がかすかに震える。
「ナオヤは助からなかったけど…」
そこで言葉が止まる。
ランは1度、息を整えた。
「それでも、私たちは生き残れました」
そしてユースケを見る。
「あなたが来てくれたからです」
2人はもう1度、深く頭を下げた。
ユースケは小さく首を振る。
「礼を言われることじゃないです」
視線を落とす。
「俺が、あと少し早く着いていれば…」
「違う」
サトルが静かに言った。
ユースケが顔を上げる。
「あの状況に飛び込んでくれただけでも十分だ」
サトルは真っ直ぐユースケを見る。
「君はできることをやってくれた」
ランも静かに頷いた。
「私だったら…逆の立場で動けたか分かりません」
再び沈黙が流れた。
やがてサトルが立ち上がる。
「…今日は街へ戻る」
ランもゆっくりと立ち上がった。
「私も…少し休みます」
サトルは改めてユースケへ向き直る。
「ありがとう」
ランも深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
2人は始まりの街へ向かって歩き始めた。
ユースケは、その背中を静かに見送る。
――この世界では、本当に人が死ぬ。
分かっていた。
光球の宣告でも聞いた。
それでも、実際に目の前で人が死ぬのを見るのは初めてだった。
ナオヤはもう戻ってこない。
あと少し早く駆けつけていれば。
もっと早くウルフを倒せていれば。
そんな考えが何度も頭をよぎる。
でも、悲鳴を聞くまで、ユースケは3人がそこにいることすら知らなかった。
それでも――。
次に同じような場面に出会った時は、間に合わせたい。
今より速く。
今より確実に。
助けられるだけの力が欲しい。
ユースケは静かに拳を握った。
「…もっと強くならないとな」




