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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第174話:ソラル石の島


 上昇気流が背中を押し上げ、

 俺は島の縁へと着地した。


 足裏が岩をとらえた瞬間――

 息が、自然と止まる。


 目の前に広がる景色が、

 あまりにも“異質”で、

 そして“静かに美しい”ものだったからだ。


 岩肌は薄く光を帯びている。

 大小の結晶が、風に触れるたび澄んだ音を鳴らす。


 色は、一色じゃない。


 水色、紫、淡い金、群青、緑。

 どれも主張しすぎず、

 まるで島そのものが呼吸しているみたいに、

 淡く脈打つ光を放っていた。


(……これが、“ソラル石”の島)


 視線を中央へ向ける。


 島のど真ん中――

 人の背丈の何倍もある巨大な結晶が、

 静かに空へ向けてそびえ立っていた。


 その根元には、

 “半ば結晶に飲まれた古い魔術印”が刻まれている。


 どこかで見たようでいて、

 どこにも存在しない文様。

 女神から与えられた知識すら引っかからないほど古い。


 風が結晶を抜け、音を紡ぐ。


 ――歌のようでもあり、

 ――祈りのようでもあり、

 ――呼び声のようでもある。


 まるで千年前の誰かが、まだここにいるみたいだ。


(……こいつは、とんでもねぇ場所だな)


 と、思った次の瞬間――


「うおおおおおおおおおお!!!!!!」


 背中に衝撃みてぇな叫びが飛んできた。


「うわっ!?」


 振り向く間もなく、

 ファッロが空から勢いそのまま突っ込んでくる。


 ドガァッ!!


 島の縁に着地したというより

 ぶつかったって表現の方が近い。


「つ、つい……つい……たああああああああああ!!!!」


 両手を天に突き上げて叫ぶ。

 島全体が揺れるんじゃねぇかってくらいのテンション。


「み、見たか旦那!!俺!!俺いま!!

 飛んだぞおおおおお!!跳んだんだぞおお!!」


「ああ、聞こえてる聞こえてる」


「ノッタああああああ!!兄貴ぃぃぃ!!!

 見てたかああああああ!?!?」


 ファッロの声は、まるで空島全部に響くみたいで――

 それが妙に似合っていた。


 鼻をすすり、視界を拭い、

 それでもまた叫ぶ。


「俺、落ちなかった!!

 俺、死ななかった!!!

 俺、ここに着いたんだぁぁぁぁ!!!」


 泣き笑いみてぇな表情で、

 ぐしゃぐしゃになりながら俺の肩を掴む。


「俺……やった……?

 やれたよな………?」


「ああ――」


 俺はその頭をぐしゃっと撫でた。


「――よく来たな、ファッロ」


 その瞬間、少年の顔が破裂しそうに輝く。


「うおおおおおおおお!!!!!」


 あたり構わず跳ね回り、

 ぐるぐる島を走り、

 気がつけばでっかい結晶の前に立っていた。


「な、なんだこれ……すげぇ……!」


 ファッロもようやく言葉を失う。


 巨大結晶は、

 まるで心臓みてぇに内部が脈打っていて、

 淡い光が同心円状に広がっていく。


 それが風に乗って耳へ届く――

 どこか懐かしい旋律。


「……これがソラル石の……“源”か……

 いや、“芯”はもっと深くだな」


 思わず息をのむ。


 結晶の根元、地面に刻まれた魔術印は

 古代の者が残した“術式核”の名残。


 千年前、島を浮かせたときに埋められたそれが、

 長い時を経て結晶に飲まれ、

 今も新たな形を生み出している。


 術式の意味は誰も知らない。


 誰も……読めない。


(女神の知識にもねぇ……。

 この術式、どこの文明のだ?

