第22話 正しい歴史
「アオイっ!床砕いて!!」
「わかった……!」
空いた穴に飛び込み、ちょうどロビーに出た。
人々は微動だにせず、まるで下書きみたいに色が抜けて、輪郭がブレている。
手を引こうにも、すり抜けてしまった。
「ここは世界線の分岐点……ボクたち以外、干渉できないんだ。」
次の瞬間、四方八方から“雑魚共”が飛び出してくる。
ヌイとアオイは2人で動いていた。あそこは相性がいい。ヌイが動きを止め、アオイがそれを叩き潰す。向こうでは二次災害の、建物の損壊の影と戦っていた。
私だってあれから強くなれたはずだ。
ガスボンベくらいなら、魔法で抉り取るくらいはできる。
すると奥から、強い薬品の匂いがしてくる。
急に気持ち悪くなってきた……。
「うっ……ぐっ……!」
「フウカ!!」
喉が焼ける!あったまクラクラする!
薬品事故の影か?!
目視で確認。
それを見て驚かずにはいられなかった。
(実体がない?!それに核も霧状……!)
「多分消毒薬系になんかが混ざってるんだ!そこから離れて!!」
「必要ないね……。ヌイ、私もう弱くないから!」
核が霧状なら、それこそ風魔法ブッ刺さりだ。
あそこの空気を拡散させればいいだけ!
刹那、匂いごと霧が弾け飛ぶ。
「毒なんかでやられっかよ!」
「フウカちゃん、すごい……。」
「うん。チハヤのために、頑張ってたんだよ。ボクと一緒に勉強してさ。」
2人がフウカの成長に感心していた時、地下からの不穏な音に気づく。
床を爆破し、直方体の機械みたい影が飛び出してきた。
露出した歯車が嫌な音を立てて回っている。
「ボイラーだ……さっきの爆発はボイラー爆発だったんだ!」
「なにそれ!!」
「水蒸気を作り出す機械のこと!今までのやつらとは格が違う……!」
範囲が広すぎて捌ききれない。視界が真っ白だ……!物陰からじゃ動きが制限される……。
風を纏って正面に出ないと、打開は難しい。
呼吸のたびに苦しさが増す。
熱さと焦りで、汗がブワッと吹き出した。
息は苦しい、クソ熱い。ほんと最っっ悪!!
「メイク崩れたじゃねーかよ雑魚が!」
反応は無い。機械だから当然っちゃ当然だ。
でもその代わり、威力が増していく。
押し返される……!
「……無駄。もういいや。」
その声が現れると同時に、ボイラーの影は槍で貫かれ、動きが止まった。
蒸気は瞬く間にはれていく。
割れた窓から入ってきたのは、ただの人……いや魔法少女か?
「お前……何者だ!」
私の質問には答えず、被せるように話を進める。
「お前が四季フウカか。隣は……一般人?」
視線がわずかに動き、アオイの本を捉えた。
「ああ、そういうことね。魔力量が。それとその人形……今はヌイとか呼ばれてたな。」
「お前ら魔法少女だろ。困るんだよなぁ〜。」
ヌイの表情が強張る。アオイは連戦で疲弊しているはずなのに、戦闘体制に入っていた。
「おいおい、戦う気ないって。……まあ、聞いてもらおうかな。」
「まず、お前ら魔法少女はいなくなるべきだ。」
「何を言って──」
「影は自然現象なんだよ。受け入れた先にあるのが、正しい歴史だ。」
雑音のない広い院内で、その言葉がよく響く。
「現実を捻じ曲げてるのはな、お前らなんだよ。」
「そんなことないッ!!お前が生きてるのが……!誰のおかげだと思ってるんだ!!」
ヌイのそんな声、初めて聞いた。
心の底から怒っている。
「相変わらず、あいつの事となると……。まあ、それは認めるか。そうだな、私はあのおかげで生き延びた。」
ヌイの言っていることも、この魔法少女が言っていることもよく分からない。
でも、知り合いらしいことは確かだった。
「しかしそもそも、一つになろうとする世界を止めようとした結果が、この有様じゃないか。」
「……思い出したくないな。この話は終わりだ。」
「待てよ!!」
私は拳に風を纏ってそいつに突っ込む。
半殺しにして話を聞き出す。何か知ってる!
「気が早いなぁ。」
気づいた頃には、喉元にナイフが突きつけられていた。
「私の魔法は再構築。物質の形状を変えられる。しかし変えられるだけだ。そこから先は物理。それに、この魔法は人工物にしか使えない。」
「だからなんだよ……!」
対人戦は騙し合い。拳はハッタリだ。
頭上から風の刃を何発も降らせる。
逃げられたようだが、そのうちの一発がそいつの服を掠った。
「……面白いよな。お前は自然の力を使うのに、私はそれを使えない。」
その声色は、少しの後悔と劣等感を孕んでいた。奴は目を伏せる。
「話は終わり。……帰れ。」
「待て──」
「フウカっ!アオイが!」
振り返ると、ぐったりとしたアオイの姿がそこにあった。
クソッ!こいつを追えない……!
「この病院には、私なんかより強い奴がいる。……せいぜい死ぬなよ。」
目で追う前に姿は消えていた。
病院は元通りになったが、アオイは疲労でその場に倒れ込んでしまった。
周りの人たちに助けられて、今は病室のベッドを借りて寝ている。
私たちはその横で、目を覚ますのを待っていた。
アオイの手を何度も強く握ってみたり、乱れた髪を手櫛で直したりしている。
「……ヌイ、あの人は誰なの。」
返事はない。
「“あいつ”って、何のこと。」
一瞬反応したが、言い淀んで辞めた様子だった。
「いいよ、帰ったら全部聞くから。」
「うん……。」
気まずい沈黙の中、その穴を埋めるようにアオイが目を覚ました。
「あれ、私……痛っ。」
「「アオイ!!」」
さっきの空気が嘘みたいに変わった。
アオイは疲労とストレスで倒れたということになっている。
頭痛とかいう、最悪のオプション付きで。
「目が覚めましたか。ご両親にご連絡を……番号は?」
「結構です。どうせ来ないので。」
「しかし──」
「帰れますから。」
家庭環境が普通じゃないことは、明らかだった。
「さ、帰ろ?」
「うん。そうだね……!」
とはいえ、まだお昼過ぎだ。
このまま解散するのは勿体無い。
……ので!
「うちよってかない?どーせ誰もいないしさ!部屋は汚いけど……。」
「え!いいの!」
二つ返事で決まった。
夏休みの予定とか、中間テストの話とか、しばらくは部屋で談笑してたけど、いよいよ切り出した。
「……ヌイ。さっきのこと、教えて。」
ヌイは、震える息遣いで深呼吸をする。
体が冷たくてしょうがないといった顔だ。
「ボクとあいつが言ってた人は──」
やっぱり目を伏せた。余計に身構えてしまう。
溜めて溜めて、やっとのことで吐き出した言葉は、それ以外が聞こえなくなるほど、衝撃的だった。
「キミのお母さんだ。フウカ。」




