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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第182話:夜遊び仲間


城の夜は、静かだ。

静かすぎて、逆に落ち着かない。


俺は外壁を伝い、窓枠に手を掛けた。

昔、騎士のアークとして城を歩き回ってた頃に知った経路。


見つからないだけで、特別な抜け道じゃない。


(……やっぱ、やめときゃよかったか)


今さらな考えが、頭をよぎる。


窓は、施錠されていなかった。

ゆっくり、音を立てないように開ける。


部屋の中は暗い。

月明かりが、床と寝台の輪郭だけを浮かび上がらせている。


――入った、その瞬間。


風を切る音。


「――っ!?」


反射のように、寝床から何かが跳ねた。


「うぃいッ!?」


間抜けな声が出た。

次の瞬間、銀色が視界を横切る。


掴んだ……しかも間一髪で……。


手のひらに走る、嫌な感触。

刃だ。間違いなく。


「うそだろ〜ッ……」


思わず歯を食いしばる。


「あ、アーク?!……びっくりした〜……」


ほんの一瞬、判断が遅れてたら

今頃、喉を割られてた。


(……マジかよ)


剣先は、俺の首のすぐ手前で止まっている。


距離、ゼロ。

外から、声が飛ぶ。


「陛下! 御無事ですか!? 今の音は!?」


反射的に、舌打ちしそうになる。


だが――


「なんでもありません!」


即答。


澄んだ声。

震えは、ない。


……昔のリュリシアなら、出なかった声だ。


俺は、掴んだ刃をゆっくり下げた。


「そう睨むな……落ち着け」


小さく、早口で。


「多分平気だ…」


言ってから、

“多分”って何だよと自分で思う。


「……なにをしているの?」


声が小さい。

でも、逃げない声だ。

外の兵に聞こえない距離で、俺の鼓膜だけを狙ってくる。


「なに、って……」


言い訳が一瞬遅れた。


いや、そもそも正面から来ればいい。

扉を叩けばいい。

なのに俺は――窓から入った。


(……そりゃ刺されるわ)


俺は掴んだ刃を離し、両手を軽く上げた。


「……まぁちょっとな。用があって――」


「用があって、窓から?」


「久々に、夜遊びしようぜ?」


リュリシアは一瞬だけ考えて、すぐに笑った。


「夜遊び? ……いいわね。行きましょ?」


即答だ。

昔と同じ調子で言うから、思わず拍子抜けする。


――が。


「あ、でも」


その一言で、空気が変わる。


―――――別の部屋


窓が、音もなく開く。


暗い部屋。

寝台の上で、ルミナは眠っていた。


……次の瞬間。


腕が伸び、口を塞がれる。


「――っ!?」


小さな悲鳴。


「しっ、ルミナ。私よ」


一拍。


瞳が、見開かれて――すぐに細まる。


「リュリシア……!?……それにコールさん?」


声はまだ震えているが、

リュリシアが小さく微笑んだ。


「夜遊び、行く?」


一瞬の沈黙。


それからルミナは寝ぼけた頭で少し考え、布団を跳ね除けた。


「……い、行きます」


その即答に、俺は思わず笑った。


(……ああ、そうだ)


もう、連れ出す相手は一人じゃないんだな。


―――――


窓を閉めた瞬間、城の気配が一段遠のいた。


「……準備はいいか?」


俺が小声で言うと、

リュリシアはもう外套を羽織り、

ルミナはまだ半分寝ぼけた顔のまま頷く。


「……ね、ねぇコールさん。

 これ、どこまで行くんですか?」


「決めてねぇ。

 見つかる前に、行けるとこまで」


その言い方に、リュリシアが小さく笑った。


「相変わらずね」


「王様こそ、勝手に城を抜け出していいのか〜?」


「今は“夜遊び仲間”でしょう?」


俺は笑って剣を抜いた。

柄の奥で、引き金に指をかける。


「行くぞ、舌噛むなよ」


言った瞬間――

剣先が闇に打ち出され、鎖が鳴いた。


次の瞬間、視界が反転する。


「きゃっ――!?」


ルミナの声が夜に溶ける。

俺は反射的に二人を抱え直した。


屋根が遠ざかり、

城の影が足元に流れていく。


風が強い。

夜の冷たさが、頬を刺す。


「すごい、本当に抜け出すんですね……」


ルミナの声は、もう驚きより笑いに近かった。


「でしょ?」


リュリシアは落ち着いた声でそう言った。


「昔から、こうなの」


「昔って……」


「そう。

 アークが、まだ私の騎士だった頃」


鎖を巻き取り、次の屋根へ。


夜の街が、少しずつ近づく。

灯りの列、人の気配、遠くの笑い声。


(……ああ)


