第198話:赤と青と紫
銃声が、合図になった。
広場の影が、ざわめく。
瓦礫の隙間。崩れた屋根の下。焼けた壁の裏。
――動く。
気配が、集まってくる。
俺を中心に、円を描くように。
剣を振る。
影は裂け、黒い肉が飛ぶ。
……首を落とされても、胴を貫かれても、“それ”は這ってくる。
「厄介な……しかも数で来る気か……」
銃を撃つ。
弾が核を砕き、一体が沈む。
その横から、また一体。
ウィンスキーが踏み込んだ。
影の腕が、実体を持つ。
片手に剣。
もう一方に、短銃。
斬る。撃つ。
魔物の頭部が吹き飛び、胴が断ち割られる。
――それでも、完全には死なない。
倒れた影を踏み潰し、次の影を切り裂く。
ハイポールも続いた。
銃声が、二つ増える。
剣戟が、重なる。
二人は、不死身だ。
傷を負っても、止まらない。
だが、相手も――死なない。
壊され、裂かれ、それでも、数で押してくる。
じりじりと、包囲が狭まる。
そのとき――
ゴゴゴゴゴゴゴ――
石畳が、唸りを上げた。
魔物の足音じゃない。
人の足音でもない。
重い何かが、転がってくる音。
包囲の外側。
瓦礫を弾き、広場へ――
赤い球体が飛び込んできた。
次の瞬間、装甲が割れ、
内部から人形のような肢体が展開する。
(赤い……ロボット? いや、ゴーレムか?)
ゴーレムは即座に、俺達の前へ出た。
「こんなとこで何やってんの! 早く逃げ――ッ」
言葉が、止まる。
赤い機体の視線が、俺を捉えた。
剣と銃。
不死身の影二体。
魔物に囲まれた、異様な光景。
「アスハ! 一人で行くなよ!」
次いで、声とともに、
二つの球体が転がり込む。
紫。そして青。
展開し、人形に……。
同時に、魔物へ向けて動いた。
紫の機体が薙ぎ、
青の機体が何かを撃つ。
魔物が崩れ、倒れていく。
――だが。
赤い機体だけが、動かなかった。
次の瞬間。
こちらへ踏み込んできた。
ズガン!
赤い機体の槍みたいな武器が、地面にめり込む。
狙いは明らかに俺だった。
「あぶねぇ!」
ハイポールが俺を突き飛ばし、見事に潰れ、
ウィンスキーが赤い機体に銃を向ける。
「アスハ!?その人たちは魔物じゃ――」
紫の機体からの声が響く。
だが遮るように、
赤い機体が叫ぶ声。
「ッ!! あんたバカァ!!」
装甲越しでも分かる。
完全な激昂。
赤い機体の腕が、俺を指す。
「コイツ! こいつのせいで……!」
突進。
その刹那――
横合いから衝撃。
「きゃあっ!?」
青い機体が、吹き飛んだ。
宙を舞い、瓦礫へ叩き込まれる。
視線の先。
獣化したシガが、そこにいた。
「……敵か」
低い声。
その瞬間、視界が遮られる。
シアだ。
いつの間にか、
俺と赤い機体の間に立っている。
赤い機体の腕を、
真正面から組み止めていた。
「な、何よあんた……ッ!?」
押し返そうとする赤い機体。
だが――動かない。
それどころか、
わずかに押し返される。
「コール様に手を出すなら……」
シアの声が、低く沈む。
「――ぶっ殺すッ!!」
そのまま、赤い機体を投げ飛ばした。
背中を越えて、リュカが跳ぶ。
空中で体を捻り、ナイフを投擲。
魔物と、赤い機体へ。
カン
赤い機体の装甲にナイフが弾かれた。
「ちッ! あいつかてぇ!」
同時に、声。
「あ、それ私の技! やるじゃん!」
シェアラだ。
紫の機体が、叫ぶ。
「アスハ! ナイ!」
だが、その直後――
影が落ちた。
「せぇ〜のっ!」
「ッッッ!?」
見上げた瞬間。
ミラが、巨大なハンマーを
ゴルフのスイングみたいに振りかぶっていた。
狙いは――紫の機体。
(まずい!! あれ直撃したら――!)
