第6話 ぶっ倒してぶっ倒す
「回り込んで叩く。」
こんな時でもヌイは冷静でいる。その小さい背中に安心感を覚えた。これまで何を見てきたんだろう。
それとは対照的に、影は攻撃性の塊みたいな四肢を振り回して暴れている。
あんな岩に潰されれば骨も残らないだろう。呼吸が浅くなり、汗が吹き出る。
「ね、ねぇ、もし死んでもあの時みたいに治してくれる?」
「無理。フウカがやられた時点で終わりだね。ボクの魔法じゃ相性最悪だ。」
体温が下がる感じがした。まるで半紙に垂らした墨汁みたいに、心臓がじんわりと痛み出す。
「大丈夫、フウカなら負けないよ。ボクが見込んだ、魔法少女なんだから。」
言い終わる前に、頭上にあった鉄の足場が崩れ始めた。鼓膜を裂くような金属音が降ってくる。
もうやるしかないんだ。
私はそれらを避けながら、立ち入り禁止の看板を飛び越えて工事現場へと入っていく。
奴まで距離がある。足場も、骨組みも、邪魔だ。
「「飛ばすよ。」」
事前報告のつもりが偶然重なる。それを合図に、私たちは回り込む。
不安定な場所での全力疾走。こんなんじゃ、目の前に突然鉄骨でも現れたら終わりだ……って言ったそばから!!
(〜ッ!!曲がり切れない!そうだ風、風魔法で自分を押せば!)
次の瞬間、体が一瞬浮いた。
鉄骨を掠める。
ぶつからない。
それを蹴る。
さらに加速する。
奴の巨体が見えてくる。4本足の、全身が岩石でできた亀のような陰。
中距離からの不意打ち。いける!
「おぁああああ!!!!」
踏み込んで、叩きつける!
──巨体がわずかに揺れる。手応えがない。
走る勢いのまま叩き込んだのに、岩肌に細かい線が走る。
それだけだった。
(効いて……ない……?)
見られた。突進してくる。
凄い地響きだ。腰が抜けて動けない。
そうじゃなくても、暴れる地面のせいでまともに歩けない。
奴が腕を振り上げた。
──来る。
その拳が私に到達する寸前、あいだに金色の糸が割り込む。
交差して受け止める。
「フウカ!!」
視界が弾けた。何が起こった?
ガァン!
止まった思考は、背中の痛みで動き出す。
殴られた。いや違う、ヌイが守ってくれた。それでも足場に吹っ飛ばされて……クソ!
「背中いった……」
幸い、殴られたダメージはほぼ無い。飛ばされてぶつかった痛みの方が問題だ。
糸が私に絡みついて、体がぐんと引っ張られる。
「立て直すよ!」
私たちは物陰に身を潜めた。へたり込んで痛みが引くのを待つ。
「あいつ私の魔法ぜんっぜん効かないじゃん!」
「ボクのもだめだ。いくら強化しても岩の質量に耐えられない……」
魔法が質量に負ける。まだ私じゃその差をひっくり返せない。
……でもさっき、少しだけど揺れた。完全に効いてないわけじゃない。当ててるものが軽すぎるんだ。
だったら──
手元にあった石を手に取る。
「私、試してみる。」
「まさかその石を……!」
思いっきり振りかぶって、ぶん投げる!風魔法でどんどん加速し、見事に命中。
奴の体が「バゴッ」という音と共に欠けて、土砂崩れのようなうめき声を上げた。
効いてる!
「ヌイ、さっきみたいに私をあの足場まで引っ張って!それから石もいくつか持っていこう!」
「わ、わかった!でもなんで?」
「デキる狙撃手は一射撃ごとに位置を変えるの~。」
可愛くウィンクをかまし、石を抱えて上へ向かう。
死角、背中がよく見える。
「ふんっ!!」
飛んでいく石の弾丸は、でかい的のど真ん中を捉える。図体デカいから当てやすいわ畜生亀め。
「もう一発!」
足場を飛び回り、何発か命中させた。
「やっぱり効いてる。確実に消耗させてる!」
「すごいよフウカ……!でも、決定打に欠ける……」
ヌイの言った通りで、この状況がいつまで続くか分からない。
早いところ決着をつけないと、こいつがこの攻撃のいなし方を学習し出したら終わりだ。
「ガァァアアアアアア!!」
奴が暴れ回っている。勢いのまま私達のいる足場の下まで来て、それごと崩した。
当然落下。
でも今回は、フワッと着地する事に成功した。
打撃の加速、遠心力の軽減。魔法で間接的に身体能力強化ができていた。
(私、ちゃんと成長できてる……!)
と、浸っていられたのも束の間。
頭上からバラバラと降ってくる鉄の棒にまで意識を割けず、両手で頭を守ってやりすごす。
そういえばヌイは……!?
足元には金色の毛糸玉が転がっている。糸は光の粒になって、中からヌイが出てきた。
「フウカなら大丈夫かと思って、自分の安全を優先させた。ごめん。」
「多分あざで済んだ。全然問題ない!」
そんなことよりまずい。いまの方法はもう通用しないだろう。
半分負けを悟りながら空を見上げる。
雲ひとつない晴天、それを背後に大きく揺れているクレーン、グズグズの鉄棒。
無慈悲にも私達を助ける気はなさそうだ。
「朝より風が強いね。」
「そうだね。」
「……負けんのかな。」
「ただの岩の塊だよ。ボクたちがそんなのに負けるわけない。」
そうだ、きっと方法はある。こんなところで負けない。チハヤを助けるんだ。
頭を使え!石よりデカいのを!もっと強いのを!
(クレーンが揺れてる……風で……?)
「ヌイ、あのクレーン反対方向に引っ張れる?」
「ま、まさか……」
「クレーンぶっ倒してあいつもぶっ倒す。」
「分かった。無理は禁物だからね。」
これからやることを考えると、急に力が沸ってくる。足元で風が渦を巻く。
「フウカ、いくよ!!」
「了解!!」
「「せーの!!」」
一斉に倒しにかかる。
重い。重くてたまらない。でもこれで決着をつける!
「うぉおらぁああ!!!!」
「んーーーっ!!!!」
強風であたり一面の砂利や砂が身体中に当たって痛い。こんなのとっとと終わらせてやる!!
金属の軋む音は加速度的に大きくなっていって、「バァアアアアン!」と言う音と共に砂埃の中に消えていった。
うめき声は聞こえてこない。
「勝った……よね?私たち勝ったんだよ!!」
「やったねフウカ!それにしてもあんなに大きいクレーン倒しちゃうなんて!」
背中の痛みも腕のあざも忘れるほど達成感で満たされていた。良い雰囲気に包まれている。
ただ、一点の違和感を除いて。
「なんか砂埃ずっと舞ってない?」
「あれだけ大きいし暴れたし、改変の処理に時間かかってるんじゃな──
視界の端で一瞬ブレたあと、ヌイが消える。
後ろではパサッ…と軽い音がした。
人形が地面に落ちる音のようだった。
目の前の砂埃から、人型の陰が姿を現した。




