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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第179話:帰還の鐘


城下町が、先に気づいた。


「……空、暗くない?」


誰かの声が、昼の喧騒に混じる。


見上げた空に――

白雲とは違う、“影”。


ゆっくりと、だが確実に近づいてくる巨大な船影。


「……まさか」

「いや、あれ……」


次の瞬間、鐘が鳴った。


警鐘ではない。

――“到来”を告げる鐘だ。


「船だ!!」

「戻ってきたぞ!!」


歓声と悲鳴が、同時に上がる。


―――――


城の中庭。


本来なら、王族と近衛しか立ち入れない場所。


そこへ――


どん、と影が落ちる。


風圧。

砂埃。

悲鳴。


だが、破壊はない。


巨大な船は、まるで

「ここが定位置だ」と言わんばかりに、

堂々と中庭へ着陸した。


「アーク!!……ほんっと、毎回これなんだから!」


石段の上から、甲高い声。


鎧も王冠もない、

ただの“リュリシア”が駆け下りてくる。


「半年よ!?

音沙汰なしで何してたの!」


その隣――


「ま、待って……!」


少し遅れて、少女がついてくる。


手を引かれているわけでもない。

それでも、自然に並んで走っている。


「ルミナ、早くー!」

「だ、だって……!」


二人で息を切らしながら、こちらへ。


――その光景を見た瞬間。


俺は、思わず目を細めた。


(……別人だな)


走っている。

笑っている。

誰かと並んで、当たり前みたいに。


あの時、

生きる意味を“役目”にしか持てなかった少女が。


(……連れてきて、正解だった)


心の奥で、短くそう思う。


「コール!」


リュリシアが、息を整える間もなく指を突きつける。


「半年よ!

音沙汰なしで何してたの!」


「仕事だ」


「仕事?」


即座に返ってくる。


「それで全部済ませるんだったら、本当に腹立つんだから!」


だが、怒鳴り方はどこか軽い。


「本当さ、忙しくて一度死んだくらいだぜ?」


「死んだ?……あぁ、あの話……って、それより!

生きてたなら、顔ぐらい見せなさいよね! まったく!」


その言葉に、少しだけ間が落ちた。


そこで。


ルミナが、一歩だけ前に出た。


さっきまでの軽さが、ほんの少し引っ込む。

それでも、逃げない。


「……コールさん」


「久しぶりだな」


「……うん」


短い会話。


だが、空気が変わる。


ルミナは、視線を落としてから、ゆっくり口を開いた。


「……最初は、分からなかった」


声は静かだが、沈みきってはいない。


「あなたを……恨めばいいのか……

……助けてくれたって、思えばいいのか……」


リュリシアが、ちらりと横を見る。

だが、口は挟まない。


「巫女の責務が……封印がなくなって……

何をすればいいのか、分からなくて……

……生きてていいのかも、分からなかった……」


そこで――


「はいはい、暗い話はそこまで」


リュリシアが、軽く肩を叩く。


「最初は毎晩泣いてたけどね」


「な、泣いてない!」


「目に砂が入ったの? 毎晩〜?」


「……それは、その……!」


ルミナが、思わず苦笑いする。

それから、少しだけ息を整え、もう一度こちらを見る。


「でも……今は違います」


声に、わずかな張りが戻る。


「友達ができて、

毎日、怒られて、

……笑ってる時間が増えました」


リュリシアが、誇らしげに胸を張る。


「親友、って言いなさいよね」


「……親友です!」


その一言で、

ルミナの声が、はっきりした。


「だから……」


一瞬、言葉を探して。


「許した、とか

感謝してる、とか……

まだ、うまく言えません」


正直な答えだ。


「でも……」


視線が、逸れない。


「あなたが、私を連れ出したから」


一拍。


「私は……

生きたいって思えるようになりました」


――気づいた時には、動いていた。


(違うのなんて…分かってる。……別人なんだって……でも)


一歩、踏み出して、腕を伸ばして。


抱きしめていた。


自分でも、抑えが効かなかった。


(その顔で……

笑顔を向けてくれただけで……いい)


たとえ俺がやったことが、

悪魔の所業だろうが、なんだろうが……

それでいいと、思えた。


「……え?」


驚いた声。


軽い体。

確かな温度。


笑って、生きている。


それだけで、胸が詰まる。


「……あぁ、悪い」


すぐに腕を離す。


言い訳はしない。


「……びっくりしました」


「すまん」


「でも……」


一瞬の間。


「……嫌じゃ、なかったです」


照れたように目を逸らす。


その横で。


リュリシアが、腕を組んで睨んでいた。


「……コール」


「なんだ」


「今の、どういう意味?」


「意味はねぇ、事故だ」


「事故で抱きしめる?」


「ある」


沈黙。


空気が、止まる。


その沈黙を――

わざとらしい咳払いが切った。


「……こほん」


振り返ると、

シアが腕を組み、わずかに眉を下げたままこちらを見ている。


目が――冷たい。


責めるほどじゃない。

だが、見逃す気もない目だ。


「……コール様?」


声は穏やかだが、


「今のは……少し、説明が欲しいです」


“少し”を強調するあたり、余計に怖い。


その隣。


「……はぁ?」


リュカが、呆れたように頭を掻いた。


「何してんだ……おまえ?」


じっと俺を見てから、ルミナを見る。


「……あー……いや、悪い。ちょっとな」


「「ちょっと〜?」」


言い訳が、微妙にずれている。


さらにその後ろで。


「……えっと……」


リネアが、困ったように口を開く。


「コールって……

小さい子、好き……なの?」


悪意はない。

純粋な疑問だ。


…一番ダメージが来るやつ。


最後に。


ネラが、何も言わずに立っていた。


視線だけが、こちらに向く。


鋭い。

静か。

逃げ場がない。


その目が言っている。


(……分かっているな?)


