旅立ちの森
翌朝。
ユースケは朝食を済ませると、宿を出た。
向かう先は、旅立ちの草原。
「その前に…」
ユースケはヘルパーを呼び出した。
【瞬足】
「まずは試してみよう」
スキルをONにして歩き始める。
「…いいね!」
すぐに違いが分かった。
無理に足を動かしている感覚はないのに、自然と足運びが速くなっている。
景色も、いつもより少し速く流れていく。
「思ったより快適だね」
体感では2割ほど速くなった程度だろうか。
それでも、街と狩場を何度も往復することを考えれば、この差は小さくない。
「盗賊らしいスキルだ」
少し嬉しくなりながら、ユースケは旅立ちの草原へ向かった。
◇
草原の奥では、ホーンラビットがいつものように歩き回っていた。
もう苦戦する相手ではない。
だが、今日は試したいことがある。
「まずは弓だね」
ユースケはヘルパーへ念じた。
【アイアンボウ装備】
片手剣と木盾が淡い光に包まれ、代わりにアイアンボウが両手へ現れた。
「…なるほど」
装備の切り替え自体はすぐに終わる。
だが、そのわずかな間は攻撃も防御もできない。
歩き続けることはできるものの、敵が目前にいれば十分な隙になる。
「やっぱりディレイがあるか」
便利だからこそ、完全なノーリスクではないらしい。
敵との距離を見て持ち替える必要がある。
ユースケは近くにいたホーンラビットへ狙いを定めた。
弓を構える。
すると、弦の上へ淡い光が集まり始めた。
光は細長く伸び、1本の矢を形作る。
「これが自動生成される矢か」
矢筒は必要ない。
昨日説明を見てはいたが、実際に目にすると不思議な光景だった。
狙いを定める。
放つ。
ヒュッ。
光の矢が一直線に飛び、ホーンラビットへ命中した。
「ギィッ!」
ホーンラビットがこちらへ向かってくる。
「威力は…」
片手剣の通常攻撃より、少し低そうだ。
それでも十分にダメージは入っている。
ユースケはすぐに装備を変更した。
アイアンボウが淡い光に包まれ、片手剣と木盾へ切り替わる。
切り替えが終わるまでの間にも、ホーンラビットとの距離は縮まっていく。
最初から距離を取っていたからこそ、落ち着いて構える時間があった。
「これなら実戦でも使えそうだね」
接近してきたホーンラビットへ盾を構える。
突進を受け流し、そのまま片手剣を振るった。
「スラッシュ!」
ホーンラビットは光の粒となって消えた。
「弓だけでも戦えそうだけど…」
次のホーンラビットへ矢を放つ。
命中。
今度は弓のまま迎え撃つ。
2射目を放つ頃には、ホーンラビットが目の前まで迫っていた。
「やっぱり連射は遅いか」
装備を変更する。
だが、その途中でホーンラビットが突進してきた。
ユースケは横へ飛び退く。
角がすぐ横を通り過ぎた。
「ギリギリだったね」
苦笑する。
近距離では片手剣。
遠距離では弓。
持ち替えるなら、十分に距離があるうちに。
その後も何匹か相手に試射を繰り返した。
弓で先制攻撃。
接近されたら片手剣へ持ち替える。
この流れがもっとも安定している。
すると――。
【DEXが1上昇しました】
「よしっ!」
思わず笑みがこぼれる。
「弓を使ってると、DEXが伸びやすいのかもな」
まだ1回だけだ。
それでも、試す価値はありそうだった。
「弓はだいたい分かった。そろそろ先へ行こう」
装備を片手剣と木盾へ戻し、草原の奥にある森へ向かう。
瞬足のおかげもあり、ほどなく森の入口へたどり着いた。
草原の景色がそこで途切れる。
目の前には、深い森が広がっていた。
◇
草原とは違う深い緑が、視界いっぱいに広がっている。
「ここからが新しい狩場か」
ユースケはヘルパーを呼び出した。
【旅立ちの森】
【推奨レベル12】
「いきなり上がったね…」
今のレベルは10。
数字だけを見れば、少し早い。
「まあ、無理そうなら戻ればいいか」
慎重に森の中へ足を踏み入れる。
しばらく進むと、前方の茂みから灰色の獣が姿を現した。
「いたか」
ユースケは足を止め、ヘルパーを確認する。
