第159話:半年の訓練と準備
――それから、およそ半年。
空島はすっかり“訓練場”みてぇになった。
最初は浮き足立っていた島の連中も、
月日が経つにつれて“自分たちで未来を作る”って空気に変わっていった。
俺はというと――
選抜隊に志願した奴らを片っ端から集めて、こう言い放った。
『誇りも正義も要らねぇ。生き残る技術だけ覚えろ』
それが半年の地獄の始まりだった。
最初の一週間で半分が脱落した。
逃げ出した者もいた。
泣いた者もいた。
逆に俺へ殴りかかってくる馬鹿もいた。
けど関係ねぇ。
地上で死ぬよりマシだ。
ーーーーー
空島の中央にある広い草原。
そこに、簡易の訓練所と木製の障害物が作られている。
俺は、選抜隊の連中を見下ろしながら叫んだ。
「おらぁ!!
“正面から戦う”なんざ自殺行為だ!!
逃げろ! 隠れろ! 飛び道具で足を折れ! 背中から刺せ!!
生き残れば全部正義だ!!」
「「「「は、はいィ!!」」」」
島の若者たちは、全員が顔を青くしながら必死で走る。
その横で――
リュカが仁王立ちしていた。
顔が死ぬほどムカついている。
「……なぁコール。
お前の教え方って……なんつーか……」
「なんだよ」
「……卑怯の化身かよ!!!!」
訓練場にリュカの怒号が響き渡る。
俺は肩をすくめた。
「卑怯だ?
生き残れんならそっちが正解だろ」
「いや分かるけど!!
なんで全員が“お前みたいな戦い方”になってんだよ!
後ろに回る! 隠れる! 投げる! 逃げる!
全員コールコピーじゃねぇか!」
「いいじゃねぇか。俺が保証する“死ににくい戦い方”だぞ?」
リュカはわなわなと震えた。
その横で、選抜隊の若者たちが必死の形相で訓練している。
「リュカ姉さん! 今の動きどうでしたか!」
「お前ら全員コールの真似をしなくていいんだよ!!!
なんで背中向けた瞬間土投げるんだ!!!」
「教官が“土は最強の武器”って……!」
「真に受けんなぁぁぁ!!!」
俺は笑いを噛み殺した。
(……ま、実際こういうのが一番生き残るんだよ)
その後実践形式での訓練も行ったのだが……、
リュカが地面に体育座りしながら、額に青筋を浮かべていた。
彼らが走るたびに、地面に残る足跡の向きが違う。
(……まぁ、“卑怯”だのなんだの言われても仕方ねぇ)
でも、この島の人間たちは――
“自分から死の方に向かう”タイプじゃない。
だから俺の教えは、こいつらにハマりすぎた。
(――これでいい。死ななきゃそれでいい)
「……ったく! ほんとになんで!お前ら!全員!コールみたいな戦い方になるんだよぉおおお!!」
「え、えっと……
相手を捉えながらわざと背中を見せて全力で逃げるのは“最も安全”だって教官が……」
「横腹に小石投げて怯ませるのも“基本戦術”だって……」
「死にかけたらまず“仲間を囮にしてでも逃げろ”って……」
「最後のやつは言ってねぇ!」
俺は思わずツッコんだ。
(……いや、ちょっと言ったかもしれねぇな……)
リュカは俺を睨む。
「お前の教えのせいで、全員クセが悪すぎんだよ!!
どいつもこいつも“逃げる”ことばっかり鍛えやがって!!
なんで正面から戦おうって奴が一人もいねぇんだよ!!」
「正面から戦うと死ぬからだよ」
「…………ムカつく!!!」
リュカが地面を蹴った。
ーーーーー
休憩を挟み、俺が手合わせをしていた。
――ギンッ!
