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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第165話:転移陣の試験と、雲の海の衝撃


 吹き抜けの天井まで伸びる白柱に、日の光が静かに落ちていた。

 議事堂の一角――普段は誰も立ち入らない、書庫横の石床。


 職員たちが距離を置いて見守る中、

 俺は床に膝をつき、黒い石板に手を当てた。


(……ここなら、誰にも邪魔されねぇ)


 この国の中心でありながら、最も“外”に繋がっていない場所。

 魔術を扱うには最適だ。


 ポーチから筆と粉を取り出す。

 空島から持ってきた、残りの魔導粉。

 転移術式の基礎となる材料だ。


 石床に触れると、ひんやりとした感触が指に伝わる。


 例のごとく、円、紋、線が線を繋ぎ、静かに広がる。


 魔力を帯びた粉が淡く光り、

 石床に浮かび上がった紋様が、まるで呼吸するように脈動した。


「これが……“転移魔術”か」


 背後から低い声がした。


 振り返らずに、俺は筆を進めた。


「“転移門”の簡易版だ。

 まだ空島へ直接行くんじゃねぇ。

 まずは“狙った位置へ魔力を流せるか”その確認だな」


「こんな術が実在するとは……驚れぇたぜ」


 バルグが腕を組んで立っていた。

 その隣、議会から派遣された三名の監督者が固唾を飲んで見守っている。


 俺は淡々と円の縁を修正しながら言った。


「勘違いすんなよ。

 教える気はねぇし、構造も全部は見せられない」


「承知している。こちらが求めたのは“空島との連絡手段”だ。

 それ以上は詮索せん」


「助かる」


 最後の線を引いた瞬間――

 円全体に淡い青光が走った。


 床石が震える。


 空気が一度吸い込まれて、次の瞬間――

 紋が中心から外へ広がるように“展開”した。


 広がりきると、魔力の振動が止まる。


 静寂。


「……よし。第一段階は完成だ」


 筆を置くと、バルグが迫ってきた。


「これで何ができる?」


「空島まで“魔力の糸”を投げる。

 向こう側に門を置ける場所があれば……いずれ繋がる」


「いずれ?」


「ああ。まだ足りねぇ。

 反応を待って、また刻んで……何度か試す必要がある」


「大事になるわけだな」


「まあ、離れた場所を繋ぐ道だ。慎重にやる」


 俺は立ち上がり、軽く腰の土を払う。


 石床の中央に描かれた魔術印は――

 ただの光の模様に見えるが、確かに“向こう”に伸びている。


(……これで一歩目は踏めた)


―――――


 それから数刻。

 細かな線を何度も確認し、最終の術式を書き込む。


 筆先が石床から離れた瞬間――

 円全体が一度だけ強く光を放ち、

 焼印のように“床そのもの”へ沈み込んだ。


 光が静かに消える。


 刻まれた紋様はもう粉ではなく、

 石に溶け込んだ本物の術式になっていた。


「……よし。仕上がった」


 俺は手首を回しながら立ち上がる。


 術式の縁には、手を置くための小円を三つ作ってある。

 そこから魔力を流し込み、術式を呼び起こす仕組みだ。


「じゃあ――テストだ」


 その一つに手を置き、息を整える。


 魔力を流し込んだ瞬間、

 床の術式が淡い青から白へ、白から蒼へ――

 脈動しながら色を変えていく。


 円の内部に、ゆらぎが生まれた。


 そこへ俺が一歩踏み込む。


 光の中心に立つと、振動が足裏から伝わってきた。


「……ほう、これが本番の光か」


 低い声と同時に、背後からズカズカと重い足音。


「おい坊主! こいつは面白ぇ!

 俺も付き合わせろ!」


 バルグが巨大な影を引きずって突っ込んできた。


「おい待てバルグ! 勝手に入るな!!」


 キリサが慌てて腕を伸ばし、

 バルグの肩を押し返そうとするが――


「離せキリサ! 儂も見てぇんだよこんな珍しい術!」


「珍しさで命を落とす気か貴様!!」


 押し合う二人をよそに、

 術式の光はさらに強まり、

 白柱に反射して議事堂全体が淡く照らされていく。


 職員たちが一斉に後ずさった。


「……っと。バルグ」


 俺は振り返らずに声を投げた。


「そろそろ“飛ぶ”から、

 これ以上出入りするなよ?」


「んだと?飛ぶって――」


「体がはみ出てたら、ちょん切れるぞ」


「――――は?」


 ちょん切れる、その言葉にバルグの動きが石像みたいに止まる。


 キリサは顔を青ざめさせ叫んだ。


「だから言っただろうがあああ!!