【ウルフ】
【レベル10】
鋭い牙をむき、低い姿勢でこちらを睨んでいる。
「まずは1匹。慎重に様子見だね」
片手剣と木盾を構える。
次の瞬間、ウルフが勢いよく飛びかかってきた。
ユースケは半歩横へずれ、その牙をかわす。
すぐに片手剣を振るう。
1撃。
さらにもう1撃。
反撃を木盾で受け止める。
ガンッ。
ホーンラビットより重い衝撃が腕へ伝わった。
距離を取り直し、再び斬り込む。
次の攻撃で、ウルフは光の粒となって消えた。
【ウルフの牙を入手しました】
「ふぅ…問題なく倒せるね」
ホーンラビットよりかなり強い。
だが、1匹なら十分に対応できる相手だった。
◇
そのまま森を進む。
しばらくすると、再びウルフを見つけた。
近付こうとした、その時だった。
茂みが大きく揺れる。
左右から、さらに2匹のウルフが姿を現した。
「3匹…!」
最初に見つけた1匹が低く唸る。
それに呼応するように、3匹が同時にユースケへ駆け出した。
「リンクだ!」
ユースケは迷わず踵を返した。
瞬足を使って走ると、少しずつ距離が開いていく。
森の入口近くまで下がったところで、3匹は追跡を諦め、それぞれ元の場所へ戻っていった。
「近くの仲間まで反応するのか…」
少なくとも、密集している場所へ不用意に近付くのは危険だ。
「これを正面から相手にする必要はないね」
ユースケはアイアンボウへ持ち替えた。
◇
しばらく進むと、今度は2匹のウルフを発見した。
距離は十分にある。
ユースケはアイアンボウを構え、弦を引いた。
光の矢が一直線に飛び、手前のウルフへ命中する。
ギャンッ!
1匹だけが怒りの声を上げ、こちらへ駆け出してきた。
もう1匹は動かない。
「成功。1匹だけ釣れた」
すぐにアイアンボウをしまい、片手剣と木盾へ切り替える。
持ち替えが終わった時点でも、ウルフとの間合いにはまだ余裕があった。
「来い!」
飛びかかってきたウルフをかわす。
片手剣を振るい、続けて盾を叩きつける。
「シールドバッシュ!」
ウルフの身体が弾かれ、体勢を崩した。
そこへ追撃を叩き込む。
ウルフは光の粒となって消えた。
「これなら安全に戦えそうだ」
ユースケは周囲を見渡した。
複数のウルフがリンクするなら、わざわざ正面からまとめて相手をする必要はない。
弓で1匹だけ釣る。
片手剣と盾で仕留める。
「1匹ずつ確実に倒す。これでいこう」
少なくとも今の自分には、それが安全だった。
◇
その後も同じ戦法を繰り返した。
弓で1匹だけ釣る。
片手剣へ持ち替える。
シールドバッシュで隙を作る。
確実に仕留める。
危なげなく討伐を重ねていく。
すると――。
【片手剣熟練度がLv4になりました】
【片手剣適性が10%上昇しました】
「ピコーンきたー!」
思わず声が出る。
メイン武器だけあって、もっとも長く使ってきた武器だ。
「適性アップか。これは地味に強いな」
盗賊の片手剣適性は100%。
そこへ10%上がったなら、110%になる。
数字としても分かりやすい。
「使い続けるほど、適性まで伸びるのか」
武器を育てる意味が、また1つ増えた。
さらに――。
【レベルが11に上昇しました】
「レベルも上がったか」
周囲の安全を確認してから、ヘルパーを開く。
【名前】ユースケ
【職業】盗賊
【レベル】11
【HP】40
【MP】22+1
【STR】15+2
【VIT】14+1
【AGI】15+1
【DEX】15+2
【INT】14
【LUK】15
「ノービスの時とは伸び方が違うね」
レベル10の時と比べる。
HPは2。
MPは3。
STR、AGI、DEX、LUKも伸びている。
その一方で、VITとINTの基礎値は変わっていない。
「シスターが言ってた成長傾向か」
ユースケはステータスを見つめる。
「まだ1回だけじゃ断定できないね」
分かったことは記録する。
分からないことは保留する。
いつものやり方でいい。
◇
夕方まで狩りを続けた。
何度かウルフがリンクしたが、そのたびに無理をせず距離を取る。
