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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第212話:掘り進む音


部屋で、横になる。


石の寝台は硬い。

だが、文句を言う気力もない。


さっきまで、

一通り、街を歩いた。


上も下も。

通路も、坂も、吹き抜けも。


だが――


街の外側が、まったく見えなかった。


風の流れ。

空気の抜け。

どの穴が、地上につながっているのか。


何ひとつ、掴めない。


(……閉じてやがる)


それも、意図的に。


この国は、

“城”がない。


門もない。

塔もない。

正面と呼べる場所が、どこにもない。


中心が、ない。


どの方向が外で、

どの方向が内なのか。


判断基準そのものを、

削り落とした構造だ。


(逃げる前提で作られてねぇ)


守るための街。

籠るための国。


――出ていくことは、想定されていない。


俺は、天井を見上げた。


削られた岩。

梁代わりの木。


どこも同じ。

目印にならない。


「……クソ」


声が、低く落ちる。


逃げ道が、わからねぇ。


剣があっても、

力があっても、

出口がなきゃ意味がない。


そう考えた、そのとき。


――扉が、開いた。


軋む音。

重い石と金属の気配。


俺は起き上がらない。

視線だけを向ける。


立っていたのは、

白い髭のドワーフだった。


昼に見た顔。

年季の違う目。


あのドワーフの老人だ。


「……ふん、元気そうだな」


低い声。

ぶっきらぼうだが、敵意はない。


俺は天井から視線を外し、老人を見る。


「見りゃ分かるだろ」


「腕一本なくして、もう歩き回ってたらしいな」


その言い方に、少しだけ眉を動かす。


「娘から聞いた。

目ぇ離した隙に、勝手に街を見て回ったってな」


俺は一瞬、考えて――首を傾げた。


「……娘?」


老人が、鼻で笑う。


「そうだ」

「お前の左肩、縫って包帯巻いたドワーフの女がいるだろう」


記憶が、繋がる。


無駄のない手つき。

余計な言葉のない処置。

痛みを“必要以上に刺激しない”やり方。


確かに――いた。


「あいつが、わしの娘だ」


俺は、もう一度老人を見る。


白い髭。

深い皺。

だが、背筋はまだ伸びている。


「……ちょっと待て」


言葉が、先に出た。


「爺さん、あんたいくつだ?」


一瞬。


「――じ、爺さん!?」


声が、裏返った。


「誰が爺さんじゃ!!。

わしはまだそんな歳じゃあらんわ!!」


足を踏み鳴らし、髭を揺らす。


「まだ三十になったばかりだわい!!

