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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第170話:ソラル石と運び手の儀式


 工房を出ると、外の風が一気に肌へ流れ込んだ。

 ミラの声や職人たちの工具の音が遠ざかっていく。


「……よし、行くか。次はソラル石の調達だ」


 リュカとシアが俺の両横につく。

 石のあるところまでハッリが案内してくれるはずだったんだが……。


 ――振り返ると、案の定ミラに捕まっていた。


「あ、あの……継ぎ手の角度の話はまた今度で……」

「えぇ〜? まだ全然聞いてませんよぉ〜? ほらほら〜手を貸してください〜」


(救えねぇ……がんばれハッリ……)


 そんなことを思いながら歩き始めたその時。


「……なぁ、コール」


 珍しく、リュカが真面目な声を出した。


「ん?」


「お前さ……あの牛女と、なんかあったのか?」


「はぁ!? なんだよ急に? あるわけねぇだろ」


 即答した。

 シアもこちらをじっと見つめてくる。


「でも……さっきの言葉、聞きましたよね?」


「言葉?」


「“コールちゃんは一人で抱え込むから〜”ってやつだよ」


「ああ、あれか。アイツの勝手な想像だろ?」


 そう言い捨てたつもりだったが、リュカが眉を顰めた。


「……いや。あれ、“勝手な想像”にしては刺さりすぎだろ」


「は?……」


「シアも思ってんだろ?」


 シアは驚くほど静かに、だけど深く頷いた。


「……私達、ずっと見てきました。

 コール様の悪い癖もちゃんと知ってます……。

 表に出さなくても、“あぁ、今また一人で抱えてる”って、分かるんです…。

 …話しましたよね?」


「あぁ……あれな。まぁそりゃお前らだからちゃんと分かってる。ミラのは違うだろ?」


 二人は俺を見ながらため息をついた。


「「はぁ〜…」」


 リュカは腕を組みながら続ける。


「そうだとは思うけどよ……ミラのやつ、最初はただのデカい職人だと思ってたけど……」


 リュカは少し間を開けて工房の方を見た。


「あの一言で印象変わったな。

 軽い女に見せてるけど、本気でお前を見てる目だった……」


 そう言われて、俺は思わず歩みを止めた。


「いやいやいや、待て待て。

 アイツとは武器を頼んだ時にちょっと話しただけだぞ?

 ナイルだった時に、ほとんど会話なんかしてねぇし」


「知ってるよ。だから“なおさら”だ」


「……?」


 わけが分からず首を傾げると、シアがそっと言う。


「短い時間でも……“その人の芯”って、見えるんです。

 ミラさんの言葉は、コール様を見てないと出せない……そんな感じでした」


(……いやいやいやいや)


「なんだそれ。俺の何を知ってんだよアイツは」


 そう言うと、リュカがふっと笑った。


「女の勘なんじゃねぇの?

 ……勘で見抜けるほど、お前分かりやすくねぇんだけどな」


「まさか〜……シアは?」


「……私も、そう思います。

 ミラさんは“軽く見えて、よく見ている人”。そんな感じでした」


(いや……そんなこと言われても困るんだが……)


 俺は頭をかきながら言った。


「とにかく、アイツは鍛冶師だ。

 クランダ作りのために来ただけだ」


「……ふーん。ならいいけどな」


「“なら”ってなんだよ」


「別に〜?」


 リュカは肩をすくめて歩き出す。

 シアは少しだけ微笑んで、俺の後ろを静かについてくる。


 少しして、リュカが思い出したように口を開いた。


「そういやさ。

 転移の術式? 空島とオルデアで繋がったんだろ?