 転移術に間違っても“ふざけて”入るなと!!」


 術式の中心が一気に輝きを増した。


 風が巻き上がり、

 光が柱のように立ち上がる。


 俺は肩越しに、固まっているバルグを一瞥した。


「……次入りたいなら、ちゃんと許可とれよ?」


「だ、誰が入るかこんな危険なもん!!」


 バルグは身をぢちめて、はみ出さないように必死になり、

 巻き込まれたキリサもキョロキョロ後ろを気にしている。


 そんなこととは別に光がさらに強まる。


(――さて。空島まで届くかどうか)


 視界が白に染まりかけるその瞬間――

 転移陣が、初めて“本気で動き出した”。


――――


――白。


 光が視界いっぱいに広がり、

 足元の感覚がふっと軽くなる。


(……おし。成功か?)


 光がすっと消えた。


 現れたのは――石の広場。

 風の音がどこか澄んでいて、空気が地上より少し軽い。


 足元はしっかり石畳。落ちる気配はない。


 ただ――視界の端、広場の向こうに広がるのは

 島の外縁、そのさらに向こうに“白い雲の海”。


 地上の者が見慣れない、遥かな高度の景色だ。


「船長!?」

「成功したんですか……!」

「やった! 船長が戻ってきた!!」


 ハッリ、選抜隊の面々が駆け寄る。


 空島の住人たちもざわざわ集まり、

 転移陣の光残滓を見て驚いていた。


「よし。誰も叫んでねぇし、体も全部あるな。成功だな」


 俺が肩を回すと、歓声が上がる。


 その直後――


「こいつはたまげたぜ…」

「……こ、ここは……どこだ……?

 石の床なのに……なんで……外が……空なんだ……?」


 震える声が背後から漏れた。


 振り返ると、

 キリサとバルグが揃って尻もちをついていた。


 二人とも石畳にしがみつくように座り込み、

 視線は遠くの雲の海へ釘付け。


「おいおい、足元はちゃんとあるだろ。落ちねぇよ」


「き、聞いてねぇぞナイル……!

 島の外が……雲だぞ!? 雲だ!!

 どこまで落ちんだこれ……!」


「落ちないつってんだろ?」


 バルグの膝がガクガクいってる。


 キリサも尻尾を逆立てて震えていた。


「わ、我は……高所は……別に苦手では……ない……!

 ないが!! これは……天空だぞ!?!」


「いや、苦手だろ完全に」


「黙れぇぇぇぇ!!」


 めちゃくちゃ怒鳴るが、声が裏返ってる。


(……まあ初見ならこんな反応だよな)


 広場には他の空島住人の視線が集まり、

 地上民の動揺を面白がっている者もいる。


 その時――巨大な影が、雲の中から“頭だけ”を突き出した。


 羽のない竜の、長くて重厚な首。

 金の瞳が、雲の海の向こうからじっとこちらを見据えている。


 その存在感は、

 地上のどんな魔物とも比べ物にならない。


 島の縁に頭部を寄せ、

 広場をゆっくり……ゆっくりと見下ろす。


「――コール。戻ったか」


 低く響く声が、空気ごと震わせた。


 グラナシルだ。


 キリサとバルグの反応は、ほぼ同時だった。


「…………………………は?」

「…………………………え?」


 一拍あって、二人の身体が跳ねた。


「いやいやいやいやいやいや!!!??」

「竜が……雲から……出てきたぞ!?!?!?!?」


 ついに完全に腰が抜け、

 二人は石畳の上で手足をばたつかせる羽目になった。


「お、おいナイル……あ、あれ……お前の知り合いなのか……?!」


「知り合いどころか、空島の守り主だ」


「守り主ぃぃぃ!?!?