弓で釣れる位置を探し、1匹ずつ倒していった。
そして――。
【レベルが12に上昇しました】
「よしっ」
再びヘルパーを開く。
【名前】ユースケ
【職業】盗賊
【レベル】12
【HP】42
【MP】25+1
【STR】15+2
【VIT】15+1
【AGI】16+1
【DEX】16+2
【INT】15
【LUK】15
レベル11の時と見比べる。
HPは今回も2。
MPは3。
AGIとDEXは今回も上昇している。
一方でSTRとLUKは変わらず、今度はVITとINTが上がっていた。
「AGIとDEXは毎回伸びてる」
ユースケは少し考える。
「STRとLUK、VITとINTが交互…?」
口にしたところで首を振った。
「いや、まだ2回だ。決めつけるのは早いか」
法則らしきものは見えてきた。
だが、確定させるには情報が足りない。
「この辺もレベルを上げていけば分かるかな」
ヘルパーを閉じ、再び弓を手に取った。
狩りを再開する。
すると――。
【DEXが1上昇しました】
「また来た」
表示を見て、口元を緩める。
「やっぱり弓はDEXと相性良さそうだ」
さらに狩りを続けていると――。
【弓熟練度がLv2になりました】
【パワーショットを習得しました】
「本日2回目のピコーン!」
ユースケはすぐに詳細を確認した。
【パワーショット】
消費MP:3
威力の高い矢を放つ。
「スラッシュの弓版って感じかな」
使い勝手は実際に撃ってみれば分かる。
「これは試さずにはいられない」
近くにいたウルフへ弓を向けかけ――やめた。
日が傾き始めている。
「今日はここまでにしよう」
夜の森で新しいスキルを試す必要はない。
新しい狩場。
新しい戦法。
新しいスキル。
十分な成果だ。
ユースケは街へ戻り、素材を換金した。
宿で夕食を済ませる。
普通なら、今日はここで終わりだ。
「…まあ、普通ならね」
◇
夜。
ユースケは再び旅立ちの草原へ戻っていた。
「森じゃなければ、もう少し試せる」
相手はホーンラビット。
昼間より格下で、動きも見慣れている。
「まずはパワーショットだ」
アイアンボウを構える。
「パワーショット!」
弓と矢が淡く光る。
放たれた矢は勢いよく飛び、ホーンラビットへ突き刺さった。
「おお、ちゃんと強い」
通常の矢より威力は高い。
「やっぱりスラッシュと同じ系統っぽいね」
そのまま弓だけで戦ってみる。
近付かれても片手剣には持ち替えない。
身体をひねる。
横へかわす。
距離を取り、再び弓を引く。
「パワーショット!」
回避を繰り返しながら距離を保ち、弓だけでホーンラビットを倒していく。
しばらく狩りを続けたところで――。
【AGIが1上昇しました】
「よし」
ユースケは小さく頷いた。
回避を増やした分、AGIにも反映されたらしい。
そのまま狩りを続ける。
気付けば、時刻は深夜1時を回っていた。
「今日はこのくらいで許してやるか」
そう呟いて帰ろうとしたところで、足が止まる。
「…いや、最後にもう1つだけ」
向かった先は、旅立ちの草原にあるスライムゾーンだった。
周囲を見渡す。
この時間なら、他のプレイヤーはほとんどいない。
ブルースライムを見つけては近付き、次々と後ろへ引き連れていく。
十分な数が集まったところで振り返った。
「電車でゴーゴートレイン狩り!」
片手剣を構える。
「ワイドスラッシュ!」
放たれた斬撃が、まとめてブルースライムを飲み込んだ。
もう1回。
さらにもう1回。
MPが減っていくたびに、自然回復を待って再開する。
深夜の草原で、ひたすらワイドスラッシュを繰り返した。
そして――。
【MPが1上昇しました】
「よし。今日は大収穫だったね」
満足そうに頷く。
瞬足。
弓。
片手剣適性。
レベルアップ。
パワーショット。
そして、行動成長。
試したかったことは、かなり確認できた。
ユースケはようやく宿への帰路についた。
この時のユースケは、翌日起きる惨劇を知る由もなかった。




