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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第160話:はじめての地上、戦闘と合格


船は島を出て、ゆっくりと雲の下を目指す。


段々と視界が晴れてくる。

真下には、薄い雲の切れ目と、ところどころ濃い緑の森と、なだらかな山の影が見え隠れしだした。


「……久々に地上だな」


思わず、独り言が漏れた。


甲板では、選抜隊の八人が無駄に背筋を伸ばしている。


顔は真っ青だが、目だけは前を向いていた。

リュカとシア、それからリネアとネラは、その少し後ろで腕を組んだり、荷箱に腰を下ろしたりしながら様子を見ている。


リュカは牙を見せてニヤッと笑った。


「おーいコール。

お前の“地獄の訓練生”ども、今にも吐きそうな顔してんぞ?」


「吐くなら今のうちに吐いとけ。

下に降りたら、そんな余裕ねぇぞ〜、はっはっはっは!」


そう返すと、列の端っこのハッリがビクッと肩を揺らした。


「せ、船長……その、“下”って……」


「お前らが半年間、死ぬ気で備えてきた“答え合わせ”の場所だ」


わざと、軽く言う。


胃が縮こまってるのは、こっちも同じだ。


視線を後ろに向けると、シアが静かに頷いた。


「大丈夫です、二人ともこうは言ってますけど、きっちり見ていますから。

……焦ったら深呼吸。大丈夫、ちゃんと逃げ道を確保しなさい」


リネアは、胸元で両手をぎゅっと握りしめていた。


「あ、あの……がんばって……。美味しいご飯、作っておきます!」


「それが一番助かる。

 こいつらはともかく、俺の胃が死ぬのは困る」


「ひ、ひど!?」


隣でネラが小さく笑った。


「お前たちの戦いだ。……私も基本、手は出さない。

見届けるのが役目だろう?」


そのやり取りを聞きながら、選抜隊の誰かが小さく息を呑む。


「……じゃあ、本当に、俺たちが前に?」


「当たり前だろうが」


俺は甲板を軽く一度、靴で鳴らした。


「いいか、ここから先は――まず、

“お前らが”地上で生き残れるかどうかのテストだ」


八つの視線が、俺に刺さる。


「リュカもシアも、ネラもリネアも、影共も。

よっぽどやべぇ時以外は、手ぇ出さねぇ」


リュカが「当然だろ」と鼻で笑う。


「助けらんねぇと死ぬようなら、そんな奴は最初から選抜隊に入れてねぇしな」


「そ、そういうプレッシャーかけるのやめてくれません!?」


「ハッリ、声裏返ってるぞ〜。なぁコール〜?」


苦笑しながら、俺は続ける。


「勘違いすんなよ。

“見捨てる”って話じゃねぇ。

お前らが死にかけたら、リュカあたりがキレて噛みつきに行くし、

シアは視野が広い、しっかり逃げ時は教えてくれるだろうさ」


「……っふん、あてにすんな!」


リュカが唸るように言う。


「でもな……、

ここで“助けてもらって勝ちました”なんてやらかしたら、

次からお前らを前には出さねぇ。それだけだ」


先頭にいるハッリが唇を噛みしめた。


「お前ら、空島を守りてぇんだろ?」


問うと、八人分の喉が、ごくりと鳴った。


「「「守りたいです……!」」」


「だったら――今日から本当に“お前らの番”だ」


その瞬間、船体がふっと落ちたような感覚が走った。


完全に雲を抜けきり、甲板の縁から身を乗り出すと、

柔らかい緑の森と、低い山脈が広がっていた。


「これなら、魔石も大量だな……」


呟きながら、俺は森の外れに見えた開けた地形を指差す。


「着陸はあそこだ。

森の縁の、見晴らしのいい草地。

まずは“歩ける地面”を確保する。分かったな野郎ども!!」


「「「はいッ!」」」


ーーーーー


影が静かに舵を切り、イルクアスターの影が、森と山の境にゆっくり伸びていく。


着陸からしばらくして。


船のタラップの前に、選抜隊が整列していた。


