ep32.星の継承
ゲートを抜けた瞬間、四人を迎えたのは、美しさと恐怖が同居する暴力的な夜景だった。
空という概念はそこにはない。視界を埋め尽くすのは、網膜を焼き切らんばかりに輝く巨星と、漆黒のベルベットを切り裂く極彩色の星雲。呼吸を吸い込めば、肺の奥まで星の欠片に侵食されるような、残酷なまでに澄みわたった静寂がそこにはあった。
「……何よ、この空。星が、多すぎて……眩暈がする。まるで永遠に星が広がっているみたい」
ミラが声を震わせる。しかし、真の異様さはその足元にあった。
辺り一面、足元には光り輝く草原が広がっている。瑠璃色の草花が風もないのに揺れ、淡い光を放っている。だが、一歩踏み出しても、草を踏む感触が一切ない。
視覚的には確かにそこに在るはずの草を、足がすり抜けていく。地面があるはずの場所には、底なしの宇宙の深淵がそのまま横たわっているかのような、奇妙な浮遊感。
「おかしい、触れない……。草原を歩いているはずなのに、まるで虚無の上を歩いているみたいだ」
シリウスが手を伸ばしても、光る草は指先をすり抜けて霧のように霧散する。自分たちが立っているのか、それともこの宇宙に浮いているだけなのか。三半規管が狂いそうな感覚に耐えながら進む先、その『世界の果て』に、二つの影が佇んでいた。
「この力は……」
そう呟くと、フードをかぶった一人が4人の方へフードを外し向き直った。シリウスがその星空が無限に広がり、触れることができない光る草原にいたフードをかぶった二人に駆け寄った。彼の胸のペンダントが目についた。
「……もしかして。俺の、両親……であってるかな?」
シリウスの震える問いかけに、フードを外した男女は、涙と後悔が入り混じった瞳で息子を見つめた。
「そうか。そのペンダントがお前をここへと導いてしまったのか……」
フードをかぶった男がシリウスを見た。
「こんなに大きくなって。ここまで来たということは、あなたも星の守護者の力が……」
「ああ。その力について、色々と聞きたいことがあるんだ」
フードを外した男――シリウスの父は、沈痛な、それでいて愛おしげな眼差しを息子に向けた。
「こんなに大きくなって。ここまで来たということは、あなたも星の守護者の力が……」
「ああ。その力について、色々と聞きたいことがあるんだ。……それに、俺たちがこれまで戦ってきた理由も」
再会の喜びよりも先に、解かなければならない謎が重く場を支配していた。星空が荒れ狂い、足元の感触すら定まらないこの異質な空間では、落ち着いて言葉を交わすことすら難しい。
「ちょっと、話が長くなりそうね。とりあえずテーブルと椅子を出すわ」
緊張感の漂う空気を切り裂くように、ミラが快活な声を上げた。彼女が手首に光るリング――アイテムボックスを操作すると、何もない虚空から人数分の木製のテーブルと椅子が滑り出すように現れた。
さらに手際よく、湯気の立つお茶と香ばしい匂いのする軽食が並べられていく。この暴力的なまでの絶景を背景に、そこだけが日常を切り取ったような奇妙な茶会の席が出来上がった。
「さあ、座って」
ミラの気遣いに促され、一行は腰を下ろした。シリウスは、育ての親からペンダントを託されたあの日から今日までの旅路を、静かに語り始めた。
ゲートが開き、次元や時間を超えて旅をしたこと。
そしてなぜか、毎回導かれるように「滅びへと向かう歴史」を修正できる絶妙なタイミングの過去に転移していたこと。
「でも、歴史を変えるたびに……俺たちの前に現れるんだ。正体も目的もわからない、あの黒い謎の敵が」
シリウスがそこまで口にした時、両親の顔が明らかな戦慄に染まった。
「……やはり、現れたか。それは『星を壊す力』。いつもその世界を変えたそのタイミングでその敵が現れただろう。それは星を救ったものへの破壊の力」
父の言葉に、シリウスたちは息を呑んだ。
自分たちが良かれと思って救ってきた世界。その救済そのものが、あの絶望的な強敵を呼び寄せていたのだ。
「あいつらは、今まで戦ったどんな魔物や軍勢とも違った。想像を絶する力を持っていたけど……いつも、この力が助けてくれたんだ」
シリウスが念じると、彼の体から澄み渡るような青いオーラが立ち昇った。
それに呼応するように、ベガが黄色いオーラを、スピカが緑のオーラを放ち、守護者の力の目覚めを証明する。
最後にミラが赤いオーラを発動させたが、彼女の光だけは、時に脈動するように強くなったり、かと思えば消え入りそうに弱くなったりと、不安定な揺らぎを見せていた。
それを見た両親は、椅子から立ち上がるほどの衝撃を受けたようだった。
「……ここまで解放しているなんて。それに、その手に携えた武器……」
父の視線は、シリウスたちの剣や槍、大剣に釘付けになっていた。かつて自分たちが敗北し、粉々に砕かれたはずの伝説の武具が、目の前で眩い光を放っている。
「……そちらの彼女だけは、武器を持っていないようだが?」
母の問いに、ミラは不敵に微笑んで、自慢げに胸を張った。
