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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第223話:剣の記憶、砦の夜明け


その剣は、生まれた。


職人が鍛え上げた名剣というわけではない。


世界に生きるものすべての、

「終わってほしい」という願いが、

刃の形を取った。


その剣は本来ならば、全てを切ることができた。

概念も、存在も、隔たりも。


だが――

振るう者が、切れなかった。


覚悟でも、力量でもない。

選択を引き受ける重さが、まだ足りなかった。


それでも、その手には一つだけあった。


誰かを守ろうとする意思。


剣は、それを拒まなかった。


未熟な使い手は、剣を振るった。

勝ちも、負けも、迷いも、後悔も、

すべて抱えたまま、振るい続けた。


そして……。


魔族を斬った。

闇に力を与えられた存在を、斬り続けた。


境界は、次第に曖昧になった。

守るために斬るのか、

斬ることで守っているのか。


剣は、問いを持たない。

ただ、振るわれたものを、そのまま受け取る。


切ったものの性質が、

刃に残った。


闇。


世界の内側では処理できない力。

理からも外れたもの。


剣は、それに適応した。


光を得たのではない。

闇を求めたのでもない。


ただ――

切り続けた結果、

その切り方を覚えた。


それでも、足りなかった。


勇者は、魔王のもとへ至った。


すべてが終わるはずだった場所。


剣は振るわれた。


だが…刃は届かなかった。


力量ではない。

技でもない。


――選択が、まだ足りなかった。


勇者は、敗れた。

それでも、その傍らにいた者がいる。


幼い頃から、自身の使い手と共に在った少女だった。


彼女は逃げなかった。


そして……世界の外側に触れた……。


“使ってはいけない力”を、

自分の身に通した。


その力で、魔王は崩れ、勇者の一撃で倒れた。


世界は、救われた。


代わりに――

彼女は、消えた。


死ではない。

喪失とも違う。


世界から、抜け落ちた。



そこからだった…勇者は壊れた。



剣は壊れていない。

力も、刃も、変わらない。


だが、

剣を振るう手が変わった。


守るために振るわれていた刃は、

やがて、理由を失った。


闇が、勇者に入り込んだ。


支えを失った器は、

それを拒めなかった。


勇者は、厄災になった。


無差別に、斬った。


敵も、味方も、

意味も、理由も。


その使われ方に引きずられて、

剣の“意味”が、摩耗していった。


切るものを、選ばなくなる。


それでも、剣は切れた。


切れ続けた。


それが、剣だったからだ。


そうして厄災は次第に肥大していく。

同時に、嫌でも、剣は力を得ていった。


望んだわけではない。

選んだわけでもない。


ただ、

振るわれ続けた。


血を浴び、

命を断ち、

魂を通した。


斬ったものすべてが、

剣の中を通り抜けていった。


それらは、

剣のものにはならない。


行き場を失った力は、

自然と、一つの場所へ流れた。


厄災へ。


剣は、

力を溜める器になった。


斬るためではない。

救うためでもない。


ただ、

振るわれた結果として。


剣は、

厄災を強める道具になった。


それでも、

剣は離れなかった。


拒むことも、

折れることも、

終わらせることもできた。


だが、

剣は隣に在り続けた。


主が壊れても。

世界が壊れても。


それが、

剣に残された

唯一の役目だったからだ。


だから、剣は俺を拒まなかった。


(……ああ……そうか)


そういうことか。


俺と、

あの厄災と、

失われた彼女と。


そこまでは――全部、同じだ……。


違ったのは、

ほんの一線だけだ。


あの時、

勇者が勇者でいられたなら。


闇に、手を伸ばさなかったなら。


……それが、俺だった。


だから……アヴィルは……。

区別が、つかなかったんだ。


続きだと、思った……。


(……泣くなよ)


それは、

もしもの……続きを見つけた時の顔だった。


―――――


目を覚ます。


イルクアスターの天井。

木の匂い。

寝台の軋む音。


「……」


左手を見る。


そこに、ある。


「……そうか」


右手で、左手を包む。

親指で、ゆっくりと撫でた。


確かめるでもなく、

命令するでもなく。


ただ、そこに在ることを――受け取るように。


―――――


化け物が開けた穴を、

塞ぐように建てられたドワーフの砦。

内側は、異様に静かだった。


落ち着いているわけじゃない。

誰もが、次に来るなにかに備えてるだけだ。


僕たちは、コールさんに下ろされてから、そのまま見張りに回された。


“送ってきただけだ”


――そう言って、彼は去って行った。


その判断を、

アスハは最初から受け入れていなかった。


「……意味、分かんない」


壁の縁に手を置いたまま、アスハが吐き捨てる。


怒鳴らない。

でも、抑えた声が逆に重い。


「捕まえもしないで、そのまま行かせるとかさ」


視線が、ドワーフたちの方へ向く。

厚い石壁の上、弩を構えた戦士たち。


「ここ、戦場でしょ?

