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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第169話:空島の工房と、ノッタの爆弾質問


 ミラを連れて、船は無事空島にたどり着いた。


 イルクアスターが島の草原へ静かに降りていく。

 タラップが伸び、風がふわりと地面を撫でた。


「よし、着いたぞ。行くぞミラ」

「はぁ〜い♪」


 俺の後ろを歩くミラの足音は、地面がわずかに震えるほど重い。

 だが本人の歩き方は妙に軽やかで、尻尾も楽しそうに揺れている。


 草原を横切り、工房のある集落へ足を踏み入れた瞬間――

 周囲にいた島民がふっとこちらを見る。


「……でかっ……」

「え、え、え……あれ、人間……?」

「いや人じゃなくて獣人か……? この前の“地上の客”にいたやつ……にしてもデカいな……」


 驚いてはいるが、騒ぎにはならない。

 空島の民らしい抑えた反応だ。


 ミラは気にせずニコニコ手を振る。


「こんにちは〜〜、ミラで〜〜〜す」


 その声の柔らかさに、島民がほっと息を漏らす。


「声は優しいな」

「……大丈夫そうだ」


 と、その時。


「おーい、船長!!」


 工房に向かう坂道の途中から、ハッリが駆けてくる。

 剣を腰に帯び、硬い顔をしているが――

 俺を見つけた瞬間、ほんのわずか表情が和らいだ。


「船長……じゃねぇや、コールの旦那。来てくれたのか」


「ああ。クランダを作る話、長老から聞いたんだろ?」


「聞いたぜ。職人つれて……え?」


 ミラを見た瞬間、

 眉が一度だけピクリと動いた。


「…………でけぇな」


 たったそれだけ。

 驚きも動揺も一瞬で処理した。


(最初の頃より肝が据わったな)


 ミラはぺこっと頭を下げる。


「こんにちは〜、ミラで〜す」


「……でかいけど愛想はいいな。よろしく頼む、鍛冶師さん」


「ふふ〜、任せてくださ〜い♪」


 やり取りを横で見ながら、

 リュカが俺の肩を肘でつついた。


「なぁコール……

 あいつ、またお前を胸に埋めて窒息させる気満々の顔してないか?」


「してねぇだろ!? してない……はずだ……」


「……はず、って言い切れないところが問題なんですけど……」


 シアが眉を寄せ、小声で俺の腕をそっとつまんだ。


「ミラさん、悪い人じゃありませんけど……力がその……桁違いなので……

 コール様がまた“埋まったら”止めますからね?」


「埋まらねぇよ!? やめろおまえら! ……縁起でもねぇ……」


「前回の挟まり事故を忘れたのか? シアの本気であれだぞ?」


「(ゴクリ)……」


 リュカとシアが完全に“護衛モード”になっている。

 ミラは気付いていないのか、ニコニコしながら島民に手を振っている。


「こんにちは〜〜」


 島民の反応も落ち着き、空気も和らぐ。


 ハッリとの会話が終わったミラが

 俺のすぐ横まで来て、満面の笑みで覗き込んでくる。


「こ〜るちゃ〜ん♪

 これから工房……行くんですよねぇ〜? た〜のしみ〜」


 リュカとシアの背中が同時にビクッとした。


(怖……まぁ、今回はリュカもいるし……大丈夫だよな?)


 俺が無言で目で訴えると

 シアはにっこりと微笑みつつ、袖をぎゅっとつまんだ。


「コール様……気をつけて……」


「だから埋まらねぇって!」


ーーーーー


 ハッリが先頭、

 俺とミラが並び、

 その後ろをリュカとシアが護衛のように歩く。


 島民たちはちらりと見て、すぐに作業に戻る。

 ただ一つだけ共通しているのは――


「……あれが鍛冶師……?」

「いや腕は本物らしいぞ。旦那が名指しで連れてくるくらいだからな」


 なぜか「旦那」という呼び方に、ミラがこっそり嬉しそうにしていた。


 するとミラが歩きながらぽつり。


「ふふ〜……空島の工房って……どんな道具使うんでしょうねぇ〜……

 金属より木が多いのかなぁ……はぁぁ……見たい〜♪」


 リュカが横でぼそり。


「……おいコール。今、完全に職人の目してたぞ。

 あれ“暴走する前”の顔じゃね?」


「ああ。とりあえず工房に着くまでは刺激すんな。

 建物壊されたら俺が長老に怒られる」


「建物よりもコール様の心臓が先ですよ……?」

 とシアが真顔で言ってきた。


「ははは……その時はマジで頼む……マジで……」


 少し歩いて、クランダの工房についた。

 工房前に立つ職人たちがこちらを見て、動揺はするが騒ぎにはならない。


「でかい……」

「いや腕は確かなんだろう……」


 だが、ハッリが一歩前に出て短く言う。


「こいつは、コールの旦那が選んだ“仲間”だ。

 大丈夫だ、仕事の邪魔はしねぇ」


 その一言で、全員の表情が変わる。


(やっぱ……ハッリは信頼されてんな)


