第161話:帰還と一ヶ月の猶予
選抜隊を連れ回り、半月ほどがたった。
船は空へと上がり続け、雲の中を突き進む。
――空島の草原が、見えてきた。
遠くに白い雲と、深い青空。
その境目に浮かぶ“島”は、ひと月前と変わらないように見える……。
だが俺らの甲板は、島を出たときとは違う雰囲気――重みを背負っていた。
「船長、草原! 降りれます!」
ミッカの声が上がる。
「……よし。帰るぞ、お前ら!」
イルクアスターの影が大地を滑り、
大きな揺れとともに、船体が草原へ着地する。
――その瞬間。
「帰ってきたぞォーー!!」
「イルクアスターだ!!」
「みんな無事か!? 怪我は!?」
島の集落のほうから、
男女・子ども・年寄りが一斉に走ってくる。
風を巻き上げるように、人の波が草原へ溢れた。
タラップを降ろし、ハッリを先頭に降りていく。
「よっ……と!!」
肩には大きな樽をひとつ担ぎ、
腰には魔獣の牙を束ねた袋。
腕には布で軽く巻いた傷。
だが――
顔が、勇ましい。
「うおお、ハッリだ!!」
「怪我してるけど……なんか強そうになってる……!」
「すげぇ……本当に地上で“狩り”してきたんだ……!」
島の若者たちが息を呑む。
「ハッリ兄ちゃーん!!」
「兄貴……兄貴!」
人混みの奥で、ノッタが泣きそうな顔で手を振る。
隣のファッロは口をあんぐり開けていた。
「生きて帰ったのね!」
「当たり前だろ、俺たちは船長に鍛えられたんだぜ?」
ハッリは白い歯を見せて笑った。
その背中から、次々と選抜隊が降りてくる。
ロッカは魔獣の角を抱え、
グッナは真っ黒な毛皮の束を持ち、
ミッカは軽い素材袋を三つまとめて肩に掛け、
ドルッゴは壊れた弓と交換用の木材を抱えている。
後衛組は、
エルッミが薬草束、
タッソが獲物を書いた紙を抱え、
リッナは背負った袋の中で魔石の音を鳴らしながら降りてきた。
みんな、少し疲れた顔だ。
でも――
どの顔も、“誇らしさ”が消えていない。
「あの子たち……帰ってきた……!」
「ほんとに……ほんとに、立派になって……」
島の母親たちが涙ぐむ。
老人たちは頷いた。
「よくぞ……よくぞ、生きて戻った……!」
「顔つきが変わっておる。もう子どもじゃないな」
みんなの視線が温かい。
ハッリは照れくさそうに後頭部をかいた。
「船長!!」
ハッリがこちらへ振り向いて、胸を張った。
「俺ら……やりました!
魔石、素材、薬草、食糧……ぜんぶ狩りで揃えました!!
あの“牙跳狼”だって、何回も何回も倒しました!!」
「そりゃ重かったぞ~!」
「二度と追いかけられたくねぇ!」
「でも!」
エルッミが小さく声を上げる。
「全員……誰も、死にませんでした! ただいま!!」
一拍。
島全体が、息を呑んだように静かになる。
そして――
大きな歓声が草原に響いた。
「「「うおおおおおおおお!!!」」」
「帰ってきたァーー!!」
「やったぞォ!!」
周りの子どもが走り回る。
大人たちは肩を抱き合い、手を叩き、涙を拭った。
その中心で、選抜隊は胸を張ったまま立っていた。
一ヶ月前、ビビりながら森に入った面々が。
今は、ちゃんと“狩人の顔”をしている。
(……よくやったよ、お前らは)
思わず、心の中で呟いていた。
その横で、リュカが腕を組み、鼻で笑った。
「……なんだよその顔。
自分が褒められてるみたいに満足してんじゃねぇ、コール」
「うるせぇ、お前もおんなじだろうが」
俺は選抜隊を見た。
「よくやったな……」
草原に吹いた風が、
島全体の歓喜と混ざり合って広がっていった。
皆が歓喜を上げている中、
影達が樽いっぱい魔石をおろしていた。
ちょうどその時――
空が、揺れた。
島の外側。雲の海が渦を巻き、
巨躯がゆっくりと姿を現す。
「「「グラナシル様だ!!!」」」
島民たちの間から、驚きと歓声が同時に爆発した。
幼い子どもたちは目を輝かせ、
大人たちは頭を下げ、
老人たちは震える声で名を呼んだ。
「島の守護神じゃ……!」
「わぁ〜おっきい〜」
白い雲をまとった竜が、草原に巨大な影を落とした。
黄金の瞳がゆっくりと、俺たちの方へ降りてくる。
「皆……よく戻った……」
その声だけで、草原が静まる。
ハッリ達は、反射的に姿勢を正し――
そして、誰より大きな声を上げた。
「グラナシル様!!」
ハッリは胸を叩き、誇らしげに樽を示す。
「俺ら……やりました!