鉄と鉄がぶつかり合う音が、谷に響く。
「ぐっ……! ま、またかよ……!」
対面で吹っ飛ぶのは、ハッリだ。
「ハッリ、三歩横だ。
俺の懐に入る前に“背中から逃げ道”を確保しとけ」
「に、逃げながら戦うって……普通逆じゃ〜……ッここ!!」
「!?」
ハッリは一瞬戸惑う表情をしたが、いきなりスイッチが入ったように顔が変わる。
「ッおら!」
「……ほう?」
ッカーン!
俺の剣が上に上がり、懐にはハッリが入り込んでいた。
「へっへっへ! どうだ!」
「そのフェイント、誰に習った?」
「あんただよ、コールの旦那」
「残念、俺なら奥の手も教えてるぜ?」
そう言ってハッリの脇腹を2回魔導銃でつついた。
「あ!? そんなのありかよ旦那!?」
「バーカ、普通じゃ死ぬんだよ。地上は“普通”ってだけで死ぬ場所だ」
言うと、ハッリはため息を吐いて芝生に倒れた。
「クッソ〜ッ」
その時だった。
「ハッリ兄ちゃーん!!」
「兄貴!」
高い声が二つ、訓練場に駆け込んでくる。
先頭を走るのは小柄で真面目そうな少女――ノッタ。
その後ろを、泥だらけの顔で一生懸命追いかけてくるのが、
ハッリの弟のファッロだ。
二人は勢いそのままにハッリへ飛びついた。
「兄貴、今のすっげぇ斬りだった!!」
「ほんと! コールに全然負けてなかったよ……っ!」
ハッリは腹を押さえながら、苦笑した。
「いや、負けてたよ……普通に……
てかお前ら、そんな全力で来んな……脇腹めっちゃ痛ぇ……」
それでも、どこか誇らしげだった。
ハッリは確かに半年で成長した、選抜隊の連中では一番見込みがある。
だがこの半年、鍛えていたのは選抜隊だけじゃない。
俺自身もだ。
転生の時に女神が与えてくれた“知識”。
剣、槍、体術、立ち回り……いろんな技術が頭にはある。
だが――“知識”と“動き”は違う。
だからこの半年で、俺はみっちり自分でも身体を叩き込んだ。
呼吸、歩法、重心、武器の運び。
「頭の中の地図」を、自分の筋肉に全部落とし込む作業。
選抜隊の訓練をしながら、
実は俺自身も地味に成長していた。
もちろん、俺のやる気の理由は生き残り以外にもある。
(……厄災と正面で殴り合う気なんざねぇが、
あれと距離取って逃げるにも、体が動かねぇと死ぬ)
「だいぶ無茶だが……」
(最低でも、守る奴らの背中くらいは預けられるようになっとかねぇとな)
ーーーーー
いつの間にか来ていたグラナシルが、上空から声を落とす。
「……これだけの時間でここまで島を変えるとは……驚嘆すべきことだ」
「驚かれりゃ世話ねぇよ」
「だが一つだけ言おう。
この半年で最も変わったのは――お前自身だ」
「……は?」
「剣の風が、いつの間にか“戦いの流れ”を読んでいる。
知識が“型”として身につき始めた証だ」
少しの沈黙。
(……やっぱバレてんだな)
ハッリとノッタ、ファッロは、まだ三人でじゃれ合っている。
その光景を見ながら、グラナシルが低く告げた。
「……しかし、いつまでも“訓練”では済まぬぞ」
「分かってるさ」
「“月”の周期が来た」
グラナシルの黄金の瞳が、ゆっくりと空を見上げる。
俺もつられて空を見ると、
雲一つない青空のむこう、淡く欠けた月が浮かんでいた。
「生贄の儀は“欠けた月が満ちる時”に行われる。
……つまり」
「……あと一ヶ月ぐらいか?」
「そうだ。まだ島はブレてはいない……だが我の力も薄まり始めた……」
グラナシルの声が、訓練場を冷たい風で満たした。
「とうとう……だな」
俺は空を見上げたまま、しばらく黙った。
(島の問題、魔石、厄災。
……全部、放っときゃ勝手に終わるもんじゃねぇ)
風の流れが一度、止まった。
訓練場の向こうでは、
ハッリたち三人がまだ鼻息荒く騒いでいて、
リュカが頭を抱え、シアが慰めて、リネアとネアも側にいる。
その日常と、
目の前の現実の重さが、妙にちぐはぐで。
「……ま、やるしかねぇよな」
俺はそう言って首を回して船を見る。
――島を守るための半年は終わった。
ここから先は、“動く側”だ。
その夜は、いつもより早く眠りについた。
疲れ切っていたわけじゃない。
むしろ胸の奥が、じわじわと熱を帯びていた。
(……やっと、動ける)
そんな感覚を抱えながら。
ーーーーー翌朝。
日の光が差し込むと同時に、
空島の一角が騒がしくなっていた。
「おい、ロープしっかり締めとけ!