「私は特に決まった武器は持たない主義なの。でも心配しないで。私にはシリウスのおばあちゃん直伝の『武の極み』があるわ。……それに、私の力はこれだけじゃないから!」
実体のない草原、狂ったように輝く星空。
そんな絶望的な終焉の地で、ミラが用意した温かい茶の香りが、微かな、しかし確かな希望のように漂っていた。
「ですがシリウス……本当のことを言えば、私たちはその力が目覚めることなど、望んではいなかった。私たちがあなたを別の次元へ放ったのは、星を救うためでも、いつか戻って戦わせるためでもなかったのだから」
母が、こらえきれぬように言葉を継いだ。
「あの日、私たちの世界は『星を壊す者』に蹂躙され、逃げ場を失っていました。私たちは、自分たちが死ぬことよりも、生まれたばかりのあなたがこの地獄で命を落とすことが耐えられなかった。……だから、せめて。せめてあなただけは、守護者の宿命なんて知らないところで、普通に、一人の人間として笑って育ってほしい。そう願って、あなたをゲートへと投げ入れたのです」
彼女の視線が、シリウスの胸で輝くペンダントに落ちた。
「そのペンダントは、本来ならあなたを守るためだけの『お守り』であってほしかった。まさか、あなたがそれを持って次元を超え、こんな過酷な戦いに身を投じて戻ってくるなんて……。親として、これほど誇らしく、そしてこれほど申し訳ないことはありません」
父が顔を上げ、四人の顔を一人ずつ見つめた。
「私たちは完敗した。歴史を塗り替えようとするたびに襲いくる『代償』の暴力に、私たちの武器は出会う前に砕かれ、仲間とも出会うことができなかった。この星が消えるのを、ただ静かに待つだけの亡霊に成り果てていた。……だが、シリウス。お前たちは、私たちが諦めたその理不尽な代償を、これまで何度も退けてきたのだな」
シリウスの放つ迷いのない青いオーラ、そして仲間たちの力強い輝き。それを見た両親の瞳には、かつて捨て去ったはずの希望が、再び灯り始めていた。
「……シリウス。そして仲間の皆さん。私たちの残った力のすべて、あなたたちに託させてはもらえないだろうか。お前たちなら、あの破壊の力にあらがうことがきっとできるだろう」
そういうとシリウスの父と母は、片手を前に出し、順番に握手でその力を渡していった。
「これは、そういうことだったのね! 次元移動の謎と時空移動の謎が最後のパーツだったのよ! 分かったわこうなっていたのね」
急にミラが力を受け取った後、そう呟き急いで腕のリングから見たこともない四角い乗り物を取り出し、組み立て始めた。鉱石を次々と形を変えパーツを変えてみるみる形を整えていった。
――数分後。
「できたわ! 飛空艇。名付けて、『アステリズム』よ!」
「相変わらず早いね……」
シリウスがいつものことのように呟いた。
「で、その乗りもんはこのタイミングでどうつかうんだ?」
ベガがどうすんだよと言わんばかりにミラに突っ込みをいれた。
「星の破壊者を倒しに行くのですよね?」
スピカが冷静にその答えを予測した。
「今なら、ブラック達の居場所へ行ける気がする」
シリウスは渡された力の感覚でなんとなくその力の使い方を理解した。
「いこう。星が壊される前に。世界を守りに行こう。今ならゼノスのような世界を背負う重みがある剣を使える」
渡された星の力によって、足りなかった『思い』がシリウスの中に生まれた。
「もう旅立つのですね……」
「今度はちゃんと見送ろう」
シリウスの母がミラに声をかけた。
「そうね。それと、ミラちゃんだけ? シリウスをよろしくね」
「はい!」
ミラは力強く返事し笑顔を返した。
先頭にミラとシリウス。そして、後部座席にはスピカとベガが座り、飛空艇の透明なハッチがしまる。そして、羽が生え。飛行機の形になり、ゆっくりとブーストの力で浮上した。
「いくわよ。シリウスペンダントを貸して。そのペンダントの力をこの飛空艇に乗せるわ。シートベルトしっかりと締めてね」
静かにその船体が浮き、確かな加速で、光の速度を超え、次元空間へと加速してその姿が消える。
「行先は、師匠がいた。あの世界へ」
「これから戦闘じゃないのか?」
シリウスが横のミラに声をかけた。
「気分がバチバチだぜ」
後部座席でベガが戦闘態勢満々になっていた。
「まずは体を休めないといけないでしょう」
スピカが冷静に説教するように、戦う気満々でいる二人を注意した。
「そういえば、若いじいちゃんのところに行ったときは、夜じゃなかったな」
「時間の感覚が狂っちまったぜ」
「普通に一日を過ごすことを考えた場合、今は夜です」
スピカが冷静に時間の感覚を伝える。
「今は大体19時頃ね。この飛行は一回目のテストでもあるのよ。計算ではいつもの拠点の村の上空につくはずよ」
ミラが正しい時間を飛空艇のデバイスで確認し皆に伝えた。彼女のデバイスと連動した装置が入っているようだ。
「わかるんだったら、教えてくれよ」
「抜けるわよ! 衝撃に備えて!」
抜けた先には、いつも活動拠点としていた町の上空。空は19時の夜空が一面に広がっていた。
「降りて宿を探すわよ!」




