ep25.知らざる使命と、虚空より来る破滅の光
背後に潜む《《あの絶望》》に追いつかれる前に――。
四人乗りの重厚なマシンは、悲鳴のようなエンジン音を轟かせ、逃げるように草原を最短距離でぶっちぎった。ブースト全開。かつての強敵が姿を現す隙すら与えぬ爆走で、俺たちは一直線に城の外門へと滑り込んだ。
降り立った俺たちの前に立ち塞がったのは、深い紺色のローブを纏った魔法兵士達だ。緊迫した空気が走る中、俺は懐から一つの『紋章』を取り出し、迷いなく突きつけた。
そして、王の絶対的な信頼を示すその紋章を前に、兵士たちは杖を下ろした。王の意思に背くことは、魔法大国において最大の禁忌だ。彼らは震える手で道を開け、目指すは玉座の間――この時間軸で、悲劇が始まるその場所だ。
重厚な扉を蹴破るようにして飛び込んだ。
そこには、冷たい刃を突きつけられ、まさにその命を奪われようとしている王女の姿があった。
そして、エルヴァスを問い詰めると、三体の魔物が暗闇と共に現れたが、ミラの科学銃の弾と、ベガの大剣、スピカの槍で瞬殺し、エルヴァスも、全員で氷、炎、雷、風魔法の混合魔法を叩き込み楽々と勝利し、剣士の国の様子を確かめようと今、草原の中程に近づいている。
突如。聞き覚えのある、あの耳障りなパイプオルガンの音が草原のど真ん中で聞こえ始めた。
シリウスの胸のペンダントが光輝きだす。
目の前に国一つ分の黒い影が現れ、ミラが急ブレーキをかけると共に全員が戦闘態勢を取るために構えた。
スピカが一番前で槍を縦に握り、目をつぶっている。彼女の周りには緑色の光が輝いている。その静寂の間、俺とベガとミラが顔を見合せ、言葉もなく合図をする。
目の前の巨大な黒い影から、パイプオルガンのビル一つ分はある太いパイプが突如となく、俺たちの方へと飛んできた。
草原を切り裂く轟音と、心臓を逆撫でするパイプオルガンの旋律。
視界を埋め尽くす巨大な影の頂上、その中心にエルヴァスが鎮座していた。狂った音色と共に、ビルほどもある巨大な鉄パイプが質量兵器として次々と射出される。
「――参ります」
緑のオーラを爆発させたスピカが、飛来するパイプの側面を垂直に駆け上がった。風を纏った彼女の槍が、星の輝きを帯びて一点に収束する。
「風よ、星の導きと共に貫け!」
先行の一撃。放たれた砲撃は緑の閃光となって空を割り、迫るパイプ群を次々と粉砕していく。爆炎の中を、今度は二つの影が左右に分かれて最短距離を突っ切った。
「遅えんだよ、鉄屑がッ!」
咆哮したのはベガだ。全身を硬質な黄色のオーラが包み込み、引き抜かれた雷の大剣がバチバチと大気を焼く。落下してくるパイプを正面から迎え撃ち、雷光一閃、一刀のもとに両断した。
その直上、青い残像を引き連れてシリウスが舞う。二刀の剣を振るうその姿は、もはや目で追える速度を超えている。
「星破――双龍流星雨!」
乱舞する氷の刃が、パイプオルガンの真ん中にいる黒いエルヴァスと思われるものを守る障壁代わりのパイプを氷の斬撃の飛ぶ刃が細切れに変えていく。スピカの風が道を切り開き、ベガの雷が盾を砕き、シリウスの青い刃が敵陣を蹂躙する。
だが、後方に控えるミラの様子がおかしい。
以前の死闘の反動か、踏み込む足がもつれ、呼吸が乱れる。そこへ、エルヴァスが放った極太のパイプが、回避不能のタイミングで彼女へと殺到した。
「ミラ!」
シリウスの叫び。だがその直前、ミラの瞳の奥で赤い光が爆発的に膨れ上がった。
「……くっっ! ――はぁぁぁぁぁ……ッ!!」
理性を焼き切るような真紅の闘気が、不調だった身体を無理やり再起動させる。回避などしない。彼女は迫りくる鉄の塊に対し、剥き出しの拳を叩きつけた。
――ガァァァァァァンッ!!
