第200話:試運転
紫の機体から引き剥がされた黒髪の少年は、
影のゲールに抱えられ、そのまま医務室へ運ばれていった。
意識はない。
だが、呼吸は安定している。
それを確認してから、
俺は甲板へ戻った。
そこでは――
「……ふ~ん? へぇ~、なるほどぉ!」
ミラがいた。
紫の機体の周りをぐるぐると回りながら、
しゃがみ、覗き込み、撫で回し、
完全に“職人の顔”になっている。
尻尾は高速回転。
今にも、よだれが垂れそうだ。
「……ミラ」
「は~い?」
返事は、完全に上の空。
「まだ、動かせるのか?」
ミラは機体の側面を、軽く叩いた。
コン、という澄んだ音。
「はい〜。へこんでますけどぉ、
中身はほぼ無傷ですねぇ〜」
「危険そうか?」
「いえ〜、特に。
暴走の兆候もありませんし、
魔導線も安定してます〜」
一拍。
「ただぁ……」
ミラが、にんまり笑う。
「使うには、かなり魔力を食いますねぇ〜」
「ほう?」
「こーるちゃんの魔導銃と、
いい勝負ですねぇ」
……なるほど。
俺は、紫の機体に一歩近づいた。
その瞬間――
「もらいっ!!」
横から、影が飛び込んできた。
「おい!」
「へへへっ!」
リュカだ。
勢いよく装甲に取り付き、
そのまま、開いたままの機体内部へ――
「あ、てめぇ! ずりぃぞ!!」
「こんな面白そうなもん、
あたしも混ぜ――」
言葉が、途切れた。
中に入ったリュカの動きが、
ぴたりと止まる。
「……?」
外から見ても、様子がおかしい。
いつもの軽口も、
文句も、ない。
リュカは硬直したまま、
ゆっくりと口を開き――
「……ろ……」
声が、かすれた。
その瞬間。
機体の内側で、
緑の魔導線が、ふっと脈打つ。
淡い光。
次の瞬間、
リュカの身体から力が抜けた。
溶けた猫みたいに、
だらん、と崩れ落ちる。
「っ!」
俺は即座に腕を伸ばし、
リュカを引きずり出した。
「なんだこれ……うぇえ……」
顔色が最悪だ。
完全に…酔ったみたいになっている。
「リュカちゃん、魔力切れみたいですねぇ〜」
ミラが、あっさり言う。
「はぁ!? 魔力切れ!?
いまの一瞬で!?」
リュカは腹を押さえ、
えづいた。
「……うっぷ……」
ぐったりしたリュカを支えて、機体から遠ざける。
「ほら、離れろ」
「うぇ……」
足がもつれた瞬間、
横から影が差し込んだ。
「リ、リュカ!?」
シアだ。
迷いなく抱き留め、
そのまま肩を貸す。
「大丈夫?」
「……だいじょぶ……じゃねぇ……」
「こいつ……そんなに食うのか」
俺は、機体を見ながら言った。
「てか、今さらだけど。
魔力って……どうやって調べるんだ?」
言ってから、少し間があった。
ミラが、きょとんとこちらを見る。
「あら〜?」
首を傾げて、
尻尾の回転が、少し緩む。
「こーるちゃん、知らなかったんですかぁ?」
「知らん」
即答すると、
ミラは目を丸くした。
「えぇ〜……」
そして、くすっと笑う。
「こーるちゃん基準って不思議ですねぇ」
「どういう意味だ」
「なんでもないで~す……こほん。
まず魔力って、“量”だけじゃないんですぅ」
ミラは、紫の機体の内側を指差す。
「流れ方。
耐久。
回復の速さ。
あと……相性ですねぇ」
指を、くるりと回す。
「職人とかならぁ、普通は、魔導具に触れた時の反応でだいたい分かりますぅ」
「……さっきの、リュカみたいに?」
「そうですねぇ。リュカちゃんの場合は〜」
ミラは、あっさり言った。
「触った瞬間に
吸われて、空っぽになるのは
“適性はあるけど、容量が足りない”タイプですねぇ」
「じゃあ……」
俺は、紫の機体を見た。
「中にいた、あの黒髪は?」
ミラは、少しだけ表情を変えた。
興奮じゃない。
職人が“厄介な素材”を見る目だ。
「……あの子はですねぇ」
一拍。
「容量も、耐久も、
普通じゃないですぅ」
尻尾が、また静かに揺れる。
「でもぉ……」
ミラの声が、少しだけ落ちた。
尻尾の回転が止まり、
今度は、俺を見る。
「……こーるちゃんは、更に格別ですぅ」
「何がだ」
即座に聞き返すと、
ミラは、困ったように笑った。
「全部で〜す……その銃、ありますよねぇ?」
俺の腰。
魔導銃。
「普通の人じゃ〜、
まず撃てません」
「……そうなのか?」
「そうですよぉ」
あっさり断言された。
「効率、最悪なんですよぉ。
魔力を燃やして、無理やり形にして、
そのまま撃ち出してるみたいな作りですぅ」
ミラは、肩をすくめる。
「普通なら、一発で干上がります~」
「……」
「でも、こーるちゃんは平然としてますよねぇ」
視線が、まっすぐ刺さる。
「それはですねぇ……」
一拍。
「相性とか、
技術とか、
そういう話じゃないんですぅ」
ミラは、紫の機体と、
俺とを見比べた。
「単純に……
魔力の“量”が、おかしいんですよぉ」
「……おかしい?」
「人間の枠に、
収まってませんねぇ」
さらっと言われた。
冗談でも、
誇張でもない。
「この子――」
ミラは、紫の機体を軽く叩く。
「必要な容量も、耐久も、
必要水準が確かに高いですぅ」
そして、視線を俺に戻す。
「でも、こーるちゃんは平気そうですねぇ……
“器”そのものが、違いますからぁ」
「器?」
「器で~す」
ミラは、指で空をなぞる。
「この子は、
頑丈な容器に、
無理やり詰め込んで動かす感じですけどぉ」
その指が、
俺の胸の前で止まる。
「こーるちゃんは、
最初から“溜める前提”で
”作られてる”みたいですぅ」
甲板と俺のなかに、沈黙が落ちた。
(アーリアの奴……俺の体まで規格外に作ったのか?)
