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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
207/214

第206話:百発百中


パン、パン。


パパン。


甲板に、乾いた銃声が途切れなく響いていた。


「よし、次!」


ウィンスキーとハイポールは、

放心したように甲板の端に座り込んでいる。


今、的役は交代していた。


ザロ、ポロ、トロ、ノロが

次々と、りんごを空へ投げる。


その下を――

デカたらいを抱えたフコックが、必死に駆け回っていた。


りんごが放られると。


リネアは一瞬で狙いを定め、

四つのりんごを、ほぼ同時に撃ち抜く。


早撃ち。

ためらいなし。


空中で砕けた赤い破片を、

フコックが無言で、ひたすら、たらいで受け止めていく。


リュカが、素直に声を漏らす。


「すげぇ〜…」


シアは呆然としたまま、そう呟いた。


「リネア……こんな才能があったんですねぇ」


ネラは――


「……」


何も言わない。


ただ、見たことないほど目を見開いて……。

撃たれるりんごと、銃を握る妹を、静かに見ていた。


その時――


フコックが、たらいをおろし、両手を振った。


たらいの中は砕けたりんごジュースでいっぱいになっていた。


「そこまで!」


俺が声を張る。


銃声が止まった。


「はぁ……はぁ……はぁ……お、おわり……?」


リネアは、

額に汗を滲ませながらも――


いい顔をしていた。


緊張が抜けた笑み。

でも、まだ集中は切れていない。


銃を下ろす手が、

驚くほど安定している。


俺とちがって、ほぼ消耗が見られない。


(……)


正直に思う。


予想外だった。


リネアは、

魔導銃との相性が、異様にいい。


何発撃ったか数えていないが、

もう俺の限界値の二倍は超えている。


溜めない。

迷わない。

それでいて、漏らさない。


早撃ちに関しても――


(……俺、負けるな)


たぶん。


今の段階で、もう。


リネアは、

ちゃんと“撃てる側”に立っていた。


ーーーーー


銃声が止み、甲板には不思議な静けさが残った。


砕けたりんごの匂いと香り。

風だけが、さっきまでの騒がしさを洗い流すように吹き抜けていく。


リネアは銃を下ろし、ゆっくりと息を整えていた。

達成感に近い熱を帯びている。


甲板に残る者たちの緊張を横目に、俺は判断を下す。


船は休ませる。


イルクアスターは、ゆっくりと高度を落とし、

人目につかない岩場の陰へと身を隠した。


帆は畳まれ、風は遮られる。

空の船は、まるで呼吸を止めた獣のように、静かにそこに在った。


今回地上に降りるメンツは、


俺。

ネラ。

ミラ。

エレナ。

そして、リネア。


これは遠征ではない。

探索でもない。


目的は一つ――

実践だ。


剣でも、弓でもない。

魔導銃を使った、地上での戦い方。


地形。

距離感。

実践の空気。


空とは違う条件の中で、

リネアがどこまで「撃てる側」として立てるのかを確かめる。


地上の空気は、船の上とは違って重い。

湿り気を含み、音が散る。


足元には草と石。

視界は、常に遮られる。


安全な場所を探しながら、

同時に周囲を警戒する。


ここは、剣を探すために踏み込んだ大陸だ。

だが、剣の在処はまだ分からない。


分からないからこそ、

無防備なまま進むわけにはいかない。


リネアは歩きながら、

無意識に銃の位置を確かめていた。


構えない。

だが、手放さない。


今はそれだけで十分だ。


実戦は、選んで始められるものじゃない。

だからこそ、備えておく。


この地上で、

リネアがどんな距離で、どんな判断を下すのか。


それを見届けるために、

俺たちは静かに歩き始めた。


ーーーーー


あえて、先頭はリネアにした。


そのすぐ後ろに、ネラ。

さらに少し距離を空けて、俺。

最後尾に、ミラとエレナ。


進む速度は、速くない。

慎重すぎもしない。


――その時だった。


ネラの耳が、ぴくりと動いた。


「……」


(……来る)


