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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第209話:地下の檻


石壁に囲まれた部屋は思ったより暖かかった。


炉の熱が、岩を伝ってゆっくりと回っている。

天井は低く、梁は太い。

作業場と寝床を兼ねた、いかにもドワーフの部屋だ。


「動くんじゃないよ」


低い声。


俺は腰掛けたまま、右腕を膝に預ける。

左肩は――見ない。


包帯を解く音がした。

布が擦れる、乾いた音。


「……」


ドワーフの女が、動きを止めた。


短い沈黙。


「……おかしいね」


そう言って、次の準備をする。


「切断面は、まだ“塞がりきって”はいない。

だがね……血が、もう出ちゃいない」


俺は肩をすくめようとして、やめた。


「凄い回復力だよ。

普通の奴なら、まだ止血しとかなきゃならないはずだよ」


包帯を外された左肩が、空気に触れる。

痛みはある。

だが――確かに、血は止まっていた。


「……あんた、何者だい?」


探るというより、素直な疑問の声。


「外の人間は、皆あんたみたいなのかい?

それとも、あんただけが変なのか?」


「…ドワーフの女は、皆こんなに美人なのか?」


一瞬、手が止まった。


「……」


次の瞬間。


ぎゅっ。


わざと新しい包帯が強く締められた。


「いぃッ……!?」


思わず息が詰まる。


「腕は無いのに口がよく回るやつだなあんた。

減らず口叩く余裕があるなら、まだ大丈夫だね」


「……加減しろ」


「してるよ。してなきゃ、今ので気を失ってる」


包帯が巻き終わる。


きっちり。


「しばらくは、無茶するんじゃないよ。

回復してるとはいえ、完全じゃない」


「分かってる」


「分かってない顔だ」


女は立ち上がり、道具を片付ける。


「でも――まあ」


最後に、少しだけ視線を落とした。


「死にかけで、まだ立ってる奴は嫌いじゃない

ここじゃ、珍しいからね」


扉の方へ歩きながら、肩越しに言う。


「…ありがとう」


ドワーフの女は片手を上げ、

扉が閉まる。


部屋に残ったのは、炉の音と、

包帯の感触と――


どうにもできないことへの虚無感だった。


ノックがあった。


短く、控えめな音。


「……入ります」


扉が開き、

三人分の気配が流れ込んでくる。


先頭は、シン。

その少し後ろに、青い髪ロングの少女。

最後に――赤い髪のショートの女が、腕を組んだまま立っていた。


俺は、背もたれに身体を預けたまま、視線だけ向ける。


「……来たか」


シンが一歩前に出る。

少し、言いづらそうに口を開いた。


「……さっきは……すみませんでした」


予想通りの言葉。


「助けた、とは言いません。

でも……ああいう形にしたのは、僕です」


シンは、しっかり俺を見る。


「ここに連れてきて……。

外に出られない状況にした。

……それについて、謝ります」


静かだが、逃げのない声だった。


俺は、しばらく何も言わなかった。


そして――短く返す。


「判断は間違ってねぇ……おかげで俺も助かったしな」


シンが、少し驚いた顔をする。


「生きてる。十分だ」


それ以上、言うことはない。


その瞬間。


「――信じられない」


噛みつくような声が割り込んだ。


「あんた何こんな奴に謝ってるのよ、バッカじゃないの」


露骨な敵意。

隠す気もない。


俺は、視線を向ける。


「……誰だ?」


一瞬、空気が張りつめる。


「アスハです……」


代わりにシンが名前を教える。


「あたしは、あんたを信用してないから!」


一歩、前に出る。


「巫女を攫った。

街を壊した。

その結果、ここには難民が溢れてる」


指が、俺に向く。


「あんたも災厄よ」


ナイが、間に入る。


「アスハ、そこまで……」


「黙ってなさいよ、ナイ」


一瞬、言い合いになりかける。


俺は、手を上げた。


「……違わねぇ」


