ep30.決勝戦
「さあ、お待たせいたしました! ついにやってまいりました、本大会最終決戦! 数々の強豪を、変幻自在な三刀流で沈めてきた新星・シリウス! 対するは、鉄壁の魔法防御と冷徹な氷の刃で勝ち上がってきた、魔導騎士カイル!! この星で最も強い剣士が決まる瞬間、皆さんもその目に焼き付けてくださいッ!!」
地鳴りのような歓声が渦巻く中、シリウスとカイルが対峙する。
カイルは優雅に一礼し、透き通るような美しい細身の剣を引き抜いた。
「シリウス。バルトとの一戦、見事だった。だが、私の魔法剣は物理的な剛勇だけでは届かないよ。決勝だ、君の本気ってやつでお願いしようかな」
カイルが剣を振ると、周囲に無数の『氷の鏡』が展開される。シリウスは星の剣を抜き、一刀流の構えを取った。
シリウスが地を蹴った。だが、カイルの姿は鏡の中へと消え、四方八方から氷の弾丸が雨あられと降り注ぐ。一刀では防ぎきれない死角からの同時攻撃。さらに三体の『氷の分身』が鏡から躍り出た。
(……囲まれたか。どこに本体がいるかもわからない遠距離からの波状攻撃。なら、円の動きで全てを断つ!)
シリウスが空いた左手を虚空にかざすと、光が収束し二本目の剣が生成された。
ここからは『五行の書』の領域だ。
シリウスは生成した二本の剣に重力魔法を纏わせた。まずは羽のように剣の質量を消し、一気に旋回のトップスピードを引き上げる。
唐竹割りで正面の弾丸を紙一重で叩き斬り、間髪入れずに左右の袈裟斬り。
さらに右胴から右逆袈裟へと繋ぎ、返し刃で逆風を放つ。
左逆袈裟と左胴が円の軌道を描き、逆袈裟が舞い上がる氷片をさらに細かく断った。
シュパパパパッ!! と、空気を切り裂く鋭い風切り音がドームに響き渡る。
二本の刃が描く軌跡は、さながら銀色の繭。流れるような円の動きがシリウスの周囲に『絶対防御の球体』を作り上げていく。
そこへ、鏡の奥からカイルが練り上げた巨大な氷の塊が、シリウスを圧殺せんと飛来した。
「――重力、最大」
接触する刹那、シリウスは剣の重力を極限まで引き上げ、刃を鉄槌のごとき質量へと変貌させた。
ドォォォンッ!! と爆鳴が轟く。
超高速の回転に「重さ」が加わった一撃は、巨大な氷塊をまるでおもちゃのように粉々に打ち砕いた。振り抜く瞬間には再び重さを消し、すぐさま次なる氷弾を切り払う超高速の軌道へと戻る。
「……バカな、今の氷塊で仕留めたと思ったんだが。……あの一振りの威力、想像以上だな。物理法則を無視したような加速と重さだ」
鏡の奥から漏れるカイルの声には、隠しきれない驚愕が混じっていた。
神速の移動と、接敵時のみ爆発的に増す『重さ』。この緩急自在な斬撃の圧力が、カイルが展開した魔法反射の膜すらも強引に押し戻していく。二刀流の本領は、この包囲戦においてこそ発揮される。四方から迫る猛攻を、二方の刃が次々と叩き落とし、塵へと変えていった。
(……防御に徹することはいいが。むやみに攻めればこちらがやられる)
シリウスの二刀流での絶対的な防御術により、集中力は無心へと変わっていた。
鏡の中からカイルの驚愕の声が漏れる。カイルは焦りから鏡を増設し、魔力を集中させるが、シリウスの意識はすでにその先へ到達していた。
(防御に徹すれば凌げる。だが、むやみに攻めれば術中にハマる……。静かに、もっと深く、無心へ――)
極限の集中が、時間の流れを鈍らせる。
――ドォォォォンッ!!
突如、シリウスの体から天を貫くほどの「青いオーラ」が爆発的に噴き出した。
『星の守り手』の力が、本人の意志を超えて発動したのだ。その凄まじいプレッシャーに、スタジアムの観客が、審判が、そしてカイルが息を呑んだ。
青い光に包まれたシリウスは、相手がいないはずの虚空……鏡の死角へと、二刀による刺突以外の八字の斬撃を放った。巨大な青い光波が、空間を切り裂きながら突き進み、観客席に届かない程度の位置で光がすっと消えた。
――パリンッ!!
「やはり、見えるところにはいなかったか」
◇
一瞬にして全ての鏡が粉砕され、隠れていたカイルの本体が剥き出しになった。シリウスは追撃せず、静かに二本目の剣を光に還し、星の剣を鞘に収めた。
「――棄権させてもらう」
――静寂。
会場がその言葉で静まり返った。
「おっと、シリウス選手これはどうした――」
「……やろうぜ? どうしたんだ、シリウス! 今の力なら、私を倒せたはずだ!」
カイルの声が震えている。恐怖ではなく、最高の勝負を中断された困惑。
「悪いな。この光は『星を守る力』なんだ。対人戦なんかで見せびらかしたり、人を傷つけるために使うものじゃない。……今の俺には、まだこの力を試合の枠に収めることができないんだ」
静寂の中、二人の会話が静かな会場に響き渡る。シリウスの言葉には、力への奢りではなく、その重責を知る者特有の静かな覚悟が宿っていた。
「……残念だ。だが、見事な二刀流だった。かつての英雄と手合わせできたこと、一生の誇りに思うよ」
「あんたが優勝だ、カイル。おめでとう。魔法と剣の極み、確かに見せてもらった」
「……俺はまだ自分の強さに満足していない。次は、その青い光さえ必要ないと言わせてみせるさ」
カイルが不敵に笑い、剣を収める。
「――勝者、魔導騎士カイル!!」
一拍おいて、スタジアムが崩れんばかりの拍手と歓声に包まれた。優勝者に向けられた称賛と、それと同等、あるいはそれ以上の敬意がシリウスへと注がれる。
観客席に戻るなり、ミラがシリウスの背中をバシッと力任せに叩いた。
「ちょっと! あそこで棄権しちゃうなんて、シリウスらしいというか何というか……。全く、変なところで頑固なんだから」
呆れ果てたような口振りだが、その表情には隠しきれない信頼が滲んでいる。
ベガは、賞金で買ったばかりの軽食をもぐもぐと口に放り込みながら、シリウスに向けて右手の拳を突き出した。
「……ま、お疲れさん。悪くないキレだったぜ」
短く言葉をかけ、よくやったと言わんばかりにグーで合図を送る。
その隣で、スピカもベガに買ってもらったらしい、見たこともないほど透き通った美しいグラスを揺らして見せた。
「シリウス、二本の剣をあんなに速く振り回すなんて凄いですね」
「子供のころから素振りだけは一流だもんね」
スピカは目を輝かせ、最高の笑顔で彼を迎え入れた。
「とりあえず、酒場でも行こうか。今日は俺の奢りだ!」
激闘の後の心地よい疲れを感じながら、シリウスは仲間たちと共に歩き出した。その背中は、敗者のものではなく、新たな道を見出した開拓者のそれであった。




