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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第214話:静かな砲声


轟音とともに、

化け物の――顔面が爆発した。


一瞬、思考が追いつかなかった。


走っていた化け物の頭部が、

内側から抉られたように弾け、

濁った肉と骨片が宙に散る。


遅れて、衝撃波が地面を叩いた。


「……っ!」


球核機の装甲が、びり、と震える。


だが――おかしい。


爆発は派手だ。

威力も、文句なくある。


なのに。


いつもの“あれ”じゃない。


砲撃音が、違う。

間が、ある。


続けざまに来ない。

押し潰すような連射でもない。


まるで――

様子を見ているみたいに。


爆炎が晴れ、

化け物の首が、まだ立っているのが見えた。


倒れない。

止まらない。


吹き飛ばされた顔面の奥で、

残った片目が、再び――こちらを捉える。


その瞬間。


二発目。


轟音。


今度は、顎の付け根。

正確すぎる位置。


肉が裂け、首が大きく仰け反る。


……やっぱり、狙ってる。


当てる場所が、偶然じゃない。


三発目は、すぐには来なかった。


一拍。


ほんの、呼吸ひとつ分。


この“間”――

撃ち方が違う。


考えるより先に、

答えに近い感覚が浮かぶ。


(……これ、リネアか?)


名前を出した瞬間、

全部が繋がった気がした。


三発目。


今度は、肩。

走りを支える側。


関節が、粉砕される。


それでも――

化け物は吼えない。


怒りもしない。


ただ、まだ――追うつもりでいる。


空の上。

雲の切れ目に、巨大な影が静かに滑っている。


「……やるな、リネア」


呟いた直後、

俺は球核機の制御を切り替えた。


装甲が解け、

機体が――人形形態へと変わる。


地面を蹴り、

立ち上がる。


空を仰ぎ、

腕を上げた。


大きく、はっきりと。

進行方向を指し示す。


一度。

二度。


――行き先は、あっちだ。


返事はない。

だが。


雲の切れ目を滑っていた巨大な影が、

ゆっくりと――向きを変えた。


イルクアスターが、俺の示した方向へ向く。


「……よし」


俺は再び、球核機を駆けさせる。


後ろで、

紫、赤、青が迷いなく加速した。


誰も、何も言わない。

全員、理解している。


高度が下がる。


船は低空。

球核機は地面を走る。


並走。


風圧がぶつかり合い、

機体の装甲が唸る。


距離――詰める。


タイミングを測る。


(……今だ)


