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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第199話:回収


 船が高度を取ると同時に、

 甲板の緊張が、少しだけ緩んだ。


 だが――

 中央に転がる紫の機体が、その空気を切り裂いている。


 歪んだ装甲。

 人形の姿のまま、沈黙。


 誰もが距離を取る中で、

 ひとりだけ、迷いなく近づく影があった。


「……ふぅ〜ん……」


 ミラだ。


 巨大なハンマーを肩から下ろし、

 しゃがみ込んで、紫の機体を覗き込む。


「これ、ゴーレムですねぇ〜」


「……わかるか?」


 俺が聞くと、

 ミラは装甲を、軽く叩いた。


 コン。


 鈍くない。

 厚みの割に、音が澄んでいる。


「全部じゃないですけどぉ。

 外側は間違いなくドワーフさんの加工ですねぇ」


 装甲の縁を、指先でなぞる。


「しかも、これ……

 かなり古い系統ですねぇ〜」


 ミラは、少し懐かしそうに続けた。


「丸い箱みたいな形。

 車輪なんかが出来る前の……

 “転がして運ぶ”時代の発想ですねぇ」


 リュカが眉を上げる。


「ふ~ん? そんな昔の作りなのか?」


「外側は、ですねぇ」


 その言い方が、少しだけ変わった。


 ミラは、装甲の継ぎ目に目を落とす。

 肘の付け根。

 関節の、ほんのわずかな隙間。


「……あれぇ?」


 声が低くなる。


 ハンマーを床に置き、

 装甲の縁に、両手をかける。


「……おかしいです〜」


 耳が、ぴくりと動いた。


「外は、完全にドワーフさんの仕事なのに……

 中が……違いますぅ」


 指先で、内側を覗き込む。


 そこに走る、細い線。


「これ……

 ドワーフさんが使う魔導線じゃないですねぇ〜」


 はっきりとした断言。


 甲板が、静まり返る。


「質が、別物です〜」


 ミラは、空中に線を描くように指を動かす。


「魔力の流れ。

 受け方。

 制御の仕方……」


 次第に声が弾む。


「……めちゃくちゃ、いい〜!」


 その瞬間、

 尻尾が、ぶん、と大きく揺れた。


 そして――

 プロペラみたいに回り始める。


 本人は、まだ平静を装っている。


「外側は、ドワーフさんの“壊れにくさ”で固めて……

 中に、別系統の高性能な魔導線を……こんなの見たことありませ〜ん」


 装甲の隙間を、指で示す。


「ここ。

 腕の付け根から……

 ちらっと見えます〜」


 目を細める。


「……ほう?」


 ネラが、低く息を吐いた。


「真導線……この大陸で、まだ使える者が生きているということだな?」


「はい〜そうなりますねぇ。でも、ドワーフさん“だけ”じゃ、無理ですね〜」


 ミラは、首を振った。


「ドワーフさん達は洞窟に住んでいるので〜、たぶん……

 洞窟都市に、いろんな技術者が流れ込んでますぅ」


 地下。

 逃げ場。

 生き残り。


「外側は、昔からあるドワーフさんの形。

 でも中身は……」


 尻尾は、まだ回っている。


「応急品ですかねぇ。

 あの人達の気質だと、こんな作り方普通はしませんからぁ……急いで作った感じ〜?」


「……そんなに中身がやばいのか、これ?」


 俺が聞くと、

 ミラは即答した。


「頭がおかしいってぐらいですねぇ」


 素直な感想だった。

 だが頭のおかしいミラが言うなら、本当におかしい性能なんだろう……。


「でもこれ……戦うため、というより……逃がすためぇ?

 守るためのゴーレムですね〜」


 誰かを。

 何かを。


 俺は、紫の機体を見下ろす。


 街で見た撤退。

 赤と青。

 空に上がった花火。


(やっぱ……救助隊か)


 少なくとも、

 無差別に殺すための連中じゃない。


「……中、開けられるか?」


 ミラは、ようやく顔を上げた。

 尻尾が、少しだけ速度を落とす。


「多分できますよぉ?」


 にこっと笑う。


「壊さないように、

 ちゃんと」


 俺は、ひとつ頷いた。


「……慎重にな」


「もちろん♪」


 ミラが隅々まで紫の機体を観察し、その上体を起こさせる。

 そして、すわ焦るような体勢にして、ミラが隙間に指を押し込むと……。


ガチャ


「……中、真っ黒ですぅねぇ〜」


 装甲が開いた瞬間、

 内側が露わになった。


 光源はない。

 だが――暗闇の中で、

 緑色の線が、ゆらゆらと揺らめいている。


「やっぱり、魔導線……でも、普通のじゃないですぅ」


 そのままミラは解説しながら内部をよく見る。


 壁一面。

 球体の内側を這うように、

 特別な魔導鉱で作られた細い線。


 それが――中央へ伸びている。


「……繋がってますねぇ」


 中央。

 人が、浮くように収まっていた。


 意識はない。

 黒髪。

 手足には、皮のグローブとブーツ。


 身体の各所から、

 魔導線が、直接“繋がれている”。


「操縦、というより……」


 ミラは、少し言葉を探してから続けた。


「まるで仕組みの一部ですねぇ……面白そ〜う!

