第210話:監視役
円形の石室だった。
天井は高く、壁は削り出しの岩。
中央に据えられた円卓の周囲に、ドワーフたちが座している。
火鉢は三つ。
炎は低く、煙も上がらない。
俺は――立たされていた。
椅子はない。
拘束もない。
ただ、ここに立て、という意思表示だ。
「外者コール」
低く、ざらついた声。
円卓の奥、白髭のドワーフが口を開く。
「お前の身柄は、現在も“保護”の名の下に置かれている」
「その判断は、まだ変えておらん」
俺は頷かない。
否定もしない。
「だが――」
続く声は、感情を含まない。
「お前が語った“当て”については、無視できん段階に入った」
火が、ぱち、と鳴った。
「質問する」
「簡潔に答えろ」
俺は目を上げる。
「その“剣”の存在を、どこで知った」
一瞬、室内の空気が締まる。
俺は、間を置かずに答えた。
「さらった巫女だ」
ざわめきは起きない。
だが、視線の密度が変わった。
「ルミナが、教えてくれた」
誰かが、短く息を吸う音がした。
「……巫女は」
別のドワーフが問う。
「生きているのか」
俺は、即答した。
「生きてる」
火鉢の炎が、一瞬だけ揺れた。
「では――」
最初の白髭が、再び口を開く。
「なぜ攫った」
問いは短い。
断罪も、非難もない。
だからこそ、逃げ場はなかった。
「んなのあたりまえだろ? 生かしたいからだ」
ドワーフたちが微妙な顔をする。
封印は一人の命には変えられないものだとか、そんな理由でさらったのか?。
そういった言葉がない……。
おかしい……。
「なんだよ? 誰も知らねぇのか?」
俺は、聞き返した。
「巫女の役割は、“巡り”“循環”としか説明されていない」
「なるほどな……まぁ、実態は違うぜ?」
間。
「消費される、戻らない、次は、ない」
誰も口を挟まない。
「巫女自身も、全部はちゃんと理解できてねぇ……そうやって、育てられたからな……」
円卓の向こうで、誰かが拳を握った。
「……生贄だったと?」
静かな確認。
「そうだ」
俺は、視線を逸らさない。
「だから攫った、
殺すためじゃない、
止めるためだ」
火の音だけが、室内に残る。
「……巫女は」
別の声。
「自ら、それを望んでいたのか」
俺は、少しだけ間を置いた。
「教え込まれていた
望みと、選択は、違う。
だからさらってその時間をつくって……今じゃ仲良くやってるよ」
それ以上は言わない。
言えば、踏み込みすぎる。
白髭のドワーフが、ゆっくりと顎を撫でた。
「……外者の話としては」
「筋は通る」
それだけ。
赦しでも、同意でもない。
「だが」
視線が、俺に戻る。
「巫女を攫った事実は消えん」
「混乱を招いたのも事実だ」
当然だ。
「よって」
石卓を、指で一度叩く。
「お前の“当て”――勇者の剣については」
「引き続き、調査対象とする」
結論は出ない。
「お前自身も、だ」
火が、また小さく鳴る。
「問う」
最後の問い。
「その剣で」
「お前は、何を“終わらせる”つもりだ」
俺は、答えなかった。
答えれば――
ここでは、早すぎる。
石室に、沈黙が落ちる。
その沈黙が、
裁きよりも重く、場を支配していた。
「厄災を止めるだけだ……」
低く、短い声。
言い切りでも、誓いでもない。
ただの事実として、そう言っただけだ。
石室に、また沈黙が落ちる。
白髭のドワーフは、しばらく俺を見ていた。
測るようでも、疑うようでもない。
――耐えるかどうかを見ている目だ。
「……よかろう」
ようやく、口を開く。
「本日の審議は、ここまでとする」
火鉢の炎が、同時に小さく揺れた。
「外者コール」
「お前の身柄は、引き続き“保護”下に置く」
予想通りだ。
「だが」
声が、少しだけ低くなる。
「拘束は解く」
一瞬、円卓の周囲でざわめきが走った。
小声。
だが、すぐに抑え込まれる。
「この都市内に限り」
「自由に出歩くことを許可する」
俺は、表情を動かさない。
「条件がある」
当然だ。
「常に監視を付ける」
「独断で外へ出ることは許さん」
「命令に背いた場合――」
言い切る前に、白髭は一拍置いた。
「殺す」
淡々とした声。
脅しじゃない。規則だ。
俺は、短く頷いた。
「構わねぇ」
それで十分だった。
「監視役は――」
ーーーーー
石の通路は、思っていたよりも広かった。
天井は低い場所と高い場所が交互に続き、