 ミラはにこっと笑い、ぺこりと頭を下げた。


「よろしくお願いしま〜す」


「お、おう……よろしく……」


 職人たちはどこか照れくさそうだ。


 そして――

 工房の扉が開く。


「さぁミラ。中だ」

「はぁ〜い」


 ミラは3メートルの体を器用に折りたたみ、

 天井すれすれのまま工房へ滑り込んでいく。


 その瞬間、リュカが俺の袖をつかんだ。


「なぁコール……入る前に言っとくけど……

 今日こそ胸に埋められたら、あたしも本気で止めるからな?」


「今日だけに限らず止めてくれよ!!!」


 シアもこくこくと頷いていた。


「……絶対、守りますから……」


(守る対象が俺の肋骨なんだよなぁ……悔しいが頼もしいぜ……)


 軽くため息をついてから、俺も工房の中へ入った。


ーーーーー


 中は、前にハッリと来た時と同じ木の匂いだった。


 削りかけの板、張りかけの布、

 干してあるロープ、吊るされたフレームの骨組み。


 空を滑るための“翼”が――まだ形になりきらないまま、

 そこら中に転がっている。


「やぁ、船長さん」


 奥で鉋をかけていた職人頭が顔を上げた。

 年季の入った両手に、細かい木粉がついている。


「長老から聞いてる。クランダを作るんだってな……うぉ!?

 そ、そっちが――地上の鍛冶師かい?」


 視線がミラに向く。


 ……数秒の沈黙。


「…………でっかいな」


 それだけ言って、すぐ道具に目を戻した。

 ミラは嬉しそうにぺこりと頭を下げる。


「ミラで〜す。お邪魔しま〜す。

 わぁぁ……これが全部、空飛ぶ道具なんですねぇ……」


 すでに声がとろけてる。


 職人頭が顎で合図する。


「奥の台、ひとつ空けてある。

 見せたいもんがあるから、こっちに来な」


「はぁ〜い♪」


 ミラはほとんど音を立てずに近づいていく。

 体はでかいのに、動きは猫みたいだ。


 台の上には――完成品に近い一機のクランダが乗っていた。


 布を張る前の骨組み。

 翼の角度を決める継ぎ目。

 紐を通す穴。


 ミラはそれを一目見るなり、息を飲んだ。


「…………はぁぁ…………」


 横顔が完全に“職人の目”になっている。


 リュカが小声で俺の背中を小突いた。


「おいコール、もうやべぇ顔してるぞ……

 あれ完全に獲物見つけた時の目だ」


「わかってる。だから刺激すんなって言ってんだろ」


 シアも小さく囁く。


「……でも、ちゃんと“良い顔”してますね。

 ちゃんと“見ようとしてる顔”です」


(そこは信じるしかねぇな)


 ミラは骨組みにそっと手を伸ばし、指先で継ぎ目をなぞる。


「この木……すごく軽いのに、ねじれに強い……

 あ、ここ、風を逃がすための“しなり”ですかぁ〜?」


 職人頭が少しだけ目を細めた。


「お前、分かるのか?」


「ふふ〜。こういうの、大好きなんです〜。

 “壊れないための弱さ”……ちゃんと作ってある……」


 継ぎ手のくさび、

 布を結ぶリング、

 支柱の太さの変化。


 ミラは一本一本、撫でるみたいに確かめていく。


 その手つきはいやらしさゼロで、本当にただ“技術”だけを見ていた。


「ここから先に、力が流れるんですねぇ〜……。

 うちの魔導銃の導管とは違うけど……“息の通し方”は似てる……」


 ミラの呟きに、職人頭が眉を上げる。


「導管?」


「魔力を通す管ですよ〜。

 うちのでは、金属でやることが多いんですけどぉ……」


 ミラは自分の腰の工具袋から、細い金属管を一本取り出した。


「こういうのを、中の木に“埋め込む”んです〜。

 でもここは……木目そのものが道になってる……」


「……ほう。これは面白いもの持ってるじゃないか」


 職人頭は興味深そうにそれを眺めた。


 ミラは今度は工房の隅――棚の上で淡く光るソラル石に目を向ける。


 拳大の石がひとつ、宙に浮かび、

 淡い光を脈打たせていた。


「――あ!……これが、“ソラル石”ですかぁ……」


 空島に来る時に、ちらっとイルクアスターの心臓を見たせいか、少し落ち着いている。


(あの時ミラのやつ、壁壊してでも全部見ようとしてたからな……

 見せといて正解だな……)


