第213話:追われる道
目が合った。
――瞬間だった。
巨大な頭部が、ぴたりと止まる。
濁ったその目が、空洞の中を一度も泳がず一直線に、俺を捉えた。
次の瞬間。
化け物が、動いた。
咆哮もない。
威嚇もない。
ただ――突っ込んできた。
壁でも、建物でも、戦士でもない。
一直線。
俺だけを目指して。
「……っ!」
ドワーフの戦士たちが迎撃に出る。
槍が刺さる。
弩の矢が突き立つ。
魔導の光が、皮膚を焼く。
だが。
――止まらない。
弾かれもしない。
怯みもしない。
当たったこと自体を、気にしていない。
瓦礫が飛ぶ。
床が裂ける。
守るために作られた街が、真正面から壊されていく。
「クソ……!」
俺は歯を食いしばり、叫んだ。
「おい!! おっさん!! 出口はどこだ!!」
白髭のドワーフが、弾かれたようにこちらを見る。
「なんじゃと!?おまえなにを!」
視線を逸らさず、確信を叩きつける。
「俺を、狙ってやがる!!」
一瞬の沈黙。
「誰がおっさんじゃ!!」
だが、次の言葉は早かった。
「このままじゃ街が潰れる!!」
「俺が出れば――追ってくるはずだ!!」
ドワーフの男が、歯を噛みしめる。
「……囮になる気か」
答える前に、影が落ちた。
――球核機の部隊。
その中に赤、紫、青。
三機編成が、他の機体と一緒に上空から一斉に突入する。
「止めろォォッ!!」「バケモンだあああ!」
「こんのぉおおおお!!」
それぞれの武器で、攻撃が化け物に叩きつけられる。
だが――
化け物は、見もしなかった。
ぶつかった球核機が、
紙屑みたいに弾かれ、
宙を舞う。
「な……っ!?」
赤の機体が壁に叩きつけられ、
紫が回転し、
青が地面を削りながら転がる。
それでも――
化け物の進路は、変わらない。
一直線。
俺だけ。
建物を踏み潰し、
石を砕き、
距離が、一気に詰まる。
「……チッ」
俺は剣を抜いた。
引き金を引く。
剣先が唸り、
鎖が射出される。
狙いは、四角い石造りの建物の屋根。
次の瞬間、
鎖が張り、
身体が引き上げられた。
風を裂いて、跳ぶ。
着地と同時に、再び引き金。
次の建物へ。
さらに、その先へ。
――屋根を渡る。
だが。
背後で、空気が歪む。
化け物が、向きを変えた。
やはり――俺だ。
建物を壊しながら、
角度を変え、
正確に追ってくる。
「……そう来るかよ」
鎖で距離を取る。
高く、速く。
だが、その度に――
下で、街が壊れる。
瓦礫が降る。
逃げ遅れた人影が散る。
俺は歯を食いしばった。
(この逃げ方じゃ……)
鎖が伸びる。
次の足場へ。
(……街が、もたねぇ)
守るために作られた国が、
俺を追う化け物のせいで、
削られていく。
瓦礫を越えた、その先。
化け物が通ってきた破壊の跡に――
見覚えのある球が、転がっていた。
装甲が歪み、
一部が砕け、
地面に転がる茶色い人形……。
さっき――
弾き飛ばされた球核機だ。
「あれだな……」
迷わなかった。
俺は鎖を放つ。
剣先が球核機の装甲に突き刺さり、
引き寄せる。
着地と同時に、装甲に手をかけ、
無理やりハッチをこじ開けた。
操縦者の男は気絶している。
俺は急いで放り出して、端に避ける。
俺は中に滑り込み、
背中を装甲に叩きつけるように座る。
左はない。
だが――問題ない。
魔力を、流す。
球核機が、応えた。
低い振動。
唸るような共鳴。
「……よし」
球核機が、完全に目を覚ました。
低い振動。
装甲の内側を、魔力が巡る感触。
その瞬間――
「――コールさん!!」
上空から、声。
紫の機体が、瓦礫を避けるように滑空してくる。
その左右と後方に、赤と青。
三機とも、傷はあるが――動いている。
生きてる。
紫の覗き窓の奥で、シンが叫んでいた。
「何してるんですか!!」
「その機体……奪ったんですか!?」
俺は、前を向いたまま答える。
「借りただけだ!」
「逃げる気!?」
赤の機体が噛みつくように叫ぶ。
「シン! アスハ! 来る!!」
青の声と同時に――
視界の端が、暗くなった。
瓦礫を踏み砕き、
建物を薙ぎ倒しながら、
化け物が――一直線に迫ってくる。
濁った目。
だが、その視線はぶれない。
俺だけを、見ている。
「……出口は分からねぇ」
短く言う。
視線を前に戻し、
化け物が掘り進んできた“道”を見る。
一直線。
迷いのない破壊の痕。
「でもな――」
球核機を、そちらへ向ける。
「あいつが来たのは、外だろ」
赤が叫ぶ。
「はあ!? あんた一人逃げて、街はどうすんのよ!!」