金属がひしゃげる凄まじい衝撃音。逃げ場を失った衝撃波が草原をなぎ倒す。
拳一つで巨大なパイプを真っ向から粉砕し、ミラはそのまま紅蓮の弾丸と化してエルヴァスの眼前へと躍り出た。
不調を力尽くでねじ伏せたミラの拳が、ついにエルヴァスと思われるそれの懐へと食らいつく。
その瞬間、スピカの緑、ベガの黄、シリウスの青、そしてミラの赤――四つの光が呼応するように膨れ上がり、それぞれの体を守護する完全な球体と化した。
四つの球体は、エルヴァスを軸にして巨大な光の十字架を形作る。
「逃がさない……これが、俺たちの全開だッ!」
四人の咆哮が重なり、十字の中心で全エネルギーが限界を超えて圧縮される。逃げ場を失った空間が軋み、エルヴァスのパイプオルガンが飴細工のようにひしゃげていく。
「――『天体衝突・エクスクロス』!!」
バァァァァァァァン!
草原を白銀の閃光が包み込み、四つの異なる魔力が螺旋となってエルヴァスを飲み込んだ。それはまさに、ひとつの小惑星が衝突し、砕け散るかのような、絶対的な破壊の光だった。
国一つはある黒いパイプオルガンと思われるものとエルヴァスと思われるものが黒いモヤと共に消える。
「ふぁぁーっ」
「くっはぁー」
「はぁ……はぁっ」
「――」
スピカだけが、冷静な顔で立っていたが、ミラは地面に片足を下ろしている。シリウスとベガは相手がいなくなると同時に地面にお尻から座り込んだ。
消えた影の奥のゲートの方向から男の声が聞こえてきた。
「あー!いいとこだったのになぁ」
突如、戦場に響き渡ったのは、神経を逆撫でするような女の高い笑い声だった。
爆炎が晴れた先、そこには見慣れぬ四人の影。
「きゃはははっ! 面白そうな力が生まれたと思ったらこのザマ? 期待外れもいいとこじゃん!」
「あまり期待するなよ。俺たちが来たからには、この星はもう終わりなんだからさぁ」
不気味な余裕を漂わせる連中。その中心に立つ、黒い服を纏い一本の剣を腰に下げた男――ブラックが、無造作に手を突き出した。
直後、ミラの体が目に見えぬ力で宙に吊り上げられる。
「がっ……あ、く……っ!」
「ミラッ!」
喉を不可視の手に締め上げられ、ミラが悶絶する。シリウスは迷わず地を蹴った。神速の二刀がブラックの懐へと最短距離で刺さり込み、その不可視の束縛を断ち切る。解放されたミラが後方へ吹き飛ばされ、地面を激しく擦りながら倒れ込んだ。
「何者だお前ら! 仲間に何をしやがる!」
「……珍しい奴に会えたんでね。ほんの挨拶代わりだ。《《星の守り手》》の諸君」
ブラックの言葉に、ベガが吠えた。
「ふざけてんじゃねえぞッ!」
雷の大剣が唸りを上げるが、ブラックは抜剣すらしない。指先一つで放たれた漆黒の衝撃が、ベガと背後にいたスピカをまとめて後方へと弾き飛ばした。
「敵だと思っていいんだよなぁ」
俺は止まらない。仲間の窮地に、二刀の切っ先をブラックへ向け、嵐のような連撃を叩き込んだ。
九つの断層――上下、左右、斜め、そして突きの全方位。
それを片手で、あるいは両手で、変幻自在の組み合わせで放つ。
右の袈裟斬りで肩を捉え、その斬撃の終わりを左の水平胴でカバーする。攻防一体。一刀が攻めれば、もう一刀が敵の反撃を「型」の軌道上で弾き飛ばす。
ブラックが僅かに身を引くが、逃がさない。
右の逆袈裟で顎を跳ね上げると同時に、左を添えて両手持ちへと切り替え、垂直上昇の『逆風』で追撃を叩き込む。片手の速さと両手の重さが、ランダムなリズムでブラックを翻弄するはずだった。