揺れた時に全部落っこちんぞ!」
「お兄ちゃん! これ重いよ〜」
「ノッタ、それ逆! そっちが上だって!」
「ファッロ、踏むな踏むな!!」
訓練場の静けさとは打って変わって、
俺の船――イルクアスターの周りは朝から大騒ぎだ。
選抜隊八人が荷物を抱え、
影たち十人が黙々と木箱を運び、
リュカとシアとリネアまで、
半ば呆れながら手伝っている。
甲板の横では、
影が勝手に作った“吊り下げ式の寝床”が
カンカン音を立てて組み上がっていた。
すると、背後から声がした。
「コール」
振り返ると、グラナシルが雲をまとって降りてきていた。
「いよいよ“出稼ぎ”の準備か」
「あぁ……魔石も食料も、ただ待ってたら入ってくるわけじゃねぇからな」
「そうか……」
グラナシルの雲が、ゆっくり揺れた。
「――ここから先は、お前の歩み次第で島の未来が決まる」
「分かってる……だが島を救うのは俺じゃねぇ、あいつ等だ」
見上げると、船の甲板から、
選抜隊の一人が必死に手を振っている。
「教官! 寝床の設置終わりましたー!!
たぶん、影さんたちが“落ちない”って言ってます!!」
「“たぶん”かよ!?」
俺は叫び返しながら、ゆっくり息を吐いた。
(……よし。いよいよだ)
「じゃあグラナシル。
ちょっくら行ってくるわ」
「うむ。我は風で常に見ている。無事を願う」
その言葉を背に受けながら、
俺はイルクアスターのタラップを上がった。
甲板に上がると、風が一段と強くなった。
真正面に、選抜隊の八人が横一列に並んでいる。
その隣に、無言の影が十人、黒い列を作り、
さらにその横に、リュカ、シア、リネア、ネアが腕を組んだり、肩を並べたりしながら立っていた。
全員の視線が、俺ひとりに向いている。
(……ったく、人前で偉そうなこと言うの、好きじゃねぇんだけどな)
それでも、言わなきゃならねぇことはある。
俺は一歩、前に出た。
「――いいか、お前ら」
風がぴたりと止んだ気がした。
「これからは俺の船に乗る。
てめぇらは、一応“俺が仕込んだ野郎”だ」
選抜隊の何人かが、びくっと肩を揺らした。
「仮とはいえ――
ここからは“船の一員”として認める」
その言葉に、八つの喉が同時にゴクリと鳴る。
「だからもう、“教官”じゃねぇ」
俺はにやりと笑って、胸を親指で指した。
「これからは――“船長”だ。
分かったな、野郎ども!!」
一瞬、間が空いた。
次の瞬間――
「「「はいッ!!! 船長!!!」」」
腹の底から声が返ってきた。
緊張で裏返りそうになってる奴もいれば、
泣きそうな目のまま笑ってる奴もいる。
――半年の訓練と準備は終わった。
今日からが本番だ。
イルクアスターの甲板を、追い風がひとつ撫でていった。