 島守ってるやつが……雲の海から顔出すのか!!?」


 キリサはもう視線を竜から外せない。


「む、無理だ……無理無理無理……

 脚が震えて止まらぬ……! な、ナナナイル! あれは本当に敵ではないのだな!!??」


「珍しくビビってるのか?キリサ?」


「黙れぇぇぇ!!」


 グラナシルはそんな地上民の混乱を

 ただ静かに眺めていた。


 金色の瞳が、穏やかに細められる。


「地上より客人か。

 恐れる必要はない。害意は向けぬ」


「いやいやいや! 声が反響して腹の底まで響くんだよ!!

 地上にこんなのいねぇぞ!!」


 二人は完全に腰が抜けて座り込んだまま、

 雲の海の上に浮かぶ巨大な竜を見上げていた。


(……よし。これで“空島の実力”とやらは十分伝わったな)


 俺は苦笑しながら、グラナシルへ軽く手を挙げた。


「戻ったぜ。転移の試験も成功だ」


「うむ。よくやった、ナイル。……その者らは?」


「地上の評議から来た。まぁ……客人だ、一応俺の元同僚で悪い奴らじゃねぇよ」


「ならば歓迎しよう」


 グラナシルがゆっくり首を傾けただけで――


「ぎゃっ!! 動いた!! 動いたぞ!!」

「近づくなぁぁ!! 心臓がもたん!!」


 二人の叫びが空島に響き渡った。


―――――


――白光が消えた。


 議事堂の床に、俺たちは無事立っていた。


 転移陣の光がまだ柱に反射して揺らめく中――

 最初に視界に入ったのは、


 キリサとバルグが、石畳に尻もちのまま固まっている姿だった。


 キリサは立っててはいるもののプルプル震え、

 バルグは熊みたいな巨体でありながら机の下に逃げ込む寸前の猫みたいな顔をしている。


「……」「…………」


 魂が抜けすぎて、声も出ていない。


(まあ、初めての雲の海+竜の頭で完全に壊れたよな)


 議事堂の職員たちがまずそこに気づいた。


「えっ……キリサ隊長……?」

「バルグ殿まで……? どうして……?」

「この二人が……青ざめて座り込むなど……見たことがない……!」


 普段は鉄壁メンタルの二人が、

 今は子鹿みたいに震えている。


 議員たちも次々に席を立つ。


「バルグ殿!? 何があったのですか!?」

「キリサ隊長が……膝をついている……?」

「何に恐れたというのだ……?」


 動揺が一気に広がる。


 そのざわめきの中心で、

 バルグとキリサがようやく搾り出した声を出した。


「……む、無理だ……あれは……反則だ……

 竜が……雲から……頭を……」


「我は……今でも落ちそうで……脚が震えて……止まらぬ……」


 完全に壊れてる。


 職員たちがさらにざわつく。


「竜……? 雲……?

 空の魔物でも出たのか……?」

「いったい何が……?」


 その空気を――静かに断ち切ったのは、


 杖をつく音。


 コツ、コツ、と響く。


 空島の長老が一歩前へ出た。


 議場の空気が一瞬で静まる。


 長老は衣を揺らし、静かに地上の議員たちを見渡した。

 その存在感は、魔力を放っていないのに“重い”。


「心配するな。

 彼らは……“天空の景色と竜の姿”に驚いただけ」


 議員たちが息を呑む。


「あ、あなたが……空島の……?」


 鹿族の評議長が最初に頭を下げた。


「……遠路はるばるお越しくださり、心より歓迎いたします。

 地上オルデア同盟の代表として、正式に挨拶を……」


 長老はゆっくり頷く。


「礼は不要だ。

 我らはただ、隣人に――挨拶へ来ただけ」


 その声に込められた重みに、議員たちは自然に直立する。


(……いいねいいね、練習した通りの“格”が完全に伝わったな)


 キリサとバルグは、まだ座り込んだまま

 長老を見上げて小声で震えている。


「ナイル……お、お前の命知らずがここまでとは思わなかったぞ……」

「……儂はもう帰りたい……地面が恋しい……」


「おいおい、そんなに怖かったか? 面白かったろ?」


「「どこがだ!?」」


 俺達とは別に、議会は完全に長老へ意識を向けていた。

 これでようやく、空島の問題が解消していく。

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