第225話:刃の外側
雲が裂ける。
次に来たのは――熱だった。
「……っ、あっつ」
船の先端。
張り出した梁に結ばれたロープに掴まり、俺は身を乗り出していた。
眼下。
そこに広がっている光景を見て、思わず口をつく。
「……何だこりゃ?怪獣大戦争かよ」
下では、
厄災と――巨大な人型の“何か”が、殴り合っている。
金属みたいな体。
砕けた腕。
胸の奥が、鈍く光っている。
押し倒され、
殴られ、
それでも立ち上がろうとする――
でかいロボットみたいな代物。
拳が落ちるたび、
地形が一段、書き換わっていく。
「あっちぃ〜……」
背後から、間延びした声。
リュカだ。
耳を伏せ、尻尾をばたつかせながら、船縁にしがみついている。
「コール、これあんま近寄ったら、船ごと燃えるぞ〜…」
「分かってる」
分かってるが――
離れすぎると、届かない。
視線を戻す。
巨大ロボットの胸部が、また凹んだ。
光が、鈍く歪む。
……長くは、もたなそうだ。
「……コール様」
今度は、落ち着いた声。
シアが、俺のすぐ後ろに立っていた。
「どうするおつもりで?」
どうするか。
考える時間は、もうない。
「……とりあえずだ」
俺は、振り返らずに言った。
「リネア!」
「……はい!」
即答。
甲板の中央、砲座。
リネアが、すでに照準を合わせている。
「狙いは――あいつの“目”だ。あのデカいのを殴るのに集中してる。注意を逸らせ」
一瞬の間。
「……了解!」
次の瞬間、
大砲が唸った。
ドンッ――!!
反動が船体を揺らす。
砲弾は、一直線に――厄災の顔面へ。
熱の揺らぎを裂いて、
光の線が走る。
直撃。
厄災の“顔”が、爆ぜた。
完全には砕けない。
だが――
ズン、と。
振り下ろされかけていた拳が、
止まった。
巨大ロボットへの追撃が、
一拍、遅れる。
「……止まった」
その一瞬。
ほんの、数秒。
だが――
今は、それでいい。
「よし……」
ロープに体重をかけ、俺は腰のクランダに手を伸ばした。
距離はあるが、今なら――割り込める。
この暑さじゃ生身はやべえが、影モードなら……。
「……影ども!準備しろ!」
空気が沈む。
身体の輪郭が、薄くなる――その瞬間。
「こーるちゃ〜ん?」
間の抜けた声が、真後ろから飛んできた。
覚悟していた俺は、出鼻をくじかれ少し膝を折った。
「……なんだ?」
動きが、止まる。
振り返ると、ミラが甲板の下から上半身を出し、
両手で見覚えのない“柄”を抱えていた。
剣じゃない。
刃もない。
だが、ただの持ち手とも違う。
中央に、ソラル石が組み込まれている。
それも一つじゃない。
環状に、複数。
「今ですぅ〜」
ミラは、にこっと笑った。
「……何だ、それ」
「この前のお話、覚えてますぅ?」
余裕の声。
この状況で、それが逆に怖い。
「“剣そのものよりぃ、何を斬ってたかが大事”ってやつですぅ」
胸の奥で、嫌な音がした。
「……まさか」
「はい〜」
ミラは、柄を少し掲げる。
「できましたよぉ〜
“あの剣用”ですぅ〜」
風が、変わった。
ソラル石が、一斉に――淡く、脈打つ。
「刃はぁ、ありません〜」
ミラは、あっさり言う。
「でもぉ……
剣が“切ってきたもの”を、
外に出すことは、できますぅ」
「……外に、出す?」
俺が聞き返した、その瞬間。
ミラは、ちょっとだけ首を傾げて――
楽しそうに、言った。
「剣がここまでってぇ……誰が決めましたかぁ〜?」
その言葉が、妙に重く落ちた。
「剣ってぇ、刃の形とかぁ、長さとかぁ……そういう“見た目”の話、ですよねぇ?」
ミラは、柄を軽く叩く。
「でもぉ……あの剣が斬ってたのってぇ、
鉄とか肉とか、そういう単純な事じゃないと思いましてぇ」
ミラはニコニコしながら続ける。
「“そうなってるはず”とか、決まりそのものですよねぇ?」
背筋が、ぞくっとした。
「だからぁ」
ミラは、にこっと笑う。
「刃を決めるのは、形じゃなくてぇ……
切りたいものなんですぅ」
眼下で――
ズン――――!!