 なんでわざわざ船でミラ連れてきたんだよ。

 あの巨体、転移で一発ドンの方が楽じゃねぇか?」


「……あのなぁ荷物じゃねぇんだから。それに転移もそんな便利じゃねぇ」


「え?」


 リュカがきょとんとする。

 シアも首を傾げた。


「オルデアとシガの所に作った転移陣はな、“片側が主導”で座標を固定してる。

 今は空島を基準に、オルデア側を“引っ張ってる”状態だ」


「あぁ? 訳わかんね……地上からも起動して来れるんだろ?」


「あ〜っとだな……同時にやったらどうなると思う?」


 リュカは不満そうな顔で頭をかしげる。


「普通にどっちも移動するんじゃねぇの?……ちげぇの?」


 俺は指を絡めるようにして見せた。


「座標がズレたまま二つの術式が“引き合う”とだな――

 身体だけ転移して、内側の位置情報がバラバラになる」


「……バラバラって」


「下手すりゃ、肉の塊だ」


 リュカが顔を引きつらせる。


「おい、飯前に言う話じゃねぇぞそれ」


 シアも青ざめて頷いた。


「だから転移は“空島主導”じゃないと使えねぇ。

 地上側から勝手に起動するのは禁止だし、

 いろいろと魔道具作るための道具も持ってたしな。

 転移で運ぶより、船で連れてきた方が安全ってわけだ」


「……なるほどな。

 “楽だから転移で”じゃなくて、“生きて帰りたいから船で”ってことか」


「そういうこった」


 リュカは肩を落としつつ笑う。


「夢ねぇ話だなぁ……」


「俺にはこの世界全部のほうが夢に見えるぜ……お前らとかな?」


 息を吐くように告げたその言葉には、一つだけじゃなくいろいろ意味があった。


「あたしら? どういう意味?」

「……うふふ」


 リュカは相変わらずわけわからん顔をしているが、

 シアはすこし嬉しそうに笑うと俺の隣に来て微笑む。


 俺はそれに答えるようにすこし笑みを向けたあと歩き出した。


「あ、おい! おいてくなよ〜!」


 そんなやり取りを挟みつつ、俺たちは歩を進めた。


ーーーーー


 リュカとシアと三人で草原の道を進んでいると――

 後ろから、砂煙を上げながら誰かが走ってくる。


「コールの旦那ーーっ!! 待ってくれ!!」


 ハッリだ。

 肩で息をしながら、全力でこっちへ向かってくる。


「あれ完全に逃げてきた顔だな……」

「……ミラさん、怖いんですね……別の意味で……」


 リュカとシアが小声で言う。


 ハッリは俺たちの前で膝に手をつき、息を整えると、


「す、すまん……やっと抜け出せた……!」


「お疲れ。まぁミラに捕まると大変なのは知ってる」


「大変じゃねぇ……拷問だ……!」


 ハッリは涙目で工房の方を振り返った。


「“継ぎ手の角度を百年語れる女”とか、初めて見た……もう二度とごめんだ!……」


(ミラ……お前……)


 それでもすぐ顔を引き締めた。


「で、ソラル石の場所なら案内できる。だが……その前に、ひとつ頼みてぇことがある」


「頼み事?」


「ああ」


 ハッリは真剣に俺を見た。

 軽い空気で済む話じゃなさそうだ。


「……実はな。弟のファッロが“運び手の儀式”に参加することになった」


 シアが小さく息を呑む。


「……儀式、前倒しですか?」


「選抜隊の人数が行ったから運び手が減った。だから今年は予定より早くやるんだとよ」


 ハッリの声は落ち着いていたが、拳に力が入っているのがわかった。


「本来なら見守るだけでいいんだが……

 弟はまだ十三だ。腕はあるが気持ちが若ぇ。だから――」


 ハッリは、頭を一度下げた。


「コールの旦那。

 石を取って終わりじゃなく……できれば“ファッロと一緒に儀式に参加してやってくれ”」


「儀式って……一番高い島まで自力で登って、石を取って帰るやつだよな?」


「ああ。一人前の運び手の証だ。

 だが今年は風の流れも悪い。石の位置も高い。

 正直、“死なずに降りてきたら運がいい”って条件だ」


 リュカが眉をひそめる。


「おい、そんな危険なもんマジでやるのか?……」


「空島じゃ普通だ。……だが、兄としては心配でな」


 ハッリは苦笑したが、目だけは真剣だった。


「旦那なら、あいつを助けられる。

 もちろん、手は貸さなくていい。儀式は儀式だ。

 だが……そばにいてくれるだけでいい。

 “帰ってこられるルート”を作ってやってくれ」


(……そういうことか)