「隊列、最終確認だ」


俺の声に、八人が一斉に背筋を伸ばす。


「ハッリ、お前が“顔”だ。こいつ等の癖もお前が一番わかってるだろ?」


「お、おう……!」


ハッリが剣の柄を握り直し、隣のロッカが小さく息を吐く。

他も無言で頷き、足の感覚を確かめるように地面を踏んだ。


「左右の影を切る側面には、ミッカとドルッゴ。

敵が回り込もうとしたら、“見えねぇ位置”から叩け」


「了解」

「……任せろ」


「後ろにはグッナ、リッナ、それからエルッミ。

索敵と援護と退路確保。

――前が死に物狂いで逃げてきたとき、道を作るのはお前らだ」


グッナがぎゅっと拳を握り、リッナは情けない顔で頷いた。

エルッミは小さなナイフを腰に確かめながら、「はい」と短く返事をする。


「いいか。

“先頭”は偉いから前にいるんじゃねぇ。

最初に逃げ道を見つけるために前にいるんだ」


ハッリが苦笑した。


「船長、それ、教官のときにも言ってましたよね……」


「忘れんな。

危なかったら、迷わず逃げろ。

そのために、後ろがいる」


俺は森の方を見やる。


木々はまだ、普通に青い。

鳥の声もする。

一見すれば、“どこにでもある森”だ。


けれど、この一歩先は、空島から見れば“知らねぇ世界”だ。


「――行け、野郎ども。

地上に、最初の足跡つけてこい」


「「「了解ッ!!!」」」


前衛三人が、ぎこちないけれど力の入った足取りで森へと踏み出す。

側面二人が少し遅れて並び、後衛三人が、振り返りながらもその背中を追う。


リュカが腕を組んだまま、ぼそりと呟いた。


「……逃げ道、ちゃんと見つけてこいよ。

お前らが帰ってこねぇと、私がコール殴る羽目になる」


「それはそれで困るな」


そう返しながら、俺は選抜隊の背中を見送った。


半年分の訓練と、空島の未来を背負った、八つの背中だ。


ーーーーー


イルクアスターを降りた俺達は、森の中を警戒して進んでいた。


森は、思ったより静かで……不気味だ……。


空島から見下ろしたときは深い緑が広がっていて、

足を踏み入れても――見える範囲は、まだ“普通の森”。


木々はまっすぐ伸び、風が葉を揺らす音が耳に心地良い。

地面には狩りの跡も、魔物の大きな足跡もない。


……けれど、静かすぎる。


「……道は続いてます。前方、開けてます」


一番前を歩くロッカが、低い声で報告する。


「了解……ッス」


ハッリが緊張で舌を噛みそうになりながら頷いた。


その後ろには、

グッナ、

ミッカ、

ドルッゴ、

エルッミ、

タッソ、

リッナ。


整列は破っていないが、誰もが肩に力が入っていた。


(……空気が、軽すぎる)


森としては健康そのもの。

だが、コールの旦那が言っていた“魔物の気配が強い地帯の前兆”だ。


ーーーーー


木の上――太い枝から枝へと、

ネラが完全に息を殺して八人の後を追っていた。


(……警戒は怠っていないが、まだ甘い……)


細長いエルフ耳に、微かな振動。


獣の足音――いや、地を蹴る弾みの音。


(来る……跳躍型)


ネラは弓に手を添えたが、弦はまだ引かない。


――それよりも先に。


「前だッ!!」


タッソが小さく叫んだ。


次の瞬間、茂みが裂ける。


低い姿勢から飛び出した灰色の影が、

弾丸みたいな速度でハッリに飛びかかる。


「うおッ――!?」


ハッリの剣が辛うじて受け止める。

火花が散り、地面に深い溝が刻まれた。


「な、なんだこれ……ッ!」


狼……に見える。

だが狼より前脚が太く、後ろ脚の筋肉が異常に盛り上がっている。


牙跳狼がちょうろう”――跳躍で狩る中型獣魔。


一撃貰えば普通の村人なら即死。


「ハッリ右ッ!!」


グッナが叫ぶと同時に、

狼が二発目の跳躍で横から刈りに来た。


「ミッカ!!」


「分かってる!!」


ミッカが拾い上げた小石を、

ほぼ反射で狼の横腹へ投げつけた。


バチッ!