 1000年前のもんなんだろうが……マジで読めねぇ……)


 俺は無意識に息を詰める。


 ファッロはただただ感動していた。


「……すげぇ……すげぇよ船長……

 俺、今日……一生分のすげぇ見てる……!」


 肩で息しながら、

 それでも笑っている。


 その横顔は、

 もう空島の少年じゃなかった。


ーーーーー


 巨大結晶の前でファッロが息をのんだまま立ち尽くす。


 その足下には無数のソラル石が散らばっていた。

 青、紫、淡金、緑……色も形もバラバラだ。


 俺が適当に近づき、ひとつを手に取ろうとしたその時。


「旦那、それでいいのか?」


 ファッロに止められた。


「え?なんだよ」


「持って帰るなら、ちゃんと“決めて”からにしたほうがいいぜ?」


「決める?なんのだよ」


 ファッロが本気で驚いた顔をする。


「えっ、知らねぇの!?

 ソラル石は“相性”があるんだよ!」


「……相性?」


「手に取った時に、“風の力”が自分と合うかどうかで光り方が変わるんだ!

 俺ら運び手は、それで“一生の一本”を選ぶんだ」


「へぇ……そんな決まりがあんのか」


「ほら、見てろって!」


 ファッロは青い石をひとつ拾い上げる。


 ほのかに光る。弱い。


「ん〜〜違う!」


 今度は緑。さっきより少し強く光る。


「でもこれじゃねぇな……」


 俺はじっと見ていたが――

 正直、何が違うのかまったくわからない。


「おいファッロ。そんなに違うか?」


「違う!全然違う!

 “合う石”はな、こう……胸の奥がふわってして、

 手があったかくなるんだよ!」


「感覚的すぎだろ……」


「そういうもんなんだよ!!」


 ファッロは石畑を走り回りながら、次々と石を確認していく。


「なぁファッロ。

 これ、どれでも好きなだけ持って帰れるのか?」


「は!?持ち帰れねぇよ!!一個だけだよ!!」


「一個かぁ……こんなにあるのに?」


「“島の風”が崩れるからって言われてる。

 これ、昔から絶対なんだぞ!」


「そんな決まりが……」


 本気で知らなかった。


 ファッロが肩をすくめる。


「当たり前だろ……旦那は知らなくて当然だけど。

 でもここでは“運び手の掟”は守らなきゃダメだぞ?」


「わーったよ……一個だけだな」


 ファッロがふっと足を止める。


 群青色の、小さめの石。


 そっと触れた瞬間――


 ぽうっ……と静かに光が広がる。


 他の石より少し強い。

 けど派手ではなく、吸い込まれるような穏やかさ。


 ファッロの肩が震える。


「……あ、これだ」


「確信あんのか?」


「ある……!

 なんか、風が“ここにいる”って感じがする……!」


 俺には理解できねぇけど――

 ファッロの目を見れば、間違いねぇのだけはわかった。


「よし。――それが、お前の石だな」


 ファッロはぎゅっと石を握りしめた。


 岩壁の向こうから地鳴りみたいな声が聞こえてくる。


「うおおお……!」「つ、着いた……!」

「ファッロぉぉ!!おまえ飛んだろ!?」

「お前ら二人だけ先に上がってずりぃぞ!!」


 遅れてきた挑戦者たちが島に転がり込むように到着した。


 視界の先で、少年の胸に抱えられた“相性の石”が淡く光っている。


「すげぇ……!」

「お前……選ばれたじゃねぇか!」

「風が合ったんだな、ファッロ!!」


 ファッロは照れくさそうに笑いながら――

 それでも、誇らしげだった。


 ファッロが自分の石を胸に抱いて

「これだ……」

 と感動している横。


 俺は周囲の石畑をぼんやり見回した。


 ――で。


 ふと目に入った。


 島の床からずぼっと生えている、

 上半身ほどの巨大な結晶。


 色は淡い白金と青の混ざったような光で、

 まるで島の心臓の破片みたいに静かな脈動をしている。


(……こんなデカいのも“石扱い”なんだよな?)