風の音だけが、
帆を揺らす。
「……作られてる、って?」
俺が言うと、
ミラは、いつもの調子に戻る。
「ん〜、言い方が変でしたねぇ」
にこっと笑う。
「要するにぃ、
比較対象がいない、ってことですぅ」
「……」
「だから、魔力を測る、って発想が
そもそも浮かばなかったんでしょうねぇ」
納得がいくような、
いかないような。
「……じゃあ」
俺は、紫の機体を見る。
「こいつに、リュカが吸われたの……下手したら、危なかったのか?」
「正解~。でもリュカちゃんは生命力も強そうだったので大丈夫だと思いましたぁ」
ミラは、素直に頷いた。
「でも、もう少し長く繋がってたら、
三日は意識、戻らなかったかもですぅ」
冗談めかした口調だが、
中身は冗談じゃない。
「この……うぷ、先にいえ……牛……」
俺は、紫の機体から視線を外し、
ダウンしてるリュカを見た。
(……人を選ぶ、か)
救助用。
守るための機体。
だが同時に、
扱いを間違えれば、
簡単に人を壊しかねぇとか。
「……物騒だな」
「えぇ、とってもぉ」
ミラは、楽しそうに言った。
「でもぉ……」
ちら、と俺を見る。
「こーるちゃんは簡単に使えると思いますよぉ?」
「……それ、安心していいのか?」
「さぁ〜?」
ミラは、くすっと笑った。
「少なくとも、
“人間”基準では測れませんからぁ」
俺は、息を吐いた。
少し引っ掛かることはあるが、まぁいいや。
「せっかくだ。面白そうだし、試すか」
俺がそう言った瞬間、
ミラの尻尾が、ぴん、と跳ねた。
「わぁ〜♪ こーるちゃん、やっぱりそう言いますよねぇ〜」
「やめとけって言うならやめるが」
「言いませんよ〜?」
即答だった。
「むしろぉ、こーるちゃんが触っても平気なら……
この子、なかなか使えそうです〜」
ミラが装甲の縁を軽く押す。
開いた口が、ぎい、と小さく軋んだ。
中は暗い。
だが緑の魔導線が、薄く脈を打っている。
――生きてるみたいだ……。
俺は、紫の機体の縁に手をかけ、
そのまま中へ滑り込んだ。
背中に装甲が当たる。
少し狭い。
手袋とブーツをはめる。
(……球体の中に、人を入れる発想か……おもしれぇ)
揺れに強い。
衝撃を分散できる。
そして――転がる。
魔物がわんさかいる場所を駆けずり回るには丁度いいってことか…。
考えている間にも、
緑の線が、俺の呼吸に合わせるみたいに揺れた。
「こーるちゃん、無理しないでくださいねぇ〜」
ミラの声が、外から聞こえる。
「分かってる」
答えた瞬間。
――ぞわり。
皮膚の上を、冷たい水が流れたような感覚。
緑の線が、
俺に“寄ってくる”ように光る。
「……お?」
俺が低く言うのと同時に、
機体が、びくりと震えた。
緑の光が、濃くなる。
内側の壁が、
呼吸するみたいに脈打つ。
「反応、早いですぅ〜!」
ミラの声が弾む。
次の瞬間、
俺の中の何かが引っ張られた。
――吸われる、じゃない。
“通る”。
魔力が、血みたいに流れ出して、
線へ入り、
機体の全体に染み渡る。
(……これが、操縦か)
身体を動かしたわけじゃない。
だが――
外の重さが、分かった。
甲板の硬さが、分かった。
当たる風が、分かった。
そして――
俺の意思に合わせて、
機体の腕が、ゆっくりと上がった。
外から、声が上がる。
「うわ、動いた!」
シェアラだ。
「こーるちゃんすごぉ〜い!」
ミラの尻尾が、また高速回転を始める。
俺は、試しに指を曲げるつもりで、
“握れ”と考えた。
紫の機体の手が、ぎゅ、と閉じた。
握力。
重さ。
反応速度。
(……悪くない)
その瞬間。
機体の奥で、
別の何かが――かすかに“鳴った”。
緑の光が、一瞬だけ歪む。
ひどく小さなノイズ。
耳じゃない。
感覚だ。
(……拒絶? いや……)
続けて、胸の奥が、ひやりとした。
俺の魔力が、通った瞬間、
機体の中の“残り香”みたいなものが反応した気がした。
