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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第204話:選択肢


夜明けは、静かだった。


雲の上。

風の音だけが、帆を撫でている。


(……くそ)


昨日の光景が、頭から離れない。


羽音。

数。

高度。


(毎晩あれが来るなら……正直、きついな)


戦えはする。

だが、消耗は確実だ。


船の警戒は影がいるからいいとして。

どこで補給を入れるか、船を止めるか……。


そもそもそこが安全か……。


考えることは、山ほどある。


そこへ――


「……ごめんなさぁい……」


甲板の端で、ミラがしゅんと尻尾を垂らしていた。


「私、全然役に立てませんでしたよね〜……」


俺は視線を向けたまま言う。


「気にするな」


「でも〜……」


「空の上でお前が立つ方が危ねぇ」


即答だった。


「落ちたら終わりだ」


事実を言っただけだ。


ミラは一瞬きょとんとしてから、

小さく頷く。


「……はい……」


だが――


その会話を、少し離れた場所で聞いていた者がいた。


リネアだ。


弓を抱えたまま、立ち尽くしている。


昨日と同じ場所。

同じ甲板。


違うのは――顔だ。


唇を噛み、

視線を落としている。


(……今はちがうぞ……)


そう思った時には、もう遅かった。


「……私も……」


小さな声。


「私も……役に立ててない……」


俺は、一拍置いた。


言葉を選ぶ。


「……昨日の矢」


視線を外さず、続ける。


「当たらなかった……」


リネアの肩が、わずかに揺れた。


「仕方ない」


続ける。


「弓が悪いわけでも、お前が怠けてたわけでもない……」


今は…。


「だが…実力が足りないまま前に出るのは……命の無駄だ」


はっきり言った。

今は言わなきゃいけなかった。


「次があったら、隠れろ」


一切、誤魔化さない。


「リネアは守られる位置にいろ」


沈黙。


リネアの目が揺れる。


――理解している。

だが、納得していない。


「……わかりました……」


そう言って――


次の瞬間。


踵を返し、船内へ駆けていった。

足音が、甲板から消える。


残った空気が、重い。


視線を感じる。


ネラだ。


何も言わない。

責めてもいない。


だが、その目は――複雑だった。


(“妹を泣かすな”……か)


かつて言われた言葉が、頭をよぎる。


だが、今回は。

ネラも分かっている。


俺が言ったことが、正しいと。


その沈黙を破ったのは――


「なぁ、コール」


リュカだった。

その隣に、シア。


「言ってることは、分かるけどさ」

「……リネアも、役に立ちたいんだと思います」


リュカは真剣に、そしてシアも続ける。


「戦えないからって、置いていかれるの……一番、きついだぜ?」


シアが、静かに続ける。


「でも……それで死なれるのは、もっと嫌なのも分かります……」


俺は、答えなかった。


代わりに――


腰のホルスターへ視線を落とす。


魔導銃。

二丁。


そして――使われなくなった銃。

モルトとゴーグルがいなくなって、余っている。


(……だからって)


それを持たせるのか?

撃てるのか?

守れるのか?


分からない。


だが――


(このままじゃ、あいつは折れる)


夜明けの光が、銃身に反射する。


俺は、それを見つめたまま、考えていた。


―――――船内。


扉の向こうは、静かだった。


灯りは落とされている。

外の風の音だけが、薄く壁越しに聞こえた。


私は、ベッドの上で膝を抱えていた。


弓は壁に立てかけたまま。

弦も、矢も、そのまま。

触れる気にならない。


視線は床。

呼吸は浅い。


(……わかってる)


当たらなかった。

役に立てなかった。


守られていただけだ。


(……それでも……)


胸の奥が、じくじくする。

痛いというより、熱い。

逃げたくなるのに、逃げ場がない。


思い出すのは、昨日の一瞬。


風。

揺れ。

自分の指の震え。


矢が外れていく感触が、まだ手の中に残っている。


(……私、あの時……)


うまく息が吸えない。


その時――


コンコン。


控えめな音が、扉を叩いた。


反射で肩が跳ねる。

心臓が、ひゅっと縮む。


(……?)


答えたくない。

誰にも見られたくない。

この顔も、この声も。


でも、声は出てしまった。


「……誰?」


掠れていた。


一拍。


「……俺だ」


短い返事。

それだけで分かる声。


(……コール……)


喉が詰まる。


言葉が出ない。

今、開けたら、泣く気がした。


扉の向こうは、急かさない。


その沈黙が、逆に苦しい。


私は息を吸って――吐いて。

ようやく、言った。


「……うん、いいよ……」


小さな音を立てて、扉が開いた。


入ってきたのは、コール。


武器は外している。

手ぶらだ。


それだけで、少しだけ安心してしまうのが悔しい。


視線が、一瞬だけ弓に向いたのが分かった。

見ないで、と思ったのに。


コールは、すぐに目を戻した。


「……悪かった」


最初の言葉は、それだった。


胸が、きゅっとなる。


私は顔を上げられない。

見たら、崩れそうだった。


「……これからは、こういうこともちゃんと言わなきゃならない」


距離を保ったまま、コールは言う。


「でも言い方が、きつかった」


否定しない。

正当化もしない。


ただ、そう言った。


(……謝らないでほしい)