言葉はない。

だが、完全に把握されている。


「……」


俺は、一度だけ息を吐いた。


「……事故だ」


全ての視線が、俺に刺さる。


その時――


「ふぁぁ……」


場違いな、間延びした声。


全員が振り返る。


船の甲板。

舷側の影から、

大きな影が、もぞりと起き上がった。


「……あれぇ……?」


寝癖のついた髪。

目を擦りながら、

三メートル近い巨体が、のそのそと降りてくる。


「こーるちゃ〜ん……

着いたんですかぁ……?」


――一瞬。


中庭の空気が、完全に止まった。


「………………」


兵士。

近衛。

リュリシア。

ルミナ。


全員が、同時に固まる。


「「……え?」」


ミラは、状況を理解していない。


「あ、えっとぉ……

はじめましてぇ……?」


ぺこっと、律儀に頭を下げる。


「ミラっていいますぅ。

鍛冶師ですぅ……

こーるちゃんの仲間でぇ……」


リュリシアが、俺を見る。


「……仲間? なの?」


「ああ」


「船に、あんなのおっきな人が?」


「……ああ」


ルミナが、恐る恐る一歩前に出る。


「……えっと……

その……大きいですね……」


ミラは、にこっと笑った。


「よく言われますぅ〜!」


――空気が、崩れた。


誰かが笑い、

誰かが息を吐き、

誰かがようやく動き出す。


リュリシアは、額を押さえた。


「……ほんとに……

あなたの船、どうなってるのよ?」


俺は、短く答えた。


「いつも通りだ」


その言葉に、

城の中庭が、ようやく“日常”を取り戻し始めた。


―――――


そのまま、謁見の間へ通された。


例のごとく、余計な者はすべて下がらせる。

扉が閉まり、音が吸い込まれる。


残ったのは――

俺、リュリシア、ルミナ、そして宰相アドリアン。


リュカたちは前と同じで、船の番をしている。


「半年ぶりだな、アーク君」


アドリアンが、穏やかに微笑む。


俺は一礼する。


「ご無沙汰してます」


「生きていてくれただけで十分だ」


淡々とした声だが、視線は深い。


その横で、リュリシアが手を叩いた。


「そういえばね、アーク!

お父様、少し前に一度倒れちゃったのよ!」


空気が、わずかに止まる。


俺は、すぐに理解した。


「……ナイルの時か」


「え?……何か知ってるの?」


アドリアンが、小さく息を吐く。


「やはり……な」


そうして彼は、静かに俺と目を合わせた。


「君が死んだ瞬間、

影の魂が不安定になったはずだ」


リュリシアは、言葉を失う。


「……え?」


「今の私は、“私自身”であると同時に、

君の魂を借りて生きている」


淡々とした告白。


「あの時……私も感じたのだよ。

君の魂が激しく揺れた。

それに引きずられて、私も倒れた」


リュリシアとルミナが、息を呑む。

それを見て、アドリアンは続けた。


「今は安定している。問題はない」


「……迷惑かけました」


「いや、いいんだ。

本来ならば私はこうして……成長した自分の娘を見ることはもうできなかった……。

君のおかげだ、アーク」


言葉の終わりに、僅かな息が混じる。

感謝は本物だ。


アドリアンはリュリシアを見て、少し罰が悪そうに微笑んだ。

娘に隠し事をしていた父の顔だ。


「だが、隠しておくべきことでもなかった……心配をかけたね」


「お父様が生きてるなら……それでいいわよ……。

もう、二人で隠し事なんてしないでよね?」


短く言い切ってから、俺を見る。


「いや、隠してたっていうか……。……それより」


俺は、話を切り替える。


「俺がいない間、国はどうだった?」


リュリシアの表情が、引き締まる。


「……よくはなかったわ」


アドリアンが続ける。


「大量の魔物が侵攻してきた」


「エレナから報告は受けている。

おそらくオルデアに現れた群れだ」


(やっぱり、こっちに来ていたか)


「すべてを殲滅して防ぐのは不可能だった」


「でもね!」


リュリシアが、少し誇らしげに言う。


「エレナが……すごいことしたのよ!

叔父様――リシアンと協力して、結界に“光”を宿したの!」


アドリアンが補足する。


「王剣の力を、国全体へ回した」


「城も、街も、畑も

全部、光に包まれたわ!」


ナイルの時に見た、あの光。

……やっぱり、そういうことか。


「それで、その後は?」


「侵入した魔物は、

光に触れた瞬間、灰になった」


俺は、ゆっくり息を吐く。


(……こっちでも、地獄だった訳だな)


それでも――

名前が出た瞬間、胸の奥が微かに疼いた。


「……そうか」


一拍置いてから、聞く。

……無事なら、それでいい。


それ以上を望む資格はない。

顔を合わせる必要もない。


俺は、そう決めていた。


「……エレナは?」


問いは、ただの確認だった。

それ以上を続けるつもりはなかった。


その時――


扉の向こうで、金具が鳴った。


一拍。

迷いのない足音が、近づいてくる。


胸の奥が、わずかに軋む。


(……来るな)


願いとも、拒絶ともつかない感情が浮かぶ。


「……エレナ・シルヴァ、戻りました」


低く、澄んだ声。


扉が開く。


俺は――

視線を上げなかった。

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