 こーるちゃん、これ、ほしいですかぁ〜」


 ミラはまるで許可をねだるように俺を見てきた。正直気になるとこではあるが。


 その前にリュカの冷静なツッコミが入った。


「ちょっと待てミラ」


 横から、呆れた声が飛ぶ。


「新しいおもちゃ作ろうとしてんじゃねぇ!」


 リュカだ。


 腰に手を当て、

 開いた紫の機体とミラを交互に見る。


「これ、人入ってんだろ?

 優先順位おかしいからな?」


「えぇ〜、でもぉ……」


 ミラは名残惜しそうに、

 内部の緑の光をもう一度見た。


「……ミラバージョンの操縦ゴーレムか」


 俺は、ぽつりと言う。


 一瞬だけ、

 頭の中で想像が走った。ミラはクランダさえ、飛んでも性能にした……気になる……。


 だが――


「気になるが……それはまた今度だ」


 ミラが、素直に頷く。


「はぁい。まずは救助ですねぇ」


 手際は早かった。


 魔導線を一本ずつ外し、

 強引にならないように慎重に解いていく。


 緑の光が、

 一つ、また一つと弱まる。


 やがて――


「……よし、外れましたぁ」


 中の人物の身体が、

 ふっと、重力を思い出したように落ちる。


 俺とウィンスキーで受け止め、

 そのまま甲板へ。


 静かに寝かせる。


 黒髪。

 年は……若い。

 思ったより、細い。


 戦士の体じゃない。


 リネアが、すぐに膝をついた。


 腰のポーチから布を取り出し、

 水筒で濡らす。


「……熱、ある」


 短く言って、

 そのまま、そっと額を拭いてやる。


 煤と汗が混じった顔が、

 少しだけ、きれいになる。


 閉じたままの瞼が、

 かすかに震えた。


「生きてるな」


 ネラの声。


「気絶しているだけだろう……」


 エレナも、少し距離を取って見ている。


「魔力の消耗が激しいようだな……

 長時間、繋がれていたのか」


 ミラは、紫の機体を振り返った。


「たぶんですぅ。

 これ、操縦っていうより……

 身体ごと、使ってますねぇ」


 尻尾が、ゆっくり揺れる。


「無理させたら、

 簡単に壊れちゃう人ですぅ」


 俺は、甲板に寝かされた若者を見る。


 赤と青。

 花火。

 撤退。


 置いていかれた理由も、

 なんとなく分かる。


「……見捨てられたわけじゃないな」


 間に合わなかっただけだ。


 リネアが、

 布を絞り直しながら言う。


「起きたら……どうする?」


 問いは、重い。


 俺は、少し考えてから答えた。


「まずは、助ける」


 それだけでいい。


 事情は、後で聞けばいい。


 この大陸では、

 それすら出来ない奴が多すぎる。


 紫の機体は、

 甲板の端で静かに沈黙している。


 中身を失って、

 ただの殻になった球体。


 いろいろ気にはなるが、まだ答えは出ない。


ーーーーー


……?


 目を開ける。


 天井だ……。


「また……しらない天井だ」


 次の瞬間――


「ッ……!」


 身体が跳ねた。


 心臓が早い。

 息が、浅い。


(僕は……確か……)


 壊れた街。

 何かの音。

 衝撃。


 そこで、途切れている。


「……ここは!?」


 声が、思ったより小さかった。


 身体は重いけど、動く。

 ベッドから降りて、壁に手をつく。


 床が、揺れた。


(……船?)


 嫌な予感がして、

 でも、じっとしていられなくて。


 恐る恐る、通路に出る。

 足音が、やけに響く。


 扉の前で、少し迷って――

 ゆっくり、開けた。


 風。


 空。


 そして――


「……え……?」


 声が、勝手に出た。


 さっきまで、


 戦ってた人たちがいた……。しかも……。


「まじかよぉ……」


 黄色の髪の女の子が、僕の機体を前に文句を言っている。


「なんでコールは乗れんのに、

 あたしはダメなんだよ〜……うぇぇ……」


 獣耳の子が、

 甲板に突っ伏していた。


「魔力切れで船酔いとか……

 最悪だぞ……」


 ……楽しそうだった。


 戦場の空気は、

 どこにもない。


 僕は、立ち尽くした。


(……助かった……?)


 分からない。


 何も。


 ただ――


 僕は、まだ生きている。


 それだけが、

 現実だった。

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