巨大ロボットが、また殴り伏せられる。
「これにぃ……剣、差し込んでくださぁい」
「……ミラ」
俺は、低く言った。
「これ、どれくらい魔力食う?」
即答だった。
「普通の人ならぁ……一振りもできないと思いますぅ」
「だろうな」
「でもぉ」
ミラは、目を細める。
「こーるちゃんはぁ……
あの燃費最悪銃、平気で使ってますよねぇ?」
余計なことを。
「だからぁ」
一歩、近づく。
「使えるの、こーるちゃんぐらいですぅ」
――その瞬間。
ズン!!
厄災の拳が、再び振り下ろされる。
巨大ロボットが、完全に崩れかけた。
「……っ」
シアが、息を詰める。
「コール様……」
「分かってる」
俺は、ミラから剣の柄を受け取った。
そして、左手を開いた。
「アヴィル」
名前を呼ぶ。
左腕の内側で、何かが噛み合う感覚が走る。
次の瞬間――
空気が、歪んだ。
左手に、
剣が“現れた”。
柄も鞘もない。
最初から、剣そのものが、体の一部みたいな存在感。
その剣を――
ミラの持ってきた“柄”へ、差し込んだ。
音はしない。
だが、はっきりと――はまった。
ソラル石が、一斉に光を強める。
刃は、まだ無い。
だが――
柄の周囲で、光が集まり始める。
「……っ」
一瞬、拒絶を感じた。
この剣……アヴィルは、女神に作られた俺の体を拒絶してしまう。
そういう性質だ。
世界の外からの力を拒絶する……。
だからヴァルセリクスとぶつかり合ったときにも光を発した。
だが、この状態なら許してくれるらしい。
俺は、右手を添えた。
直接、剣に触れてはいない。
握っているのは、“柄”だけだ。
それなのに、もう体の力が抜けかけている。
「コール様……!?」
シアの声が、遠い。
だが、離さない。
「……ウィンスキー!」
俺は前を見たまま叫んだ。
「厄災の前を通過しろ!!」
俺は命令を出す。
「全員、捕まってろ!!――全速前進!!」
一瞬の静寂。
次の瞬間――
船が、吠えた。
加速。
風が叩きつけてくる。
甲板が、震える。
前方――
厄災が、拳を振り上げている。
巨大ロボットに、
止めを刺す気だ。
「……行けるか」
俺は、両手で柄を握り締めた。
左腕が呼応し、震えを上げる。
右腕が、痺れる。
視界の端が、暗くなる。
それでも――
力を、込めた。
その瞬間。
刃が、形を取った。
金属じゃない。
炎でもない。
光が、 刃の形を“なぞる”。
だが、その大きさは――
船と、同じくらいの長さに達した。
「……っ」
息が、止まる。
刃が完全に形成された、その瞬間――
船は、
厄災の懐へ突っ込んだ。
熱。
圧。
衝撃。
だが、止まらない。
俺は、
振りかぶらない。
「うぉおおおおおおおおおッッッ!!!!」
ただ――
構えたまま、通過する。
刃が、
厄災の頭部を――裂いた。
抵抗は、ない。
斬った、というより、
線を引いた……それだけだ。
次の瞬間、
船は――通り過ぎていた。
背後で。
遅れて、
厄災の頭部が――ずれた。
落ちない。
崩れない。
ただ、
切り離されたまま、止まる。
巨大な拳が、
空を掴み――
そのまま、
力なく、落ちた。
刃が、急速に消える。
光が霧みたいに剥がれ、
柄だけが、手に残った。
「……っ」
もう、立っていられない。
体中の感覚が、
ごっそり抜け落ちる。
膝が、折れる。
背中が、甲板にぶつかる――はずだった。
だが。
「……っ、コール!!」
次の瞬間、
強い腕が、俺の体を受け止めた。
衝撃が、半分になる。
視界が揺れて、
赤色の髪が、真上に落ちてきた。
「また……無茶を……っ」
エレナだ。
歯を噛みしめたまま、
俺の身体を抱え込むようにして、踏ん張っている。
「……死ぬ気か」
声は低い。
怒っているのに、
どこか震えていた。
「……一振り、だけだ」
喉が焼けて、声が掠れる。
「それ以上は……無理だ」
エレナは、返事をしない。
代わりに、
俺の額に手を当てて、呼吸を確かめる。
「……意識はあるな」
「……ああ」
「なら、動くな」
命令だった。
騎士の声だ。
俺は、もう逆らう力もない。
そのとき。
甲板の向こうで――
誰かが、息を呑む音がした。