石が当たり、狼がほんの一瞬バランスを崩す。


そこへドルッゴの岩の投石が重ねて襲う。


「うおおらァッ!!」


ゴッ!


さっきより重い音がして、狼が転げた。


(……いい連携だ。あいつの、訓練通りの動きができている……)


ネラは矢を下ろし、木陰で静かに見守る体勢へ戻った。


「っしゃぁ……! こっちは退路確保できてます!」


リッナが草むらを踏み固めながら叫ぶ。

後ろのエルッミはロープを木にかけて“逃げ道の目印”を作っていた。


そして――


「ハッリ、今だ!!」


タッソの指示。


ハッリは深く息を吸った。


「……っしゃああッ!!」


一歩前に出る――


――と見せかけて、背中を向けて走り出した。


「にげた!?」


「馬鹿!! フェイントだ!!」


グッナの叫びを背に、ハッリは全速力で逃げる。


牙跳狼が本能で追う。


背中を見せる――最大の隙。


だが、それこそがコールに叩き込まれた“生き残る戦技”。


(引っ張れ……もっと寄れ……!)


ハッリの目が、木の根の向こう――

軽く窪んだ地面を捉える。


そこへ誘導。


狼が跳躍した瞬間、

ハッリは反転し、

剣の柄で後ろ脚の関節を叩いた。


「ッらあっ!!」


パキッ!!


狼が横転し、転がる。


即死ではないが、跳躍力を完全に奪った。


全員で一気に囲む。


「ロッカ!!」


「任せろ!」


ロッカの一撃が決まり、

牙跳狼は地に沈んだ。


静寂。


一拍遅れて、ミッカが息を吐いた。


「……勝った、よね?」


「勝った!!」

「やったぁ!!」

「うおおおっ!!」


後衛から歓声が上がる。

ハッリは膝をつきながら笑った。


「は、はは……! 見たかコールの旦那……!

俺ら……俺ら、やれたぞ……!」


(……ああ。よくやったな)


ネラは木の上で小さく頷き、

胸元のコンパスを指で一度なぞった。


ーーーーその頃


イルクアスターの甲板で俺はコンパスを開いていた。


「……見えたか?」


コンパスの水晶にネラの視界が映し出されている。


反面の水晶には、狼の死骸と、息を整える選抜隊。


「……悪くないな」


それを見たシアが俺の隣で息をついた。


「ふぅ……やりましたね。コール様が教えた甲斐があります」


「……ま、まだまだだけどな」


反対側のリュカが歯ぎしりしながらも、ほんの少し口角を上げた。


「……ちっ。石だの逃げるだの気に食わねぇけど合格だな!」


「手ぇ出すなよ、リュカ?」


「分かってるよ!! あいつらの舞台だってのは!!」


俺は空を見上げる。


(……これなら、1ヶ月。

森を探りながら魔石を拾って歩くくらいは、十分こなせる)


「そっちはどうだ?」


背後で佇むウィンスキーが、短く頷いた。


「……逆方向の狩りは順調、か。

よし――こっちも動くぞ」


俺は銃を長くし、剣をつけて肩に担ぎ森に降りていった。


ーーーーー


船の側。

初戦を終えた選抜隊は、焚き火を囲んでいた。


「船長……今日、俺ら……やれたよな……?」


「やれたさ。明日からもその調子でやれ。

つまんねぇミスしたら死ぬだけだ」


「ヒィィ!!」


その誰かの悲鳴の後に笑いが混じる。


星が出る。


暖かい、静かな夜だった。

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