胸の奥で、何かが軽くなる。


世界も、責任も、

今はどうでもいい。


今はただ――


俺は夜の街へ、二人を連れて飛んだ。


―――――


屋根を一つ越え、最後に低い建物を飛び越えたところで、

俺たちは路地裏に降りた。


石畳に足が着いた瞬間、

鼻先に甘い匂いと、油の弾ける音が届く。


「……あ」


ルミナが、思わず声を漏らした。


通りの先。

灯りが並び、人の気配が集まっている。


夜の屋台だ。


昼間とは違う、少し抑えた明かり。

火の色が強く、影が濃い。


リュリシアが、懐かしそうに言った。


「夜の屋台ね……」


ルミナがきょろきょろと辺りを見回す。

昼の市場より人は少ないが、その分、声が近い。


「昼とは、全然違う雰囲気ですね……」


笑い声。

杯が触れ合う音。

焼き物の匂い。


「……なんか、大人の街って感じです」


「だろ?」


俺は軽く肩をすくめる。


「昼は昼で賑やかだが、

 夜は夜で、腹の底に落ち着く」


リュリシアが小さく頷いた。


「昼間は、私とルミナでこっそり回っていたの」


「なぬ?」


思わず声が出た。


「お前ら、そんなことしてたのかよ」


「城の裏口から、見回りの時間を計って」


さらっと言う。


「おいおい、悪い王様だな」


「悪い遊びを教えた人のせいよ。

 それに、ずっと部屋にいても息が詰まるでしょう?」


リュリシアは、少し照れたように笑った。


「ルミナが案内してくれたの。

 “この屋台は昼が一番おいしい”とか」


「……ほう?」


俺はルミナを見る。


「そ、そんな大したことじゃ……。

 お城の人達が皆さん優しくて、

 いろいろこの国のことを話してくれるので……」


ルミナは慌てて手を振ったが、

リュリシアがすぐに続けた。


「でも、楽しかったわ」


それだけで十分だった。


知らぬうちに、

二人はちゃんと“一緒の時間”を重ねてたんだな。


それだけで俺の口元が、勝手に上がってくるのが分かった。


屋台の前で足を止める。


串焼き。

夜向けの香辛料が効いたやつだ。


「これ、夜限定ですよね?」


ルミナが目を輝かせる。


「よく知ってんな」


「“夜は味が変わる”って厨房の方が、話してくれて」


「……ちゃんと通だな」


俺は屋台の親父に手を上げた。


「三本。

 全部、夜用で」


「へい!」


串を受け取り、二人に渡す。


ルミナが一口かじって、目を見開いた。


「……っ、昼間と全然違う……!」


「本当! びっくりしたわ!」


リュリシアが、楽しそうに頷く。


「昼は“賑やか”。

 夜は“染みる”のねぇ」


「王様の感想じゃねぇな?」


「今は夜遊び仲間です……よね?」


そう言って、二人は顔を見合わせて笑う。


その様子を見て、

俺は串をかじりながら、少しだけ息を吐いた。


(……いいじゃねぇか)


守るとか、導くとか、

そんな肩書き抜きで。


ただ、こうやって並んで笑える距離。


それがもう――。


―――――


屋台を二、三軒ほど回ったところで、

俺たちは通りから少し外れた建物の壁を登った。


低い屋根。

瓦がまだ昼の熱を残していて、腰を下ろすとじんわり温かい。


街の灯りが、少しだけ遠くなる。

笑い声も、杯の音も、薄い膜を一枚挟んだみたいに柔らかい。


俺たちは並んで座り、

さっき買った焼き菓子を分け合った。


「……ここ、いいですね」


ルミナが足をぶらぶらさせながら言う。


「下にいるより、落ち着きます……」


「高いとこは、余計な音が減るからな」


リュリシアは夜風に髪を揺らしながら、

街を見下ろしていた。


「……変わってないわね」


「何がだ?」


「あなたよ」


「悪かったな」


「褒めてるのよ?」


そう言って、くすっと笑う。


三人でしばらく、何も言わずに食べる。

甘さと香ばしさが、妙に腹の奥に残った。


俺は、最後の一口を噛みながら、

少しだけ間を置いた。


「……なぁ、リュリシア」


名前を呼ぶと、彼女はすぐにこちらを見る。


「なに?」


「一つ、頼みがある」


空気が、ほんの少しだけ変わる。


俺は、屋根の縁から街を見下ろしたまま続けた。


「俺がいない間――

 リュカたちのこと、頼む」


一瞬、ルミナが息を詰める。

だが、リュリシアはすぐには聞き返さなかった。


「……理由は?」


「厄災だ」


短く言う。


「俺の船の大砲でも、通じなかった。

 影を使っても、まとめて押しつぶされる……」


夜風が、瓦の上を撫でる。


「正面からやり合える相手じゃねぇ」


それは弱音じゃない。

事実だ。


「だが…一つだけ、あてができた」


リュリシアが、ゆっくりこちらを見る。


「武器?」


「ああ」


視線を合わせないまま、続ける。


「1000年以上前の勇者の剣だ。

 それなら、届く可能性がある」


そこで初めて、ルミナが声を上げた。


「……勇者、の……?」


「詳しい話はしねぇ。長い上にややこしいからな」


即座に切る。


「それに……知れば、余計なこと考える。

 だから言わない」


リュリシアは、何も言わずに聞いている。

王としてじゃなく、昔みたいに。


「それが今手に入ったとしても? 置いていくの?」


俺は一拍置いた。


「相手が悪すぎる」


笑いもしない。


「だから、置いていく」


ルミナの指が、膝の上でぎゅっと握られるのが見えた。


「……コールさん……」


「ルミナ……お前も行きたくなるのは分かる」


被せる。


「でも、来たら守れなくなる。

 それだけは、嫌だ」


リュリシアが、静かに口を開いた。


「……だから、私に託すのね」


「ああ」


俺はようやく、彼女を見る。


「国も、人も。

 リュカたちも――お前なら、守れる」


少しだけ、間。


「俺が戻るまでだ」


約束じゃない。

期限もない。


それでも――


リュリシアは、小さく息を吐いて、頷いた。


「分かったわ」


迷いはない。


「私が、ここを守る。

 あなたが戻ってくる場所として」


その言葉に、胸の奥が少しだけ緩んだ。


ルミナは唇を噛み、

それから、精一杯まっすぐに言った。


「……気をつけてください」


「努力はする」


俺は立ち上がり、剣の柄に手をかける。


夜風が、三人の間を抜けていった。


屋根の上の時間が、そろそろ終わる。


(……行くか)


そう思った瞬間、

もう一度だけ、振り返った。


ここに――

守るべき“場所”があることを、

ちゃんと胸に刻むために。

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