俺は踏み切った。


球核機が跳び、

宙を裂く。


一瞬の無重力。


次の瞬間、

甲板が――足元に来た。


ドーン


転がり、

衝撃を殺し、立ち上がる。


機体の乗口が開き、

いつもの匂いが球体の中に入り込む。


そして、外に出た……。


「……もどったぞ」


俺がそう言った、その直後だった。


「「コール!!」」


最初に飛び出してきたのは、リュカとシアだった。


甲板を蹴り、ほとんど跳ぶように距離を詰める。

勢いのまま胸元に飛び込む――そのつもりだったはずだ。


だが。

動きが、途中で止まる。


視線が、俺の左へ落ちた。


肩。

肘。

そこにあるはずの線が、途中で――ない。


「……え……?」

「コール様……そんなッ……」


声が、掠れた。


次の瞬間、二人の顔が凍りつく。

シアは口を手で抑えた。


息を吸い、

吐けない。


抱きしめようとした腕が、

宙で止まる。


触ったら痛い。

触ったら壊れる。


それが、言葉より先に分かってしまった。

そんな感じだ……。


「……っ……」


リュカの肩が、小さく震える。

怒りとも、恐怖とも、涙ともつかない感情が、

一気に込み上げてきて――それでも、踏みとどまる。


シアは歯を噛みしめ、

指を強く握り込んだ。


「おかえりなさい」


涙を流し、やっとの微笑みを向けながら、

それだけを絞り出す。


その後ろから、

足音が一つ、静かに近づいた。


リネアだ。


走らない。

駆け寄らない。


射撃位置から離れたばかりの身体で、

状況を“確認する”歩き方。


視線が、左肩に留まる。

一瞬だけ。


そして目を閉じてから、ツラそうな顔で俺を見た。

その横でネラが頷いている。


「……心配を、かけるな……」

「……コール……おかえり……」


機体の向こう、甲板下の扉から頭を出して声がする。


「こーるちゃん!! よかったぁ……!!」


ミラの声が響く。


近づかない。

近づけない。


それでも、

その声だけで分かる。


無事を確認した瞬間の、

力が抜けた叫びだ。


俺は、軽く肩をすくめた。


「騒ぐな。まだ終わってない」


左を隠さない。

言い訳もしない。


リュカが、ぎり、と歯を鳴らす。


「……ばか……」


小さく、噛み殺すように吐き捨ててから、

ようやく顔を上げた。


「……でも……」


続きを、言わない。


シアが半歩だけ前に出て、リュカの肩に触れる。


「……おかえり、コール」


涙を手で拭い続けながら、そう言った。


その言葉に、俺もようやく“帰還”を受け入れられた。


子供みたいに泣くリュカの頭を右手でかき回していると、背後で音が鳴る。


少し遅れて、甲板に重い足音が響いた。


シガだ。


歩調は変わらない。

だが、その視線は一瞬で――俺の左に落ちた。


止まる。


眉が、ほんのわずかに動く。


それだけで、

全部を理解した顔だった。


「……そうか」


低く、短く。


理由も、

経緯も、

何ひとつ聞かない。


“そうなった”という事実だけを受け取る声音。


「生きて戻ったなら、それでいい……」


それ以上は言わない。

それが、シガの距離感だった。


その横で――


「…………あ」


間の抜けた声。


シェアラだ。


俺の顔を見て、

次に肩を見て、

それから――左側を見る。


「あちゃ〜……」


両手を後頭部に回し、

困ったように笑う。


「そっかぁ……そりゃ大変だったねぇ」


明るい声。

でも、目は逸らさない。


踏み込まない。

触れない。


“冗談で済ませていいラインじゃない”ことは、

ちゃんと分かっている。


「でもさ」


少しだけ声を上げて、


「戻ってきたじゃん。生きて」


その言葉で、

場の空気を一段、軽くする。


「当たり前だ、死んでも死なねぇのが俺だぜ?」


その時だった。


甲板が、重く震えた。


金属が木に擦れる音。

――球核機だ。


「ちょっとシン、邪魔よ、も〜」

「いてて」

「重い……どいて……」


紫、赤、青の球核機が甲板の先で騒がしく積み重なり、

誰かが文句を言って、誰かが笑って――


その中で。


エレナが、歩いてきた。


走らない。

駆け寄らない。


あいつらしい距離感で、

まっすぐ、俺の前に立つ。


一瞬だけ、

視線が左に落ちる。


(……やっぱり、そこ見るよな)


何も言わずに、

エレナは手を伸ばした。


指先が、頬に触れる。


軽い。

本当に、触れてるだけだ。


でも――

その一瞬で、分かる。


生きてるか。

ここにいるか。

ちゃんと戻ってきたか。


全部、確かめてる。


口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


「……戻ったな」


それだけ。


でも、安心してるのは、はっきり分かる。


指が、離れる。

それで終わり。


なのに。


胸の奥が、

じわっと熱くなった。


……ああ、クソ。


これだから困る。


大げさな言葉も、

抱きしめる必要もないのに、

たったそれだけで――十分だって思ってしまう。


「……ああ、戻った」


短く返す。


それ以上、言ったら

何かが崩れそうだったのが互いにわかった。


エレナは一度だけ頷いて、

何事もなかったみたいに、半歩下がった。


でも――


こういうのはよくない、と分かってる……でも。

その距離が、他の誰とも違うってことくらい、

俺には分かってた。


そして……気づいた。


視線が、一瞬だけ集まったのを。


誰も何も言わない。

指摘もしない。


けど――見てないふりをするには、短すぎる沈黙だった。


リュカが、鼻を鳴らす。

いつもの軽口は、出てこない。


シアは表情を崩さない。

でも、目線だけが一度、エレナから俺に戻った。


シェアラは気づいてないふりをしているが、

その口元は、ほんの少しだけ緩んでいる。


……全員、分かってる。


言葉にするほどじゃない。

責めるほどでもない。


ただ、「今のは、他と違った」それだけを。


胸の奥で、小さく舌打ちした。


俺は軽く咳払いをして、意識を引き戻す。


もう、船は上がっていた。


イルクアスターはすでに高度を取り、

風切り音が甲板の下を流れていく。


俺は縁に歩み寄り、自然と――地上へ目を戻した。


……いない。


さっきまで、確かにいたはずの場所に、化け物の姿が見えなかった。


「……は?」


その瞬間だった。


――バサッ。


重く、湿った音。


続けて、空気を叩く連続音。


バサバサ、バサバサと、


決して速くはない。

――異様に、重い。


嫌な予感が、背中を這い上がる。


「……おい」


振り向いた、その先。

船の後方。


雲の切れ目から、“それ”が姿を現した。


化け物の背中から、ありえない大きさの――翼。


歪で、骨張った膜。

破れかけの羽皮が、空を掻いている。


滑空とも言えない、落ちないだけ。

速くはない。


だが、確実に――距離を詰めてくる。


「……飛ぶ、だと?」


誰かが息を呑む音。


――ドンッ。


突如……。


衝撃が、甲板を震わせた。


一瞬、誰が撃ったのか分からなかった。


遅れて、後方の空が歪む。

爆炎。

羽根の破片。

空気を裂く、鈍い破裂音。


化け物の巨体が、空中で大きく傾き落ちていく。


俺は反射的に、撃った方向を見る。


……甲板の中央。


そこに、リネアがいた。


小さな身体。

不釣り合いな大砲。

砲身の先は、まだ後方を向いたまま。


誰かの指示があったわけじゃない。

合図も、声も、なかった。


いつの間にか、そこにあって。

いつの間にか、撃たれていた。


リネアは、何も言わない。


肩で息をするでもなく、

俺を見上げるでもなく――


ただ、砲身の向こうを見ていた。


落ちていく化け物を。


その横顔が、

妙に静かだった。


怖がっていない。

震えてもいない。


……喜んでもいない。


ただ、冷たく……

「撃った」

それだけの顔。


何を言えばいいのか、

一瞬、分からなかった。


でも、確認したくて名前を呼んだ。


「……リネア……?」


でも――

リネアは振り向かない。


大砲から手を離し、

小さく一歩、後ろへ下がる。


そして一人でそれを元の位置に戻す。


それだけ。


いつもなら、

俺の顔色を窺っていたはずだ。


いつもなら、「大丈夫……だった?」とか「当たった!……」って、

先に聞いてきたはずだ。


なのに。


今のリネアは、

何も確認しなかった。


撃って、

終わって、

次を見る。


……それだけ。


胸の奥に、

ひっかかるものが残る。


理由は分からない。

名前も付けられない。


ただ――


(今のは、いつものリネアじゃない)


それだけが、

はっきりと残っていた。

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