 厄災が動いた、

 魔物が溢れた、

 国が潰れた」


一つずつ、数えるみたいに言う。


「全部、あいつが始めたことじゃん」


反論はしなかった。

それは、事実だから。


「なのに……」


アスハは唇を噛む。


「英雄みたいに扱われて、

 捕まえもされず、

 “止めに行く”とか言って、そのまま」


こっちを見る。


「納得できるわけないでしょ」


問いじゃない。

断定だ。


少し離れた場所で、ナイが口を開いた。


「……空島では」


アスハが、そちらを見る。


ナイは、壁の石を見つめたまま続ける。


「あの人たち、彼のことをみんなが知ってて、話してた……助けられた、恩人だって……」


アスハの眉が、きつく寄る。


「……だから何?」


突き放す声。


ナイは否定しない。


「分からない」


正直な言葉だった。


「厄災が解き放たれた原因が、

 あの人にあるのも事実……」


一拍。


「私達の……故郷も、家族も」


それ以上は言わない。

言わなくても、十分だった。


「……僕は、コールさんが悪人だとは思ってない」


アスハが、即座に返す。


「思ってるかどうかの問題じゃない。

 結果よ……」


低く答える。

正しい。


「うん、分かってる……でも……」


静かに続ける。


「少なくとも、あの人は今……逃げてない」


「だから許せって?」


「違うよ」


即答した。


「でも……もしかしたらって、期待してるんだと思う」


アスハが、鼻で笑う。


「期待? 国が潰れて、みんな逃げてきてるのに?」


穴の奥を見る。


「止めるって言った、その言葉に、賭ける価値はあると思った」


「下らない……」


怒鳴らない。

でも、芯からの怒りだ。


僕は目を逸らさない。


「かもしれない……でも、あの人なら止められるかもって、感じたんだ」


沈黙。


日が暮れ始めていた。


その時、地面がわずかに揺れた。

今度は、全員が気づく。


ナイが低く言う。

魔物の小規模の群れが迫ってきている。


「……来る」


アスハは、視線を前に戻した。

表情は、硬いままだ。


「……止められなかったら」


答える。


「その時は、僕が間違ってたってだけだ……」


簡単な話だ。


アスハは、しばらく黙ってから言った。


「……覚えとく」


許したわけじゃない。

納得もしていない。


ただ――

戦う理由を、共有しただけだった。


日が沈みきるにつれて、

空気が少しずつ変わっていくのが分かる。


風が止まり、

音が、遠くなる。


次の瞬間だった。


闇の斜面に、

赤い点が、いくつも灯る。


目だ。


数を数える意味はない。

大群だった。


「――撃て!」


ドワーフの指揮が飛ぶ。


砦の新兵器が、低く唸った。


連写弓。


歯車が噛み合い、

太い弦が引き絞られる。


レバーが回されると同時に――


ガガガガガガッ!!


矢が、流れになって放たれた。


一本ずつじゃない。

切れ目なく、

壁のように夜を押し流す。


斜面を駆け上がってきた魔物たちが、

次々と撃ち抜かれ、転がり落ちていく。


……それでも、止まらない。


死体を踏み越え、

仲間を盾にして、

壁へと迫ってくる。


「数が多い……」


僕は球核機で岩を掴んだ。


「落とすよ」


声は自然と低くなる。


岩を放る。

鈍い衝撃音が返ってきた。


隣を見ると、

アスハが無言で動いていた。


壁を登ってきた魔物に近づき、

一歩踏み込んで――


槍を突き出す。

確実に。


魔物は抵抗する間もなく、

下へ落ちていった。


動きは変わらない。

怒りも、迷いもない。


ただ、落とすべきものを落としている。

そんな動きだった。


砦の内側で、

ナイの球核機が稼働する。


低い駆動音。


両腕の射撃部が展開され、

間を置かずに発射。


バン、バン、バンッ。


壁に張りついた魔物の頭部が、

正確に撃ち抜かれていく。


「右、来てます!」


僕が言うと、

ドワーフたちがすぐに反応した。


連写弓が向きを変え、

再び矢の奔流が闇を裂く。


夜は、長かった。


正直に言えば、

いつ終わるかは分からなかった。


ただ――

耐えるしかないと、全員が分かっていた。


やがて。


東の空が、少しずつ白んでいく。


魔物たちの動きが鈍り、

数が減り、

やがて、引いていった。


最後の一体が倒れた時、

砦の上に残ったのは――

荒い呼吸だけだった。


誰も、声を上げない。


勝ったわけじゃない。

生き残っただけ。


朝日が、石壁を照らす。


血。

泥。

折れた矢。


その向こうで――


「……煙だ」


誰かが言った。


東の森。

黒い煙が、ゆっくりと立ち上っている。


一本じゃない。

線になって、広がっている。


燃えている、というより――

“通った跡”のように。


砦の上が、静まり返る。


ドワーフたちは、まだ分かっていない。

警戒しているだけだ。

次の魔物の群れだと、思っている。


……違う。


僕は、知っている。


ナイも。

アスハも。


夜戦の疲れが、一気に引いた。


「アレが……起きた……」


僕が言うと、

アスハの肩が、わずかに強張った。


遠く。

煙の奥。


“影”が、立った。


人の形だ。

腕があり、胴があり、頭がある。


――だが、大きさが違う。


山と、同じだ。


山の前に立っているのに、

山より“近い”。


それだけで、分かる。


歩くたびに、

森が潰れ、

地面が沈み、

煙が増えていく。


ズン。


足音。


地面が揺れるんじゃない。

胸の奥が、押される。


ドワーフの誰かが、息を呑んだ。


「……なんだ、あれは」


初めて見る顔だ。

理解しようとしている顔。


――遅い。


「あれが……厄災」


僕は、静かに言った。


一定の速さで歩いてくる。


ただ、進む。


それだけで、

世界が壊れていく。


ズン。


また一歩。


砦の石壁が、わずかに鳴った。


アスハが、歯を噛みしめる。


「……うそ、何でこっちに来るのよ」


声が、低い。

答えは、ない。


あるのは、

迫ってくる影と――


「……起こせ」


白髭のドワーフが、絞り出すように言った。


「炉だ!……アレを起こせ!」


影は、まだ遠い。


でも。


“歩く絶望”は、

確実に――こちらへ向かってきていた。

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