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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第168話:整備と、帆柱のジト目


 昼下がりの甲板。

 風が帆をゆっくりふくらませ、影たちの足音が規則正しく響いていた。


 俺は帆柱の根元に腰かけ、膝の上に布を広げて魔導銃を分解していた。

 銃身、導管、刻印板、ロングバレルのアタッチメント――全部、丁寧に並べてある。


「……ここの焼き付き、やっぱり強ぇな」


 小さくため息をついた瞬間。


 足元の“穴”から、ミラの上半身がひょこっと現れた。


 新しく作った“ミラ部屋”は甲板直下にある。

 その天井(元・甲板)を開けたまま、ミラがそこから顔と腕だけを出してきた。


「こーるちゃ〜ん、それ、焼き付いたの、こっちに貸してくださ〜い」


「お、もう上がってきたのか?」


「はい〜。いま棚を片付けていたところなんですけど〜……、

 こーるちゃんの整備の音がしたからぁ〜、つい出てきちゃいましたぁ〜」


 ミラは長い腕を伸ばし、俺の手元の部品をそっと受け取った。


 その姿勢は――

 リネアが船に乗り始めた頃と少し重なる。

 でも肩に寄りかかるみたいに覗き込んできた“甘えた距離”とは違う。


 ミラは穴から上半身だけ出して、

 手は道具へ、目は刻印へ

 俺にはほとんど触れない。


 なのに、妙に存在感がある。


「この焼け方……ふふ~ん……“空気が薄い場所”で撃ったときですねぇ〜?」


「……よくわかるな」


「わかりますよぉ〜。

 こーるちゃんが撃った銃は〜、

 ちゃんと“こーるちゃんの癖”が刻まれるんですからぁ〜」


 ミラは工具をくるくる回しながら、細い導管をまるで糸みたいに扱って補修していく。


 下の穴から出ているのに、動きは全然ぎこちなくない。

 むしろ、俺の手元を見上げる位置のほうが作業しやすいようだ。


「はい、こっちは直りましたよ〜。

 あ、それとぉ……ロングバレルの刻印、ちょっとだけ削れていますねぇ〜」


「ああ、それは……少し無茶した」


「へぇぇ〜……

 こーるちゃんが“無茶するくらい”頼ってくれたってことですかぁ〜?」


 ミラの声には、あざとさも照れもなく、

 純粋に“嬉しい”だけが混ざっていた。


「……まぁ、実際このアタッチメント、かなり役に立つからな」


「ふふっ……技術者冥利に尽きますねぇ〜……!」


 ミラは尻尾をぶんぶん揺らしながら、刻印部分を丁寧に磨き、

 魔力の流れが滑らかになるよう微調整する。


 その表情は、本当に楽しそうだった。


 ミラは――距離を詰めず、“武器のコンディション”だけを正確に読む。


(……さすが職人か)


 それから黙々と作業ははかどり、俺の魔導銃は新品よりもきれいになった。


「こーるちゃ〜ん、これで完璧ですよぉ〜」


 ミラが磨き終えたロングバレルを両手で掲げる。


「……ありがとな。さすが制作者、助かったぜ」


「ふふ〜ん♪

 わたしの部屋を作ってくれたお礼に〜……、

 もっともっと、良い仕事しちゃいますからねぇ〜?」


 ミラはそう言って、今度は自分の部屋に戻るために、するりと甲板の穴へ沈んでいった。


 巨大なくせに、妙に器用なやつだ。


 と、その様子を少し離れた場所から見ていたシアが、そっとお茶を甲板に置いた。


「……コール様。

 あの人……本当に、技術はすごいんですね」


「まあな。腕だけは本物だ」


「腕“だけ”じゃない気もしますけど……」


「?」


「なんでもありません〜……」


 シアは控えめに微笑んで、少し距離を取って座った。


(なんかこの感じ、既視感があるなぁ…)


 リネア達が船に乗り始めた頃を思い出す……。


 ミラは甲板の穴から鼻歌まじりに下で作業をして、

 呑気な音とは裏腹に風がはりつめてるようだ……。


 その空気をちょいっと割るようにして、リュカが俺の横に来た。


「……なぁ、コール」


「なんだ」


 俺が銃を構え覗いていると、

 リュカはひそひそ声で、肘で俺の脇を軽くつついてきた。


「お前さ……

 あんまりミラかまってると……

 今度は“シアの嫉妬”だけじゃすまねぇぞ?」


「は? シアはともかく……他に誰だよ」


「ほら。前」


 リュカが顎で指した。


 見ると――

 帆柱の影から、リネアがじぃ~~っとこっちを見ていた。


 目はうるうるしてんのに、

 表情が微妙にジトッとしてる。


 ……なかなかレアな顔だ。


(……なるほどな。そういうことか)


 俺がミラと道具をやり取りしてるのが、

 あいつの胸に引っかかったらしい。


 リネアの性格は単純だが、感情の根っこは深い。

 昔から“近くにいたい・役に立ちたい”で動くタイプだ。


 そこに、ミラが“職人枠”で割り込んだ。


 そりゃモヤる。


「お前なぁ……」


 俺がため息を吐くと、リュカは肩をすくめた。


「女ってのはそういうもんだろ?

