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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第220話:壊れない標的


指が、こちらを向いた。


細く、白い指。

感情も力も感じさせない、ただの動作。

だが――


その先にいるのは、俺だった。


「……来る」


誰かが言った。


だが、遅い。


次の瞬間、空気が裂けた。


銃声。

魔力の圧。


影と俺による一斉射撃。


普通なら蜂の巣、

下手をすれば肉片も残らない総火力。


アヴィルの身体が弾ける。


肩が飛ぶ。

腹が裂ける。

脚が千切れる。


血と、黒い欠片が宙を舞った。


――効いてる。


誰もが、そう思った。


だが。


落ちた肉片が、地面に触れる前に――

ぐにゃり、と歪んだ。


粘土みたいに。

引き寄せられるみたいに。


裂けた胴が、戻る。

欠けた腕が、繋がる。

形が――“元に戻る”。


再生じゃない。

治癒でもない。


壊れた“形”を、もう一度なぞっただけ。


アヴィルは、立っていた。


視線は、俺から外れない。


「……チッ!」

「行きますッ」


リュカが、シアとともに踏み込む。


次の瞬間、二人は振った武器を弾かれた。

そして、そのままの勢いで地面を転がる。


速い。

無駄がない。


それに加えて、凄まじい力……。


だが、最低限の反撃だけで終わる。


追わない。


畳みかけない。


でも、視線は――俺。


「……全員、行け!!」


影が走る。

左右から、背後から。


撃つ。

斬る。

叩く。


今度も、欠損が増える。


胸がえぐれる。

首が半分、潰れる。


それでも。


形が、戻る。


ぬるり、と。

嫌な音も立てず。


「……なによ、これ……」


シェアラのナイフを握る手が、少し緩む。


その瞬間――

空気が、変わった。


アヴィルの剣が、わずかに持ち上がる。


向けられた先は――

俺じゃない。


エレナだ。


「ッ――!」


エレナが踏み込む。


ヴァルセリクスが、光を帯びる。

刃が、そのままぶつかる。


――ギィン。


音が、違った。


弾くんじゃない。

受け止めるでもない。


“押し返す”。


光が、歪む。

削られるみたいに、薄くなる。


エレナの足が、沈む。


「……っ!」


アヴィルの剣が、わずかに前へ出た。


突き放す。

殺さない。

斬らない。


ただ――邪魔だから、どける。


エレナの身体が弾かれ、飛ぶ。

遠くの地面を転がる。


「エレナ!」


だが、アヴィルは見ない。

再び、視線が戻る。


俺だ。


ずっと。

最初から。


胸の奥が、嫌に冷えた。


(……全員いるのに……俺しか、見てない)


一歩、前に出た瞬間だった。


空気が、重くなる。


アヴィルの動きが、ほんのわずか変わる。


俺が動いた時だけ。

俺が呼吸を変えた時だけ。


「ダメ……下がって! 今のあんたじゃ無理!」


シェアラが、俺を止めようとする。


でも――

指が、再び向けられた。


俺に。


逃げ場は、まだある。

仲間もいる。

火力も揃ってる。


なのに。


“俺が動くほど、状況が悪くなる”。


そんな確信が、背骨を這い上がった。


奴は、戦っていない。

追い詰めているわけでもない。


ただ――

俺が、ここに来るのを待っている。


左肩が、じくりと疼いた。


食われた場所が、思い出したみたいに。


俺は、剣を握り直す。


息を吐く。


「こい……野郎ども!」


影が、俺に集まる。


背中。

肩。

脚。

胸の奥。


溶けるみたいに、重なっていく。


空気が冷える。

音が、遠のく。


視界の端が、滲む。


「イヒヒ……もっと、来い……深くまで……」


その変化に――

アヴィルが、反応した。


指が、わずかに揺れる。


次の瞬間。


「おォオオオオオオッ!!……」


灰色の影が、地を裂いた。


獣化した、灰狼の戦士。


地面を削り取る速度。

風が、遅れて追いすがる。


シガだ。


牙を剥き、爪を伸ばし、

一切の迷いなく――アヴィルへ。


真正面。


普通なら、無謀。

だが、シガは止まらない。


「――――ッ!!」


跳躍。


影より速い。


灰狼の身体が宙で捻れ、

喉元を狙う。


初めて。


アヴィルが、反応した。


視線が――俺から外れる。


剣が、わずかに横へ。


ガキン。


金属音。


シガの爪が、剣に弾かれる。


だが、そのままでは終わらない。


空中で、身体を回転。

後脚が、胴を叩く。


衝撃。


アヴィルの身体が、半歩――ズレた。


ほんの、半歩。


だが、それで十分だった。


「今だッ……」


横から――


「は〜、いッ!」


――ドンッ!!