魔石をこれだけ集めました!!
これだけあれば……生贄なんて、もう必要ないですよね!!?」
「「そうです!」「俺たち、頑張りました!!」」
ロッカも、ミッカも、グッナも続く。
タッソは涙をこらえて拳を握り、
リッナは緊張しながらも一歩前に出た。
「生きて……全員、生きて帰りました!
これで島が助かるなら……本望です!」
島民たちから歓声が上がる。
「すごい……!」
「こんな量の魔石……あれだけ狩ったってことだよな!」
揺れる草原の中央で、
グラナシルはそっと頭を樽へ寄せた。
青白い光が吸い込まれ、魔石はすべて透明な水晶へと変わった。
「……うむ」
グラナシルは静かに頭を持ち上げ、俺たちへ向けて告げる。
「この量ならば…“一ヶ月”。
空島は再び、沈まずに済む」
「「一ヶ月……!」」
選抜隊の胸が、わずかに上下する。
一瞬だけ、影が差した。
ハッリは密かに拳を握りしめていた。
喜びと同時に、噛みしめるような力が、指先にこもる。
(……短ぇって顔だな。そりゃそうだ)
でもすぐに、彼らは表情を整えた。
なぜなら、島全体が――歓声で揺れ始めたからだ。
「すげぇ!!」
「生贄なしで……!」
「これで誰も捧げずに済むんだ!!」
涙ぐむ者、天を仰いで膝をつく者。
その喜び方が、ただの“魔石補給”ではないのが分かる。
(……生贄がいらなくなった一ヶ月、か)
島民にとっては“時間”じゃない。
本当に救われたのは、“誰かの命”だ。
その象徴みてぇに――
「ノッタ!!」
人の波の中で、少女ノッタが抱きしめられていた。
無邪気な笑顔を浮かべ、手足をバタバタさせて跳ねている。
「みてみて! ハッリ兄ちゃんすっごい!!
あたし、もうこわくないもん!!」
泣きながら抱きつく大人たち。
震える手でノッタの頭を撫で続ける老人。
その輪の中心で、ノッタだけは明るく笑い続けていた。
(……この島にとっちゃ“英雄”だ)
彼女の未来を救ったんだ。
一ヶ月どころの価値じゃない。
その横で、選抜隊はどうしていいか分からないように立ち尽くしていた。
誇らしさと、戸惑いと……ほんの少しの悔しさ。
(中級止まりでこれだけ集めたんだ、むしろ大したもんだ)
俺は静かに息を吐く。
だがすぐに、彼らは表情を戻す。
島の連中がさらに歓声を上げ始めたからだ。
「ハッリ達が……島を救ったんだ!!」
「英雄だ……! 島の英雄だぞ!!」
泣き崩れる者、抱きしめ合う者、膝をついて感謝する者までいる。
俺はその光景を見ながら思った。
(こいつらにとっては“魔石が一ヶ月分”じゃねぇ。
“生贄がいらなくなった一ヶ月”なんだ)
価値が違う。
重みも違う。
だからこそ、島は歓喜に包まれていた。
その中で――ハッリと目が合う。
俺は静かに頷いた。
グラナシルも、俺たちの上で頷いた。
「うむ……見事だ。
よくぞ走り、よくぞ戦い、生きて戻った。
お前たち自身の手で、この島は“今日”を迎えたのだ」
風が草原を駆け抜ける。
歓声が、少しずつ静まっていく。
島民の視線が、自然と選抜隊へ集まった。
ハッリが一歩前へ出る。
その背で、
ロッカも、ミッカも、グッナも、エルッミも――
全員が姿勢を正した。
ハッリは胸を張り、
拳を胸に当てる。
「――はい!!」
力強い声が、草原に響いた。
それに続くように、
「「はい!!」」
選抜隊の声が重なる。
誇りを隠さない、
まっすぐな返事だった。
一ヶ月前、若者たちは――立派な空の戦士として。
今、胸を張ってそこに立っている。
(……いい顔だ)
俺は小さく笑った。
空島の風が、
誇らしげに旗を揺らしていた。