 あたしだってそうだし?」


「お前は――いやまあ……わかってるよ」


 リュカは腕を組んで続ける。


「シアは“守りたい気持ち”の嫉妬だし……

 リネアは“追いつきたい気持ち”の嫉妬だし……

 どっちもめんどくせぇけど、

 扱いはお前の役割だぞ、コール」


「相棒のくせに、ずいぶん丸投げだな」


「相棒だから言ってんだよ。

 女同士の火種をお前が放置したら、この船沈むぞ?」


 それを言われると、反論できない。


(……昔のナイル時代と違って、“家族”が増えたんだよな)


 もちろん、嫌じゃない。

 むしろ――ああいう表情が見られるようになった分、

 リネアが“生き直せてる”証拠でもある。


 だが同時に、

 シアも、リネアも、ミラも――


 俺が距離を間違えるとすぐ拗れる。


 それも含めて……。


(めんどくせぇけど……悪くねぇよな)


 苦笑しながら立ち上がると、

 リュカは腰に手を当ててため息をついた。


「ほら行ってこい。

 リネア、ああ見えてけっこう繊細だぞ」


「わかってる」


「あとミラにあんま笑いかけんなよ。

 あいつ反応がデカいから」


「あいつは放っておいてもデカいだろ」


「そういう意味じゃねぇんだけどなぁ……」


 リュカがぼやく声を背に、

 俺は帆柱の影へ歩き出す。


 そこには、

 ミラが生み出す金属音と、

 シアのふわりとした静けさと、

 そして――


 袖をぎゅっと握りしめる直前みたいな顔で、

 こちらを見つめるリネアの姿があった。


(……まったく。

 お前までそんな顔すんなよ)


 胸の奥が、少しだけ柔らかくなる。


 リュカのぼやきを背中で受けながら、

 俺は帆柱の影――リネアがいるほうへ歩いた。


 近づくにつれ、

 リネアはまるで“見つかった子犬”みたいにびくりと肩を揺らす。


 袖をぎゅっと握って、

 けれど目だけは俺の動きを追ってくる。


(……ああ、やっぱ顔に出てんじゃねぇか)


 俺は帆柱にもたれ、軽くしゃがんで視線を合わせた。


「……なんだ、その顔」


「……べつに……なんでも……ない……」


 いや、なんでもある時の声だ。


「リネア。

 お前、そういう時“黙る癖”あるよな」


 リネアはびくっとして、視線を落としたまま唇をかむ。


 しばらく沈黙して――

 やがて、ぽつりと小さな声が落ちた。


「……ミラさん……すごい……

 わたし……全然……できない……

 だから……なんか……やだ……」


 その言葉が、

 胸の奥にすとんと落ちる。


(……やっぱそれか)


 リネアの性格は単純に見えて、

 根っこはずっと深い。


 “役に立ちたい”

 “そばにいたい”

 その気持ちでずっと走ってきた子だ。


 そこに、ミラという圧倒的な職人が割り込んだ。


 そりゃ不安にもなる。


 俺はゆっくり息を吐き、

 リネアの髪を一度だけ軽く揺らすように撫でた。


「リネア」


「……なに……?」


「お前は“ミラじゃねぇ”。

 で、ミラも“お前にはなれねぇ”。

 どっちも必要だから連れてきてんだよ、俺は」


 リネアの目がぱち、と揺れる。


 そのまま静かに続けた。


「ミラの技術が必要なのも事実だ。

 でも――

 お前じゃねぇとダメな場面のほうが、俺には多い」


「……わたし……?」


「ああ。

 お前が近くで空気を読んだり、

 船を回したり、

 気配を拾ったり……

 そういう全部が、この船の“日常”を作ってんだよ」


 リネアの指先が、少し震えた。


「……じゃあ……

 わたし……いていい……?」


「当たり前だろ。

 なんでいまさら聞くんだ?」


 そう言って、

 俺はリネアの頭をぽん、と軽く叩いた。


 その瞬間。


 リネアの頬がほんのり赤くなり、

 袖を握りしめた手が、ぎゅっと強くなった。


「……よかった……

 なんか……胸がきゅってして……

 置いていかれるの……やだって思って……」


「置いてかねぇよ。

 そんな顔すんな」


「……うん……」


 ゆっくり顔を上げたリネアの瞳は、

 さっきまでのジトッとした不安が嘘みたいに澄んでいた。


 それを遠くから見ていたリュカが、

 「ほらな」と小さく頷いている。


 シアも、ちょっと安心したように目を細めた。

 ミラだけは下で鼻歌を歌っている。


(……まったく手がかかるやつらだ)


 でも――その“手のかかり方”が。


 俺にとっては、悪くねぇ。


ーーーーー


 リネアと話し終えて戻ると、

 ちょうどシアとリュカが、甲板の端でこちらを見ていた。


 シアは膝の上で指をそろえて、

 リュカは尻尾だけゆるく振りながら、

 どちらも“待っていた”空気を隠しもしない。


(……なんだよ、その“報告待ち”みたいな顔は)