 ただ見てるだけの“護衛”じゃねぇ。

 命を落とさせないための“見守り”だ。


 シアが静かに俺を見た。


「コール様……どうしますか?」


 リュカも横で腕を組んでいる。


「ノッタの次は弟か……忙しい兄貴だな。いいぜ、任せろ」


 俺は即答した。


 ハッリの顔が一瞬だけぐしゃりと歪みそうになった。


「……すまねぇ旦那!……恩に着る……!」


「礼はいい。グラナシルとやりあうときよりよっぽどましだ」


 そう言うと、ハッリは拳を胸に当てて深く頷いた。


「儀式は明日だ。今日は石の場所を案内して、

 そのあとファッロに会ってやってくれ」


「わかった」


 歩き出すと、シアが少しだけ微笑んだ。


「コール様って……本当に、こういう時だけ迷いませんね」


「おい、“だけ”ってなんだよ」


「ふふ……褒めてますよ?」


 リュカは渋い顔をしながらも肩をすくめた。


「ま、こういうところがモテるのかもな?」


「モテねぇよ……」


「ミラの顔、思い出せよ」


「……やめろ」


 ハッリは事情を知らないせいで首を傾げていたが、そのまま俺たちはソラル石の眠る崖へと向かっていった。


ーーーーー


 ソラル石の採取場所――

 空島の中心から外れた“断崖地帯”は、歩くほどに風の音が強くなる。


 足元には緩やかな草原が続くが、その先でいきなり視界が開けた。


「……おぉ」


 何度見ても息を飲む景色だった。


 浮島が層になって積み重なり、その隙間を風が走り抜けている。


 大小の島々が浮力の流れでゆらりと揺れ、“階段”のようにも、“崖”のようにも見える。


 ところどころに木のハシゴ、岩を削って作られた細い足場もある。


 リュカが口笛を吹いた。


「すっげぇな、相っ変わらず……落ちたら骨すら残らなそうな景色してんな」


「落ちたら、だな。一応あれもあるが当てにはできねぇ」


 ハッリが指さす。


 断崖の一番下――

 そこには島同士の端から伸びたツタが絡まり、巨大な“ネット”のようになっていた。


「……あれは、育てたんですかね?」


 シアの疑問に、ハッリは肩をすくめる。


「最近できたらしい。

 長老いわく“グラナシル様が気まぐれに育てた”とかなんとか」


「気まぐれ……で、あの規模かよ」


「ま、あいつは気まぐれが世界レベルだからな」


 ツタのネットは落下死を防ぐ最後の保険だが、安全とは呼べない。


 上空にはネットの範囲外まで浮いている島もあり、風の流れ次第で“落ちれば確実に死ぬ”隙間はいくらでもある。


 リュカが腕を組んだまま呟く。


「ここ登るのが儀式ってのも、エグいな」


「登るだけじゃねぇ。

 一番上の島まで行って、“そこで石を自分の手で取って帰る”までだ」


 とハッリが答えた。


「ファッロ、大丈夫なのかよ?」


 そう言うと、ハッリは苦笑した。


「俺も正直ハラハラしてる。

 ……けど、あいつはここで育った子だ。

 ルールを知ってて、それでも進むって決めた」


「そっか」


 リュカがそう言った時だった。


「旦那ーーー!!」


 段差の上から、まだ声変わりもしていない少年の声が響いた。


 パタパタと軽い足音。


 現れたのは――

 髪を短く刈った少年、ファッロだった。


「よう、ファッロ」


 俺は手を上げて応える。


 ファッロは息を切らしながら駆け寄ってきて、笑顔で俺とリュカとシアに頭を下げる。


「コールの旦那、リュカ姉ちゃん、シア姉ちゃんも!

