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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第205話:りんご


甲板に出ると、風が少しだけ強かった。


夜は越えた。

空は薄く白み始めている。


リネアは、俺の少し後ろを歩いている。

目は赤いが、足取りはしっかりしていた。


視線が集まる。


エレナ。

ミラ。

シェアラ。

シガ。

リュカとシア。

ネラ。


全員、すぐに気づいてこちらを見た。


心配そうな顔が、一斉に向けられる。


だが、誰も何も言わない。

それが、今の距離感だ。


ネラが近づいてきて、リネアの顔を一瞬だけ見る。


「……大丈夫か」


低い声。

優しいというより、確認だ。


「うん……平気だよ、お姉ちゃん……」


リネアは、はっきり頷いた。


ネラはそれ以上聞かず、

視線を俺に一度だけ向けて、下がった。


俺はそのまま歩く。


甲板の端。

下へ降りる扉の前。


そこに腰掛けていたのが、ミラだ。


尻尾を揺らしながら、

何かをいじっている。


「ミラ」


声をかけると、

すぐに顔が上がった。


「は〜い?」


「ちょっと、リネアの魔力を見てくれ」


一瞬、空気が止まる。


だが、ミラはすぐに笑った。


「……いいですよぉ〜?」


にっこり。

完全に“職人の顔”だ。


リネアが、一歩前に出る。


そして――

布包みを解いた。


黒い金属。

二丁の魔導銃。


それが見えた瞬間、


「あ、それ」


リュカが声を上げる。


「影が使ってるやつじゃん」


「モルトとゴーグルの……」


シアが、途中で言葉を切った。


それ以上、誰も言わない。


ミラは銃を一目見てから、

楽しそうに尻尾を揺らす。


「ふふ〜、なるほどですねぇ〜」


そして、俺を見た。


「じゃあ、ちゃんと測りましょうかぁ」


そう言って、

甲板下の扉に潜る。


「ちょっと待っててくださいねぇ〜」


次の瞬間。


――ゴトン。


重たい音が響いた。


ミラが持って出てきたのは、

淡く光る巨大な石だった。


「……おい」


思わず声が出る。


「それ……」


「ソラル石の原石、大きいやつですぅ」


甲板に置かれた瞬間、

空気が変わった。


圧じゃない。

熱でもない。


――“満ちてる”。


それだけで分かる。


「……触らせる気か?」


「触らせますよぉ?」


即答だった。


ミラは、何でもないみたいに言う。


「このサイズなら〜、

 ちょっと触れただけで分かりますからぁ」


リネアが、無意識に一歩下がる。


俺は、横に立った。


「大丈夫だ……まずは測るだけだ。

 足りなきゃミラに銃を改造してもらえばいい」


リネアは、少しだけ迷ってから――

頷いた。


ミラが指で、原石を軽く叩く。


「じゃあ……触れてみてください〜」


リネアは、ゆっくりと手を伸ばす。


指先が――

石に、触れた。


その瞬間。


――ッッッッッッッ。


俺がソラル石の島で触った時はまだ「眩しい」で済む類だった。


これは――爆ぜた。


白が、甲板に叩きつけられる。


光が出た、じゃない。

光が“弾けた”。


「――ッ!」


反射で目を閉じる。

間に合わない。


視界が、焼けたみたいに真っ白になって、

輪郭が全部消えた。


耳が遅れて、ざわつきを拾う。


「うわっ!?」

「目ぇがぁあ!!」

「なに今の!!」


誰かが腕で顔を覆う音。

甲板を蹴って下がる音。


風の音すら、いったん遠のく。


(……やべぇ)


考えるより先に身体が動いた。


俺は半歩で間に入り、叫ぶ。


「離せ!!」


声が荒くなる。


リネアが、はっとして手を引く。


触れた瞬間に繋がったみたいな光が、ぶちっと切れる。


原石の光は落ちる――


が。


完全には消えない。


余熱みたいに、淡く脈打っている。

さっきの白が、まだ甲板に残ってるみたいだ。


リネアの顔は真っ青だった。


「……今の、私が……?」


震えてる。

怖い、じゃない。

分からない、の震えだ。


ミラの声が、変に落ち着いて響いた。


「……こーるちゃん。

 これ、相性がいい、とかのレベルじゃないですぅ」


尻尾の回転が止まっている。

目だけが――危険物を見る目だ。


「こーるちゃん以上ですぅ」


さらっと。


だが、空気が固まる。


「魔力の“量”も、たぶん異常ですけどぉ……」


ミラは原石を指で軽く弾く。


カン、と澄んだ音。


「問題はこっち。

 出力……漏れ方……外への変換が、とんでもないですぅ」


俺は、息を吐いた。


(……忌み子、か)


