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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第186話:反転の手触り


船での作戦会議が終わった、その直後だった。


慌ただしい足音が響く。


「「アーク様!」」


甲板の上に、

オレンジと青い影が視界に飛び込んできた。


メイドのセラとアイリスだった。


「ルミナ様が……!」

「急に倒れました……!」


俺は返事もしない。


そのまま走り出した。


後ろから誰かの呼び声が聞こえたが、それどころじゃなかった。


城の通路を抜け、石の階段を上がり。


ルミナの部屋にたどり着く。


部屋の中は、静かだった。


灯りは落とされ、

ベッドの上にルミナが横たわっている。


顔色は悪いが、呼吸はある。


そのそばで――

リュリシアが、ルミナの手を強く握っていた。


「……大丈夫」


震えを抑えた声。


「生きてるわ。ちゃんと……」


俺は一歩、踏み出す。


「魔族の呪いか!?」


即座に、エレナが首を振った。


「いや、違う。安心しろ」


短く、断定。

理由は言わない。

それ以上も、言わない。


そのとき――


「……コ……ル……」


かすかな声。


ルミナが、俺の名前を呼んだ。


細い腕が、宙を探る。


俺は迷わず、その手を取る。


握った瞬間――

世界が、反転した。


―――――


燃える町。


荒れ果てた大地。


眠る厄災。


その奥――

剣を持った“何か”。


それが、こちらを見る。


同時に、姿が変わる。


目の間に巨大な影が広がる。


逃げる間もなかった……。


――喰われる。


左腕が……丸ごとなくなった。


噛み砕かれる感触。


視界が、暗転する。


―――――


「グァッ!?」


俺は、そのまま床に倒れた。


「アーク!?」


リュリシアの声が遠い。

心臓の鼓動が荒れて、息が乱れる。


「っっっっ!?」


反射的に、左腕を見る。


――ある。


指も、

腕も、


つながっている。


強く、握る。


痛みが返る。


現実だ。


「……はぁ……」


短く息を吐く。


「……見つけた」


俺は立ち上がる。

再び、ベッドのそばへ。


ルミナの頭に、そっと手を置き、

頭を撫でる。


「でかした、ルミナ」


低く、確かな声。


「……ゆっくり休め」


ルミナの指が、わずかに動いた。


リュリシアは、まだ手を離さない。


エレナは、何も言わず、状況を見ていた。


―――――


次の日。


船はまだ中庭にあった。


イルクアスターは、石畳の上に影を落としながら、音もなく浮いている。

帆は畳まれ、舵も止まっているのに――それでも、そこにあるだけで“動物”みたいな妙な圧がある。


出航の準備は、すでに始まっていた。


影たちが黙々と木箱を運び、樽を抱え、帆の根元へ積み上げていく。

人間の力じゃない運び方。

息も乱れない。

木が軋む音だけが一定に続く。


そのとなりで兵士に指示を出しているのは、リュリシアだった。


「水は多めに。あと、乾いたパンだけじゃだめよ。塩漬けと果実も入れて」


王女が言う内容としては妙に現実的で、妙に慣れている。


隣に立つアドリアンは、腕を組んだまま静かに頷いていた。


「……船の備蓄は“心”に効くからね。

 腹が減ると、覚悟まで薄くなる」


リュリシアが小さく笑う。


「だから今は、覚悟を薄くさせないために私ができることをするの」


その少し離れた場所に、見送りの一団がいた。


シャンディ。

その背後に、彼女の仲間――レザとカミラ。


「……おい。これ、ホントに飛ぶんだよな?」


レザの声がでかい。


中庭に響いて、兵士がちらりと見る。


カミラがすぐに肘で小突いた。


「ちょっと、レザ。城の中よ。声でかいって」


「だってよォ。見ろよ、このデカさ。

 船ってのは水に浮くもんだろ? 空って……」


言いながら、レザはもう一度上を見上げる。


「……すげぇ。マジで、これが空飛ぶのかよ」


素直な驚き。

馬鹿みたいな感想。

でも、その“馬鹿みたい”が、一番正しい。


シャンディは笑わなかった。

ただ、青い耳飾りに指を添えて、静かに言った。


「……飛ぶよ。

 私、乗ってたから」


レザは一瞬だけ黙って、それから鼻で笑う。


「……そりゃ、そうだよな。

 お前がいる時点で嘘じゃねえ」


カミラは船を見上げたまま、少しだけ口元を緩めた。


「でも本当にすごいわね……どんな魔術なのかしら?」


「だけどよ、シャンディ。いいのか? また船が行っちまうぜ?」


“船が飛ぶ”より先に、そこが刺さる。


「うん……だから、私がここにいないといけない。

 助けられた分は、ちゃんと返したいの」


シャンディはそう言って船と俺を見て微笑んだ。


だが……俺は……。


足元の石畳は乾いているのに、胸の奥が妙に湿っている。

昨日の夜から、まだ引きずっている。


――ルミナの部屋で見たもの。

左腕を喰いちぎられる感触。

そして“ある”という現実。


“見つけた”って言った。

言ってしまった。


あの瞬間だけは、確かに迷いが消えた。


だから、ここまで来た。


「……積み込みは?」


俺が言うと、箱を持ったハイポールが短く頷き、

リュリシアが答えた。


「もうすぐ終わるわ。

 必要なものは全部揃えた。……足りないのは、あなたの無茶を止める人だけね」


「それは最初から足りてねぇ」


俺が返すと、アドリアンが小さく息を吐いた。


「必要なのは止めるんじゃなく、引き戻すほうだろう。

