第3話 イタいんだけど
影を倒したあとの拳には、体液こそ付着していないもののドロッとした気持ち悪さが残った。空いた穴から薄く消えていくそいつの顔には、憎しみや怒りは一切ないように見えた。
「ヌイ……私、すっ、すごくない!?」
「すごいよ、よく倒したね!かっこいい!」
ヌイの方向に向かって歩き出そうとしたその瞬間、左半身に身に覚えのある衝撃が走った。車に撥ねられたみたいな鈍痛。その痛みは引くことを知らず、神経を引き千切りながら体の奥まで入り込んできた。
「…………!ぁぁああ……い゛っ……ぁああ!!」
「フウカ!」
流血はない。しかしこのタイミングと痛みは偶然でもない。幸い最初の衝撃で最後だったので、あとは時間が経つのを待つだけとなった。四つん這いになっていたからヌイと目が合う。ヌイは一呼吸置いてから申し訳なさそうに言った。
「ごめん……隠してたんだ。そいつを倒したら君がこうなること。」
「どうなってんのっ、……!答えて!!」
もしかしたらヌイは悪いやつなのかもしれない。そんな最悪な考えがよぎる中、口に入った砂利と痛みを飲み込みながら腹の下で拳を構えようとする。
しかし逃げる様子も私をどうこうする気もないのか、ヌイはただ謝るだけだった。
「ごめん。ごめんね。」
痛みが引いてからは、ヌイを鷲頭かみにして問いただした。
「どういうこと!いまのは何!」
「フウカは、本当は死んでたんだ。でも生き返らせてしまった。あいつは具現化した死因だったんだよ。」
「……どういうこと!」
「生き返らせたといっても、一回死んでるんだ。だから死因自体は存在する。『轢かれて死んだ』っていう事実から『死んだ』を消すとどうなる?」
「『轢かれた』になる……」
そうか、結果だけ消えて過程が残った。そうなるとあのタイミングの激痛も説明がつく。
私は再び頭をフル回転させることになった。その隙にヌイは身をよじって、私の手から地面に着地した。
「フウカの場合、魔法で生き返ったから現実が捻じ曲がっちゃったんだよ。命が関わるとなると尚更反動が大きくなる。現実改変に伴う辻褄合わせだね。」
「現実が……捻じ曲がる?」
「そう。そしてそのツケがボク達に回ってくる。」
そう言うとヌイは背筋を伸ばして座り直し、まっすぐと目を見て言った。
「知っておいて欲しかったんだ。これが魔法少女になるってことだって。」
それは漫画やアニメで聞く魔法少女とは違う、質量のある言葉だった。その言葉を繰り返し反芻しながら、今日起きたことを咀嚼する。
「敵の性質上、ボクたちは現実を改変しながら戦うことになる。倒して解決、とはいかないみたいでさ。」
「わかったよ……いやよくわかんないけど。とにかく、私は魔法少女ってこと?」
「そういうこと。助けた以上こうなることは避けられなかったんだ。本当にごめん。」
さっきから謝っていたのはこれかと気づく。魔法少女になる責任を背負わざるをえなかったんだ。でも私はそれでいいと思った。なぜなら─
「気にしてないよ。痛いけど生きてたし。それよりうちに来て見て欲しいものがあるんだけど、いいよね。」
「もちろんだよ、ありがとう!」
今度はヌイを抱えて歩いた。人に見られたら困るし、ぬいぐるみが動いていたら腰を抜かす。なら、私が学校帰りにぬいぐるみを抱えて歩くちょっとイタいやつになった方がマシだ。
でもヌイはなんだか機嫌がいいみたいで、尻尾を振ったり鼻歌を歌ったりしている。
「はい、ついたよ。ここが私んち。」
大家さんには悪いけど、そんなにいい家じゃない。駐車場のコンクリート割れてるし。
ここでそろそろ本命、弟のことについて頼み事をするタイミングかなと思い、家の前で立ち止まる。
「弟がいるの。」
「うん?」
「ずっと前から病気でさ、入退院を繰り返してて。もしそれが影まものの所為なら私、そいつがどんなに強くてもぶっ殺すよ。」
「だからお願い。痕跡がないか見て欲しいの。」
もし本当にただの病気だったらどうしようかと、内心すごく焦っていた。
良くなりはしない、完治は出来ない。
色んな病院でそう言われてきて、ここでも打つ手がないと言われたらどうしようと、希望と絶望が半分ずつ心の中で渦巻いていた。
すると今までの緊張を破る、可愛らしい声が聞こえてくる。
「なら、もっと強くならないとね。」
「それって……」
「痕跡あるよ。それもやばいやつ。」
その返事に私は一旦安堵した。難しさについては保留とする。
「じゃあそいつを倒せばチハヤは……!」
「弟、チハヤっていうんだね。やっぱりいい名前だ。」
「やっぱりって?」
「あ、いや……とにかく、フウカの言う通りそいつを倒してチハヤを治そう!」
勢いに押されて家に上がるしかなくなったので、一応動くなと釘を刺す。軽い議論の末、ヌイはクレーンゲームの景品という設定になった。
私が「もっと強くなる」にはどうすればいいのか。聞きたいことはまだあるが、今日は休むことにした。
玄関に入るやいなや、ヌイはある違和感を口にする。
「あれ?家の大きさに反して、靴がやたら少ないね」
「ああ?、だって──」
「─お母さん、死んじゃったもん。」