三人が、こちらを見る。


「事実だけ並べりゃ、そう見える。

否定はしない」


アスハが、目を細める。


「……は?」


「だからだ」


俺は、視線を外す。


「信用しなくていい。

期待もしなくていい」


そして、淡々と続けた。


「俺は、俺の用事をやる。

お前らは、お前らの判断で動け」


ナイが、少しだけ息を吐いた。


「……」


だが、口を開きかけて――やめた。


青い髪が、わずかに揺れる。


視線は俺じゃない。

アスハでも、シンでもない。


包帯の巻かれた左肩。

そこに一瞬だけ、目が落ちた。


「……」


何も言わない。


だが、その沈黙は

同意でも、否定でもなかった。


ただ――

“見たものを、忘れない”という顔だった。


「…カッコいいだろ~?」


場違いなほど軽い一言。


ナイは、きょとんとした。

一瞬、思考が止まったみたいに、

瞬きを二度する。


「……え?」


それだけ。

意味を測るでもなく、

感情を探るでもなく。


ただ純粋に――


何を言われたのか分からない顔だった。


視線が俺から外れ、

一歩、無意識に後ろへ下がる。


警戒、というほどでもない。

嫌悪でもない。


ただの距離だ。


小さく、素直な声。

呆れとも違う。


「……変な人」


ナイの率直な一言が、部屋に落ちた。


俺は軽く息を吐く。


「だろ?」


特に弁解はしない。

笑わせるつもりでもない。


ナイは首をかしげたままこちらを観察していた。


警戒というほどでもない。

拒絶でもない。


ただ――

距離を測り直しただけの顔で。


沈黙が一拍。


その空気を、シンが切った。


「……コールさん」


声が少し低い。

謝罪の時とは違う。


「前に……言ってましたよね」


俺を見る。


「厄災を止める“当て”がある、って」


俺は、すぐに答えなかった。


それから、逆に聞き返す。


「……話したか?」


シンが一瞬、戸惑う。


「え?」


「ドワーフにだ。

その話を」


シンは理解して、頷いた。


「はい。

帰還したあと、報告の中で」


アスハが小さく舌打ちする。


「……ったく、そんな奴にペラペラと」


俺は気にしない。


「そうか」


短く言って、背もたれに体を預ける。


シンが、慎重に続ける。


「“当てがある”という話だけです。

中身までは――僕も分からないので」


「知りたいって顔だな?」


「はい」


即答だった。


シンは、俺の顔をまっすぐ見ていた。


知りたい。

だが、踏み込みすぎない。


その距離感が分かる。


俺は、一拍置いた。


左肩が、じくりと疼く。

血じゃない。

思考のほうだ。


(……話すか)


命は拾わせてもらった。

仲間を探す約束もした。


なら――

最低限は渡す。


「……分かった」


俺は、息を吐いた。


「教えてやる」


シンが、わずかに背筋を伸ばす。


アスハは眉をひそめ、

ナイは、黙って聞く側に回った。


――話した。


細部は削った。

経緯も、理由も。


ただ事実だけ。


この大陸に、

厄災に“届く”武器があること。


千年前。

勇者が使っていた剣が、まだ残っていること。


それが、

俺の“当て”だということ。


話し終えると、

部屋に短い静寂が落ちた。


「……勇者の剣」


シンが、言葉を反芻する。


「それを……使うんですか?」


俺は首を横に振らない。

だが、肯定もしない。


「必要になる」


それだけ。


シンは、少し迷ってから聞いた。


「……コールさんは」


一呼吸。


「なぜ、その剣を?」


俺は、視線を炉に向ける。

揺れる火を、しばらく見た。


そして、短く答えた。


「厄災を止めるためだ」


嘘じゃない。


シンは、それ以上聞かなかった。


アスハは納得していない顔。

ナイは、まだ判断していない顔。


それでいい。


今は――

そこまでだ。

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