青が、被せるように言う。
「……アスハ、違う。コールさんは」
俺は、魔力をさらに流し込む。
球核機が、低く唸りを上げた。
「俺が走れば――」
化け物が、吼えた。
怒りじゃない。
威嚇でもない。
“見つけた”という、確信の声。
「――あいつは、追ってくる」
一瞬、
三機の動きが、止まる。
だが――
俺は、もう踏み込んでいた。
球核機が、
化け物が通ってきた破壊の道へ――一直線に走り出す。
説明は、しない。
確認もしない。
その背後で。
紫が、進路を合わせる。
赤が舌打ちしながら加速する。
青が、並ぶ。
三機が、
勝手に――後ろについた。
―――――
化け物が掘り進んだ通路は、
ゆるやかだが、確実に上へ向かっている。
球核機は走る。
だが、平地ほどは――速くない。
装甲が岩に当たり、
火花が散る。
速度は出る。
だが――伸びない。
「……チッ」
後ろを見る余裕はない。
だが、分かる。
――近い。
地面が震える。
岩が鳴る。
化け物の足音が、
この空洞全体を揺らしている。
追いつかれはしない。
だが――引き離せもしない。
じりじりと、
距離が、変わらない。
紫が、右後方に並ぶ。
赤が左へ。
青が、少し上を滑るように進む。
三機とも、黙っている。
喋る余裕がない。
岩肌が、次第に変わっていく。
削られた壁に、
風の流れが混じり始める。
空気が――違う。
(……外だ)
確信するより先に、
光が見えはじめた。
遠く。
細い、細い裂け目。
だが、確実に――外の光。
その瞬間。
背後で、
化け物が――吼えた。
怒りじゃない。
威嚇でもない。
“届く”と理解した声。
坂を踏み鳴らし、
速度を上げてくる。
距離が――詰まる。
球核機が、軋む。
「……もてよ」
誰に言ったか分からない言葉。
機体か。
自分か。
それとも――この賭けか。
坂の先。
光が、広がる。
裂け目だったはずの出口が、急に“空”になる。
岩の天井が途切れ――白い光と風が、装甲の隙間から殴り込んできた。
眩しい。
乾いてる。
冷たい。
球核機が、最後の段差で跳ねた。
ごんッ――!
装甲が地面を叩き、身体が浮く。
一瞬、内臓が置いていかれる感覚。
だが次の瞬間。
平地だ。
岩の坂じゃない。
削れた石でもない。
――土と、砕けた砂利。
転がりが、変わる。
球核機が伸びた。
同じ魔力でも、速度が跳ね上がる。
ぐん、と距離が――開く。
「ひゅ〜う……」
俺は息を吐く。
短い。
勝った気にはならない。
背後。
出口の穴が、また揺れた。
化け物の頭が、光の中に突き出る。
岩を噛み砕きながら、外へ這い出してくる。
止まらない。
迷わない。
追ってくる。
紫が、横に並んだ。
赤と青も、遅れずついてくる。
風の中で声が割れた。
「――コールさん!!」
俺は視線を前に固定したまま、短く返す。
「……シン」
「なんとかなりましたね!」
その声に、ほんの一瞬だけ胸の奥が緩む。
地底の息苦しさが、外の空気にほどけていく。
だが――次の瞬間、現実が戻る。
背後の地面が、連続して沈む。
重い衝撃が、風を裂く。
化け物の走りだ。
距離は開いている。
だが、ゼロにはならない。
こいつは、諦めない。
そして――
こいつを追わせたまま走れば、ドワーフの都市は平気だろうが……。
俺は、歯を食いしばる。
(こいつらの魔力じゃ……俺の真似は長くは無理だ)
球核機は便利だ。
だが、燃費が悪い……。
今の上り坂、俺でも少し消耗した感じがする……。
こいつらの魔力は俺ほどじゃない。
長距離になれば、必ず置いていかれる。
置いていかれた時――追いつかれるのは、俺じゃなくなる。
俺は、呼吸を整えた。
「……お前ら」
声は、風に持っていかれそうになる。
だから、短く、切る。
「帰れ」
赤が即座に噛みつく。
「はあ!? なに言って――」
俺は被せた。
「――あいつは、俺がなんとかする」
紫が、少しだけ間を置く。
「……コールさん、それは」
青が、低く言う。
「置いていけない……」
球核機が平地を跳ねる。
その揺れの向こうで、化け物の影が伸びる。
追ってくる。
俺は言葉を削った。
「お前らの魔力じゃ、最後まで走れない。
ここで止まったら――狙われるのは、お前らだ」
赤が黙る。
紫も、青も。
その沈黙が、答えを持ってる。
だから俺は、最後だけ言った。
「……ここから先は、俺の喧嘩だ」
風が唸る。
地面が鳴る。
「っふ……」
俺は鼻で笑った。
「それに、今度は”全火力”だ」
そう言うと同時に、雷が落ちるような轟音が空に響いた……。