違う。

謝ってほしいんじゃない。


私が欲しいのは、謝罪じゃなくて――


分からない。


だから、黙った。


コールも、無理に近づかない。

壁にもたれて立つ。


「昨日の戦いで……前に出たら、死ぬ位置にいた」


その言葉が胸に刺さる。


指が、膝を強く掴んだ。

痛いのに離せない。


(……死ぬ位置……)


そんなの、分かってた。


でも、分かってるのに――

何もできなかった。


「それを黙って見てるのは……できねぇ」


声は低い。

怒っていない。


それが余計に、苦しい。


「役に立ちたい気持ちは、分かる……」


そこで一度、言葉が切れた。


私は、その間が怖くて、息を止めてしまう。


「……でもな」


視線が、こっちに向くのが分かる。


私は、顔を上げないまま固まっていた。


「生きてなきゃ、何もできねぇ」


沈黙。


それは正しい。

正しいのに――


喉の奥が、熱くなる。


声が、勝手に漏れた。


「……私……」


震えていた。


「……守られてばかりで……」


そこで詰まる。

続きが言えない。


(……悔しい)


(……怖かった)


(……足手まとい)


全部が混ざって、言葉にならない。


コールは、すぐに答えなかった。


少しだけ考えたあと、言った。


「守られるのは、役目だ」


私は、わずかに顔を上げる。


コールの顔が、ちゃんと見えた。


「全員が、前に出る必要はねぇ」


一拍。


「だが……」


コールは、視線を逸らす。


それが、少しだけ優しい逃げ道に見えた。


「“前に出たい”って思えるのは……悪くない……」


胸の奥が、少しだけほどける。


そう思っていいの?

私の気持ちは、わがままじゃないの?


「……だから」


コールが腰のあたりに手をやり――

私が何も持っていないことを確認するみたいに、止めた。


(……何か、考えてる)


でも、言わない。

コールは、いつもそうだ。


「……いろいろ考えた」


それだけ。


何を、とは言わない。


「今度は……俺のやり方を試すぞ?」


私は、頷くしかなかった。


その後――


コールは少しだけ間を置いて、

小さな布包みを取り出した。


音は立てない。

そっと、私の前に差し出す。


「……これ」


短い一言。


でも、私はすぐに受け取れなかった。


(……怖い)


何が入ってるか分からないのが怖いんじゃない。


これを受け取ったら、

私は“変わらなきゃいけない”気がして怖い。


コールは絶対に、置いていかない。

いつも手を差し伸べてくれる……でも。


(また何もできなかったら?……)


変わるのが怖いんじゃなくて……

変われないのが怖い。


視線が、布に落ちる。

軽くはない。


「……なに……?」


声が小さくなる。


「開けろ」


命令じゃない。

促すだけ。


私は、ゆっくりと手を伸ばした。


指先が、布の端を掴む。

ほどく。


布が開き――


中にあったのは、

黒く鈍い光を持つ金属。


二つ。


見覚えがある。


影たちが持っているもの。

何度も見てきた形。


「……え……」


息が詰まった。


魔導銃。

二丁。


収まるように、並んでいた。


「……これ」


思わず零れる。


「影が使ってるやつと……」


「あぁ」


コールは、短く頷いた。


「モルトとゴーグルの忘れ形見だ……」


その言葉が、胸に沈む。


(……あの二人の……)


手が震える。

勝手に。


弓を見て、銃を見る。


「……でも……私……」


声が小さくなる。


「……当たらなかった……」


昨日の光景が、目の奥で揺れる。


コールは、否定しなかった。


「当たらなかったな」


はっきり言う。


でも――


「弓は、“待つ武器”だ」


私は顔を上げる。


「銃は、“逃がさない武器”だ」


それだけ。


善悪も、優劣も語らない。


「前に出ろとは言わねぇ」


低い声。


「だが……」


一歩だけ、近づく気配。


私は息を呑む。


「守られる位置に居ながら、出来ることはある」


布包みを、もう一度押し出される。


「これは、そのための“選択肢”だ」


強制じゃない。

命令でもない。


でも――


逃げ道でもない。


沈黙。


長い一拍。


私は、布包みを抱き寄せた。


強く。

落とさないように。


(……冷たい)


金属の冷たさが、布越しに伝わる。


でも、その冷たさが、

今は少しだけ――頼もしい。


「……私……」


声が震える。


泣きそうなのに、泣いてない。


「……やって、みたい……」

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