ネラと違い、リネアの髪が白く目が赤い理由、

その答えがおそらくこれだ。


魔力は生き方で色を変えるのなら……器に収まりきらない量を抱えるのがリネアならば、

それが外見に影響があってもおかしくはない……。


しかし、試しでこの威力。


リュカが、目を擦りながら笑った。


「……やべぇ。いまの、普通に武器じゃん」

「……まだ焼き付いてます」


シアが小さく呟く。


俺はリネアの肩に手を置く。


「行けるぞ」


―――――


船の先頭、風を真正面から受ける場所に。


そこにハイポールが立たされていた。


直立不動。


そして――


頭の上に、りんご。


赤くて、つやつやのやつ。


「……」


誰も、まず声を出さない。


ハイポールは喋れない。


だが今、全身から

“なんで俺なんだ”という圧が出ている。


俺は腕を組んで、言った。


「よし。撃て」


リネアが、船首を見て――固まる。


「…………え?」


視線が、りんご、ハイポール、銃、俺。

リネアはこれを三度繰り返した。


「え、あの……」


リュカとシアが引いたようにため息を漏らす。


「おい……」

「コール様……」


「……あの、あれ……

 失敗したら……」


俺は即答した。


「まぁ、吹き飛ぶ……死なないから平気だ」


ハイポールが、

ぴしっと敬礼した。


「ッザ!(敬礼)」


完全に覚悟完了の音だった。


「ほらな? 狙え」


風に煽られて、

りんごが少し揺れる。


ハイポールの首筋に、

冷や汗みたいな影が走る。


リネアが、完全に引きつった顔で俺を見る。


「……あ、当たったら……」


「当たる」


どこに、とは言わない。


俺は腕を組んだまま、

リネアを見て、顎で促した。


リネアは一度、喉を鳴らす。


そして――

二丁あるうちの、片方だけを取った。


両手で構える。

肘を落とし、足を踏ん張る。


船首の風が、容赦なく吹き付ける。


魔導銃の側面――

刻まれた模様が、ゆっくりと赤く光り始めた。


(……赤か)


俺の時は紫だった。

流れ方が、違う。


ミラが、口元を押さえて小さく息を吸う。


「……ふふ」


笑ってはいない。

観測者の顔だ。


リネアは、時間をかけた。


焦らない。

引き金にも、まだ触れない。


ただ――

“漏らさない”ことだけを意識している。


銃口が、わずかに上下する。


揺れるりんご。

揺れないハイポール。


影の体が、

風を受け止めて微動だにしない。


リネアが、小さく息を吐いた。


そして――


引き金を引いた。


パーン。


乾いた発砲音。


次の瞬間。


――ぐしゃ。


りんごが弾けた。


というより消し飛んだ。


弾は――りんごの中心を、一直線に抜ける軌道だった。


ハイポールの頭には、

傷一つない。


影の額も、首も、無傷。


ポフ……。


ハイポールは腰を抜かしたように尻餅をついて微動だにしない。


数秒の沈黙。


「……すげ」


最初に声を出したのは、リュカだった。


「……今の、普通に弾でたよな?」

「はい、しかも少し大きめの……」


シアが、呆然としたまま頷く。


ミラは、目を細め銃の方を見ている。


「弾道、まっすぐ〜……

 しかも速度、安定してますねぇ」


尻尾が、ゆっくり揺れる。


「漏れてません。

 ちゃんと“撃って”ます」


リネアの肩が、ようやく下がった。


銃口が下を向き、

息が、少し震えている。


「……あ……当たった……」


「当たったな」


俺は、腕を組んだまま言った。


「次は二丁だ」


リネアが固まる。


リュカが即ツッコむ。


「いや待て待て待て!!

 それ段階飛ばしすぎだろ!!」


「一発でド真ん中だ、平気だ」


俺は言った。


「次は狙いつつ体を使う。

 同時に使えれば……近接でも対応できる」


リネアは、銃を見下ろしたまま固まっている。


「……に、二丁……?」


「そうだ」


言い切る。


「両手を別々に使え。

 弓より楽だぞ」


「比較がおかしいです……」


シアが小さく突っ込むが、

俺は聞いていない。


その時――


すっと、影が動いた。


横から。


音もなく現れたのは、

ウィンスキーだった。


影の体。

いつもより、わずかに動きが硬い。


右手が、震えている。


ウィンスキーは、何も言わない。

だが、ゆっくりと帽子を取った。


そして――


その頭に、

りんごを、乗せた。


赤くて、

さっきより少し小さいやつ。


「「「「…………」」」」


甲板が、静まり返る。


ハイポールが、

まだ座り込んだまま、

首だけでそれを見ている。


ウィンスキーは、

敬礼はしない。


ただ、背筋を伸ばし、

影のまま、そこに立つ。


そして、もう一つりんごをハイポールに手渡した。

ハイポールは、それを受け取ったまま――固まった。


あぁ……そういうことだ……。

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