俺も、気づいている。

草の擦れる音。

空気の流れの変化。


だが、何も言わない。


リネアは止まらない。

歩調を変えず、前へ進む。


草むらが、弾けた。


黒い影が飛び出す。


牙。前脚。

地を蹴る音。


魔獣だ。


その瞬間――


リネアは、反応した。


下がらない。


歩きながら、

腰の銃を引き抜く。


「……ッ」


…一発。


乾いた音。


魔獣の腹に、弾が突き刺さる。


体勢が崩れる、その刹那。


…二発目。


銃口が跳ね上がるのを利用して、そのまま撃ち込んだ。

頭を正確に。


魔獣の体が、

空中で力を失い、

地面へと叩きつけられた。


土と草が跳ねる。

動かない。


俺も銃を構えていた。


だが――

撃つ必要はなかった。


銃口を空に上げる。


いつでも助けられる距離。

だが、介入はしない。


リネアは、

倒れた魔獣から目を離さず、

呼吸を一つ、整えた。


「……ふぅ」


銃は、まだ下げない。


ネラが、静かに言う。


「……今の、完璧だ」


リネアは答えない。

ただ、周囲を確認している。


完全に才能が開花していた。


ミラが、楽しそうに小さく息を吐いた。


「ふふ……初陣としては上出来ですねぇ〜」


エレナは、短く頷いた。


「判断が速い。

 迷いがない」


二人の感想はそのとおりだが……俺は衝撃的すぎて、少し戸惑っていた。


あのリネアが……こんなにも頼もしく見えるなんて、想像もできなかったからだ。

彼女はまるで西部劇の主人公のように、堂々と歩みを進めていた。


そこで


ミラが、小さく笑った。


「……うふふ」


抑えた声。

だが、はっきりと分かる距離だ。


俺は見ない。

だが――横顔を、見られているのは分かっている。


(……まずい)