世界が、殴られた。


ミラだ。


三メートルの巨体。

全力。

怒りを乗せた一撃。


巨大なハンマーが、横薙ぎに振り抜かれる。


空気が潰れ、

衝撃が遅れて円を描く。


普通なら。


粉砕。

吹き飛ぶ。


だが――


アヴィルは、吹き飛ばない。


地面に、剣を突き立てた。


深く。

深く。


刃が岩盤を割り、

地面がえぐれ、

土と石が跳ね上がる。


衝撃が、そこで“止まる”。


ハンマーの圧が、剣と地面に吸い込まれる。


ミラの目が、見開かれる。


「うっそぉ〜っ!?」


三メートル。

全力。

真正面。


それでも、押し切れない。


アヴィルが、ゆっくりと顔を上げた。


裂けた口は、布に隠れたまま。

だが、視線が――ミラを見る。


ぐるり、と。


値踏みでもない。

恐れでもない。


ただ――邪魔そうに見上げる。


次の瞬間。


アヴィルが剣を引き抜く。


地面が、裂ける。


跳ねる。

踏み込む。


ハンマーを伝って、

今度は、ミラへ。


「――ッ!!」


ミラがハンマーを引き戻すより早く、

剣が振り下ろされる。


ガキィーン。


重い。

速い。

直撃すれば、ただじゃ済まない。


その間に――


影が、弾けた。


「……ッ? こーるちゃん!?」


空中。


俺は――浮いていた。


地面の重さが、消える。

風の抵抗が、遅れる。


左腕。

そこに“ある”。


肉じゃない。

骨でもない。


影が、形を取っている。


影化した身体が、

ミラとアヴィルの間に割り込む。


「ッハァっ! ハァ〜!」


衝突。

剣を、振り下ろす。


――ガン。


アヴィルの剣ごと、身体が弾かれる。


ハンマーを駆け上り、

浮いた体じゃ、受け止めきれない。


吹き飛ぶ。


そして、地面に足をつける前に――

俺は、追った。


空中を、蹴る。


「逃げんなよォ……!」


一閃。

二閃。

三閃。


斬る。

裂く。

叩きつける。


首。

肩。

胴。

脚。


刃が通る。

肉が裂ける。

欠損が増える。


だが――


死なない。


崩れても、

形が歪んでも、すぐに――戻る。


まるで、

“壊される前の姿”を、記憶しているみたいに。


「はは……最高だ……!

壊れねぇおもちゃだぜ!!」


俺の笑いが、ひび割れる。


アヴィルは、ノーガード。


避けない。

防がない。


ただ、相変わらず――

視線だけが、俺を追っている。


次の瞬間。


――ギン。


剣が、振るわれた。


速い。

直線。

無駄がない。


俺の胴を――斬った。


だが。


手応えが、ない。


刃が、影をすり抜ける。


肉を裂く感触が、ない。

骨を断つ感触も、ない。


「……?」


アヴィルの動きが、ほんの一瞬、止まる。


俺は、嗤った。


「効かねぇよ?……影だからなぁ〜!」


さらに、踏み込む。


至近距離。

顔が、近い。


その瞬間――


布が、外れた。


裂けた口。


あり得ないほど、横に広がる顎。

歯。

歯。

歯。


構造がおかしい。

“食うため”だけに、作られた口。


「――ッ!!」


噛みつき。


速い。

剣より、速い。


――掴んだ。


否。


“食われた”。


「――いっでぇぇぇええええ!?!!」


痛みが、爆発する。


今までの斬撃と、違う。


削られるでも、

裂かれるでもない。


“引きずり出される”。


影ごと。

中身ごと。


左肩が――また、焼ける。


あの時と、同じ。


「コールッ!!」


誰かの叫び。


次の瞬間。


衝撃が、連続する。


――ドンッ!!

――ガンッ!!

――バキィッ!!


リュカの一撃。

シアの斬撃。

ミラのハンマー。


同時。


横から。

背後から。

真上から。


アヴィルの身体が、叩き潰される。


噛みつく力が、緩む。


「――ッ、離せ!!」


俺は、影を爆ぜさせた。


無理やり、距離を取る。


空中で、身を翻す。


影が、ちぎれる。

再構成が、追いつかない。


胸が、苦しい。

呼吸が、乱れる。


だが――

笑いは、止まらない。


「……ハッ……ハハ……」


仲間たちが、間合いを詰め直している。


誰も、退いていない。

誰も、諦めていない。


アヴィルは、

砕かれた身体を起こしながら――

また、俺を見た。


布は、もう戻っていない。


裂けた口が、僅かに開く。


声は、出ない。


だが――分かる。


次は、もっと深く噛む。


そう、言っている。


俺は、剣を構え直す。


影が、まだ足りない。

混ざり切っていない。


でも、それでいい。


「……なぁ……」


狂った笑みのまま、

俺は、息を吐いた。


「もう一回、やろうぜ?」


空気が、張りつめる。


次の衝突は――


今までと、違う。


誰もが、そう感じていた……。


……だが。

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