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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第211話:引き受けるということ


人通りが、途切れた。


鍛冶の音も、運び玉の低い転がり音も、

いつの間にか背後に遠ざかっている。


歩いているのは――俺とシンだけだ。


半歩後ろ。

距離は変わらない。


だが、さっきまでの張り詰めた空気とは違う。


少しだけ、重い。


俺は、前を見たまま口を開いた。


「……悪かったな」


シンの足音が、一拍遅れる。


「俺の言い方だ……」


シンはすぐに答えない。

しばらく黙って歩いてから、静かに言った。


「……分かってます」


否定じゃない。

かばうでもない。


「でも」


そこで一度、言葉を切る。


「……アスハを、誤解しないでほしいんです」


俺は、ちらっとだけ横を見る。


シンは前を向いたまま続けた。


「アスハは……

怒りっぽいし、口も悪いです」


苦笑まじりだが、軽くはない。


「でも 、誰よりも先に前に出る人です」


足音が、少しだけ強くなる。


「厄災が来たときも、

逃げろって言われたのに、

最後まで、迷子の子供や、その家族を探してました」


俺は、黙る。


「でも……

アスハの家族は見つかりませんでした」


淡々とした声。

だからこそ、刺さる。


「だから」


シンは続ける。


「たぶん……“余裕がある”って言葉に、

一番、触れてしまった」


俺は、息を吐く。


「……ああ」


短く返す。

言い訳はしない。


「すまねぇ……それと。

うちにもアスハみたいな奴がいるから分かる。

もっと、がさつなのがな?」


シンは、少しだけ肩の力を抜いた。


「……それなら、いいです」


許した、という意味じゃない。

理解した、というだけだ。


しばらく、無言で歩く。


すると――

目の前で、黒い鉄の球がごとりと止まった。


減速はない。

偶然でもない。


俺は即座に足を止め、視線を落とす。


表面の傷。

装甲の厚み。

溶接の癖。


間違いない。


(人が乗ってるな……これ)