さらに左逆袈裟から左胴へと繋ぎ、左右の逃げ場を完全に消失させる。
たとえブラックが反撃に転じようと、俺の振るう二刀の軌道そのものが、鉄壁の守りとして機能していた。
仕上げの逆袈裟で斜めの網を完成させ、その中心へと二刀を束ねた最短距離の刺突をぶち抜く。
本来なら、ここからさらに加速し、三十六の連撃で塵に換えるつもりだった。
――だが。
空気を切り裂く十八の連撃すべてが、ブラックの鞘に収まったままの剣、あるいは最小限の指先の動きでコン、コンと軽やかに弾かれた。
どれほどランダムに、どれほど攻守を入れ替えようと、奴にはすべてが見えていた。
「……面白いな、二刀流か。お前の剣、あいつに似ている」
ブラックが、退屈そうだった瞳に僅かな光を宿す。
「あいつの剣も、逃げて、守ってばかりの……退屈な剣だった」
「何だと……!?」
「その型の壊し方、教えてやるよ。――こうすんだよ!」
再び俺が踏み込んだ瞬間だった。
十九手目、さらなる加速へ移行するその刹那。連撃の渦中へ、ブラックがたった一歩、死神のごとき踏み込みを見せた。
ブラックの一撃を受け流そうと、後ろに下がるタイミングでブラックがその隙をつき一歩前に攻め混んできたのだ。
――ガキィィィィィィィンッ!!
強烈な打撃。ただの力押しではない。俺の重心と剣筋を完全に読み切った、心臓を穿つような衝撃が二刀を伝って全身を駆け抜けた。
「ぐっ、はぁっ!?」
攻勢に回っていたはずの俺の体勢が、たった一歩の「前進」で根底から崩される。ブラックの黒い刃が鞘から滑り出し、俺の胸元を一閃したはずだった。俺の心は高ぶり、俺は仲間へのソイツらの扱いに心底苛立ち、許せない気持ちで一杯だった。本来であれば致命傷だっただろう。しかし、一瞬剣が当たる直前、透明な太い剣のような何かが俺の体への斬撃を辛うじて防いだのだ。
俺は草原に背中をつく。
「この世界は、いつでも壊せる。……それに、こいつらは弱すぎる。つまらねぇ」
ブラックは倒れた俺たちを一瞥し、興味を失ったように背を向けた。
「星を守る力すら満足に発動しねぇゴミに用はねぇ。行くぞ」
その歩みに、迷いも警戒もない。ただの散歩に飽きたかのような、残酷なまでの無関心。
地を這うベガが、血を吐き出すようにその背中へ吠えた。
「待てよ……ッ! さっきのパイプオルガンの野郎も、お前らの仲間か……!?」
立ち去ろうとしていた四人のうち、一際大きな体躯を持つ大男が足を止め、肩を揺らして振り返った。
「はははっ! いいことを教えてやるよ。あれは、お前たちがこの星の破壊を防ごうと足掻いた『代償』だ。世界を救おうなんておこがましい真似をするなら、相応のツケを払わなきゃならねえんだよ!」
男の言葉が、呪いのように突き刺さる。
「なんだ、お前ら。星を守るための力すら、まともに引き出せねえのか? ……まあ、俺たちは世界を破滅へと導くために選ばれた存在だ。格が違うんだよ」
「――喋りすぎよ!」
先行して歩いていた女の鋭い声が、大男の言葉を遮った。彼女は一度もこちらを振り返ることなく、苛立ちを隠そうともしない。
「ちっ、分かったよ……! そうだ、これは挨拶代わりのオマケだ」
大男がニヤリと下卑た笑みを浮かべ、去り際に指先を軽く弾いた。
ドオォォォォォンッ!!
草原が悲鳴を上げ、俺たちの足元で爆炎が狂い咲く。
視界が真っ白に染まり、爆風が傷ついた体を無慈悲に吹き飛ばした。