 普通に考えればこんなの持ち帰らない。

 けど、俺にはミラがいる。


 あいつならなんとかするだろう。


(どうせ一個しかだめなら……

 でけぇ方が得じゃねぇか)


 そう思って、俺はその表面に触れた。



 ぼおおおおおおっ……



 石全体が、やけに眩しく光った。


「え、ちょっ……!?」

「な、なんか光ってる!」

「お、おい船長!?それにする気か!?」


 ファッロと他の挑戦者が一斉にざわつく。


 俺は肩をすくめて言った。

 軽く一度持ち上げてみる。


 重くて上げられないほどではなかった。


「ま、いけるだろ。

 ――よし、これにするわ」


「ええええええええええええ!!???」


 ファッロの絶叫が島じゅうに響いた。


「ちょ、ちょっと船長!!でかすぎるって!!

 これソラル石ってレベルじゃねぇし!!

 岩っていうか、持って帰れねぇだろこんなの!!」


「ミラに渡すんだよ。加工させる。

 アイツなら削るなり割るなり、上手くやるだろ?」


「や、やるだろって……

 そもそも“運び手の石”って、

 もっとこう……手のひらサイズとか……!」


 他の挑戦者たちもざわざわしていた。


「いやいやいや!あれ持って帰る気なのか!?」

「てかあれ選んでいいのか!?」

「ルール的には“一個”だから文句はねぇけど……一個の範囲広くね!?」

「存在感強すぎんだろあの人!!」


 俺は巨大結晶を一周まわって確認する。


「よし、折れば持って帰れそうだ」


「折る気!?!?!?!?」


 ファッロの目が飛び出しそうになった。


「だってこれ一個しか持ち帰れねぇんだろ?