 俺が戻ると、まずリュカがふいっと顔をそむけ――

 しかし耳だけしっかり俺のほうを向けて文句を言った。


「……で? ちゃんと話したか?」


「お前は親か…」


「うるせ。ああいうの放っとくと面倒くせぇのは分かってんだろ?」


 図星なので否定できない。


 シアは控えめに微笑んで、

 でもその笑みはどこか“ふんわり針がある”。


「……リネアさん、落ち着きましたか?」


「ああ。ちょっと、気になってただけだな」


「そう……よかったです」


 素直に喜んでいる声なのに、

 どこか胸の奥に小さな針が残っているような響きだった。


(……この“軽いざわつき”、俺にはもう分かるようになっちまったな)


 昔なら気づけずに大炎上してたやつだ。


 だから俺は、あえてシアの近くに腰を下ろした。


「シア」


「……はい?」


「さっきの言い方、ちょっと刺さってたぞ」


「っ……!」


 シアは少し肩を震わせたが、

 逃げずにまっすぐ向き直った。


「……すみません。ミラさんに悪気はないですし……

 ただ……ちょっとだけ……胸が、むずむずしただけで……」


「わかってるよ」


 昔なら泣いて走っていったかもしれない。

 でも今のシアは違う。


 “自分の気持ちを説明できる”シアになった。


 リュカも腕を組みながら言った。


「シアはさ、べつに怒ってるんじゃなくて……

 “ちゃんと気づいてほしい”だけなんだよな、コール?」


「リュカ……言わなくていいのに……」


「いや、言っとかねぇとコイツすぐ鈍るから」


「……それはまぁ……否定できん」


 二人とも、昔よりずっと落ち着いているのが見て分かる。


 だから俺も、真正面から答えるように言った。


「ミラは“武器の担当”だ。

 技術はすごいけど、それだけだ。

 お前らとは役割が違う」


 シアのまつ毛が、ふるっと揺れた。


「わたし……たち?」


「ああ」


 俺は言葉を続けた。


「ミラは武器を作る職人だ、それ以上はねぇ。

 でも、お前らは……この船の“空気”を作ってる。

 日常を回して、場を読んで、みんなを……俺を繋いでくれてるのはお前らだろ?」


 シアの顔が、すこし赤くなる。


 リュカは鼻を鳴らして言った。


「ま、そういうこった。

 あたしらがいなきゃ、船ん中とっくに修羅場だらけだからな?」


「昔は、お前が壊滅の原因だったけどな」


「うるせぇ。

 ……でも、まあ……言われて悪くはねぇな」


 リュカは耳をかきながら、

 尻尾だけは正直にゆるく揺れていた。


 シアは小さく胸に手を当て、

 そっと息をこぼす。


「……よかったです。

 コール様の中で……

 私たちの場所が、ちゃんとあるんだってわかって……」


 その声には、昔みたいな不安の震えはもうない。

 かわりに、静かに安心した音が混じっていた。


(……あの夜から、ほんとに変わったよな)


 喉が少しだけ熱くなる。


 そんな空気を察したのか、リュカがニヤッと笑った。


「よーし、じゃあシア。

 コールがちゃんと分かってるうちに――

 “ご褒美”くらいもらっとくか?」


「ご、ご褒美……!?」


 シアが慌てて顔を赤くすると、

 リュカは尻尾を揺らして近づいてくる。


「なぁコール。

 昼間の“あのミラへの距離”でさえちょいモヤるのに、

 うちらには何もねぇってのも不公平じゃね?」


「おいおい……何を要求する気だ?」


「んー……」


 リュカはあごに指を当て、わざとらしく考えるふりをしたあと――

 にんまり笑った。


「頭でも撫でとけ。

 シアのやつ、さっきからずっと頼みたそうだったしな?」


「リュカっ……!」


 シアが真っ赤になる。

 リュカは少し照れくさそうに、でも俺をまっすぐ見て続けた。


「それに…このデカさになってからあんま撫でてくんねぇしさ…」


 俺は肩をすくめながら言った。


「ったく……ほら。来いよ」


 シアの目がふわっと見開かれ――

 ゆっくり、一歩だけ近づいてくる。


 遠慮がちで、でも嬉しそうで。


 俺がその頭にそっと手を置くと、

 シアは目を閉じて、小さく息をこぼした。


「……あったかい……

 やっぱり……好きです、この感じ……」


 リュカが袖をつまんで言う。


「なぁコール、あたしのもやれよ」


「お前は当たり前みたいな顔すんな」


「いいじゃん別に。家族だろ?

 ……ほら、貸してやるよ?」


 言いながら猫みたいに頭を差し出してくる。


 俺が笑いながら軽くぐしゃっとすると、

 リュカは尻尾をぶんと振って小さく言った。


「……ふん。悪くねぇな」


 シアがその横でくすっと笑う。


 ミラの金属音が下から響き、

 リネアが帆の影で鼻歌を歌い、

 二人の温度が左右にある。


 これが……今の俺の日常か。

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