削り出しの岩の間に、木と金属が無理やり噛み合わされている。
装飾じゃない。
実用一辺倒の構造だ。
足元は平坦に均されているが、
ところどころに工具跡が残り、
この都市が“掘り続けられている途中”であることが分かる。
灯りは多い。
壁に埋め込まれた火鉢。
天井から吊るされた魔導灯。
鍛冶場の炉の光が、通路まで滲み出している。
暗くはない。
だが、外の空とも違う。
――地の奥の、生活の光だ。
通路を抜けると、
空間が一気に開けた。
巨大な大空洞。
見上げるほどの高さまで岩盤がえぐられ、
そこに段々状に街が張り付いている。
石と木の家屋。
橋のように渡された通路。
滑車とクレーン。
遠くで響く金属音。
ドワーフの街――というより、
“国”と呼ばれるのも納得の規模だった。
だが。
違和感も、すぐ目に入る。
路地の端。
建物の影。
即席で組まれた布の天幕。
――難民だ。
地上から流れ着いた者たち。
家も、仕事も、帰る場所も失った顔。
子供を抱えた女。
壁にもたれて座り込む老人。
呆然と空を見上げる若者。
視線が、俺に集まる。
ひそひそとした声。
露骨な敵意。
怯え。
さっきの審議会の噂は、
もうこの街の底まで届いているらしい。
俺は、足を止めない。
止まれば、飲まれる。
歩く。
ただそれだけだ。
背後に、気配がある。
振り返らなくても分かる。
足音は三つ。
軽いのが一つ。
苛立ちを隠さないのが一つ。
慎重で、一定の距離を保つのが一つ。
いつの間にか、
俺の後ろに――三人が付いてきていた。
結果はこれだ。
シン。
アスハ。
ナイ。
並んで歩くというより、
“ついてくる”という距離感。
アスハは、周囲を睨むように見回している。
俺の動きを警戒している顔だ。
ナイは、街を見ている。
上も、下も。
ドワーフも、難民も。
みんなのことを気にかけている、
そんな感じがした。
シンは――
俺から、半歩後ろ。
逃げない距離。
踏み込みすぎない距離。
監視としては、正しい。
「……なぁ」
俺は、前を見たまま言う。
シンが、すぐ反応する。
「はい」
「この街、ずいぶん人が多いな」
「……はい」
少し間を置いてから、続ける。
「地上の都市が、いくつも潰れましたから……。
行き場を失った人が……流れ着いてます」
それ以上、言わない。
遠くで地面を削るような音が聞こえ、
そっちを見た。
坂道の上から、
鉄の玉が転がってきていた。
ごと、
ごと、
と。
速すぎず、遅すぎず。
まるで道を知っているみたいに、一定の速さで降りてくる。
「……仲間か?」
「っはん!」
即座に、アスハが鼻で笑った。
「あんた、バカじゃないの?」
足を止めて、玉を指さす。
「どう見たら、あれが“仲間”になるのよ」
言い切りだった。
玉は俺たちの横を、
ごとり、と低い音を立てて通り過ぎていく。
その様子を見て、
シンが少し笑顔で俺のとなりに立って教えてくれた。
「あれは、人じゃないです」
俺は視線だけ向ける。
「じゃあ何だ」
「運び玉です」
「……運び玉?」
シンは頷いた。
「ドワーフの街では、昔からこれを使うそうです。
鉱石とか、資材とか……重いものを」
玉は坂の下でゆっくりと減速し、
溝に沿って、別の通路へと吸い込まれていった。
「人が押さなくていい、
落ちても、壊れにくい。
坂さえあれば、勝手に動く」
俺は、少し眉を寄せる。
「……なるほどな、なんかミラが言ってたような?」
シンは不思議そうにかしげた。
「ミラさんですか? 僕の球核機を直してくれた?」
「あぁ、俺も詳しく聞いたことはねぇんだが、あいつの育ての親はドワーフらしくてな。
とんでも性能だって、すぐ暴いてたぞ?」
シンは、少しだけ目を丸くした。
「……そんなことまで?」
「あいつ、仕組みとか、作るのとか直すの好きだからな……いろいろ改造するし……」
俺は、坂の先を見たまま言う。
「外側の構造はドワーフ式。
だが中身は、別の思想で組まれてる。
あいつ、触った瞬間に分かったらしい」
シンは苦笑した。
「確かに……あれは、急ごしらえですから」
アスハが、会話に割って入る。
「ちょっと! あんたペラペラしゃべりすぎよシン!」
語気は強いが、俺の時とはちがうな。
通路の石によく反響する声だ。
「でも……」
「でも……じゃないわよ! こんな信用できない奴に教えてどうすんのよ!」
シンは、すぐに言い返さなかった。
口を閉じて、息をひとつ整える。