「こーるちゃん、今の顔いいですねぇ」


「な、なんでもねぇ」


即答する。


ミラは肩をすくめた。


「はいはい〜」


エレナは一瞬こちらを見て、

何も言わず前に戻る。


ネラも、何も言わない。

それが余計に刺さる。


リネアは気づかず、歩き続けている。


その事実に、

少し誇らしくて、少し照れて、

少しだけ悔しい。


俺は銃を持つ手に力を込めた。


惚れ直してる場合じゃない。


だが――

この背中なら、預けられる。


そう思いながら、

誰にも悟られないように歩き続けた。


ーーーーー


ネラが歩きながら言った。


「……この森は、おかしい」


前を見たまま、低く言う。


「あぁ。……静かすぎだな」


風はある。

木も揺れている。


なのに――

音が、抜け落ちている。


鳥の声がない。

虫の羽音もない。


ここは、厄災が焼いた範囲を抜けたばかりの森だ。

焦げた大地は終わり、緑は戻りつつある。


だが――

“生き物の気配”だけが、戻っていない。


嫌な静けさだ。


その時。


――ガン。


乾いた衝撃音が、森の奥から響いた。


剣が肉を断つ音。

骨が砕ける、鈍い破壊音。


魔獣の咆哮が、一瞬だけ上がり――

途中で、途切れた。


「……今の」


リネアが息を呑む。


「戦闘だな」


俺は答え、視線を送る。


ネラはもう耳を立て、方向を定めていた。


音は、遠くない。


俺たちは言葉を交わさず、動いた。


草を分け、木々を抜けた先――


血の匂いが、先に来た。


視界が開ける。


倒れている魔獣。

胴が裂け、内臓がこぼれている。


その前に――

一人、立っていた。


白い髪の男。


剣を下げ、

魔獣の死体を見下ろしている。


呼吸は乱れていない。

戦闘の直後とは思えないほど、静かだ。


男は、ゆっくりと口元に手をやった。


布を外す。


次の瞬間――


俺は、理解した。


“人間じゃない”。


裂けた口。

不自然に広がる顎。

歯は揃っていない。


獣のものでも、人のものでもない。


男は、しゃがみ込んだ。


躊躇なく、魔獣の死体に手を伸ばす。


――噛みついた。


骨が鳴る。

肉が裂ける。


咀嚼する音が、はっきりと聞こえた。


血が、顎を伝って落ちる。


それでも、表情は変わらない。


怒りでも、興奮でもない。

ただ――空腹を満たしているだけだ。


ネラが、喉を鳴らすのを必死に抑えている。


ミラの尻尾が、わずかに強張った。


エレナは、剣に手をかけたまま、動かない。


俺は、息を殺した。


――見られたら、終わる。


そう思った、その時。


男が、顔を上げた。


「……」


血に濡れた口元のまま、

こちらを――見た。


視線が、合う。


知っている。

唐突に、景色が重なる。

ルミナがみせてくれた光景と、剣だ。

腕を失った、あの未来。

そして今、相手の手にある剣……。


形。

立ち姿。


――重なった。


喉が、勝手に動いた。


「その剣……よこせ」


だが――

男は、答えない。


剣にも、

言葉にも、

一切、反応しない。


ただ。

ゆっくりと、腕を上げた。


指を伸ばす。

指先が向いたのは――


俺だけ。


他の誰でもない。

俺だ。


背筋に、冷たいものが走る。


「……ッ、やるぞ」


銃をもう一丁抜いた。


同時に、全員が察する。


「リネア、左に回れ!」


声と動きが重なる。


リネアが左へ。

俺は右へ。


互いに距離を取りながら、

二方向から引き金を引く。


銃声が、森を裂いた。


男の動きは、どこまでも不気味だった。


男はリネア側に剣を向ける。


刃が回転し、

弾を弾き落とす。


だが――


視線は、ずっと俺のままだ。

俺の弾が当たる。


肉を裂き、血が飛ぶ。


それでも、

一切、気にしない。


避けない。

怯まない。


俺とリネアの射線が、交差した。


瞬間、

引き金から指を離す。


銃声が、止んだ。

その“隙”を――


逃さなかった。


正面から、風を裂く音。


エレナだ。


一歩で距離を詰め、

剣を振り抜く。


――ヴァルセリクス。


光を帯びた刃が、

男の胴を断ちにいく。


その瞬間。


男の顔が、

初めて――俺から外れた。


首が、ぎこちなく回る。

ぐるり、と。


不自然な角度で、

エレナの方を向く。


裂けた口が、わずかに歪む。

感情はない。


驚きも、怒りもない。


ただ、“来たものを処理する”動き。


金属音。


男の剣が、

ヴァルセリクスを受け止めた。


黒いのに――光を喰っている。


ヴァルセリクスの青白が、

触れた端から削られていくみたいに、

薄く、歪む。


だが、消えない。


女神から与えられ、

人に預けられた刃は、

押し返されながらも――折れない。


男の剣は、違う。


祈りを宿していない。

祝福も、誓約もない。


あるのは、

“使われ続けた”という事実だけ。


切り、

殺し、

砕き、

削り。


世界のあらゆるものを材料にして、

形を保ってきた剣。


それが今、

ヴァルセリクスと噛み合っている。


光の膜が、軋む。


音はない。

なのに、頭の奥が痛む。


理解できないはずなのに、

身体が勝手に分かってしまう。


――これは、勝ち負けの衝突じゃない。


剣が……。


“どちらの世界が正しいか”を、

今この場で決めようとしている。


「……っ、く……!」


エレナの膝が、沈んだ。


踏ん張っている。

だが、耐えているだけだ。


押し返してはいない。


なのに……、


男は、動かない。


剣を振りかぶるでもなく、

力を込める様子もない。


ただ、立っているだけで、

……エレナが押し負けている。


裂けた口が、わずかに動いた。


声は出ない。

言葉もない。


それでも分かる。


――“邪魔だ”。


その瞬間。


俺は、踏み込んだ。


「エレナッ!」


エレナが同時に離れる。


刃と刃が離れ、

圧が抜けた反動で、

空気が爆ぜる。


視界が揺れた一瞬。


俺は剣を低く走らせながら、

銃を引き抜く。


最初の狙いは――脚。


引き金を引いた。


パン。


弾が、

男の膝を打ち抜いた。


初めて。


本当に、初めて――


男の身体が、崩れた。


膝が折れ、

地面に手をつく。


「……ァ……」


音にならない声。


怒りか、

苦痛か、

それとも――


分からない。


だが……ッ。


「もらったぁ!!」


俺の剣が男の首に襲いかかる。


これで終わる。


確信する。


しかし……その瞬間。


裂けた口が大きく開き、

喉の奥が、異様に広がった。


輪郭が、歪む。


人の形を、

保てなくなるみたいに。


「コール――!」


誰かが叫んだ。


その直前。


俺は見た。

視界が埋まる。


黒く、

大きく、

獣みたいな顎。


死んだ魚みたいな目が、

真っ直ぐ――俺を見ていた。


衝撃。


次の瞬間。


感覚が――消えた。

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