ep33.師
「――決戦は明日だ。皆、十分に疲れを取っておいてくれ」
その言葉を最後に、宿の灯りは消えた。シリウスたちが寝息を立てる中、俺は泥のような眠りに落ちる。しかし、意識の底で、それは唐突に濁流となって流れ込んできた。
視界を焼くのは、かつて共に歩んだ師匠の記憶。
師匠は、ブラックと別れた宙域を独り巡回していた。
「やはり、ここだったか」
――師匠の呟きが聞こえる。シリウスと共に行動していた時には見えていたはずのゲートが、独りになると消えていた。師匠は確信する。あのゲートは、シリウスの力に呼応して現れていたのだと。
確信した師匠の前に、闇を纏ったブラックが姿を現す。師匠は迷わず、魂を削るような本気の二刀流で切り込んだ。だが、ブラックが放つ星の重力が、師匠の力を殺し、その自由を無慈悲に奪った。
体が動かない。
絶望的な拘束の中、ブラックの刃が師匠を袈裟斬りに切り裂く。
衝撃で弾き飛ばされた師匠の体は、そのままゲートへと放り込まれ、その重力で果てしない彼方へと飛ばされた。
◇
「……っ!」
跳ね起きると、全身が冷や汗で濡れていた。夢ではない。あのイメージは、今この瞬間の真実として伝わってきた。時計を見れば、まだ夜も明けきらぬ早朝。
隣の部屋で眠るミラを叩き起こした。
「ミラ、起きて! 師匠の場所がわかった!」
状況を察したミラは、眠気を吹き飛ばして頷く。二人は急いで、静かに宿を抜け出した。宿の外でミラが腕のリングのアイテムボックスからアステリズムを取り出し、早々に乗り込みハッチを閉めると、シリウスが胸のペンダントをはめる位置へとはめ、アステリズムを静かに発進させた。その音は乗り物と思えないほど静かに早朝の一番星が輝く時間に、光の速度を超え船体が消える。
ゲートを抜けた先、そこには何もない破壊の跡地が広がっていた。
しかし、その虚無の中心に、ひとつの影が漂っていた。
「師匠……!」
飛空艇を降り、重力の薄い空間を駆け寄る。
そこにいたのは、五年前、俺たちが別れた直後に行方不明となっていた。それは確かにあの人だった。
五年の歳月。
ゲートの彼方で、独り、時の止まったような空間を漂っていた師匠。
その姿を視界に捉えた瞬間、こらえていた感情が溢れ出す。
この人の名前すら知らない。
名前も知らないまま、けれど、その背中だけを信じて今日まで戦ってきた。
「……やっと、見つけた……」
涙が頬を伝い、星屑のように宙に舞う。
師匠の手を握りしめると、微かな、けれど確かな体温が返ってきた。五年という長い空白が、今、この破壊された世界の果てでようやく埋まろうとしていた。
「お前たちもしかして、ミラとシリウスか……随分と時がたったようだな」
「師匠、まず名前を教えてくれ、俺の師匠の名前もわからずに探そうとしても名前が分からないから二刀流の人を見なかった? と聞いても全く見たこともないって言われてばっかりで」
「カイトだ。双璧の流星――カイトで通じるはずだ。だが、俺がいた城は落とされ、その王子になるはずのブラックを俺が一人で生きていけるように育てたんだが」
ブラックの名前が出たところでシリウスが話を遮った。
「師匠ブラックに会ったよ。星を救った時に城一つはあるパイプオルガンの黒い敵を倒した後、ミラの首を絞めてきて、俺を袈裟斬りで切って来たんだ」
カイトは話をつづけた。
「あいつは一刀流で、あの闇のオーラを放つ剣を手に取ってから力に支配されてしまった。あいつは親を殺され、憎しみに囚われていた。あの剣さえ砕いてしまえば……」
「あいつの剣?」
「そうだ。あいつをあの剣の闇から師匠である俺が救ってやらないといけないんだがな」
「師匠、そういえば、俺にとっての昨日本当の両親に会って来たんだ。星の守護者の力と星を破壊する力について聞いてきた」
そういうと、今まで起きたことを師匠に伝えた。
「これからブラックを皆で止めに行くんだ」
ミラが横で強く頷いた。
「そんなに強くなっていたなんてな」
「師匠、さっさと行くわよ」
ミラが話が大体終わったタイミングで次の行動を促した。この世界にはもう何もない。星もなく、無が広がっていた。
「ああ、せめて俺を連れて行ってくれ。それと、ブラックは本当はいい奴なんだ。優しい心も持っている。あの剣があいつを変えた。早く解放してやってくれ……」
意味深な言葉を伝えると、師匠の体から光が消え本来の、傷ついた死体へと変わった。
「…………」
シリウスは、ミラの顔を一度見ると、無言で師匠を抱え、ミラの飛空艇の後部座席に座らせ、スピカとベガが眠るその世界へと戻った。
飛空艇でそのまま、ミラとシリウスは師匠と修行したあの山へ向かった。そして、丘の上に二人でお墓を建て、ミラが師匠の折れた剣を鉱石で元の形に加工し、彼のお墓に刺した。
シリウスは、集中し、星の守護者の力を発動させ、師匠に教わった9つの型を順に二刀流で時には一本で、そして、時には二本で切り込み、最後に心の大剣を両手で持ち、空中を切った。
「師匠。あんたに教わった二刀流。そして、俺の心の剣で三刀流になったんだ。ここで見ててくれ。必ずブラックを止めて見せる」
シリウスとミラが宿に戻ると、待ちくたびれたベガとスピカが迎えてくれた。2人が次元移動を行った期間。丸一日。二人を置き去りに出て行ったことになっていた。
「どこいってたんだよ! てっきり置いていかれたのかと思ったぜ。なんてな。スピカがお前たちがどこに行ったのかを教えてくれたから適当に時間を潰してたんだ」
「丸一日たっているなんて知らなかったんだ。」
「ところでお師匠様の姿が見えないようですが……」
「ああ、ミラと二人で遺体を取りに行ってきた」
「うん」
ミラが頷く。
「師匠の最後の言葉だけが何故か知らないが聞くことができたんだ。師匠は俺が出会ったあの山の丘に埋めてきた」
「なんだかよくわかんねぇが、最期に会えたんなら、まあ……良かったじゃねぇか」「あ、それと、師匠の名前だけど、双璧の流星――カイトだ」
その名前を聞いた通りすがりの老人が、その名前に反応した。
「……今、カイトと言ったか? それに『双璧の流星』とも」
老人の濁った瞳に、驚きと懐かしさが混じる。
「双璧の流星。カイト……ああ、間違いない。かつてこの地にあった城の傭兵で、その名を知らぬ者はおらんかった。完璧な守りを誇り、その二刀を抜かせることすら至難の業。だが、ひとたび剣が抜かれれば、星の光のような斬撃のスキルが敵を塵にする。だからこそ、人々は畏敬を込めて彼をそう呼んだのだ」
老人は震える手で、今はなき城の跡地を指差した。
「わしは当時、城の見張り台におったからよく覚えておる。国が落ちた時、あの方は行方知れずになった。確かあの城にはまだ幼い王子がいたはずだが……」
シリウスは嬉しそうに老人に笑顔で力強く回答した。
「俺の師匠なんです」
「わたしもよ」
ミラも合わせて笑顔で返答した。老人はにっこりと笑い。その場を立ち去った。