黒髪の少年。
さっきまでここにいた操縦者。
その痕跡が、まだ残っている。
「……ミラ」
俺は、低く呼んだ。
「は〜い?」
「こいつ……人の“癖”が残ってる」
外が一瞬静かになる。
「……あぁ〜……」
ミラが、嬉しそうに吐息を漏らした。
「それ、すっごく大事な情報ですぅ」
「大事?」
「はいですぅ」
ミラは、真面目な声になった。
「この機体、ただの道具じゃないですねぇ。
操縦者を“覚える”タイプですぅ」
「……覚える?」
「かな〜り、賢いみたいですねぇ」
俺は、もう一度、手を動かそうとした。
だが――
その瞬間。
緑の線が、さっきより強く俺に絡む。
吸い付く。
魔力が引っ張られる。
(……食う量が、上がった)
リュカが一瞬で酔った理由が、
今なら分かる。
こいつは、乗った瞬間に“契約”を取りに来る。
しかも――容赦がない。
資格がなければ即吐き出される、そんな感じだ。
俺は、一度、深く息を吐いて、
線の流れを意識的に絞った。
魔力を流す量を、
銃の時みたいに“制御”する。
すると、緑の光が落ち着いた。
機体の震えも、収まる。
「……よし」
外から、ミラが感心した声を出した。
「こーるちゃん、やっぱり器が違いますねぇ〜」
「へへへ!、だろ?」
「はぁい♪」
俺は、内部の暗闇で目を細めた。
動かせる。
だが――
この機体は、
誰のものにもなりたがってる。
そして、俺なら――なれる。
――そんな確信が、頭をよぎった。
緑の線は、まだ俺に“寄り”たがっている。
もっと流せ、と。
もっと繋げ、と。
――馴染ませれば、馴染むほど。
こいつは俺のものになっていく。
そんな感じがした。
(……気持ち悪ぃ)
俺は一度、魔力の流れをさらに絞った。
必要な分だけ、必要な形だけ。
緑の光が、すっと落ち着く。
脈打っていた壁が、静かになる。
外からミラの声が聞こえた。
「どうですかぁ〜? こーるちゃん」
「……動く。問題はねぇ」
「わぁ〜♪」
尻尾の回転音が、甲板越しに伝わってくる気がした。
俺は、ゆっくりと機体の腕を上げ、
手を開いて閉じる。
さっきよりも、反応は速い。
強度もある。
転がる、という構造まで考えれば――
相当、使える……。
だが。
(これ、あいつの……だよな)
黒髪の少年が、ここに収まっていた。
繋がれていた。
この機体と、同じ呼吸で動いていた。
俺が今、簡単に動かせてしまうのは、
俺の“器”がおかしいだけだ。
それは、誇る話じゃない。
俺は、機体の内壁に手を置き、
緑の線の“誘い”を無視する。
――深入りしない。
そう決めて、外へ声を投げた。
「ミラ。これ、勝手に弄るなよ」
「えぇ〜? でもぉ……」
「持ち主がいる」
短く言うと、
外が一瞬だけ静かになった。
ミラの声が、少しだけ落ち着く。
「……はぁい。分かりましたぁ」
珍しく素直だった。
「まぁせっかくだし、調べて直すくらいはしといてやってくれ」
「は〜い! お任せあれぇ……ふふふ」
怪しげな笑い方をするミラに、
機体の中で息を吐く。
(助けたんだ。奪うためじゃねぇ)
誰のものにもなりたがってる?
勝手にそう感じただけかもしれねぇし。
こいつは道具で、
でも道具じゃない。
持ち主の意識が戻ったら、
まず返す。
――それが筋だな。
俺は、緑の線の光が完全に落ち着いたのを確かめ、
ゆっくりと体を引いた。
「出るぞ」
「は〜い♪ よいしょ〜」
ミラが外から装甲を支える。
甲板の風が、頬に当たった。
紫の機体は、沈黙したまま。
まるで何もなかったみたいに。
俺は一度だけ、機体を見下ろして――
それから、医務室の方へ視線を向けた。
(起きたら、話を聞く)
奪わない。
壊さない。
まずは、返す。
それだけ決めて、
俺は歩き出した。
それをよそに、
端っこのほうでリュカがシアに背中を擦られてうなだれていた。
「なんでコールは乗れんのに、
あたしはダメなんだよ〜……うぇぇ……」