 だったら一番いいやつ、ミラが喜びそうなやつ選ぶのが筋じゃねぇか」


「そ、そういう発想のやつ初めて見た……!」


 ファッロが頭を抱える横で、

 他の挑戦者は妙に納得して頷いていた。


「あ〜……あの船長、そういうタイプだよな……」

「悪気じゃなくて“本気で合理的に考えてる”だけなんだよな……」

「まぁ反則じゃねぇしな……でかいけど“一個”だし」

「持ち帰れたら伝説だぞあれ……」


 ファッロは溜め息を吐きながら言う。


「……もういいや。好きなの持って帰れよ旦那……

 ただし“落ちるなよ”」


「落ちねぇよ。

 お前がそんなでけぇ声で言うならなおさらな」


 巨大石は淡く光り続けていて、

 その前に立つ俺とファッロとの対比は

 どこか変で、どこか誇らしかった。


ーーーーー


 断崖に沿って作られた“階段状の岩場”には、空島の人達がぎっしりと並んでいた。


 さっきまで悲鳴と歓声でごちゃごちゃしていたのが、

 今はただ“戻りを待つ空気”に変わっている。


「来たぞ!」「戻ってきたぞー!!」


 先に声が上がった。


 岩場の中段あたりから、ロープとツタを使いながら

 挑戦者たちがひとり、またひとりと降りてくる。


「おおおおお!!」「死なずに戻ったぞ!」「今年は多いぞ!」


 観衆がどよめきと拍手で揺れる。


 ノッタは身を乗り出すように叫んだ。


「ファッローーー!!」


「あそこだ!」


 誰かが指さした先――


 中段の岩場に、

 ファッロがいた。


 胸に群青色の小さなソラル石をぎゅっと抱えたまま、

 慎重に足場を移動している。


「ファッロ!!」

「うおおおお!!」

「よっしゃ!戻ったな!!」


 仲間たちが口々に叫ぶ。


 ノッタは半分泣きながら笑っていた。


「ファッローー!!バカだけどサイッコーーー!!」


 ハッリは両手で顔を覆い、

 それでも指の隙間から弟の姿を追っている。


「ふぅ……ちゃんと生きて戻ったな……!」


 シアは胸を押さえながら笑みをこぼす。


「本当によかった……」


 ミラはすでに涙目で耳をばたばたさせていた。


「ふぁっろくん〜〜〜〜!!すごいですぅ〜〜!!」


 やがてファッロは、見守る人々の前まで降りてきた。


 足をついた瞬間――

 岩場が割れんばかりの歓声と拍手に包まれる。


「よくやった!」「お前立派な運び手だ!」

「風がちゃんと選んでるぞ、それ!」


 ファッロは耳まで真っ赤にしながら、それでも誇らしげに胸の石を掲げた。


「お、おう……!俺、生きて帰ったぞ!!」


 ノッタが勢いよく飛びつく。


「バカァァァァ!!でもよくやったぁぁぁ!!」


「ぐ、ぐるじいっ……!!」


 ハッリは弟の背中を思い切り叩きながら、

 何度も何度も「よくやった」と繰り返していた。


ーーーーー


 ――そこで、ふと。


「……あれ?」「船長さんは?……」


 誰かが呟いた。


 その言葉に、シアが青ざめる……。


「コール様は?一緒じゃなかったの?」


 ざわっ、と空気が揺れる。


 視線が一斉にファッロへ向く。


「おいファッロ。コールの旦那はどうした?」


「まさか……途中で……」


 誰かが縁起でもないことを言いかけた瞬間、

 ファッロが慌てて手を振った。


「あ、ああいや!死んでねぇ死んでねぇ!!

 あの人がそう簡単に死ぬかよ!!」


「じゃあどこに?」


 視線の圧に、ファッロがバツの悪そうな顔をする。


「ええっと……その……」


「なんだよ、はっきり言え」


「……まだ、上の方で……」


 ファッロは後ろ、

 断崖を見上げながら続けた。


「……“持って降りる石がでかすぎる”って……」


「は?」


 次の瞬間だった。


 ――ドン。


 遠くの小島が、かすかに揺れた。


「え……?」


 上の方で、小さな浮島がひとつ、

 がくん、と沈むように揺れる。


 続いて、


 ――ドシン。

 ――ドシン。


 間を置きながら、鈍い衝撃が伝わってくる。


 それは“岩場をゆっくり降りる音”というより、

 “何か重いものを抱えたまま、島から島へ飛び移っている音”だった。


 みんなの視線が上へ吸い寄せられる。


「あ、あれ……!」


 誰かが指をさした。


 上空の浮島から、

 ひとりの男が飛び移ってくる――


 両腕いっぱいの、人の上半身ほどのソラル石を抱えたまま。


「おいおいおいおいおい!?」

「バカじゃねぇのあの人!?」

「浮き島が沈むだろそれぇぇぇ!!」


 ミラの悲鳴じみた叫びが重なる。


「こーるちゃーーーーーん!!?」


 コールは聞こえているのかいないのか、

 軽く膝を使いながら岩場に着地し――


 ――ドンッ。


 岩が低く鳴る。

 抱えているソラル石は、淡い白金と青の光を脈打たせながら、

 島の風に反応するみたいに、ぼうっと明滅していた。


 ファッロが頭を抱えて叫ぶ。


「だから言ったじゃねぇかぁぁぁ!!それ選ぶのやめろってぇぇぇ!!」


 リュカは両手で顔を覆いながら笑う。


「ったく……おまえなぁ〜………!」


 長老すら言葉を失っていた。


 コールはというと――全員の視線を受けながら、

 ソラル石を軽く抱え直し、いつも通りの調子で言う。


「悪ぃな。ちょっと降りるのに時間かかった」


 ノッタが即座にツッコむ。


「時間かかった理由それでしょーがーー!!」


 断崖を吹き抜ける風が、笑いと歓声を巻き上げる。


 ソラル石の淡い光が、

 それに静かに呼応するように、またひとつ――

 脈打った。

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