その間に――
俺は、アスハを一度だけ見る。
敵意。
それは最初からだ。
だが、今のは違う。
怒りの矛先が、俺じゃなくシンに向いている。
守ってるつもりか。
それとも、ただ怖いだけか。
「……ごめん、アスハ」
シンは、小さく言った。
「でも、僕は――」
「“でも”禁止!」
アスハが、足を鳴らす。
「そいつはさっきまで“拘束して殺す”って話をされてたのよ!?」
今度は俺を睨み付けて噛みつく勢いで現実をふるう。
「そんな奴に、こっちの事情を渡す意味ある!?」
正直アスハの考え方はわからなくもなかった。
ナイが、困ったように眉を寄せる。
「……アスハ、落ち着いて」
「落ち着いてるわよ!」
「落ち着いた上で言ってんの!」
シンは、視線を落としたまま、言葉を選ぶ。
「……球核機のことは」
「この街にいる人なら、見れば分かるよ」
アスハが、睨む。
「……それでもよ」
「でも――」
シンは、そこでちゃんと止める。
アスハの言葉を受け取った証拠だ。
そして、声を低くした。
「コールさんに話したのは……
“作り方”でも、“弱点”でもない」
俺は、黙って歩き続ける。
口を挟む気はない。
シンは続ける。
「外が危ないこと、
戦える人が、もう多く残ってないこと。
だから、逃げる道具が必要だったこと」
アスハが、唇を噛む。
「……言い訳」
「違うよ」
シンは、真正面から否定した。
「僕が、僕の意思で、
コールさんに――“ここがどういう場所か”を伝えるためだ」
アスハが、噛みつく。
「伝えたら、何?
同情でもしてもらうつもり?」
シンは、首を振った。
「同情はいらない。
でも――誤解だけは、増やしたくない」
ナイが、静かに言う。
「……それは、分かる」
アスハが、ナイを睨む。
「ナイまで何言って――」
「分かる、だけ」
ナイは、視線を外さない。
けど、強くはない。
ただ、淡々としてる。
「でも……まだ、信用はできない」
その言い方は、
アスハの怒りに火を足さない。
俺は、小さく息を吐いた。
「……お前ら、仲いいな」
場違いな一言。
アスハが、即座に振り向く。
「はぁ!?」
「どこがよ!」
シンが、苦笑する。
ナイは――
少しだけ、目を丸くした。
俺は、肩をすくめる代わりに顎を上げた。
「俺に向けてじゃなくてさ」
「身内に向けて怒れるのは、まだ余裕があるってことだ」
アスハが、言葉に詰まる。
「……なによ、それ」
アスハの声は低かった。
怒鳴るでもなく、笑うでもなく。
そのまま――拳が震える。
最初は、指先だけ。
次に手首。
肘まで伝って、肩が持ち上がる。
アスハは一歩踏み込んだ。
迷いは無く。
拳が――見えた。
鈍い音。
ぐ、と頬が横へ引っ張られ、
視界が揺れた。
痛みは遅れてくる。
骨じゃなく皮膚が先に熱くなる。
俺はよろけない。
足だけで踏ん張って、顔を戻す。
息が一拍遅れた。
「……っ」
シンが目を見開く。
「アスハ!」
アスハは答えない。
拳を握り直すこともしない。
ただ、俺を一度だけ見て、
その目を細めた。
憎いから殴った顔じゃない。
――壊れそうだから殴った顔だ。
「……調子、乗んな」
吐き捨てるような一言。
次の瞬間には踵を返して、
石の通路を早足で離れていく。
シンが追おうとして止まる。
監視役としては、離れられない。
俺を置いて走れない。
その迷いを見て、
ナイが一歩前に出た。
「……私、行く」
シンが反射で言う。
「ナイ、待ッ」
ナイは首だけ振る。
「大丈夫、見失わない」
淡々と、しかし速い足取りで
アスハの後を追っていった。
残ったのは、
石の匂いと、鍛冶の音と、
俺の頬の熱だけだ。
シンが、俺を見ないようにしながら言う。
「……すみません、
僕が、止めるべきでした」
「いい……今のは、俺が悪い」
短く返して、
頬を指の背で拭う。
血は出てない。
だが、熱が残る。
少し遅れて――言葉が刺さった。
俺が言った「余裕」だの「仲いい」だのは、傷を掘り返しただけだった。
厄災に焼かれて、最後に生き残った奴らがここにいる……。
余裕が無いって分かってたのに、
軽く扱った。
(……無神経だったな)
謝る相手は、もうここにいない。
俺は息を吐いて、前を向く。
「……行くぞ」
シンが、遅れて頷く。
「はい」
また歩き出す。
石の街は広い。
背中の遠くで、
玉がひとつ、ごとり、と転がる音がした。