白髭は種族柄じゃ!!」


……若い。


思わず、口の端が動いた。


「悪い、てっきり百は超えてるかと」


「減らすぞ、寿命!!」


即座に返ってくる怒鳴り声。


だが――

怒気は長続きしない。


老人……は……

じゃなかった。


ドワーフの男は、ふっと息を吐き、

俺の左肩を一度だけ見る。


「……腕を失って、すぐ動くな。

身体がもたん」


「じっとしてられる性分じゃねぇ」


「知っとる。

娘が、そう言っておった」


短い沈黙。


「……あの子はな」


男は、少しだけ声を落とす。


「救えん命を、山ほど見てきた。

だから、救えた命には……厳しい」


俺は、何も言わない。


「お前が歩き回ったと聞いて、怒っとったぞ。

“生き延びたくせに雑に扱うな”とな」


それは――

叱責でも、優しさでもある。


「世話になった」


短く言う。


老人は、鼻を鳴らした。


「礼は、まだ早い」


扉の方へ視線を投げる。


男は、扉の方へ視線を投げた。


「……外は、相変わらずだ」


それだけで、十分だった。


俺は、何も聞かない。

聞かなくても分かる。


「難民は、今も言っとる。

“外者を殺せ”とな」


声に、怒りはない。

だが、冷えている。


「神官崩れどもは、もっと酷い。

悪魔だの、災厄そのものだの……」


鼻で笑う。


「便利な言葉じゃ。

分からんものは、全部そこに押し込めばええ」


俺は、天井を見たまま言う。


「……それで、あんたは信じたか?」


男は、即答しなかった。


代わりに、俺の左肩を見る。

包帯。

切断面。


視線が、そこから外れない。


「……信じとらん」


短い答え。


「だが、疑っとる」


正直だ。

誤魔化しがない。


「お前が言ったこと。

巫女が、どう扱われていたか……」


そこで、言葉を切る。


「神官どもに突きつけたら、どうなったと思う?」


俺は、答えない。

答える必要がない。


「……怯みよった」


低い声。


「怒鳴り返しもせん。

理屈も出さん」


指で、床を一度叩く。


「“そんな話は聞いていない”」「“儀式は必要だった”」


「……それだけじゃ」


溜息。


「殺せと言っとった連中が、急に黙りよった」


沈黙が、部屋に落ちる。


男は、俺を見る。


真正面から。

逃げ場のない目だ。


「お前が、どんな顔でそれを言ったのか…わしは見とらん」


一歩、近づく。


「だから、見に来た」


率直な理由。


「外者だ」「厄災を呼んだ」「腕を食われた」


事実を、並べる。


「その上で――

それでも“後悔していない”と言える人間が、

本当に、どんな目をしとるのか」


俺は、ゆっくり視線を動かし、男を見る。


「……で、どうだ」


短い問い。


男は、しばらく黙っていた。


そして、ふっと鼻で息を吐く。


「……厄介じゃな」


それが、答えだった。


「殺すにゃ、惜しいが……。

信じるにゃ、危うい」


口の端が、わずかに歪む。


「だがな……」


男は、低く言う。


「“嘘つき”の目じゃない。

自分の首を、ちゃんと差し出す覚悟の目じゃ」


難民が求めるのは、血だ。

神官崩れが欲しいのは、責任の押し付け先だ。


俺は、静かに言う。


「生憎、そう簡単に首はやれねぇ」


男の視線を受け止めたまま、続ける。


「……帰らなきゃならねぇ場所がある」


それ以上は言わない。


言ったところで、

この国の連中には届かない。


その――瞬間だった。


ごと。


床が、わずかに鳴った。


最初は、気のせいにできる程度。

石が、軋んだだけのような。


だが。


ごご……。


今度は、はっきりと分かる。


寝台が、震えた。


梁が、低く唸る。


男の表情が、一変した。


「……待て」


低い声。


足音を殺し、床に膝をつく。

掌を、石に当てる。


数拍。


目が、細くなる。


「……違う」


はっきりとした否定。


「これは、わしらの石ほりの揺れじゃねぇ」


もう一度、床に手を当てる。


今度は、強い。


ごう……。


空洞全体が、

呼吸するみたいに、うねった。


「崩落でもない……」


男が、歯を噛みしめる。


「なに?」

「だが……掘ってきとる」


次の瞬間。


――ドンッ!!


鈍い衝撃が、空洞を打った。


爆発音じゃない。

だが、破壊の音だ。


岩が、砕ける音。


遠くで、悲鳴が上がる。


「なんじゃい!」


男が叫ぶ。


扉が開く。

外の騒音が、一気に流れ込んできた。


怒号。

悲鳴。

戦士たちの叫び。


俺は、歯を食いしばり、立ち上がる。

視界が、一瞬揺れるが――構わない。


外へ出た。


――見えた。


街を守る、

巨大な大空洞の“壁”。


その一角が、

内側から、盛り上がっている。


次の瞬間。


岩盤が、弾けた。


砕け散る石。

降り注ぐ破片。


そして――


突き出したのは、

見覚えのある、巨大な頭。


鰐みたいに横に広い顎。

どこを見ているのか分からない、濁った目。


歪んだ角。

岩と血と泥に塗れた皮膚。


「……あぁ」


喉の奥から、声が漏れた。


間違えようがない。


俺の左腕を喰ったアイツ。


味を覚え、

匂いを覚え、

ここまで――掘り進んできた化け物。


「てめぇか……!」


その目が、

確かに――俺を捉えた。


轟音と共に、

化け物が、さらに身体を押し出す。


街が、揺れる。


守るために作られた国が、

破られようとしていた。

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