 来てくれたんだな!」


「姉ちゃん……?」


 リュカは微妙な顔をしたが、シアは嬉しそうに笑っていた。


「随分元気じゃねぇか。儀式、怖くないのか?」


「怖くねぇよ! だって兄ちゃんも昔やったんだろ!」


「……いや俺は怖かったぞ。死ぬかと思った」


「えっ!?」


 ファッロの顔から血の気が引く。


「おいハッリ……脅すなよ……」


「事実だ。儀式は甘くねぇ」


 ファッロは青ざめつつも、拳を握りしめた。


「でも……行くよ。俺も“空島の男”だからな!」


(……立派になったじゃねぇか)


 ほんの数ヶ月前は、ノッタの後ろでくっついて歩いていたようなガキだったのに。


 ハッリが俺へ向き直る。


「旦那。あいつは頑張るが、まだ子供だ。

 ……だから明日、一緒に上がってやってくれ」


「もちろんだ。

 邪魔はしない。だが死なせねぇ」


 ファッロが目を丸くした。


「えっ……旦那も一緒に来てくれるのか!?」


「ああ。お前の儀式見届けてやるよ」


 少年の顔が一気に明るくなる。


「やったぜ!! 兄貴!! 俺、もう怖くねぇ!!」


「おい……調子に乗るなよ。

 旦那がいても死ぬ時は死ぬんだ」


「兄ちゃん!?」


(だから脅すなって……)


 そんなやり取りをしていると――


 風の向こうから、ふわりと誰かの声がした。


「こ〜るちゃ〜ん? どこ行っちゃいました〜〜?」


 ミラだった。


 断崖の縁に立つ俺たちに気づくと、3メートルの影がひらひら手を振りながら近づいてくる。


「……お前、工房で見学してたんじゃねぇのかよ」


「あはは〜。だって“儀式”って聞こえちゃったんですよ〜?

 なにそれ楽しそう〜って思って〜」


「楽しそうじゃねぇ!!」


 リュカが即ツッコミ。


 シアは困ったように笑う。


「ミラさん……ここは危険なので……できれば離れて……」


「えぇ〜? 見てるだけですよぉ〜?」


 ファッロは見上げてぽかんとしていた。


「兄ちゃん、この姉ちゃん……でけぇ……」


「気にすんな。牛の血が混じってるらしい」


「牛!? すげぇ!」


 ミラは少年へ手を振った。


「こんにちは〜。ファッロく〜ん?」


「え!? なんで俺の名前……?」


 ハッリが頭を抱えた。


「……ノッタのやつが工房で全部喋ってた」


「あぁ……ノッタならやりそうだな……」


 ミラは断崖の上を覗き込みながら、やけに楽しそうな声を出した。


「これ登るんですかぁ〜? すっご……

 こーるちゃん、落ちたら拾いますからねぇ〜?」


「落ちねぇよ!! 縁起でもねぇ!!」


 ファッロはミラを見て大興奮したまま、


「この人も儀式手伝ってくれんの!? 最強じゃん!!」


「バカ! 儀式は手伝っちゃダメなんだよ! 決まりだ!」


「えぇ〜? じゃあ“見てるだけ”ならいいんですよねぇ〜? こーるちゃん?」


「俺に聞くな!! 長老に聞け!!」


 断崖の風が吹き抜ける中、儀式前の緊張感はどこへやら――にぎやかな空気が広がっていく。


 明日は――

 この断崖を、少年と一緒に登る。


 嵐のような儀式になる予感しかしなかった。

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