頭の中に最悪な結末が映り込み、俺は急いで叫んだ。
「ミラ! よせ!!! 人だ!!!」
「えぇ〜!?」
――ズゥゴン。
「ゥアアアアアアアァァァッ!?」
間に合わない。
だが、直撃ではない。
威力が、逸れた。
紫の機体は“ボール”みたいに弾き飛ばされ、
建物へ激突。
瓦礫が崩れ、
その中へ消えた。
広場に、一瞬の沈黙が落ちる。
完全な混戦。
誰も、
誰が敵か分かっていない。
「シン!!」
赤い機体が、跳ねた。
一瞬、動きが止まる。
「ッチ!」
装甲の一部が開き、
光が一本、空へ撃ち上がる。
――ドン。
腹に響く、鈍い音。
灰色の空で、
赤い光が弾けた。
花火。
祝いのものじゃない。
一瞬だけ、規則正しい紋様を描き――
すぐに、消える。
(……合図か)
仲間への信号。
同時に、ここが危険だという宣告。
赤い機体は迷わない。
装甲を畳み、
人形の肢体を引き込み、
再び球体へ戻る。
「……分が悪すぎるッ」
赤い球体が、
石畳を弾くように転がり出す。
それを追うように、
瓦礫の向こうで青い機体も動いた。
展開を解き、
同じく球体へ。
赤と青。
二つの球体が、広場を離れていく。
追えない。
まだ魔物がいる。
そして――
残されたものがあった。
瓦礫の山。
その奥。
紫の機体。
人形のまま、
装甲は歪み、動かない。
魔物の気配が、再び濃くなる。
「……次が来る」
言い終わる前に、
影の二人が前に出た。
ウィンスキー。
ハイポール。
シガが吼え、
リュカが跳ぶ。
シアとシェアラが、間を埋める。
ミラは何事もなかったように、
ハンマーを肩に担ぎ直した。
混戦。
だが、さっきとは違う。
数は減っている。
動きも鈍い。
――押し切れる。
そう判断した瞬間、
身体が自然に動いていた。
瓦礫を越え、
紫の機体のそばへ。
装甲に触れる。
――反応。
微かだが、確かにある。
「生きてるのか……?」
返事はない。
魔物を退け、
紫の機体を引きずり出す。
人形のまま、
あちこちが凹み、
装甲には深い傷。
だが――壊れてはいない。
(……救助隊か?)
赤の判断。
花火。
撤退。
敵じゃないが、
味方とも言えない。
問いは山ほどある。
だが今は――
「回収する。船に戻るぞ!」
答えは後でいい。
まずは、生かす。
それだけを決めて、
俺は空を見上げた。
もう、花火は残っていない。
だが――
確実に、見られた。
この場所も。
俺たちも。
そしてきっと、
次は――向こうから来る。
―――――
甲板に戻った瞬間、
紫の機体は文字通り――放り投げられた。
ドン、と鈍い音。
歪んだ装甲が床を擦る。
「……とりあえず、ここでいい」
人形のまま転がる紫色。
まだ、動かない。
船体が、低く唸る。
浮上準備。
空へ上がる合図だ。
そのとき――
「……何、それ」
リネアだった。
距離を取り、弓を持って、
紫の機体を見ている。
ネラも。
エレナも。
船を守るために残っていた三人の視線が、
一斉に集まる。
「……魔物、ではないな」
ネラが静かに言う。
エレナは、眉をひそめた。
「……ゴーレム?
いや……人の気配、乗っているのか?」
答える前に、
船が持ち上がった。
帆が降りて風を受けて張る。
重力が、ふっと抜ける。
港が遠ざかり、町が――縮んでいく。
空へ。
その高さで、
俺は、もう一度外を見た。
街の外縁。
瓦礫の向こうを――
赤い球体が転がっていく。
青も、続く。
そして――
さらに奥から。
もう一段。
別の球体の列。
数が、増えている。
(……回収か。増援か)
どちらにせよ、
目的は一つだ。
この街を。
この“跡地”を。
俺を。
船は、さらに高度を上げる。
赤と青と、
見知らぬ球体の列は、
やがて建物の影に消えた。
甲板に残るのは、
歪んだ紫と、
向けられた視線。
「……これ、あける……よね?」
リネアが言った。
その通りだ。
だが――
「後でいい。
今は、上だ」
俺はそう答え、
紫の機体にもう一度目をやった。
まだ、判断はつかない。
ただ一つ確かなのは。
この大陸には、
まだ“戦っている側”がいる。
そして、
俺は――もう見られた、ということだ。