「……コール様」
シアの声。
「……あれ……」
エレナも、顔を上げる。
視線の先。
切り離されたままの、厄災の頭部。
崩れた厄災。
その下で――
ズン……。
巨大な影が、動いた。
「……っ」
エレナの表情が、変わる。
倒れていた、
あの巨大な人型の“ロボット”。
片腕を失い、
胴体も抉れ、
もう限界のはずのそれが。
ゆっくりと。
本当に、ゆっくりと――
立ち上がった。
「すっげ……あれまだ動くのかよ?」
リュカの声が、ひっくり返る。
だが、
違和感はそこじゃない。
その視線が、
横に倒れる厄災を見続けている。
「……エレナ」
俺は、かすれた声で言った。
「……何か、おかしい」
エレナは、短く息を吸った。
「……ああ」
同意だった。
――“反応”だ。
まるで、まだそこになにかがあるみたいに……。
ズ……ン……
巨大な拳が持ち上がる。
「……まだ、終わってない」
エレナが、低く言った。
倒れたままの、厄災の胴体。
その中心から――
ミシ、と。
何かが、内側から動いた。
「……っ?」
次の瞬間、
胴体の裂け目から――腕が、伸びた。
ただ、
“そこに行くと決めていた”みたいな動き。
砕けた土。
焼け焦げた岩。
灰と熱を引きずりながら、
腕は、まっすぐ――
巨大な人型の“ロボット”へ向かう。
「……やば」
次の瞬間。
――ズカーン。
音が、遅れて来た。
鈍い。
重い。
金属が裂ける音。
“中身ごと貫いた”音。
腕は、
巨大ロボットの胸部を――
正確に、貫通していた。
「……っ」
エレナの腕が、俺を抱えたまま強ばる。
ロボットは、抵抗しない…いや、ちがう…。
拳も、構えたまま…止った。
胸に突き立った腕。
そのまま――
動かない。
ロボットの胸の光が、消える。
胸の奥で脈打っていた、あの鈍い光が、
ゆっくりと、完全に――途絶えた。
「……とまった……?」
リネアが、呟いた。
巨大な体は、
崩れない。
倒れない。
ただ――
“止まった”。
貫かれたまま。
その光景が、
異様なほど、静かだった。
そして。
貫いたままの、
その腕の――
拳が、
ゆっくりと、開いた。
ゴゴゴゴゴッ
ぎこちない動き。
指一本ずつ、
確かめるように。
ぱら、ぱらと、
灰が、指の間から零れ落ちる。
「……おい、まじかよ」
手のひらの中に、
“何か”が――いた。
小さい。
腕の太さと比べて、
あまりにも、か細い輪郭。
「……人か?」
誰かが、そう言いかけて――
言葉を、失った。
違う。
人の形は、している。
腕も、脚も、頭も。
だが――
そこにいるのに、
何にも、当てはまらない。
「……いや……」
俺の喉から、
勝手に声が漏れた。
「あれが……厄災だ……」
ただ、
“人の大きさをしている”だけの何か。
それが、
手のひらの中で――
こちらを、向いた。
それなのに。
確かに――
“見られた”。
背中に、冷たいものが走る。
(……違う)
女神は言った。
“心を食われた”
“壊れた人格”
“狂った勇者”――と。
嘘じゃないのは分かる。
あいつは、多分、俺に嘘は言わない。
隠すことはあっても、騙すために言葉を捻じ曲げるタイプじゃない。
だが――
(あれは……)
狂ってる奴の目じゃない。
壊れて崩れた残骸の目でもない。
そこにあるのは、
“決めた”っていう意志だ。
世界を憎んでるとか、
人を恨んでるとか、
そういう感情の爆発ですらない。
もっと冷たい。
もっと硬い。
――目的だけが残った目。
(……世界を、否定してる目だ)
なのに、
俺の胸の奥が痛む。
「……エレナ……」
俺は、かすれた声で言った。
「俺が、斬ったの……外側、だけだ……」
エレナは、答えない。
ただ、
剣の柄を握る俺の手を、強く押さえた。
まるで、
“次は触るな”と言うみたいに。
巨大な腕は、
そのまま。
貫いたまま。
そして――
手のひらの“それ”は、
まだ、動かない。
待っている。
次に、
“誰が動くか”を。
エレナが、低く言った。
「……逃げるぞ」
俺も、同意するしかなかった。
これは、
倒した後の姿じゃない。
――“本体が、表に出ただけ”だ。