 ミラは一歩近づき、でも決して触れようとはしない。


「……“息”してる……。

 あ……こーるちゃんの船の核と……似てるけど、違う……」


 ぽつりと漏らした。


 職人頭が低く言う。


「触るなよ? こいつは新米の運び手が命がけでとってきた大事なもんだ」


「触りませんよぉ〜。

 大事なものって分かりますから〜」


 ミラは両手を体の後ろに組み、目だけで追いかける。


「……こーるちゃん。ここの“縫い方”と、“石の据え方”だけで……

 滑空の安定度、たぶん一段変えられますよ〜?」


「もう方法、見えてんのか」


「まだ“妄想”ですけど〜……試させてくれたら、たぶん……ふふ」


 俺とミラのやり取りに、職人が目をひん剥いて食いついてきた。


「なんだって? あんた、つまりクランダがもっとすごくなるって言いたいのか?」


「もちろんですよ〜?……うふふふ」


 リュカが俺の耳元でぼそっと言う。


「おい……今の“ふふ”は危険信号じゃねぇか?」


「黄色信号くらいだ。まだ赤じゃねぇ……はずだ」


 シアは逆に、感心したように目を細めている。


「……でも、さすがですね。ちゃんとこの島の技術を見てくれてるんですね」


(そこが一番大事なんだよな)


 空島の工房の連中も、それに気づいてるのか。

 最初こそ巨大な体にたじろいでいたが、今は道具の話に普通に入ってきていた。


「そこはな、風向きが……」

「いや、ここは布の伸びで調整しててだな……」


 ミラは「へぇ〜」「わぁ〜」と素直に聞きながら、時々自分の道具を見せてやる。


 工房の空気は、思ったより早くなじんだ。


(よし。スタートとしては悪くねぇ)


 そんなことを考えていた時だ。


 バタバタバタッ!!


 外から、聞き覚えのある足音が駆け込んでくる。


「兄ちゃーん!! 板もってきたよー!!」


 元気な声と一緒に、扉が勢いよく開いた。


 茶色い髪を束ねた、小柄な少女。

 腕には木粉だらけの板。


 ――ノッタ。


 ハッリが振り返る。


「あ、コール達もいる!」


(呼び捨ては相変わらずか……)


 ノッタはぱぁっと顔を輝かせ――


「……うわぁぁぁぁ!! でっか!!」


 ミラを見て、素直な感想を叫んだ。


「おっきい!! おっきいお姉ちゃんだ!!」


 ミラは嬉しそうに手を振る。


「こんにちは〜、ミラで〜す」


「わぁ……声はふわふわしてる……!

 ねぇ兄ちゃん、このおっきいお姉ちゃんも“地上”の人?」


「ああ。鍛冶師のミラだ。コールの旦那のクランダ作りに協力してくれる」


「へぇ〜!!」


 ノッタは板をぽいっと(職人頭に怒られない程度の場所へ)置き、

 ミラの方へ駆け寄ってきた。


 見上げる。さらに見上げる。


「……すっご……。ねぇねぇ、お姉ちゃん、ほんとに人? 竜の子とかじゃない?」


「牛の血はちょっと混ざってますけど〜、人ですよぉ〜」


「牛!?」


 ノッタの目がきらきらした。


「強そうー!! かっこいいー!!」


 ミラは照れたように頬をかく。


「ふふ……ありがと〜……」


 と、そこでノッタの視線が、すっと俺に流れてくる。


「ねぇミラお姉ちゃん」


「はい〜?」


「もしかしてさ――」


 ノッタは声をひそめるどころか、むしろよく通る声で言った。


「コールの、他のお嫁さん?」


「ぶふっ!?」

「お、お嫁――っ!?」


 後ろでリュカが盛大にむせ、シアが顔を真っ赤にする。


 慌ててハッリがノッタを叱る。


「お、お前な!! 工房で何言い出してんだ!!」


「えぇ〜、だってコール、リネアお姉ちゃんもみんな好きなんでしょ?