次の瞬間。


「シン?」


球の上部、覗き窓が開く。

中から、少年の声。


「なにしてんだ、こんなとこで」


そこで、声が止まる。


視線が、俺に向いた。


「……そいつ……」


一拍。


「あんたが……?」


俺は答えない。

視線を逸らさない。


シンが、すぐに一歩前に出る。

そして、はっきりと言い切る。


「違うんだ……ウージ。

コールさんは敵じゃない」


その言葉に、

球の中の少年――ウージは、すぐには返さなかった。


覗き窓の奥。

視線は俺から外れない。


疑っている。

だが、最初から斬るつもりでもない。


「……」


短い沈黙。


「でもよ……」


ウージが、ぽつりと言う。


「そいつのせいで、

厄災が出てきたのは――事実だろ」


声は荒れていない。

責める調子でもない。


確認だ。


俺は、一歩前に出た。

シンより前へ。


「そうだ」


即答。


シンが、息を呑む。


ウージの視線が、わずかに揺れる。


「否定しねぇ。

俺が復活させたようなもんだ」


街の奥で、金属が鳴る。

遠い音。


「結果として、人が死んだ。

家が……国が焼けた。

逃げるしかなくなった奴もいる」


そこで一度、言葉を切る。

逃げない。


「それでも俺は――後悔してない」


シンが、思わず声を上げかける。


「コールさん……!?」


だが、俺は続けた。


「必要だった。止めるために、やった」


拳を握らない。

声を荒げない。


「恨みたいなら、恨め。

怒りたいなら、殴れ」


視線を逸らさず、言い切る。


「それも含めて、引き受けてる」


ウージは、黙って聞いていた。


否定もしない。

割り込まない。


ただ――

覗き窓の奥で、目だけが動く。


「……」


しばらくして、

小さく息を吐いた。


「……あんた」


短い一言。


「変な奴だな」


侮辱でも、皮肉でもない。

呆れに近い声だった。


「そんな顔で、

そんなこと言う外の人間、初めて見た」


覗き窓が、すっと閉じる。


球が、低い音を立てて向きを変えた。


「シン」


中から声。


「おまえが、連れてきたんだろ?」


「……はい」


「なら、責任持てよ。

……悪い奴じゃなさそうなのが、気に食わねぇけどな」


それだけ言って、

球はそのまま転がり出す。


通路の奥――

重い扉の向こうへ。


―――――


格納庫の中央には、少し広い空間があった。


円形に空いた場所。

床には傷が多く、何度も球が行き来した痕跡が残っている。


そこに、数人が集まっていた。


年齢は――まちまちだ。


背丈だけ見れば、シンよりも若い子供もいる。

肩幅も狭く、手足も細い。


それなのに、立ち姿は落ち着いている。

騒がない。

ふざけない。


視線は自然と、球の状態や通路の動線に向いている。


戦士じゃない。

兵士でもない。


けれど――

「役割」を任された者の顔だ。


俺は、ひとつ息を吐いた。


「……若いな」


シンは、少しだけ間を置いてから答えた。


「はい」


短い返事。


だが、それだけじゃ終わらないと分かっている声だった。


「最初に抵抗した人たちは……

もう、ほとんど残っていません」


言い方は淡々としている。

だが、慣れてはいない。


「戦える人ほど、前に出て、

前に出た人ほど、戻ってきませんでした」


格納庫の奥で、

誰かが工具を置く音がした。


金属が床に触れる、乾いた音。


「ドワーフの兵も、数は足りてません。

街を守るだけで手一杯です」


俺は、視線を巡らせる。


球のそばに立つ者たち。

その多くが、魔導灯の明かりの下で作業をしている。


「それで、おまえや子供まで乗ってるってわけか……」


確認の言葉。


シンは、否定しなかった。


「……魔力です」


少し、声を落とす。


「球核機は、誰でも動かせるわけじゃないんです。

一定以上の魔力がないと、すぐに止まります」


俺は、舌打ちしそうになるのを堪えた。


「じゃあ――」


「はい」


シンは、先に答える。


「大人でも、使えない人は多く、

 子供の方が、条件を満たすこともあります」


合理的な説明。

正しい判断。


それが分かるからこそ、

胸の奥が重くなる。


球核機は、

人の代わりじゃない。


戦うための機械でもない。


――逃げて守るための箱だ。


生き残るための、最後の選択肢。


シンが、ぽつりと言う。


「武器を作っても、意味がありませんでした。

それを扱う技術を持つ人が、いなかったので……」


俺は、黙って聞く。


「外は危険で、

魔物は活性化していて、

普通に出れば、消耗するだけです」


シンは、拳を握らない。

感情を込めない。


それでも――覚悟が滲む。


「だから、

守るための道具が作られたんです」


球核機を、ちらりと見る。


「逃げるために、

生き延びるために」


しばらく、沈黙。


格納庫には、

作業音だけが響いている。


俺は、ふと気づく。


ここには――

怒りも、悲鳴も、ない。


あるのは、

続けるための静けさだ。


―――――


格納庫を出ると、

街の音が、少しずつ戻ってきた。


鍛冶の槌。

運び玉の転がる低音。

人の話し声。


生きている街の気配だ。


通路を曲がった先で、

ふと、足が止まる。


視界の端。


――アスハと、ナイだ。


二人きり。


さっきまでの険しい顔はなく、

アスハはしゃがみ込んで、子供と目線を合わせている。


「ほら、危ないって言ったでしょ」

「こら、次は順番!」


声は強い。

でも、怒っていない。


子供が笑う。

ナイも、少しだけ微笑っている。


難民の子供だ。

着ている服はちぐはぐで、

靴も片方だけ。


それでも――

今は、ちゃんと笑っている。


俺は、その場から視線を外した。


(……帰らねぇとな)


ここに居続ける理由はない。

仲間のところへ、戻らなきゃならない。


だが。


この街に残る以上、

シンは“監視役”のままだ。


一緒に居れば、

いずれ、どこかで責任が向く…そして俺と…。


――それは、違う。


俺は、歩き出す。


人通りの少ない方向へ。

意図的に。


道は、次第に細くなる。

天井が低く、

壁が近い。


影の死角が増える。


シンは、何も言わずについてくる。

距離は、相変わらず半歩。


十分、覚悟してる距離だ。


俺は、足を止めた。


「……シン」


「はい」


その返事を聞いてから、

ゆっくりと銃を抜いた。


乾いた金属音。


そして――

迷いなく、シンの頭に向ける。


距離は近い。

逃げられない。


シンは、動かない。


目を少し見開く。だが――

銃口から、視線を逸らさない。


「コールさん……」


静かな声。


「……理由を、聞いてもいいですか」


俺は、答える。


「このままじゃ、

おまえが責められるからだ」


短く。

だが、はっきり。


「俺は外者だ。全部、俺のせいにできる」


銃は下げない。


「でも、おまえは違う。

守る側の人間だ」


シンの喉が、小さく鳴る。


「ここで俺に脅されて、

逃がしたって形にすりゃ」


一歩、近づく。


「おまえは、命令に逆らったんじゃない。

脅迫された被害者だ」


銃口が、わずかに震える。

それでも、逸らさない。


「だから――」


言い切る。


「下がれ。

逃がせ」


シンは、すぐには答えなかった。


銃を見て、

俺を見て、

その奥を見るように、少しだけ視線を落とす。


「……それは」


静かな声。


「コールさんが、全部引き受けるやり方ですよね?」


俺は、答えない。


「でも」


シンは、一歩も下がらない。


「それをしたら、

あなたは、本当に“悪人”になります」


銃口の向こうで、

まっすぐな目が、俺を見る。


「脅して、逃げて。

奪っただけの人になる……」


俺はただ、言葉を落とす。


「それでもいい。

それが一番、丸い」


「……違います」


はっきりとした否定。


シンは、ゆっくりと首を振った。


「僕は……あなたが、

そんな人じゃないって知ってます」


一拍。


「前に、捕まえた時。

殺して球核機を奪えたのに……

生き残れるように、逃がしてくれた」


声が、少しだけ揺れる。


「噂みたいに、冷酷じゃない。

人を、ちゃんと見てる」


シンは、そこで一歩前に出た。


銃口との距離が、さらに縮まる。


「だから、下がりません」


静かだが、強い。


「ここで下がったら、

僕は、あなたを裏切ることになる」


沈黙。


細道に、

街の音は届かない。


俺は、しばらく銃を構えたまま、

シンを見ていた。


そして――


ゆっくりと、銃を下ろす。


「……ちっ」


小さく、舌打ちをした。


「ったく……ガキのくせに」


それは、悪態だったが。

シンはどこか――少し、笑っていた。


「……すみません。でも、譲れません」


「分かってるよ……」


俺は、踵を返す。


「だから――別のやり方を考える」


細道を抜ける。

また、街の音が戻ってくる。


背後で、

シンが、静かに言った。


「……ありがとうございます」


俺は、振り返らない。


その礼を、

受け取る資格は、まだない。


それでも――

足取りは、少しだけ軽くなっていた。

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