 君は止められると反発するから」


「へへへ……よくご存知で」


そのとき――


中庭の入口側から、遅れた足音が聞こえた。


規則正しい。

迷いがない。

しかも、やけに重い。


振り向くと、黒い外套を羽織った女が歩いてくる。

片手に荷袋、もう片方に細長い包み。

背中にも何か背負っている。


エレナだった。


空気が、一段だけ硬くなる。


リュリシアが一瞬だけ表情を変えたが、すぐに戻した。

アドリアンは何も言わない。

シャンディの仲間は、露骨に“騎士”を警戒する目になる。


俺は、エレナを見たまま言った。


「……なんだ? その荷物」


エレナは、歩みを止めない。

俺の前で止まって、荷袋を一度だけ持ち上げる。


「装備と、最低限の補給だ」


「……誰のだ」


「私のだ」


答えが短すぎて、意味が追いつかない。


俺は、眉をひそめた。


「は?」


エレナは表情を動かさず、淡々と言う。


「同行する。最初から決まっている」


俺は、エレナから視線を外し――

そのまま、リュリシアを見る。


(……マジかよ)


声には出さない。

目だけで、そう言った。


リュリシアは、わずかに息を吐いてから、

ほんの一瞬だけ、困ったように目を細めた。


そして、小さく肩をすくめる。


――分かってて、やった顔だ。


「……必要だからそうしたのよ」


それだけ。


言い訳でも、説明でもない。

決めた、という報告だった。


俺は舌打ちしかけて――

そのまま、言葉を飲み込む。


(エレナが抜けたら……ヴァルセリクスは……)


そこまで考えて、視線が横に流れた。


中庭の端。


船を見上げていたシャンディに、目が止まる。


彼女の腰。

革帯に下げられた剣。


ただの剣じゃない。

あの重さ。

あの気配。


もう一つの王剣。


(……なるほどな)


胸の奥で、腑に落ちる音がした。


エレナが行く。

それでも、王都は空かない。


リュリシアは、

全部分かったうえで、この形を選んだ。


俺は、もう一度だけリュリシアを見て小さくつぶやく。


「……やるな」


もう一度だけエレナを見る。


「……本気か」


エレナは、俺を見返さない。

視線は、船のほうを向いたままだ。


「行く」


それだけ。


――説明する気がない、という態度だけが残る。


(……おまえもかよ)


声には出さない。

出したら、昨日の俺に戻る。


謁見の間で泣き散らかした喉が、まだひりついてる。

「一緒に行く」って形に、ようやく腹を括ったばかりだ。


……その上で、これだ。


俺は、息を吐いて――もう一度、エレナを見る。


いつもと違う鎧。

荷袋。

剣。


冗談の装備じゃない。


「……本気か」


エレナは、俺を見返さない。

視線は船のほうを向いたままだ。


「行く」


それだけ。


短くて、言い切り。

迷いも、飾りもない。


(……国は?)


言葉にはしなかったが、

その考えは顔に出ていたんだろう。


エレナは、一拍だけ置いてから言った。


「任せられる者がいる」


それ以上は言わない。


誰に任せたのか。

どういう形なのか。


説明しない。


だが――もう十分わかった……。


「……はぁ〜」


溜息ひとつで、胸の湿り気を吐き出す。


俺はエレナから視線を外し――中庭の端を見る。

船を見上げているシャンディ。


腰の剣。もう一つの王剣。


(……あれを、国に残す……それなら、ってか?)


頭では分かる。

理屈も通ってる。


でも、俺は“分かる”だけじゃ動けねぇ。


「エレナ」


名前だけ呼んで、俺は言う。


「ヴァルセリクス、貸せ」


エレナの眉が、ほんの僅かに動いた。

たぶん、別の用件を想像した顔だ。


「何に使う」


「模擬戦だ」


俺は顎でシャンディを示す。


「……強くなったんだろ? あいつ」


空気が一段、静かになる。


リュリシアも、アドリアンも、言葉を挟まない。

シャンディの仲間はぴくりと反応したが、シャンディ本人はまだこちらを見ない。


エレナが言う。


「信用していないのか」


声は淡々としてる。

責めじゃない。確認だ。


俺は首を振る。


「違う」


短く否定して、続ける。


「お前が“任せられる”って言ったのは信じる。……信じるからこそ、確証が欲しい」


言い方を間違えると、ここで喧嘩になる。

だから、言葉は選ばない。事実だけを置く。


「エレナがいなくて国が滅ぶ――そんな結末、俺は認めねぇ」


夢で見たあの光景がよぎる、それは絶対に御免だ。


「剣の重さは、言葉より正直だ。……残すなら、俺がこの目で見て決める」


エレナはすぐに返さない。

荷袋の肩紐を直し、鞘の位置を確かめるみたいに手を置いた。


それから、短く言う。


「いいだろう……」


許可じゃない。

“手順”を決める声だ。


「ただし、私が立会う」


俺が口を開きかけた瞬間、先に刺してくる。


「お前は加減を間違える」


……図星だ。

俺は鼻で笑って誤魔化す。


「過大評価だな?」


「過小評価だ」


即答。


そのままエレナは踵を返し、シャンディの方へ歩き出す。

俺に背を向けたまま、もう一つだけ言った。


「最後かもしれない、という顔をするな」


足が止まりそうになる。


――見えてんのかよ。


俺は黙ったまま、後ろを追う。


胸の奥で、別の理由が静かに形になる。


影じゃない。


初めて船に乗せた、“最初の仲間”。


もしこれが本当に最後なら――


あいつが今、どこまで来たのか。

俺は知らないまま、消えたくない。

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