 船も女の人しかいないじゃん?」


 ミラはきょとん、と瞬きをしてから、

 ゆっくりと俺を見た。


「……こーるちゃ〜ん? お嫁さん……?」


「違う!!」


 全力で否定した。


「ミラは鍛冶師だ! ただの、鍛冶師だ!!」


「“ただの”とか言わないでくださいよぉ〜?

 でもお嫁さんではないですよぉ〜。残念ですけど……さすがに〜……」


(残念ってなんだ……)


 ミラは耳まで赤くして、もじっと足先を揺らす。


 ノッタは納得してない顔だ。


「えぇ、だってさー」


 少女は指で人数を数え始める。


「リネアお姉ちゃんにも指輪あるでしょ?

 シアお姉ちゃんもコールのこと見ると顔違うし、

 リュカお姉ちゃんなんて、コールと話すとき尻尾ばたばたするし、

 二人ともコールとおんなじ色の飾り付けてるし」


「や、やめろノッタ……!?」


 ハッリが止めても、ノッタは変わらずニコニコ笑っている。

 リュカは感心し、シアは驚く。


「お? へぇ〜、お前これ気づいてたのか?」

「ちょ、観察が鋭すぎません!?」


「でしょ? 三人とも“お嫁さん候補”なんでしょ?

 だからミラお姉ちゃんもそうなのかなーって思って」


 俺のこめかみがぴくぴくする。


「候補って言うな。誰がどうとか決まってねぇって」


「うん。だから“候補”なんでしょ?」


「いや、だから候補とかじゃなくて全員……え〜と……」


(反論が……思いつかねぇ……!)


「ならやっぱお嫁さんじゃん!」


 リュカは頭を抱え、シアは小さくため息をついた。


「……相変わらずですね、ノッタちゃんは」

「ど“真ん中”を迷わず刺してくるな……」


 ミラはと言えば、さっきまでソラル石を見ていた時とは違う意味で目を丸くしていた。


「こーるちゃん……

 モテモテですねぇ〜……もう一人くらいどうですかぁ〜?」


「どうもしねぇ!! 増やす前提で話すな!!」


 即座に全力ツッコミを入れた。


 その横でリュカが、ぎぃ、とミラを睨む。


「“もう一人くらい”ってなんだよ。気軽に枠増やそうとすんな牛女」


「ひど〜い。わたし、そんな簡単な女じゃありませんよぉ〜?

 “信頼してるから”って言われたから来たんですよ〜?」


「うっ……!」


 過去の自分の発言がブーメランになって胸に刺さる。


 シアは耳を真っ赤にしながら、そっと俺の前に一歩出た。


「ミラさん……コール様の“数”を数えるの、やめてください……。

 その……心臓に悪いので……」


「えぇ〜? でもぉ〜」


 ミラが尻尾をゆらゆらさせながら、のんびりと言う。


「コールちゃん、多分一人でいっぱい抱え込むでしょ〜?

 だったら、お嫁さんでも仲間でも、お手伝いさんでも……

 “多い方が支えられる”じゃないですかぁ〜」


 その一言に、リュカとシアの動きが止まった。

 顔を見合わせ、二人にしかわからない空気感で何か話している。


(……?)


 俺はそれを見て首を傾げながらも、口が動いていた。


「いや俺のこと、そこまで知らねぇだろ!?」


「ん〜?」


 ミラはこてんと首をかしげて、にこっと笑う。


「女の勘、ですかねぇ〜?」


「勘で決めつけんな!!」


「ふふ〜。じゃあ、これから“ちゃんと知りに”いきますねぇ〜。

 こーるちゃん専用のクランダのためにも〜♪」


 さらっと言って、またクランダの骨組みに向き直る。


 尻尾が、さっきより少しだけ楽しそうに揺れていた。


 リュカが小さく舌打ちして、肩をすくめる。


「……ったく、面倒なの連れてきたな、お前」


「でも……悪い人では……ないですね」


 シアがぽつりと言う。


「最初から“コール様の味方”って顔してますから……」


「味方とかじゃねぇ。あいつはただの鍛冶師だ。

 クランダ作りに来ただけだ」


 そう言いながらも、胸のどこかが、ほんの少しだけむずがゆい。


 俺達をよそに、ミラは工房の中心に食い入るように入り込み、

 工房の空気がまた木と道具の音に埋もれていった。

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