第21話 空飛びたい
何も知らないチハヤの、いつも通りの声がした。
その声に安堵して、今まで息を止めていたことに気づいた。
「「っはぁー……」」
「なに、今度は息止めて入ってくる遊び?わけわかんないんだけど。」
「うるっさい!……色々あんの!」
隣でアオイが、まあまあ、といった具合に私を宥める。
「その人は誰?」
「ああ、この子はアオイ。友達だよ。」
「こんにちは、チハヤくん。フウカちゃんから話は聞いてる……よ?」
アオイは私の肩を掴んで、耳元でひそひそ話し始めた。
「ちょっと……!この子が弟?!美形すぎない??」
「あ、うん……。だから余計生意気。」
「なに話してんの?」
「えへへ〜……なんでもないよ!」
「ふーん……まあ、なんで姉ちゃんにこんな美人な知り合いいるのかは謎だけど、連れてきたんだし、信用していいよね。」
「ね、窓開けて。」
私はチハヤに言われて、半分ほど開ける。
「もっと。」
それでは不満だったようで、全部開けるように言われた。
「どう?ここの風。俺は好きだよ。カーテンは暴れてるのに、風は静かで。面白いよね。」
「ほんとだ、風が気持ちいい〜!涼しくなったね。」
アオイは、チハヤに笑った顔を見せる。
風かぁ。
こういうところで、姉弟なんだなとしみじみ思う。
「……俺、空飛びたい。」
「飛行機でも乗ってどっか行く?」
「違う、本気で!」
「魔法でもなんでもいいからさ、この身体で飛んでみたいんだ。」
少しの沈黙の後、アオイが興奮気味に答える。
「……きっとできるよ。空、飛べる!魔法は夢じゃない!だって私たち、魔法しょっ……」
私は咄嗟にアオイの口を塞いだ。
危ない。心なしか、膝の上のヌイも冷や汗をかいているように見える。
「……で、そのぬいぐるみ何?」
「これ?かわいいっしょ。」
チハヤは私に呆れた顔を見せた後、アオイに話を振る。
「アオイさん、姉ちゃんなんかと友達で大丈夫ですか……?変ですよこいつ。」
「フウカちゃんのこういう所、結構面白くて好きですよ。ね〜?」
急だったので薄い返事しかできなかったが、よく考えたらアオイはアオイでちょっとズレている。
その後アオイも交えて雑談した。チハヤと2人きりの時とは違って新鮮だったし、最初から最後まで楽しいままだった。
去り際に、大量の漫画をドカっと置いていく。
「はい、これ。読みたがってたやつと……私が厳選した面白そうな漫画!続き読みたかったら家帰ってこいよー。」
「うん。俺この病気に勝って、家帰って、漫画読みまくるから。」
そうだね。勝つよ、私も。
その気持ちを、軽くなったトートバッグに突っ込んで病室を出た。
エレベーターを待つ。
扉が開く。
「ア゛ー……アハっ」
体組織がボコボコに膨れ上がった、脈打つ肉塊が、そこにいた。
目……らしいものが私を捉えている。
「お前ダろ?あいつのガキィ。」
「なっ……なんのこと!!」
剥き出しの声帯が震える。
破綻した口腔が開き、ケタケタと笑い声をあげた。
「殺してやルよ。でも雑魚共ガ邪魔なんだよナァ……。」
ヌイが私たちを金糸で囲う。
「フウカ、アオイ、まずい。」
「雑魚共殺してクれて、ありがとうなァ!アハハッ──」
エレベーターはワイヤーが千切れたようで、下に落ちていく。
そいつの笑い声はだんだん遠くなっていった。
その瞬間、警報音が鳴り響く。
「火災が発生しました。落ち着いて、職員の指示に従って避難してください。繰り返します──」
下の方ではガス爆発だろうか、爆発音が連続して聞こえる。
ヌイが珍しく焦っていた。
私たちは、首のチョーカーに手を添える。
「連続した災害……あいつの言ってた“雑魚共”か……!」




