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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第202話:放つ監視


甲板の空気は、少し落ち着いていた。


ミラは紫の機体の周りで、最後の確認をしている。

工具を片手に、尻尾をゆらゆら揺らしながら。


シンは、少し離れた場所からその様子を見ていた。

さっきより姿勢は楽だが、まだ完全に力は抜けていない。


しばらくして――

シンが、意を決したようにこちらを見た。


「……あの」


声は小さいが、逃げ腰ではなかった。


俺は、甲板から視線を外さずに答える。


「なんだ?」


一拍、間があった。


「……あなたは……なぜ、ここにいるんですか」


風が帆を鳴らす。


俺は、少しだけ考えてから言った。


「厄災を止めるためだ……」


それだけ。


シンは、目を瞬いた。


「……止める……」


言葉を繰り返すみたいに、呟く。

そして、恐る恐る続けた。


「……どうやって……?」


視線が、俺の顔から外れない。

逃げ道を探してる目じゃない。

答えを受け止める覚悟を探してる目だ。


俺は、肩をすくめた。


「当てはある」


それだけじゃ終わらせない。


「探してる。

……が、場所が分からねぇ」


シンは、しばらく黙った。


期待していた答えじゃない。

でも、嘘じゃない。


そう判断した顔だった。


「……その当てっていうのは」


「話す必要がねぇ」


即答。


「信用してねぇ相手に、全部話すほどは俺も優しくねぇ」


シンは、小さく苦笑した。


「……やっぱり……怖い人ですね」


「そうか?」


そのとき――


「はいは〜い!

だいたい、終わりましたよ〜!」


ミラの明るい声が、空気を切った。


全員の視線が、紫の機体へ向く。


装甲の大きな歪みは消えている。

傷跡は残っているが、致命的な箇所はない。


「内部の魔導線も安定しましたぁ〜。

ちゃんと動きますよぉ」


ミラは、満足そうに胸を張る。


「……すごい、今の時間で?」


シンが、思わず聞いた。


「乗れますよ〜?

元の持ち主さん向けに、ちゃんと戻してありますぅ」


その言葉に、シンの肩がわずかに緩む。


俺は、機体を一度だけ見てから言った。


「持ってけ」


短い言葉だった。


シンが、驚いたようにこちらを見る。


「……え……?」


「修理は終わった。

俺たちは先に行く」


事実だけを並べる。

拒絶でも、突き放しでもない。


「仲間がいるなら……生き残れ」


シンは、言葉を失った。

機体と、俺を交互に見る。


「……逃がしてくれるんですか?」


「見ての通り、この船も狭いんだよ、とっとと降りろ」


もう一度、機体を見る。


「それは、お前のもんだ」


沈黙。

シンは、拳を握ってから、ゆっくりと息を吐いた。


「……あなたは……やっぱり……分からない人です」


「分からなくていい」


シンは、少しだけ笑った。

ほんの一瞬だ。


「……でも……」


小さく、言う。


「……厄災を止めるなら……

死なないでください」


俺は、振り返らないまま答えた。


「お前もな」


ミラが、楽しそうに尻尾を振る。


「それじゃあ、行きますかぁ〜?」


俺は舵のほうへ歩き出す。

背中越しに、もう一度だけ言った。


「選べ。生き方も、行き先も」


甲板の上で、

紫の機体が、静かに待っていた。


――それぞれの、次の場所へ行くために。


―――――


イルクアスターは、ゆっくりと高度を落とした。


風切り音が弱まり、

船体の影が地面に伸びる。


完全に着地する直前、

船は一度だけ大きく揺れ――

甲板の下で、地面を踏む鈍い音がした。


ミラが軽く手を振る。


「ここなら大丈夫そうですねぇ〜」


紫の機体が、甲板の端へ運ばれる。

地面との距離は、もうない。


シンは、少しだけ立ち止まった。


船。

空。

そして――俺。


何か言うべきか迷って、

結局、何も言えずに機体へ乗り込む。


緑の魔導線が淡く灯り、

紫の機体が、静かに起動した。


低い振動。

次の瞬間――


機体は地面を蹴り、

そのまま前へ走り出した。


転がるように、

風を裂くように、

迷いなく。


あっという間に距離が開く。


俺は、甲板の端からそれを見送った。


完全に小さくなるまで、

一言も発さずに。


――それから。


舵輪に手をかける。


イルクアスターは、再び浮いた。

だが、今度は高度を上げすぎない。


雲に隠れる。

地上から見上げれば、ただの影。


甲板の隅で、

エレナが静かに言った。


「……追うのか?」


「見失わない程度にな」


短く答える。


「途中で死なれても困る、それに」


エレナは、少し間を置いて言う。


「……剣の場所か?」


「ああ」


地上を走る、紫の点を見る。


「“持ってる”奴が敵なら、

生き残りを探すだろ」


エレナは、納得したように息を吐いた。


「……直接は関わらず、影だけ残す、か」


「カッコつけた言い方ならな」


イルクアスターは、

一定の距離を保ったまま進路を合わせる。


近づかない。

離れすぎない。


地上では、

紫の機体が、まだ確かに動いていた。


――放した。

だが、切ってはいない。


それが、俺の選択だった。


―――――


速い。

――地面が、じゃない。


自分が、速すぎる。


球体になった球核機〈キュウカクキ〉は、地面を転がるというより、

滑って、跳ねて、叩きつけられながら前へ進んでいた。


衝撃が、断続的に身体に来る。

痛みじゃない。

ただ――落ち着かない。


(……まだ、動く)


それだけ分かれば十分だった。

頭の中は、別のことで埋まっている。


(アスハ……ナイ……)


それだけ。

考えれば考えるほど、嫌な想像が浮かぶ。


だから、考えない。


街を避ける。

灯りを避ける。

気配を避ける。


どこも、安全じゃない。

分かってる。


それでも、進むしかない。


瓦礫の残る斜面を越えたとき――


パン。


乾いた音が、遠くで鳴った。


一瞬、身体が強張る。


空に、小さな光が弾けた。


赤い。

低い。

すぐ消える。


(……)


喉が、詰まった。


もう一度。

今度は、少し高い位置。


(……いた!)


身体が、勝手に動く。


進行を絞り、力を押し出す。

球体が速度を上げ、風が後ろへ流れる。


岩。

砂。

崩れた斜面。


視界が揺れる。


そして――


影が、見えた。


二つ。


動いている。


「……」


声が出なかった。


球体を解除するより早く、身体が外へ出ていた。


足がもつれる。

止まれない。


「……シン?」


声。

確かに、知っている。


次の瞬間、腕を掴まれた。


「……生きてた!」


言葉の途中で、喉が詰まる。


「……あぁ、ただいま」


それ以上、言えなかった。


「シン、よかった…。怪我は……?」


「うん、平気だよ」


しばらく、

誰も動かなかった。


空に、花火の煙が残っている。

風に薄く流れていく。


足元で、球体の機体が静かに止まっていた。


(本当に……よかった)


それだけ、それだけだった。


その時、

なんとなく――


空の高いところを、見た。


雲が、ゆっくり流れている。


何かがいる気もした。

気のせいかもしれない。


今は、どうでもいい。


大事なのは――


まだ、三人一緒にいることだった。

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